手の中にある懐中時計を見つめる。
数字の描かれていないそれの文字盤の色は藍色で、一本しかない針は普通の時計でいうと三時方向を指していた。
藍色ということは今咲夜は一人で居て、右水平を指しているということは東棟の地上階あたりにいるか、もしくは外か。まぁお姉様の傍に居なければ何処でもいいのだけど。
リューズに見せかけたスイッチを押して声をかける。
「さくやー。ちょっといいー?」
「ここに」
呼んでコンマ以下で来るメイドなんてきっとうちにしか居ない。
ほんといい子拾ったよねと、ケンカ中だけどお姉様にちょっと感謝する。
「如何致しましたか、フランドール様」
「うんちょっと。そこに腰掛けて」
「畏まりました」
美鈴二人が横に並んで座れるくらいの、大きな一人がけソファに案内する。
「あ、深く掛けてね」
「はい」
奥行きもかなりあるから、咲夜が腰掛けるとふかふかのそれに半ば埋もれるようになった。
「で、失礼しますよっと」
「あらあら」
綺麗に揃えて閉じられた咲夜の腿を跨いで座る。
「チラ見えましたわ」
「白だっけ?」
「今日は高密度で織られた光沢のある最高級の綿で仕立てられた、眩いばかりの白ドロワーズをお召しいただいております」
「うわぁ」
澱み無く答えられておののく。まさか、全てのドロワーズを一枚一枚判別できたりはしないよね?すましたどや顔も自重して欲しい。
「まぁいいけどさ。もぉ聴いてよ咲夜!」
「何かお困りですか?」
「お姉様が、さぁ」
「あらあら」
美鈴と比べると慎ましやかな咲夜の胸にぐりぐりと額を押し付ける。むにゅむにゅして良い感じだ。
もぞもぞと居心地の良い場所を探して、ここかなと思うところに収まった。
「魔理沙とせっかく遊んでたのにさ、もう遅いからってお姉様が帰しちゃったの。まだ二十時なのによ?ディナーもこなれて、これからだっていうのに」
「お可哀想に。魔理沙にもっと居て欲しかったのですね」
「うんまぁ遅いかなぁって思ってたけど、もうちょっとだけお喋りしたかったの。なのにお姉様ったら、せめておやつを食べてもらってから帰せばいいのに、急かして帰したりして」
「それはそれは残念でしたね」
帽子を外されて髪を結ぶリボンを解かれ、手櫛で髪を梳かれる。
ケンカした後に走って部屋を出てきたせいか乱れてたみたい。もつれた髪がちょこっとだけ引っかかった。
「ホントにね。だから魔理沙が帰っていくのを見て寂しくなって、思わず、分からず屋! って言っちゃったの。そしたらお姉様、分別を持ちなさい! なんて怒鳴り返すんだもの。短気は損気って言葉を知らないんだね、きっと」
「そうかもしれませんね」
「咲夜もそう思うでしょ? だからさ、めってしてきてよ。怒りっぽいのは駄目ですよっていうのと、妹には優しくしないとって」
「めっですか」
「めーっとね」
弾む声にひかれて咲夜を見上げると、あごに指を当てて深刻そうなポーズで、でも悪戯っこの眼で笑っていた。
こういうところが好きだなぁと思う。可愛らしいのに、小気味好いから。
「分かりました。お嬢様にはあとで、メイド長だけに伝えられる『秘指・めっ!』を存分に味わってもらいましょう」
「わーい咲夜大好きー」
そういう、ノリの良いとことか。
「フランドール様のお願いとあればこそ」
「いいこいいこしてあげる」
「みなぎって参りました」
わたしを大好きでいてくれるところとかも、大好きだなぁ。
わたしが咲夜の頭を撫でると、咲夜も私の髪を梳かすのを再開した。
見つめあったまま、しばしスキンシップにいそしむ。
「……」
「……」
指で頭皮を撫でるように、ゆっくりと梳かれるのは心地よい。怒りでささくれ立った気持ちが滑らかになっていくよう。
「んあー」
「お帰りなさいませ」
ぽふんと咲夜の胸にもたれると、心臓が脈打つ音が聞こえた。
規則正しい咲夜のテンポを聞きながら考え込む。
「……はぁ」
「……」
人間の咲夜は温かい。
厚手の冬服を間に挟んでいても、吸血鬼のわたしがすぐに温まるくらいに。
「そうなんだよねー」
「そうでしょうか?」
「うん」
「ではそうなのでしょうね」
「そうそう」
だらけた姿勢を正し、首を大きくまわす。
腕と翼を軽く伸ばして深呼吸すると、気持ちが固まった。
「謝る」
「よろしいのですか?」
「うん。わたしが悪かったから」
「そうでしょうか」
「お姉様が怒ってくんなかったら、魔理沙に迷惑かけちゃってたかなぁって」
「そうですか」
あの白黒の考えることなど私には到底予測出来ませんが、と咲夜が従者らしい控えめなもの言いで切り出す。
「フランドール様の選んだことが咲夜にとって正しく、成すべきことになります。それを忘れることなく、思うことをなさいませ」
背筋をぴんと張って迷いなく言う姿はとても瀟洒だ。
瀟洒過ぎて、怖くなる。
「責任重大じゃん、わたし」
「偉い人と言うのは沢山の人の責任をお持ちなんです」
あぁ。確かお姉様もそんなこと言っていたね。
「フランドール様のことを信じているのですよ」
「それも照れる」
「受け止めてください」
「……善処する」
信じてもらえるって、すごいことだと思うから。
幻滅させない程度には頑張ろう。
「でさぁ、謝ろうと思うんだけど」
「はい」
咲夜の膝の上で作戦会議を開始する。
「今日のおやつはなぁに?」
「いつもの五色に白を加えた紅魔カロンでございます」
「……ごめん、咲夜。それは、昨日わたしが食べたいって言ったからだね。とっても申し訳ないんだけど、アイスをもちもちした生地でくるんだ雪の団子みたいなやつ作れないかな?」
「雪視だいふくのことですか?」
「そうそれ。お姉様が雪を見てるときにね、それを暖炉の傍で食べたいって言ってたの」
「そうですか」
いつものような即答をせず、困った様子になる咲夜。
「どうしたの? 材料無い?」
作れないなら仕方ない。
そもそもお菓子に頼っちゃ駄目だよね。謝ることがあるなら、いちいち段取りしなくても謝るべきだ。
「いえ、材料はあるのですが……」
「ううん、やっぱりいいや」
「そうですか」
困らせちゃったな、申し訳なさそうな顔をするだろうなと思ってたのに、満面の笑みを浮かべた咲夜に驚く。
「どうしたの?」
「いえいえ。つい今しがた、お嬢様から『今日のおやつはフランが食べたそうなのにして。紅魔カロンとか』と申し付けられまして。どうしようかと悩んだのですが、フランドール様に折れていただいて咲夜たいへん助かりました」
「……そっか」
「フランドール様はお優しいですね」
どっちが、ね。
「やっぱりチェンジ。マカロンは紅と赤の二色で、それにバニラアイスを添えてくれない?」
「それは良い考えですね」
ぎゅむと抱き込まれ、髪を結われる。暖かいなぁ。
「では五分後にお持ちいたします。フランドール様、お嬢様を暖炉のある居間にお誘い頂いても宜しいですか?」
「うん、分かったよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
咲夜の前髪を掻き分けておでこにキスをすると、おでこに返されて帽子を被せてくれた。
居心地の良い膝から降りて立ち上がる。
「お願いするね」
「畏まりました」
咲夜の頑張ってくださいね、と言う声を背に、お姉様の部屋へ向かう。
瀟洒な声が勇気をくれたから、ちゃんと謝れる気がした。
ほんとにいい子で大好きだなぁ。
たった数メートル離れただけで消えてしまった温もりが、とっても恋しいよ。
おわろっか
数字の描かれていないそれの文字盤の色は藍色で、一本しかない針は普通の時計でいうと三時方向を指していた。
藍色ということは今咲夜は一人で居て、右水平を指しているということは東棟の地上階あたりにいるか、もしくは外か。まぁお姉様の傍に居なければ何処でもいいのだけど。
リューズに見せかけたスイッチを押して声をかける。
「さくやー。ちょっといいー?」
「ここに」
呼んでコンマ以下で来るメイドなんてきっとうちにしか居ない。
ほんといい子拾ったよねと、ケンカ中だけどお姉様にちょっと感謝する。
「如何致しましたか、フランドール様」
「うんちょっと。そこに腰掛けて」
「畏まりました」
美鈴二人が横に並んで座れるくらいの、大きな一人がけソファに案内する。
「あ、深く掛けてね」
「はい」
奥行きもかなりあるから、咲夜が腰掛けるとふかふかのそれに半ば埋もれるようになった。
「で、失礼しますよっと」
「あらあら」
綺麗に揃えて閉じられた咲夜の腿を跨いで座る。
「チラ見えましたわ」
「白だっけ?」
「今日は高密度で織られた光沢のある最高級の綿で仕立てられた、眩いばかりの白ドロワーズをお召しいただいております」
「うわぁ」
澱み無く答えられておののく。まさか、全てのドロワーズを一枚一枚判別できたりはしないよね?すましたどや顔も自重して欲しい。
「まぁいいけどさ。もぉ聴いてよ咲夜!」
「何かお困りですか?」
「お姉様が、さぁ」
「あらあら」
美鈴と比べると慎ましやかな咲夜の胸にぐりぐりと額を押し付ける。むにゅむにゅして良い感じだ。
もぞもぞと居心地の良い場所を探して、ここかなと思うところに収まった。
「魔理沙とせっかく遊んでたのにさ、もう遅いからってお姉様が帰しちゃったの。まだ二十時なのによ?ディナーもこなれて、これからだっていうのに」
「お可哀想に。魔理沙にもっと居て欲しかったのですね」
「うんまぁ遅いかなぁって思ってたけど、もうちょっとだけお喋りしたかったの。なのにお姉様ったら、せめておやつを食べてもらってから帰せばいいのに、急かして帰したりして」
「それはそれは残念でしたね」
帽子を外されて髪を結ぶリボンを解かれ、手櫛で髪を梳かれる。
ケンカした後に走って部屋を出てきたせいか乱れてたみたい。もつれた髪がちょこっとだけ引っかかった。
「ホントにね。だから魔理沙が帰っていくのを見て寂しくなって、思わず、分からず屋! って言っちゃったの。そしたらお姉様、分別を持ちなさい! なんて怒鳴り返すんだもの。短気は損気って言葉を知らないんだね、きっと」
「そうかもしれませんね」
「咲夜もそう思うでしょ? だからさ、めってしてきてよ。怒りっぽいのは駄目ですよっていうのと、妹には優しくしないとって」
「めっですか」
「めーっとね」
弾む声にひかれて咲夜を見上げると、あごに指を当てて深刻そうなポーズで、でも悪戯っこの眼で笑っていた。
こういうところが好きだなぁと思う。可愛らしいのに、小気味好いから。
「分かりました。お嬢様にはあとで、メイド長だけに伝えられる『秘指・めっ!』を存分に味わってもらいましょう」
「わーい咲夜大好きー」
そういう、ノリの良いとことか。
「フランドール様のお願いとあればこそ」
「いいこいいこしてあげる」
「みなぎって参りました」
わたしを大好きでいてくれるところとかも、大好きだなぁ。
わたしが咲夜の頭を撫でると、咲夜も私の髪を梳かすのを再開した。
見つめあったまま、しばしスキンシップにいそしむ。
「……」
「……」
指で頭皮を撫でるように、ゆっくりと梳かれるのは心地よい。怒りでささくれ立った気持ちが滑らかになっていくよう。
「んあー」
「お帰りなさいませ」
ぽふんと咲夜の胸にもたれると、心臓が脈打つ音が聞こえた。
規則正しい咲夜のテンポを聞きながら考え込む。
「……はぁ」
「……」
人間の咲夜は温かい。
厚手の冬服を間に挟んでいても、吸血鬼のわたしがすぐに温まるくらいに。
「そうなんだよねー」
「そうでしょうか?」
「うん」
「ではそうなのでしょうね」
「そうそう」
だらけた姿勢を正し、首を大きくまわす。
腕と翼を軽く伸ばして深呼吸すると、気持ちが固まった。
「謝る」
「よろしいのですか?」
「うん。わたしが悪かったから」
「そうでしょうか」
「お姉様が怒ってくんなかったら、魔理沙に迷惑かけちゃってたかなぁって」
「そうですか」
あの白黒の考えることなど私には到底予測出来ませんが、と咲夜が従者らしい控えめなもの言いで切り出す。
「フランドール様の選んだことが咲夜にとって正しく、成すべきことになります。それを忘れることなく、思うことをなさいませ」
背筋をぴんと張って迷いなく言う姿はとても瀟洒だ。
瀟洒過ぎて、怖くなる。
「責任重大じゃん、わたし」
「偉い人と言うのは沢山の人の責任をお持ちなんです」
あぁ。確かお姉様もそんなこと言っていたね。
「フランドール様のことを信じているのですよ」
「それも照れる」
「受け止めてください」
「……善処する」
信じてもらえるって、すごいことだと思うから。
幻滅させない程度には頑張ろう。
「でさぁ、謝ろうと思うんだけど」
「はい」
咲夜の膝の上で作戦会議を開始する。
「今日のおやつはなぁに?」
「いつもの五色に白を加えた紅魔カロンでございます」
「……ごめん、咲夜。それは、昨日わたしが食べたいって言ったからだね。とっても申し訳ないんだけど、アイスをもちもちした生地でくるんだ雪の団子みたいなやつ作れないかな?」
「雪視だいふくのことですか?」
「そうそれ。お姉様が雪を見てるときにね、それを暖炉の傍で食べたいって言ってたの」
「そうですか」
いつものような即答をせず、困った様子になる咲夜。
「どうしたの? 材料無い?」
作れないなら仕方ない。
そもそもお菓子に頼っちゃ駄目だよね。謝ることがあるなら、いちいち段取りしなくても謝るべきだ。
「いえ、材料はあるのですが……」
「ううん、やっぱりいいや」
「そうですか」
困らせちゃったな、申し訳なさそうな顔をするだろうなと思ってたのに、満面の笑みを浮かべた咲夜に驚く。
「どうしたの?」
「いえいえ。つい今しがた、お嬢様から『今日のおやつはフランが食べたそうなのにして。紅魔カロンとか』と申し付けられまして。どうしようかと悩んだのですが、フランドール様に折れていただいて咲夜たいへん助かりました」
「……そっか」
「フランドール様はお優しいですね」
どっちが、ね。
「やっぱりチェンジ。マカロンは紅と赤の二色で、それにバニラアイスを添えてくれない?」
「それは良い考えですね」
ぎゅむと抱き込まれ、髪を結われる。暖かいなぁ。
「では五分後にお持ちいたします。フランドール様、お嬢様を暖炉のある居間にお誘い頂いても宜しいですか?」
「うん、分かったよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
咲夜の前髪を掻き分けておでこにキスをすると、おでこに返されて帽子を被せてくれた。
居心地の良い膝から降りて立ち上がる。
「お願いするね」
「畏まりました」
咲夜の頑張ってくださいね、と言う声を背に、お姉様の部屋へ向かう。
瀟洒な声が勇気をくれたから、ちゃんと謝れる気がした。
ほんとにいい子で大好きだなぁ。
たった数メートル離れただけで消えてしまった温もりが、とっても恋しいよ。
おわろっか
だが咲フラは流行らせねぇぇぇええええ!
雪見だいふく?
咲フラ流行れぇぇぇええええ!
>ずわいがに氏
何でだよwwww
ふらんちゃんはみんなのいもうとなんだぁっ!!!
その後『秘指・めっ!』ずびしっ
そこには両目を押さえて転げまわるお嬢様の姿が!!