人里。
通りである。
「おっ。と、と」
明羅は、てん、てん、とけっつまづいて、足もとを見た。
眉を上げる。
(なんだ、縁起悪いな)
草履の鼻緒が切れてしまっている。
明羅は、道ばたに避けてかがみこんで、草履に手をかけた。
切れたところを解いて、結び直そうとする。
なぜか上手くいかない。
(……ええい)
じれったそうに、ふっと息を吐く。
明羅は、立ち上がって、道から外れた草むらに座り込んだ。
みっともないが仕方ない。足から草履を解く。
「ちょっと。もしもし。そこのお兄さん」
明羅は、眉をひそめて一寸考え、顔を上げた。
目の前に、物売りの娘が立っている。
やはり、どうやら自分が呼ばれていたようだ。
(やれやれ)
「どうも急にすみません。お困りでございますか? 草履お売りしましょうか、お兄さん」
「私は男じゃない。女だよ。いや、お前は草履売りか。ちょうどよかった。いくらだ?」
「はい。一足こんなものですけど」
娘が、何本か指を立てる。
明羅は難色顔になった。
「高いな。もう少しまからないのか?」
言う。娘は、後ろから生えた、ネズミっぽい尻尾を揺らして言ってきた。
「うちのは、そんじょそこらの草履とは違いますよ。丈夫で長持ち。ちょっとばかり高くたって、けして損はいたしません」
「あまり手持ちに余裕がないんだけどね。それに丈夫で長もちだというだけならそんじょそこらの草履とかわらんだろう。それ以下だったら草履とは言わないよ。少しまけてくれ」
「そうがっついちゃいけませんよ。じゃ、こいつでどうでしょう。実を申しますとこの草履、さるところにて祈願いたしました、たいへん霊験あらたかな代物でございまして」
「……。まさか、どこぞの神社だと言うんじゃないだろうね。博麗神社のなら、どっちみち買わんぞ」
「いいえ、あそこはほら、巫女があれでございましょう? 霊験もへったくれもございませんよ。最近郷の外れに出来た寺をご存じで?」
娘は言った。
明羅はうなずいた。
「評判くらいならな」
「そちらにおわす、さる聖女さまの、手ずからの法力をお受けいたしましたのが。これでございます。いや、私も一度拝見を致しましたが、これがほんに清らかな御方でして。後光が光となって目を差すようでございます。あの方がおこめになったのであれば、たとえ千里の道を歩きましても、たとえ布切れのようにぺなっぺなにすり切れましても、まだ長持ちすることでございましょう」
「それはそれで困りそうだがな。分かったよ。そこまで言うなら、ひとつその頑丈なところを見せてくれないか。そしたらそっちが先に言った値で買おうじゃないか」
「ふむ。ではいかがいたします」
明羅はおもむろに、片方の草履を脱いだ。
とんとん、と足の調子をととのえ、ちゃっと刀に手をかけて、鯉口を押しあげる。
「放れ」
「はあ、そいつは……」
「自信があるんだろう? なに、よほどひどい草履でない限り、居合いで抜いたりはできないよ」
「はあ、しかし……」
娘はためらった様子を見せた。
頭巾を目深にかぶっているので、目の動きがわからないが。
明羅は言った。
「心配しなくても、斬れなかったら、その草履を言い値で買い取ってやるさ。ただし、斬れてしまったらそれはそれ。新しい草履を安値で貰う。そいつの丈夫さに自信があると言うんなら、わりのいい賭けだと思うが?」
肩をすくめて言ってやる。
娘はちょっと逡巡した。
明羅は、腕組みして待った。
内心では、実は嘘を吐いている。
そう、実を言うと、明羅の言っていることは、いくらか嘘である。
放られた草履を空中で斬り割るなど、滅多な腕ではできはしない。
明羅がその滅多でない腕をもっているのは確かであるが。
彼女の腕なら、それくらい、容易くできるのだ。
「まあ、そこまでおっしゃるんでしたら……」
娘はやがて、しぶしぶといった様子で、草履を一足取りだした。
明羅はしめしめとほくそ笑んだ。
顔には出さないが。
「よし、こい」
明羅は言った。
娘が草履をぱっと放る。
きん、と。
明羅は、草履の離れたところから、間合いに入るまでを、コマ落としのように見切った。一閃。
入った。
明羅はそう思った。
刀を収めて、草履をふり返る。
そして、はっとした。
(なに?)
草履の落ちたところには、無事な草履がただ落ちている。
斬れていない。
明羅は、目を疑った。
「ああ、やった! ね。斬れませんでしたよね、ね?」
娘が弾んだ声で言ってくる。
明羅は内実、愕然としていた。
(たしかに入った)
拾い上げて、確かめたい衝動に駆られるが、それではさっきの言の信憑性を否定してしまう。
足もとを見られるし、それになにより、プライドが許さない。
明羅は考えた。
(むう)
うなる。
微妙に眉をよせた。
それから、やがて肩を落とした。
(……仕方ないか)
しかたない。
明羅はこっそりため息をついて、娘が拾い上げた草履を高い値で買ってやった。
(得なんだか、損なんだか)
なんとも複雑な心地で呟いた。
(ううむ)
ナズーリンは、やや複雑な心地で呟いた。
女侍の元を離れ、一人で里の道を歩いている。
(まさか、本当に斬れないとは)
丈夫さを演出するため、念のため、聖に頼んで、法力をこめた髪の毛を貰い、二本ほど編み込んでおいたのである。
どっちにしろ損のない賭けだとは分かっていたが、まさか、本当に傷すらつかないとは思わなかった。
あの値段じゃ安かったな。
(得なんだか損なんだか)
なんとも複雑な心地で呟いた。
誤字報告です。
行った値で買おうじゃないか→言った?
服に編み込んでみよう。そして俺がそれを買おう。素肌で温もりを感じてみせるよ
そりゃ、やるせないですねー
あなたの作品はいつも楽しみにさせて頂いてます。どれも、キャプションがぴったりオチる秀作と思います。明羅さんかっこいいです。そして、ナズーリンの描写が素敵です。最後に聖さん流石です。
勉強させて頂きました。では。
さすが超人、なんともないぜ!
そして、続き物の方も待ってます!
あぁ、てゐだ