アリス・マーガトロイドが永遠亭を訪れたのは、如月の末、曇った日のことだった。
前日まで降っていた雪の残る風雅な竹林を物珍しく眺めながら、アリスは飛ぶ。
本当ならば、歩いてその純和風な趣を堪能したかったのだが、あいにく雪かきもされていない道を歩こうと思うほど、愚かではない。
そもそも、人様の家を訪ねるのにわざわざ足元をびしょ濡れにするのは、都会派としては気が引けた。風情のために霜焼けを作るのも嫌だった。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
不意にアリスに寄り添うように飛んでいる人形達が小さな手で服の裾を引っ張ってくる。
その拍子に永遠亭への土産にする予定のお手製のアップルパイの入ったバスケットを落としそうになり、少し焦る。
「ああ、もう着いたのね」
二体の言わんとすることをすぐに理解したアリスは小さく微笑んで人形達をそっと撫でる。言葉などなくても分かりあえるほど、二体との信頼関係は強い。
見下ろせば、竹林にひっそりと隠れるように佇む木造の屋敷。永遠亭は今日もその趣を変えず、静かにそこにあった。
アリスが永遠亭を訪ねてくるのは、当然これがはじめてではない。最初は道に迷っては妹紅やてゐを頼っていたが、最近では一人でも辿りつけるようになった。
永夜異変の時はもちろん、その後は永琳特性の胡蝶夢丸を処方してもらったりするため何度か訪問している。とはいえ、永遠亭の面々と今のところプライベートな付き合いをしているわけではない。あくまで永琳とのギブアンドテイクの関係のみである。
しかし、今日は違う。
アリスは私的な理由で永遠亭を訪れたのである。
きっかけは博麗神社で見たひな人形だった。
よく意外だと言われるが、アリスは正式なひな人形を持っていない。
実家は少し特殊な場所にあったため、ひな祭りという習慣はなかったし、単に上海や蓬莱のように西洋人形のほうが好みだったこともある。もっとも、もし彼女の母がこの風習を知っていたとしたらとんでもないサイズのひな人形を用意したに違いないのだが。
知識としては知っていたが、労力がかかる割に、一年のうちたった一月しか飾れないそれをわざわざ作ろうとは思わなかった。
しかし、節分を過ぎたころ、神社での宴会に参加した際、はじめて目にした本物のひな人形にすっかり虜になってしまったのである。
数々の美しい着物に、細部までこだわって作られた可愛らしい小物達。西洋人形とはまた趣を異にしたきれいな顔立ち。
それらはたまらなくアリスの人形師魂をくすぐった。
そうして、ひな人形の制作をすることを決めたのである。そのために、片端から知り合いを訪ねてはひな人形を見せてもらった。
その過程でアリスは一口にひな人形と言ってもモノによってまったく違うのだということを知った。
霊夢のひな人形は実は二種類ある。
一つは神社に伝わるという由緒正しい親王飾りである。裾模様の美しい緋色の毛氈に、髪を結いあげて鎮座する男雛と女雛。七段飾りに比べて数こそ少ないが、漆塗りのそれはかなり手をかけて作られた質の良いものであることが素人目にも分かる。
そして、もうひとつは霊夢が生まれた時に紫がどこからか用意したという七段飾りだった。これはメインの二体に加えて、三人官女や五人囃子、随身、仕丁の、合わせて十五体がそろった豪華なもので、小物や花なども少なくない。サイズも大きく高さは魔理沙やパチュリーの身長を超えるほどである。
白玉楼の妖夢のひな人形はやはり親王飾りであり、立ち雛だった。女雛は髪を結い上げておらず、黒髪をまっすぐに垂らしている。幽々子が選んだという衣装は一般的なそれよりも淡い色調は趣味の良さを感じさせる。どちらかと言えば細面できりっとした顔立ちは、強く育ってほしいとの願いだろうか。そのすっとした佇まいは魂魄家の有り様を示しているかのようだった。
守谷神社で見た早苗のそれは、霊夢のものに比べればやや小さいが、とても可愛らしい三段飾りだった。外の世界で購入したというそれは、衣装の柄や色合い、道具類の作りなどどれをとっても幻想郷のそれとは雰囲気が異なっている。
どことなく女雛が神奈子に似ている気がしたのはきっと気のせいだ。雪洞の代わりにオンバシラが飾られていたとしても気のせいだ。それに屏風や道具類の意匠が蛙を思わせるものであるのも気のせいだと信じている。
魔理沙に尋ねたところ、実家に置きっぱなしだという。ならば仕方ないとアリスは諦めるつもりであった。しかし、自分も久しぶりに見たいから、と笑う魔理沙の提案で、霧雨店をこっそり覗き見する羽目になった。覗き、ダメ絶対。
魔理沙が家出してしまった今も季節に合わせてきちんと飾られているひな人形は霧雨家が豊かな生活を送っていることを示すかのように立派なものだった。これ見よがしに派手なわけではない。しかし、質素ながら上品な顔立ちのそれは一人娘の健やかな成長を願うものとして申し分ない。持ち主が不在であるその有り様はどこか寂しげで胸を打つものがあった。
咲夜のひな人形はひな人形と呼ぶのか憚られる程に原形を留めておらず、フリーダムだった。女雛は洋装。屏風の代わりに魔導書が立て掛けられているのが何とも言えない。道具類が銀食器なのは吸血鬼の館で強く育てという願いが込められているのだと咲夜は照れくさそうに語った。
しかし、ひな人形としてはありえないことに男雛が不在である。そして、壇上では代わりに吸血鬼の人形二体やらチャイナ服のフィギュアやらが女雛を取り囲むように並んでいる。
これはあれか。咲夜を嫁になんかやらないとそういう決意表明なのか。まあ、本人が嬉しそうなのでいいんだろうけども。
他にも人形劇のついでに里の子供達に見せてもらったり、幻想郷の人形師に話を聞いたり、くるくる回る厄神様に参拝したりもした。もう幻想郷では誰よりも多くのひな人形を見てきた自信がある。
不思議なことにひな人形を見せてほしい、というと誰もが嬉しそうに進んでアリスを招く。そして誰もかれもがどこか誇らしげに自分の“おひなさま”を紹介する。
女の子が人形を大切にするのは分かる。しかし、アリスのようにその専門家にでもならない限り、成長するごとに人形からは気持ちが離れていくものだ。それなのにひな人形に関しては誰もが嬉しそうにそれを語るのだ。
アリスにはそれがなぜなのか分からなかった。
そうした疑問を残しつつ、アリスのひな人形制作は開始された。
小物は完成した。人形のひな型も完成した。しかし、肝心の着物がまだ完成していない。
布はある程度揃えることが出来たのだが、十二単の彩りのルールなども残念ながら専門外である。ある程度は本を調べれば分かるのだが、完璧主義なところのあるアリスはただ本に載っているものに従うだけではなく、自然さと独自性を併せ持った衣装を作りたかった。
しかし、そういったことに詳しそうな幽々子は、思った通りにすればいいのよ、私もそんなこと考えてやってるわけじゃないもの、はんなりと笑った。頭で考えているのではなく、感覚だけで行っているのだという。
しかし、それでは参考にならない。これだから天才肌ってやつは。
そう困って、永遠亭のことを思い出したのである。
永琳はともかく、輝夜はかつてまさにその文化の中に身を置いていたという。何度か会った際にも高い色彩感覚を持っていることを窺わせる着物や小物を使用していたのは、アリスの記憶にも新しいところである。
また、幻想郷縁起にも記載されているように、輝夜は話をするのがうまい。おそらくアリスの疑問に対しても、それなりにうまく説明してくれるのではないだろうか。
普段だったらもうやはり自分の力で、と遠慮してしまうところだが、ひな祭りまでもう日がない。完成させるためにはもう始めないと間に合わない。そうして、アリスは輝夜を頼ることを決めたのだった。
流石に雪が堪えたのか、いつもなら庭を飛び回っている兎達の姿はなく、いつにもまして閑静な佇まいを見せる永遠亭の戸をそっと叩く。
しかし、返事はない。いつもならばノックだけで鈴仙が飛んでくるというのに。
訝しく思い、再び今度は少し強めに叩く。
「変ね……。留守なのかしら」
仮に鈴仙が薬売りで不在だったとしても、永琳は大抵ここを離れることはないし、輝夜は尚更だ。まあ、てゐに限って言えばいなくても何の不思議もないが。
珍しいこともあるなあとひとつため息。せっかく訪ねた相手――それも留守にしていることのほうが珍しい――が留守とはついていない。もう一度だけ試して、それで答えがなかったら帰ろう、そう決めてもう一度戸を叩こうとした瞬間。
「だあれ?」
戸の向こうから、どこかあどけなさを残す澄んだ声が響いた。
永琳の少し低めの落ち着いた声とも、本人の臆病さ加減とは裏腹に気の強そうな鈴仙の声とも違うそれはまさに、アリスが訪ねようとしていた相手である輝夜の声だった。
「アリス・マーガトロイドよ、輝夜。久しぶりね」
留守ではなかったことにほっと胸をなでおろしながら、アリスは名乗った。
しかし、少し待っても扉が開くことはない。代わりに少し悩んだような声音の輝夜の声。
「永琳は、往診に行っていて留守なの。会いたければ紅魔館の図書館に行くといいわ」
「いいえ、私は輝夜に用があるの」
「私?」
扉越しでも分かるほど輝夜の声の調子は豊かだ。私?と聞き返すその声は軽い困惑と少しの喜びを含んでいるように感じられる。それをどこかおかしく思いながら、アリスはそれを肯定する。
「ええ。そうよ、貴女に会いにきたの」
少しの沈黙。訪ねてきてはまずかったのだろうか、と少し不安になっていると先ほどよりもわずかに小さな声で輝夜は呟いた。
「私、今一人で留守番をしている最中なの」
「そうなの?」
「そうなの。それでね、永琳が家に誰もいないときは妹紅以外入れちゃだめって」
「……妹紅はいいんだ?」
随分過保護だなあと思いつつ、気になったところを突っ込む。
確か、彼女は輝夜を殺そうとしているのではなかっただろうか。物騒さでいえば彼女を超える者は月からの使者ぐらいだと思うのだが。
「だって、あの子は断っても扉をぶち破っても入ってくるもの」
「ああ……」
それは納得。
それを差し引いても、よくも悪くも身元の知れている妹紅なら心配ないということだろう。
ともかく、このままでは目的を果たさずに帰るか、永琳か鈴仙が帰ってくるのをここで待ち続けなければならない。会いたい相手がそこにいるのにも関わらず帰るのも、昨日より暖かくなったとはいえ、ここにそう長いこといるのは厳しいものがある。
「永琳はいつ頃帰ってくるの?」
「さあ、どうかしら。最近はあの魔女に随分ご執心みたいだから」
「そんなに?」
「ええ。永琳にも困ったものだわ」
そういう言葉とは反対に、輝夜は楽しくて仕方がないというように、くっくっく……とその幼い声には似つかわしくない老獪さを含んだ笑いをもらす。
それにしても帰宅時刻が分からないとは難儀だ、とアリスは思う。こうなったら逆に信用してもらって入れてもらうしかないだろうか。
「ねえ、輝夜、本当にダメかしら。お土産にアップルパイも焼いてきたのよ?」
「うーん……」
別にまったく知らない仲というわけではないし、そもそもアリスが用があるのは輝夜なのである。輝夜もそれを分かっているからこそ悩んでいるのだろう。
結局、永琳がどんな言いつけをしたところで、永遠亭の主は輝夜なのだから、それを守る義務はない。しかし、その信頼に応えなくていいというわけではない。
「そういえば、アリス。あなたも魔法使いだったわよね」
しばしの沈黙の後、輝夜はそう呟く。
話の流れからは全く想像もつかない質問の意図が掴めずにアリスは首をかしげる。
「そうだけど……」
「この間、永琳が図書館からグリム童話というものを借りてきてくれたんだけど」
「へえ?」
「子供向けだけれど、なかなかおもしろかったわ。これまでは日本の古典しか知らなかったから。西洋の物語も素敵よね」
「そうね。日本のおとぎ話とは違った趣がって……、何が言いたいのよ」
突然、グリム童話について話を振られても困る。
そういった童話を子供時代に読んで育ってきたアリスは懐かしさに思わず話に乗りそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「その中にね、お留守番をしているお姫様が魔女に林檎で毒殺される話があったのよ」
「白雪姫?」
「あなたは魔女でアップルパイをもってきたのよね?」
「貴女はお姫様だったわね」
「ええ。幻想郷には私の王子さまの当てもないし、毒殺はできれば遠慮したいのだけれど」
「別に毒なんか持ってないわよ」
「本当に?」
「妹紅じゃあるまいし、蓬莱人を毒殺したって仕方ないじゃない」
「それもそうね」
ころころと楽しそうに笑う輝夜は一体どこまで本気で言っているのか、分からない。
大体、千年以上生きている類の生き物はどこかしらおかしいので、気にするだけ無駄だということも分かっている。特に月の民はその傾向が顕著だということも分かっている。アリスは目標のために問答を続ける。
「それに、お留守番をしている七匹のこやぎの物語があったわね」
「ああ……、おかあさんのふりをした狼に食べられちゃう話だっけ」
「だから、今ここにいるアリスと名乗る少女はアリスじゃないかもしれない」
「アリスよ」
「アリスのふりをして私を殺しにきた妹紅かもしれない。きっとそうに違いないわ」
「……それなら入れてくれてもいいんじゃないの?」
アリスが若干疲れと呆れを滲ませた声でそう言うと輝夜は、それもそうね、と大層楽しそうに笑う。
これ以上続けていても無駄か、と引き際を感じたアリスはそんな輝夜に声をかける。
「ねえ、輝夜。やっぱり私」
「ちょっと待ってね、今開けるから」
「え?」
言うや否や、がらがらと音を立てて引き戸が開く。引き戸の隙間から現れた輝夜は童女のようににっこり笑っている。
先ほどまでのやり取りはなんだったのか、と思うほどあっさりと開かれた戸にアリスは呆気にとられてしまう。
「いらっしゃい、アリスのふりをした妹紅?」
当然のことながら、輝夜はアリスが妹紅であると思っているわけではない。ただ、永琳の言いつけに従いながら、アリスを永遠亭の中に招き入れる方法をとっただけのことである。
現に部屋にアリスを部屋に通したあと、輝夜は、寒かったでしょう、まだるっこしいことをしてしまってごめんなさいね、と微笑んだ。
そうして、アリスが用件を告げると嬉々として十二単の色合わせや着物の着付け方のこつ、ひな人形だけではなく道具類がどのように使われていたかなどについてあれこれ語った。それだけでなく、アリスの考えている合わせに対してアドバイスをしてくれたり、自分の所有している布の中からこれなんかいいんじゃないかしら?と端切れを分けてくれさえした。
時折古さを感じさせる口調がまた、それらしくいい意味で本場の人間を感じさせ、アリスは勇気を出して訪問を決めたことが正解であったと感じた。
おおよその話が済んだ後、輝夜が手ずから淹れてくれたお茶を飲みながら、二人は何ということはない話を続けた。
「ふふ。そういえば、永遠亭にはひな人形は置いていないの?」
「うち?」
輝夜ほどの蒐集家がいて、しかも古い日本の風習や伝統に則って生活を送っている永遠亭にならひな人形を置いていても何の不思議もない。先ほどの輝夜の語りっぷりからはひな人形への熱い思いが感じられ、ないほうがおかしいと思うほど。
そう思い、何気なくアリスは聞く。
「うちにはないわよ」
「そうなの?」
「だって、必要ないもの」
輝夜は何でもないことのようにあっさりと言う。そうして、アリスの持ってきたアップルパイをさくさくと頬張っている。
「必要ない?」
「だって、あれは女の子の健やかな成長を願って飾られるものなのよ?成長を止めた蓬莱人が持っていても何の意味もないわ」
「でも……」
言いたいことは漠然と存在するにもかかわらず、うまく言葉にできなくてアリスは口ごもる。そんな様子を見て、輝夜は少女らしい見た目に似合わない大人びた少しシニカルな笑みを浮かべる。
「そうね……。ひな人形を作るなら、これは知っておくべきかも」
「な、なに?」
「ねえ、アリス」
「輝夜……?」
「あなたはさっき、みんながひな人形を大切にしていたって言っていたわよね。その理由が分からない、とも」
「うん……」
子供のように小さくアリスは頷く。輝夜は軽く首をかしげながら、語る。
「あのね。ひな人形っていうのはね、親や近しい人たちの愛情なの」
「愛情?」
「ええ。生まれた女の子がしあわせになりますようにって。多少無理をしてでも立派なひな人形を揃える」
「……?」
「だから、みんなにとって“おひなさま”は尊くてかけがえのない宝物なの」
「……」
「どんなにきれいでも可愛くても、そういう願いが欠けていたら意味がないのよ」
そんな言い方は卑怯だと、アリスは思う。それでは、今アリスが作っているひな人形は意味がないものになってしまう。そんなことはない、と主張したかった。
しかし、同時に深く納得してしまったのだ。
ものぐさな霊夢がきちんと飾り付けている理由、妖夢や咲夜の照れくさそうな表情、魔理沙が忌み嫌っている実家に近寄ってまでひな人形を覗きに行った理由。それはきっとそういうことだ。
俯いて顔をあげることのできないアリスの頭を輝夜はふわりと抱きしめた。かすかに香る白檀の香りが心を落ち着かせてくれる。
「輝夜は……」
「アリス?」
「輝夜は、おひなさまを持っていたの?」
「……ずっと昔にね。あの時置いてきてしまったけれど」
失ったものを嘆くような、それでいて愛おしいものを懐かしむような声で輝夜はそっと囁く。
微笑んでいるにもかかわらず、なぜか泣いているように見えた。
以前に聞いた輝夜の経歴を思い出す。月を追放され、地球での育ての親との別離を経てここへ住むようになったというそれを。
輝夜のいうあの時というのがどの時なのかは分からない。だが、輝夜は愛情のこめられたひな人形を与えられ、それを愛していたのだろう。それはひな人形について語っていた時の幸せそうな表情からも感じられた。
それを思うと、アリスは何ともやりきれないような切ないような気持ちになる。
「ごめんなさい、湿っぽくなっちゃった」
「あ、ううん。こちらこそごめんね」
お互い顔を見合せて、苦笑しあう。部屋に広がる重い空気は少しだけ軽くなる。
その空気を振り払おうと全然違う二人は雑談を続け、笑いあった。例えば、永琳の好みのタイプとか、その他もろもろについて。必要以上に盛り上がり、ふざけあっていたように思う。
まるで、切ない気持ちを振り払うかのように。
結局、アリスが帰るころになっても永琳は帰ってこなかったため、玄関先まで輝夜直々の見送りがなされた。
ブーツのひもを結んでいるアリスの背中に向かって、玄関先にしゃがみ込んだ輝夜はおずおず、といった調子でその言葉を口にした。
「ねえ、ひな人形、どうするの?」
背中を向けているため、輝夜の表情を窺い知ることはできない。
アリスは答えることが出来ず、口ごもる。ここまで作ってきた努力は確かに惜しいものがある。だが、ここに来て、完成させることにむなしさを感じてしまった。
いや、完成はさせるだろう。作りかけの人形をそのまま放置してしまうのはアリスの信条に反する。しかし、それはひな人形としてではなく、単なる日本人形としてだ。
「アリス、あんなこと言っておいてなんだけど、私、あなたのひな人形ができるの楽しみにしてるのよ?」
「でも……」
「こんなに可愛らしい人形が作れるんでしょう?きっとすばらしいものができるに違いないわ」
アリスのそばで荷物持ちをしながら浮かんでいる上海と蓬莱をつん、と指でつつきながら微笑む輝夜は、出来上がったらちゃんと見せにきてちょうだい、と首を傾げる。
「どうして……」
どうして、そう言えるのかが分からない。
アリスがそう問いかけると、輝夜は今日浮かべた笑みの中のどれよりも優しく、柔らかい笑みを浮かべて応えるのだ。
「だって、私、おひなさま、大好きなんだもの」
それから数日後、ひな祭りの当日。アリスは大量の荷物を抱えて、永遠亭へと向かっていた。
その中身はもちろん、ひな人形だ。
あれから色々思うところがありつつも、完成させたそれにはある願いがこめられている。
「年上の蓬莱人にむかって健やかにありますようになんて、おかしいかもしれないけど」
最初に与えられたそれを輝夜はもう失ってしまった。
そこに込められた願いを超えるものはなく、どんなにすばらしいものであったとしてもその代わりにはならない。
だが、それは輝夜がひな人形を二度と手に入れられないということではない。
終わりがない生の間、おひなさまに込められた願いの尊さを忘れないように。
彼女が今のまま健やかにありますように。
千年を生きた彼女からすればアリスなどほんの子どもにすぎない。余計なお世話に過ぎないかもしれない。それでも、アリスはそう願いをこめたのだ。
このおひなさまを受け取った輝夜が笑顔を見せてくれることを願いながら、永遠亭へとアリスは飛ぶ。
あの日積もっていた白い雪はすっかり溶け、春の暖かい日差しが竹林を照らしていた。
自分としては、読めて凄い嬉しかったです!!!
>後書き
そして私得でもあるんですよw
この二人は互いに良い話し相手になりそうですね
そして後書きは私にも俺得です。
『もっと広がれ永パチュの輪』ですね分かります。
おひなさまを受け取った輝夜を幻視してほっこりした。
ところで、あなたのキャラはツンデレが多いですねw
とても良い。
へんじがない。ただもだえているだけのようだ。