射命丸文は、あんな短いスカートでいつも空を飛び回る。
犬走椛には、それが気になって仕方ない。
「文様」
「うん?」
「常々思ってるんスけど……そんなスカートで飛び回って、恥ずかしくないんスか?」
思いきってそう訊ねてみると、文は「ふふん」と不敵に笑った。
「なに、椛。見たいの?」
「ちっ、違うッス! そういう意味じゃないッス!」
「やーねー、椛のえっちー」
「ち、違うッスから、止めてくださいッス~」
ぐりぐり。万年筆の尻を頬に押しつけられて、椛は情けなく呻いた。
「心配してるだけッス、同性として。……文様人気者ッスから、その」
「ん?」
「は、はしたない、って言いたいだけッス」
ごほんと咳払いした椛に、「あやや」と文は肩を竦めた。
「ねえ、椛。ひとつ聞くわよ?」
「な、何ッスか?」
「私のスカートの中、見えたことがある? 貴女の千里眼で」
「へ? ――せっ、千里眼をそんな用途には使わないッス!」
「そういう意味じゃなくて。ねえ、私のスカートの中見えたことある?」
吠えた椛をいなして、文は目を細めた。
椛は「う」と唸る。
――言われてみれば、いつも見えそう、見えそうだとは思うが。
中身そのものを見てしまったことは、たぶん、無い。
「無い……ッス」
「でしょう? なら問題なし」
あっけらかんと文はそう言い切った。
椛は釈然とせず唸る。
そもそも、なんであんな短いスカートなのに中が見えないのだ?
いや別に決して見たいとか思ってるわけではないが――。
「そういう問題じゃ――」
「ねえ椛、いいことを教えてあげる」
にしし、と笑って、文は椛に顔を近づける。
「な、何ッスか?」
「――見えないものは存在しないかもしれないのよ?」
「へ?」
「おっと、取材取材。じゃーねー」
ひらひらと手を振って、文はあっという間に飛び去っていく。
やっぱりそのスカートの中は見えなかった。椛の千里眼をもってしても。
「見えないものは、存在しない、かもしれない……?」
見えないもの=文のスカートの中。
スカートの中にあるもの=ぱんつ。
ぱんつ+存在しない= ――……。
椛は狼狽した。
* * *
「それは、シュレディンガーの犬というやつだな」
人里の茶屋。
なぜか椛はそこで、八雲藍と向き合っていた。
「しゅれでぃんがー?」
「高名な物理学者の名前だ」
聞いた事もない。
「見えないものは、存在しないかもしれない――言い換えれば、観測しなければ事象は確定されないということだ」
「はぁ」
そもそもどうしてこんなことになっているのかといえば。
まさか本当に文がぱんつはいてないのではないかと心配になった椛は、人里まで文を追っかけてきたのである。そしたらそこでモフモフの尻尾と激突してしまった。「どうしたんだ?」と訊ねてきた尻尾に、「見えないものが存在しないのかどうかを確認しに来たッス」と答えたところ、興味深げな顔をしたこの狐に茶屋に連れ込まれたのである。
ちなみに、文は見つかっていない。
「こんな実験だ。仮にここに、一頭の犬と、毒入りの餌があるとする」
「犬じゃないッス、狼ッス!」
「君のことではない」
思わず吠えてしまった。すみません、と椛は小さくなる。
「犬と餌を、中の見えない箱に入れて蓋をする」
「なんでそんなことを、てか毒入りって酷くないッスか」
「思考実験だ。実際にそうするわけじゃない」
涼しい顔で狐はお茶をすすった。
「さて、犬と毒入りの餌を箱に入れて1時間経った。犬は毒入りの餌を食べれば死ぬが、食べたかどうかは外からは解らない。さて、中の犬は、生きているだろうか、死んでいるだろうか?」
「……そんなの、蓋を開けて確かめればいいじゃないッスか」
「そう、蓋を開ければ犬の生死は確かめられる。だが、蓋を開けない限り、犬が生きているか死んでいるかは確定できない。生きている可能性も死んでいる可能性も等しく存在する」
「う?」
「つまり、この状態の犬は、生きている状態と死んでいる状態が重なりあっている、ということだ」
「――は?」
「解らないなら、半分死んでいて半分生きている状態、と思えばいい」
「白玉楼の庭師みたいな半人半霊ってことッスか?」
「それはちょっと違うな」
よく解らない。小難しい話は苦手なのだ。椛は唸る。
「蓋を開けて観測すれば、犬の状態は確定する。だが観測しない限り、犬は生きていて、かつ死んでいるものとして扱わなければならない」
「さっぱり解らないッス」
「しかしそんな状態を認識することは出来ない」
「はあ――つまり、どういうことッスか」
「語り得ぬことについては、沈黙しなければならない、ということだ」
狐はどこまでも煙に巻くような言葉でお茶をすすった。
結局何の解決にもならなかった。
* * *
「つまり、文様ははいている状態とはいてない状態が重なり合っていて――はいてない状態にはいてる状態が重なってたら、つまりはいてるってことなんじゃ――」
妖怪の山に戻ってきても、椛はまだ唸っていた。
「あやややや、何を唸ってるの?」
「あ、文様!?」
いつの間にか、背後に文が来ていた。椛は狼狽える。
「はいてるとかはいてないとか――」
「な、何でもないッス!」
「ふうん?」
悪戯っぽく目を細めて、文は椛の額を小突く。
「気になる? 私のスカートの中」
「ち、ちちち、違っ――」
「――見せてあげようか?」
悪魔の微笑みだった。もちろん性的な意味で。
「あ、あああああ、文様?」
「椛にだったら――見せてあげてもいいわよ……」
文の手がスカートの端にかかる。ゆっくりとその裾が持ち上げられる。
「だだだ、駄目ッス、そんな、文様、はしたな――」
「椛……ほら、見て――」
そしてスカートの下から、白い――。
椛は爆発した。
白いのはフリルの裏地ってことですよね。
事象を決定する能力がある
私は単純に人の可能性を確かめたいのだ
天狗のオファンツみたいです
抹消せずとも、他の観測者からの観測を不可能にすればよい。機密情報保持者の監禁がその単純な例である。
しかしここで重大な疑問が生じる。則ち、不確定性事象の実行者は何者か。
シュレディンガーの猫において、原子崩壊は本質的偶然性をもつ現象である。サイコロを振る者は「神」と見なしてよい。
一方、この場合においては、少なくとも一人ぱんつを選ぶ者が存在する。
この場合の事象は相対的偶然性をもつ。則ち、膨大な因果による個人の選択である。
この思考実験が不確定性をもつものであると仮定したとき、自由選択に介入し、事象を不確定にする「おぱんつの悪魔」が存在することになる。
私はその存在の否定を証明する驚くべき方法を考えたが、それを書くには紙面が狭すぎる。(フェルマー派)
体育会系の椛にグッときたWW
後書き変わってるしwwwww
マクロな系なので外因的揺動が原因でデコヒーレンスが起こってる可能性もあるし。
>ぺ・四潤氏
超ひも理論ですねわかります
椛の口調も良し!!であります。
スカートの中の論争は、じじじ氏の『魔理沙が帽子被っていることを恥ずかしく思う話』
を思い出しました。(椛は赤ふんどしだよ派)
後書きを書きたかっただけなんじゃないか?wwww