ある日のことだ。
魔界の一角。
「あたっ」
エリスは悲鳴を上げた。
頭を押さえて、足もとを見る。
ころころと林檎が転がっている。
「? ふん?」
エリスは辺りを見た。
林檎の木はない。
空を見上げる。
しかし何もない。
林檎は、たしかに上から降ってきたはずだが。
「? ふん」
エリスは足もとを見た。
かがみこんで、林檎を拾い上げる。
手でさっさっと砂埃をほろってやると、綺麗な表面が現れる。
エリスはためつすがめつして、これは食べられそうだと判断した。
洗ってこよう。
エリスは、水場を探して、歩きだした。
手近な泉かわき水でもないかと、あたりを見回す。
ほどなくして、エリスは木々の間に泉を見かけた。
ちょうどいい、と思い、がさりと繁みをわけいっていく。
木々の間を抜けると、ほとりはすぐである。
「ん?」
途中、ふと気づいて見やる。
ほとりの前の木々に、なにか青い布切れがたれ下がっている。
よく見ると、布切れではなく服のようだ。
なんだかエリスには見覚えがある。
つまんで確認していると、ぱしゃ、ぱちゃりと水音が聞こえる。
エリスはこっそり繁みに隠れて、泉のほうを伺った。
ちょうど水面に浮かんできたところらしい、青い髪の娘が見える。
「お。サリエル様じゃない」
エリスはがさがさと繁みから出た。
音に気づいて、サリエルがこちらを見る。
「ああ、なんだ、エリス……」
「こんにちはー。水浴びですか?」
「ええ。あなたは? 何」
「はい。いや、大したことじゃあないですよ。ちょっと林檎を洗いに」
「ふうん」
サリエルはちゃぷちゃぷと水音を立てて、ほとりに上がってきた。
こっちの手元をのぞきこむ。
「あら、本当に林檎ね。どこかに落ちてたの?」
「ええ、空から」
「空?」
サリエルは聞きかえしたが、エリスは気にしなかった。
濡れた手をぱっと払うと、サリエルに言う。
「あ。そうだ。よかったら、半分食べます?」
「え? なに? いいの?」
「ええ、いいですよー。よっと」
エリスは言うと、林檎を両手で掴んで、割った。
ぱき、といい音を立ててちょうどまっぷたつに割れる。
エリスは、その半分をサリエルに差し出した。
「ありがとう。……実は、ちょうどお腹減ってたのよ」
「あ、そうでした? それはよかった」
エリスは無邪気に笑って言った。
サリエルもちょっと笑い返した。
控えめな唇をつけて、林檎をしゃくりとかじる。
ずいぶん新鮮な林檎のようだ。
ちょっと唇についた汁を、サリエルが気分良さげに指で拭う。
エリスはそっとその後ろに回ると、裸のままのサリエルの背中に、腕を回した。
ぺたりと頬を添える。
サリエルはやんわりと咎めた。
「ちょっと。ダメよ。身体まだ拭いてないのよ」
「いいじゃないですか。濡れてるサリエル様の肌、私好きですよ」
「もう」
くすくすと笑うエリスの髪に、サリエルは指をさしいれた。
柔らかい手つきで梳いてやる。
エリスは、サリエルの手に身体の力をゆだねて、大人しくされるがままになった。
サリエルが林檎をかじる。
しばしのあいだ、二人は無言で身体を寄せあっていた。
ちょっと前。
しゃく、と魔理沙は、林檎をかじった。
しゃり、
しゃり、とかみ砕いて、ごくんと飲み下す。
もうひとつかぶりついていると、後ろを飛んでいた霊夢が、追いついてきて、めざとくみとがめて言った。
「あ。なにそれ? 持ってきたの?」
ひゅんひゅんと弾幕が飛び交う中を、器用によけつつ言ってくる。
魔理沙は言った。
「ああ。腹が減っては戦がなんちゃらって言うだろ」
霊夢は、聞きつつ、腹をかるくさすった。
ちょっと眉尻を下げて言う。
「いいわね。私もお腹空いたわ……」
「こんなのでいいならもう一個あるぜ。お前の霊撃一個と引き替え」
「どうやって受け渡すのよ」
「冗談だよ。ほら。うまく取れよ」
魔理沙は、ポケットからごそごそと林檎を取りだした。
隣を飛ぶ霊夢に向かって、ぽいと投げる。
霊夢は、おっとと、と、素早く蜻蛉を切ると、後方に流れかけた林檎をキャッチした。
「あ」
魔理沙は言った。
「ありが――」
と、霊夢が言いかけるのと、ほぼ同時である。
魔理沙が気づいていた弾幕は、見事に巫女に直撃した。
ばしーん! と言う、衝撃とともに、ひらひらと符を散らせて、巫女が落下していく。
「きゃあああああああああ……」
「……」
魔理沙は、あーあ、と見送った。
誤魔化すように帽子に触れ、ぼそぼそと言う。
「いやー。まったくなー油断大敵だなー。私のせいじゃないぜー」
とりあえず、目の前の弾幕に集中することにする。
今しがた目前に現れたのは、さっきもどこかで見かけたネズミだった。
どうやら、こいつがここの通過ポイントらしい。
「おや、君か」
どこか嫌らしげな、胡散臭い口調で言ってくる。
片手にたずさえているのは、きらきらと光を放つ、なにか得体のしれないものだ。
ネズミはにやりと笑って言った。
「ホントにこんなところまで来るとはね。ま、ちょうどいい。この法塔の力、君たちで試すとしようか」
「上等だ。霊夢の仇、打たせてもらうぜ」
魔理沙は、帽子をかぶり直して笑った。
もちろん死んでないのだが。
サリエリ広がるよう応援してます。
素晴らしい旧作ラッシュ
……旧作をよく知らない事が悔やまれるぜ