今思えば、あの子をあのような辺境の神社へ連れて行ったことが、いけなかったのかも知れない。
同い年くらいの巫女と気が合って、遊んでいた、とそれだけであったなら、塵のように積もる日常で済んでいた筈であった。
噫違う、帰り道での僕の一言がいけなかったのだ。
その時、あの子の、また、あの子と遊べるかな、と云う問いに。
僕は、魔法でも使えたならまた、遊べるだろうねと云ってしまった。
それ以来、何処に仕舞ってあったのか、魔道書を持ち出し、自室で読み耽るようになった。
当然、隠し通せる訳などなく、親子喧嘩が始まった。
長い悶着の末、あの子は勘当されてしまった。その事を伝えに、彼女は此処へ来たのだ。
自分の愚かな発言がこのような事態を招いてしまったのだと、僕は深く悔んだ。
「香霖なに、考えてるんだよう」
魔理沙、君のことだよ、と咽喉まで込み上げて来たが、ぐっと飲み込んだ。胃液が咽喉を流れたようで実に後味が悪かった。
「昔の苦くも酸い想い出だろうね」
魔理沙は、辛気臭いなあ、とだけ返し、僕の膝の上に座った。僕は魔理沙の髪を、人形を愛でるように優しく手で梳かしてやる。
すると魔理沙はくすぐったそうに身を捩り、仕草で強請るのだ。
「へへっ、くすぐったいぜ」
髪を梳かす手を止めた。途端に魔理沙は不機嫌そうに顔を顰めた。
「なんで止めるんだよ」
「くすぐったいのだろう?」
「だからって止めちゃ駄目だぜ。続けて続けて」
仕方ないな、誰に云うのでもなく、言葉は空しく宙を舞った。
再び髪を撫でると、魔理沙は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おや、眠ってしまったか」
あどけない寝顔は本当に人形のようである。然し、これでは動けない、と思った。
不意にドアに取り付けたカウベルが来客を知らせる音を鳴らした。余程疲れているのか、その音で魔理沙が起きることはなかった。
「霖之助さん、いるかしら」
「やあいらっしゃい、霊夢」
僕は、人差し指を口に当て、静かにするよう霊夢に促した。
霊夢は、解ったわとだけ云って台所で勝手にお茶を淹れた。
「霖之助さんも、要る?」
やんわりと断った。霊夢はあっそう、と素っ気無い返事を返した。
「僕が、初めて魔理沙を神社に連れて行ったことを、君は憶えているかな」
「憶えてる。初めての友達だもの、忘れる訳ないじゃない」
「後悔しているんだよ。魔理沙を、君の処に連れて行ったことをね。僕があんなことしなけりゃこの子は商家の一人娘だったろうに」
魔理沙のやや癖の付いた髪をそっと撫でた。心地好さそうに微笑み、身を捩った。
「幸せそうね、見てて羨ましいな」
「君は強運の持ち主だろう」
「強運であることと、幸福であることは全く違うものだわ」
霊夢は心が満たされないもの、と云って茶を啜った。魔理沙は、僕の胸に擦り寄るように眠っていて起きる気配はない。
確かに、そうかもしれない、そう思ってしまった。
「じゃあね、霖之助さん。帰るわ」
霊夢は、カウベルを鳴らさないようにゆっくりとドアを開けて出た。
カウンターに置かれた湯呑からは、少し湯気が立っている。手に届く処に置かれていたそれを手に取り、飲み干した。
丁度喉が渇いていたから、霊夢に感謝した。
「ん、ぁあ、あれ?」
「起きたかい」
「うん、お腹空いた」
魔理沙はお腹を摩ると、膝の上から飛び降りて
「夕飯は私が作るぜ。香霖はそこで待ってな」
台所へバタバタと走って行った。僕は窓を見て漸く、現在が夕方であることに気付いた。
何年も永く生きたことが、時間に対して呆けを生じさせたのだろうか。
有り得ないことではないかもしれない、と思う。
読みかけの本があったが、読むのは明日にしても遅いと云うことはない、今夜は寝ようと思った。
台所から聞こえる食材を刻む音や、燃える薪の微かに爆ぜる音を聞きながら、僕は船を漕ぎ始めた。
同い年くらいの巫女と気が合って、遊んでいた、とそれだけであったなら、塵のように積もる日常で済んでいた筈であった。
噫違う、帰り道での僕の一言がいけなかったのだ。
その時、あの子の、また、あの子と遊べるかな、と云う問いに。
僕は、魔法でも使えたならまた、遊べるだろうねと云ってしまった。
それ以来、何処に仕舞ってあったのか、魔道書を持ち出し、自室で読み耽るようになった。
当然、隠し通せる訳などなく、親子喧嘩が始まった。
長い悶着の末、あの子は勘当されてしまった。その事を伝えに、彼女は此処へ来たのだ。
自分の愚かな発言がこのような事態を招いてしまったのだと、僕は深く悔んだ。
「香霖なに、考えてるんだよう」
魔理沙、君のことだよ、と咽喉まで込み上げて来たが、ぐっと飲み込んだ。胃液が咽喉を流れたようで実に後味が悪かった。
「昔の苦くも酸い想い出だろうね」
魔理沙は、辛気臭いなあ、とだけ返し、僕の膝の上に座った。僕は魔理沙の髪を、人形を愛でるように優しく手で梳かしてやる。
すると魔理沙はくすぐったそうに身を捩り、仕草で強請るのだ。
「へへっ、くすぐったいぜ」
髪を梳かす手を止めた。途端に魔理沙は不機嫌そうに顔を顰めた。
「なんで止めるんだよ」
「くすぐったいのだろう?」
「だからって止めちゃ駄目だぜ。続けて続けて」
仕方ないな、誰に云うのでもなく、言葉は空しく宙を舞った。
再び髪を撫でると、魔理沙は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おや、眠ってしまったか」
あどけない寝顔は本当に人形のようである。然し、これでは動けない、と思った。
不意にドアに取り付けたカウベルが来客を知らせる音を鳴らした。余程疲れているのか、その音で魔理沙が起きることはなかった。
「霖之助さん、いるかしら」
「やあいらっしゃい、霊夢」
僕は、人差し指を口に当て、静かにするよう霊夢に促した。
霊夢は、解ったわとだけ云って台所で勝手にお茶を淹れた。
「霖之助さんも、要る?」
やんわりと断った。霊夢はあっそう、と素っ気無い返事を返した。
「僕が、初めて魔理沙を神社に連れて行ったことを、君は憶えているかな」
「憶えてる。初めての友達だもの、忘れる訳ないじゃない」
「後悔しているんだよ。魔理沙を、君の処に連れて行ったことをね。僕があんなことしなけりゃこの子は商家の一人娘だったろうに」
魔理沙のやや癖の付いた髪をそっと撫でた。心地好さそうに微笑み、身を捩った。
「幸せそうね、見てて羨ましいな」
「君は強運の持ち主だろう」
「強運であることと、幸福であることは全く違うものだわ」
霊夢は心が満たされないもの、と云って茶を啜った。魔理沙は、僕の胸に擦り寄るように眠っていて起きる気配はない。
確かに、そうかもしれない、そう思ってしまった。
「じゃあね、霖之助さん。帰るわ」
霊夢は、カウベルを鳴らさないようにゆっくりとドアを開けて出た。
カウンターに置かれた湯呑からは、少し湯気が立っている。手に届く処に置かれていたそれを手に取り、飲み干した。
丁度喉が渇いていたから、霊夢に感謝した。
「ん、ぁあ、あれ?」
「起きたかい」
「うん、お腹空いた」
魔理沙はお腹を摩ると、膝の上から飛び降りて
「夕飯は私が作るぜ。香霖はそこで待ってな」
台所へバタバタと走って行った。僕は窓を見て漸く、現在が夕方であることに気付いた。
何年も永く生きたことが、時間に対して呆けを生じさせたのだろうか。
有り得ないことではないかもしれない、と思う。
読みかけの本があったが、読むのは明日にしても遅いと云うことはない、今夜は寝ようと思った。
台所から聞こえる食材を刻む音や、燃える薪の微かに爆ぜる音を聞きながら、僕は船を漕ぎ始めた。
この話はこれぐらいの長さが丁度良いかな、自分には。
こういう雰囲気すきですよ