「魔理沙、あんた最近太った?」
いつも通り歯に衣着せぬあけすけな物言いで博麗霊夢は問うた。
ここ最近では週に一度は行われる神社での酒盛りの最中の出来事。どうということはない雑談の途中、思ったことを霊夢は口に出しただけだった。
集まっていたのは、霊夢にとって気の置けない友人である霧雨魔理沙と、紅魔館の瀟洒なメイド長を務める十六夜咲夜、そして最近幻想郷へ越してきた風祝の東風谷早苗の三人。
妖怪や神といった人外の連中と深い付き合いを持っている数少ない人間同士、意外にも仲が良く、こうしてわざわざ集まって宴会を開くのである。
特に、早苗が加わるようになってから、その頻度は上がっていた。
それまで外の世界で暮らしていた早苗が同じ年頃の少女と交流を持つことを積極的に望み、女の子同士のおしゃべりの素晴らしさを周りが引くほどに熱弁したためである。
しかし、実際行ってみれば、年相応の感性や悩みなどお互い共感しあえる部分が多く、霊夢を始めとした三人は予想以上にそれが心地よいことを知った。だからこそこうして定期的に集まっている。
「はあ?なっ、何言ってんだよ、そ、そんなわけないだろ!」
「ふむ……言われてみれば確かに、ここら辺なんかふにっとしてきたわね」
「うひゃうっ、な、何すんだよ咲夜!」
霊夢の問いを受け、いつも通り冷静な表情で魔理沙を見た後、咲夜は魔理沙の頬をつまむ。それに驚き、飛び退く魔理沙。その頬はほのかに色づいている。
「あれ?図星なんですか?」
コップに注がれた日本酒をちびちびやりつつ、動向を見守っていた早苗が軽く首を傾げて、魔理沙の瞳を覗きこむ。メンバーの中で最もアルコール慣れしていない彼女の頬もまた赤く染まっている。
私にはあんまり分かりませんけどねー、などと笑う早苗は最近では大分打ち解けてきているが、こうして酒盛りをしている最中は敬語に戻る。普通、逆だろと魔理沙が突っ込んだのもいい思い出だ。
「そ、そ、そんなことないんだぜ?ぜ?」
上ずった声で目をそらしながら大声で訴える魔理沙の発言には一切の信憑性が感じられない。先ほどの霊夢の発言の前に手に取ったつまみを口に運ぼうとはしないのもそれを示している。
「そういえば、最近命蓮寺でしょっちゅうご飯ごちそうになってるって言ってたわよね?そのせいじゃない?」
「図書館でパチュリー様とアリスとのお茶会の回数も増えているでしょう」
追い討ちをかけるように咲夜と霊夢が畳みかける。他人事だと思って、完全に面白がっている。
確かにそれは事実だった。最近の異変で出会った聖白蓮はどういうわけか魔理沙のことをいたく気に入り、しばしば夕食やらなにやらに招いている。また、もう諦めモードに入ったのか、はたまたアリスが加わるようになったためか、パチュリーは図書館に本を盗みに入った際にお茶の一杯程度は入れてくれるようになった。無論、その前には派手な弾幕ごっこが繰り広げられるのだが。
「う……、うう……」
事実を突き付けられ、口ごもる。確かに自分でも最近肉がついてきたなあ、と感じていないわけではなかったが、気のせいだと自分に言い聞かせていた。
だが、それを認めるには魔理沙の乙女心がまだ抵抗している。
早苗はそんな魔理沙の手を両手で優しく包み込むように握りしめる。なぜか、異様なオーラを放ち始めた早苗に、咲夜と霊夢は傍観に徹することをアイコンタクトで決め込んだ。
「魔理沙さん、逃げちゃダメです!」
「に、逃げてなんかいないぜ……」
「いいえ、逃げています。この戦いはそれを認めなくては始まらないのです」
「戦い?」
もはや、人里で信仰を説く時のような口調になっている早苗に魔理沙はすっかり気圧されている。戦いなどという場違いな言葉に戸惑う。
しかし、早苗は分かっていますよ、と言わんばかりに慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、静かに一度頷いた。そして、厳かにこう囁くのである。
「乙女の前に立ちはだかる最大の難関にして孤独なジハード……。自分自身との戦いです」
「そ、そうだよな……!逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」
「そうです、魔理沙さん。分かっていただけましたか?」
「早苗……、私が間違ってたぜ……!」
「魔理沙さん!」
「早苗!」
なにやら感極まった様子で抱き合う二人を咲夜と霊夢はなんのこっちゃい、と言わんばかりに生ぬるい視線を向けつつ、それぞれグラスを空にした。
だってしかたないじゃないか、と魔理沙は主張する。
新興勢力であるにもかかわらず着々と檀家を増やしている命蓮寺で出される食事はそれなりのボリュームがある。そして料理を受け持つ村紗も白蓮も料理が上手く、ついつい食べ過ぎてしまう。
また、食事時を外して訪ねたとしても、お布施としていただいたというお菓子や果物をこんなにあっても食べきれないから是非、と勧められるのである。(ここまで話したところで、霊夢と早苗は揃って一気飲みをした)
魔理沙が訪ねて行くたびに「ちゃんとご飯は食べているの?」「これ、美味しかったからあなたの分も残しておいたの」「たくさん食べてね」などと優しく微笑みながら頭を撫でてくる白蓮のうれしそうな様子に申し訳なくて断れないのだ。
傍若無人を常とする魔理沙にしては珍しいことである。恐るべし、いい人オーラ。
そして、白蓮だけではない。
外回りをしてきたという星がわざわざ魔理沙のために土産を仕入れてきたり、雲山の通訳をしている一輪が門前で「これをお食べ、ほんの気持ちだけど……って雲山が言ってるわ」と金平糖の包みをそっと手渡してきたりするのだ。
一度、なぜこんなにしてくれるのか、と尋ねたところ「姐さんが孫のように可愛がっているのならば、私たちにとっても孫同然だ……って雲山が」と言われた。
意味が分からない。
そして、図書館でのお茶会。
もちろんメインはお茶を飲んだりお菓子をつまんだりすることではなく、魔法理論について議論しあったり、本を読んだり、共同研究を進めたりすることである。
だが、パチュリーが以前よりも社交的になってきたことを大層喜んでいる小悪魔が魔界から仕入れてきたという珍しい駄菓子(百種類以上もの味があるゼリービーンズや蛙のように飛びまわるチョコレートなどだ)や、アリスの実家から大量に送られてきたという幻想郷では見かけない豪胆な色合いのフルーツなどお茶受けの類には事欠かない。珍しく、何もない時でさえ人参スティックが提供される。
また、最近では、永琳に少しずつでもいいから物を食べるよう、食事療法を命じられたパチュリーのために栄養バランスを考えたケーキやクッキーなどのスイーツをアリスが作って持ってくるようになった。咲夜がレミリアのために作った洋菓子のおすそ分けに来ることもある。
しかし、結局お茶会のたびに出されるそれらを一番多く食べる羽目になるのが、魔理沙だった。
最近は少しずつ口にする量を増やすよう心がけているとはいえ、パチュリーが度を超えた小食であることに変わりはないし、アリスはそれなりに食べるけれども、それ以上に自分の作った物への感想を求めるほうに集中している。
そうしてそんな二人は揃って魔理沙に言うのである。
「貴女は人間なんだから食事はきちんと摂りなさいよ?ただでさえ不摂生な生活してるんだから、ここでくらいちゃんと食べなさいよ」
「そうね、アリスの言う通りよ、魔理沙。貴女ぐらいの年齢の人間は成長期といって、特にエネルギーを消費する、と本で読んだことがあるわ」
成長期。確かに成長してしまった、横に。
根はともかく、普段ひねくれた物言いをする二人にしては珍しくストレートな善意である。下手に断って機嫌を損ねることもないだろう、と魔理沙は素直に従わざるをえない。もっとも、甘いものを勧められて断る、なんて選択肢は魔理沙の中には存在しないのだけれど。
そんな魔理沙の言い分を聞いて、三人はそれぞれ思うところがあるのか三者三様の面持ちをしている。早苗は苦笑、咲夜は無表情、霊夢はぱるぱるだ。
やがて、最初に口を開いたのは、ダイエットに関してなにか思うところのあるらしい早苗だった。
「分かります、分かりますよ魔理沙さん!」
「ほう?」
「私も同じような経験、ありましたから」
「へえ?もしかして、あの二柱かしら?」
「はい……。こちらに来てからのことなんですけどね」
僅かに苦笑しながら、早苗は語りはじめ、みなそちらへと目を向けた。
やっぱり、外の世界に比べると幻想郷って食べ物が少ないんですよ。ファーストフードもファミレスもありませんし。コンビニだってないですしね。
え?あ、ああ、そうですよね。分かりませんよね。
まあ、要するに年中無休の食べ物屋さんですよ、二十四時間営業の。大体食べたいと思った時に食べたいものが食べられる、と思っていただければ。はい。
私もあちら生まれのあちら育ちですから、そういった環境に慣れ切っていました。
正直、こちらへ来て、戸惑いましたよ。向こうで当たり前のように口にしていたものがこちらでは希少品扱いなんですから。
それで、神奈子様も諏訪子様もとっても心配してくださったんです。特に来たばかりの頃はつてもありませんでしたし、信仰を集めるのでいっぱいいっぱいでしたから。
……あの節はどうもご迷惑をおかけしまして。もう、そんなにからかわないでくださいよ。
とにかく!それで、なにかと食べ物をもらってきてくださったり、ごはんのたびに大盛りに盛り付けてくださったり。特に諏訪子様は野生の果物やなんか詳しくていろいろ集めてきてくださったんですよ。
最初の頃はともかく、おかげさまで今となってはそれなりに食料も確保することができるようになりました。……霊夢さん、なんで舌打ちするんですか。
それなのに、神奈子様も諏訪子様も出かけるたびにお菓子だのなんだの、お土産だって言って持って帰ってくるんです。
「確か早苗、これ好きだっただろう?」なんて言いながら。
神奈子様が言ってくださったのか、妖怪の山のほかの神様も何かと気にかけてくださって、秋なんかほら、穣子様がたくさんお芋を届けてくれたりしましたし。
それ自体は、とっても感謝しているんです。
感謝……してるんですけど。いくらなんでも多すぎるんですよ。
私は風祝ですから、お二方や神様方の厚意を無下にするわけにはいきません。……っていうか、神奈子様なんか断ろうとすると「具合が悪いのかい?医者、諏訪子、医者をー!!」なんて大騒ぎなんですよ。
余計な心配をかけないためには、食べるしかなくって。
……ええ、はい。太りました。幻想郷に来たのに太りましたとも。
語り終えた早苗は疲れたアラフォーOLのような哀愁を漂わせた笑顔を浮かべて、言葉を紡ぐ。
「妖怪にしても神々にしても、どんなに姿が似通っていたとしても私たちとは違う存在なんですよね……。だって……っ」
切なげにため息をついて、目を伏せる早苗。魔理沙はかけるべき言葉を見失ってしまった。咲夜は黙って早苗のコップへ芋焼酎を注ぐ。霊夢はどこぞの子鬼のように一升瓶から直接飲み始めた。
「彼らは基本的に太らないんですよ!太ることへの恐怖もダイエットの恐ろしさも知らないんです!」
早苗はぐいっと、注がれたばかりの酒を煽る。弱い割に勢いはあるのが彼女の飲みかただった。そうして、すこし落ち着いたのか座った目で神妙に呟く。
「彼らのペースに合わせたら、間違いなく大惨事です」
早苗のその重々しい一言は魔理沙への警告である。魔理沙はごくり、と唾をのみ込んだ。
それを受けて、咲夜も思うところがあったのか、語り始める。
「私はメイド長として日々ハードスケジュールをこなしているから、そう太るということはないのだけれど……」
その前置きに、いつの間にか肩を組んでいた魔理沙と早苗が妬ましそうに咲夜を睨みつけた。ぱるぱるしている。
「で?」
そんなことはお構いなしに、霊夢は酒をあおりながら視線で続きを促した。
それに小さく頷き、咲夜はどこか遠い目をして語りはじめた。
「私は、そうね、お嬢様よりも少しだけ背が低かったぐらいの頃から紅魔館で働き始めたの」
その頃は本気で子供だったし、働いていたっていうよりは育てていただいたといってもいいくらいなんだけど。
それでもなんとかメイドぶろうとしていたんだけど、まあ、失敗も多くてね。よくべそをかいていたものだわ。
…………なによ、その顔。私だって子供だったんだからいいじゃない。刺すわよ。
そうやって、落ち込んでいると、お嬢様や美鈴、パチュリー様にもよく慰めてくれたのよ。それから、反対に珍しく成功させたときにはとても褒めてくれたし。
お嬢様もパチュリー様も当然美鈴も人間の子どもを育てる経験なんてなかったのよね。当たり前だけど。食事なんかももう本当に手探りだったみたいね。
まあ、それで。とりあえず子供には甘いものを与えておけばいいと思っていたらしくて。ご褒美にも慰めにも、何でもない時にもとにかく事あるごとに飴玉をもらったのよ。
甘いものは好きだったし、嬉しかったわよ。
でも……、あのころは私も子供だったし、なんにも分かってなかったからそれを与えられるだけ舐めちゃってたのよね。
……普段よっぽどのことがないと食事をなさらないパチュリー様はもちろん、貴方達も知っているようにお嬢様も美鈴も丈夫さにかけては並みならぬものがあるし。そんな方々には甘い物の与えすぎがどんな結果をもたらすか、なんて想像もつかなかったんでしょうね――……。
「?どうしたんだ?」
「太った、という話ではないんですよね?」
いったん言葉を切った咲夜に、不思議そうに魔理沙と早苗は首をかしげる。咲夜はいつもの瀟洒さはどこへやら、苦々しげにその端正な顔を歪めて小さく呟く。
「おかげで、ひどい虫歯になっちゃってね……」
思い出しただけで痛い、と言わんばかりに咲夜は無意識に左頬に手をあてる。
実際大変だったのだ。
確かに乳歯だったため、あながち間違っていたわけではないが、レミリアは自分がすぐ生え変わるからといって、全部抜いてしまえばいいなんて無茶を言い出した。人間の歯は二度しか生えてこない。
知識人であるはずのパチュリーは一体何の本を読んだのか、正●丸を詰めれば治ると言い張った。そんな苦行は御免である。
たまたま美鈴が歯医者を見つけてきたからよかったものの、すこしそれが遅かったら一体どうなっていたことやら。それを思うと今でもぞっとする。悪魔怖い。
もっとも、そのあとの歯医者自体も苦行だったのだが。
「あー……なるほど」
「それはそれで大惨事ですね」
想像したのか僅かに青い顔で魔理沙が頷き、早苗もそれに同調した。
レミリアにしても、神奈子にしても、人間が妖怪よりもずっと弱い存在であるということは重々理解しているのだろう。しかし、日常的な差異はそうそう感じられるものではない。
理解が感覚として追いつかないのである。
それが三人の話の結論だった。
「だから、自己管理が大切なのよね……」
幼いころの苦い経験をばねに永久歯になってからは一度も虫歯を作っていないという咲夜がしみじみと呟く。
「ですねぇ。魔理沙さんも心掛けるようにしたほうがいいですよ」
飲みすぎたのか、ぐったりと魔理沙の肩にもたれかかる早苗がお互い頑張りましょう、と緩く微笑んだ。
人外の存在と共に暮らしている二人の言葉には含蓄があり、十分な説得力を持っていた。
「肝に銘じておくぜ」
感じ入るものがあったのか、深く頷く魔理沙はそう決意を示した。
そうして、気持ちを新たにした三人はどこか清々しい気持ちで笑いあう。
やはり、同じ年頃の少女同士話すのは良いものだ。
「どうして」
しかし、一人その流れに乗れていない者がいた。霊夢である。
話の途中から、ぐいぐいと酒を呷りはじめた霊夢は珍しくすっかり出来上がってしまっている。
小さく呟くその姿はどこかか細く頼りなげに見える。俯いてしまっているせいで、その表情をうかがい知ることはできない。
「霊夢さん……?」
「飲みすぎよ、ほら、水飲みなさいよ」
心配そうに呟く早苗と水の入ったグラスを差し出す咲夜を無視して、小さく震える霊夢は、ばっと勢いよく顔をあげる。そうして、叫ぶ。
「ずるい!どうしてうちに来る妖怪はごはんもお菓子も持ってこないのよ!」
はい?
その剣幕に疑問符を浮かべる三人。
霊夢はそれがいい景気づけになったのか、立ちあがって叫ぶ。
「萃香は勝手にお神酒を飲んじゃうし、紫は楽しみにとっておいたおまんじゅう勝手に食べるし!」
「おーい…霊夢ー?」
「落ち着きなさいよ」
「あはは……?」
「私のところにもだれか食べ物持ってきてよー!!」
そうして、今夜も賑やかに人間の少女達の宴は続いていった。
終われ。
四人娘の会話がすごく良かったです。こんな日常もいいですねぇ。
良いSSをありがとうございました。
最後の反応を見るに、二人の影の支援を他の人間3人は知っているんでしょうか
ほのぼのした内容で癒されましたー
子供の頃に祖父母からみょんな味のするお菓子を渡されて
処分に困ってたのはいいトラウマ
良かったです
>百種類以上もの味があるゼリービーンズや蛙のように飛びまわるチョコレート
これってハリー○ッターwww
白蓮おばーちゃんの光景を想像したらニヤニヤが止まらない。
博麗神社は外の世界に供えられたものが、幻想郷の神社に忽然と現れたりするから、ゆかりんの方法でも霊夢は気付かないわけだ。
萃香も鬼らしく粋だねぇ。
そして命蓮寺一同の孫可愛がりっぷりと、守矢&紅魔館組の加減を知らない親バカぶりに吹いたw
なんだかんだで人間組も愛されてるねー。
いいお話でした。
みんな愛されてていいね。
>7さん
そこに反応しようとしたら先に越された…orz
早苗-神奈子-諏訪子 の関係と似てるんだなぁ。
歯に正露丸はダメ。ありゃあ地獄だて……
紫と萃香、いいなあw
・・・やべえ、想像しただけで御飯三杯いけそうだ
……最近腹出てきたな俺……
何とも温かいお話でした。
愛されて何よりである。
紫と萃香の優しさに泣いた
愛はすべてを解決するんですね!!