「うわぁーーーー! あぁーーーー!」
竹林に響くような大きな声で、泣いている子どもがいた。
最初、竹林を発見した時に、ここは「迷いの竹林」であることを子どもは慧音の授業で知っていた。
一度入り込んだら、迷ってしまい、二度と出られなくなる。そんな場所だと聞かされていた。
でも、本当に迷うのだろうか? 迷ったら、そもそも中にある診療所に行けないのではないか? 二度と出られなくなったら、診療所の意味がない。
そんな矛盾したことを思い浮かんで、好奇心から子どもは診療所を目指して、迷いの竹林へと入って行った。
結論から言えば、子どもはすぐ迷った。
そして、どうしようもなくなって、泣いた。
子どもが幸せの兎の話を知っていたら、それを探そうと行動するだろう。
しかし、悲しいかな。子どもはそこまで成長していないのだ。そんな話は知らず、ただ縦横無尽に歩き回って、そして歩き疲れ、泣き疲れた。
子どもは、その場にへたり込む。足は棒のようになっていて、もう動けなかった。
それを狙うものがいた。
子どもが気付いた時には、もうそれは目の前にいて、口から粘液性が高い涎を滴らせる。
子どもは恐怖で声すらも出なかった。子どもは本当の恐怖を知ったのだ。涙すら出ることは無く、そのネズミの化け物は大きく口を開き、子どもに喰らいつこうとする。
子どもがそれを恐怖で呆然として眺めていると、突如、火炎が化け物を襲った。
「ぎゃう!」
その化け物は、炎に驚き、一目散に逃げ去っていく。
子どもはその時になって、初めて自分が助かったのだと知った。
そして、そこに女性の声が響く。
「おーい。大丈夫か?」
子どもが振り向くと、そこには御札を髪飾りにしたもんぺ姿の女性が立っていた。
「……妹紅姉ちゃん」
「やっぱり健太か。何でこんなところにいるんだ? ここは危ないって慧音が言っていただろう」
「うん。でも、迷いの竹林だと、迷ったら診療所まで行けないから、ここに入ったの」
「……は?」
「うん?」
その場に何ともいえない空気が流れた。まるで人間の体温と全く同じ温泉のように、冷たくも温かくも無い空気だ。
「……とりあえず、慧音のところまで戻ろうか」
「うんっ!」
居たたまれなくなった空気をどうにかしようと、妹紅は提案した。健太は満面の笑みで頷いた。
先程、健太が座り込んでいたことを思い出すと、妹紅は仕方ないな、とぼやきながら、健太に高さにまで体を低め、背中を見せる。
「ほら、おんぶしな」
妹紅はしょっちゅう慧音の教え子の面倒を看させられていたから、ある程度の配慮は出来る。その経験から導きだした答えだったのだが、
「む~……」
健太は不満そうにしていた。
「何だ? 何の文句があるんだ?」
「……だっこがいい」
「あぁ?」
「だっこがいい!」
健太の我侭に妹紅はため息を吐く。
「分かったよ。抱っこでもなんでもしてやるよ、ったく……」
そのまま、妹紅は健太を抱っこして人里まで向かって行った。
(‐-)
「それで……事情は分かったのだが……それで私にどうしてもらいたいのだ?」
「いや……どうやら歩き疲れて寝ちまったんだがな……しがみ付いて離れないのよ。……胸に」
「……そうだな。お前の胸に沈んで、さぞかし気持ち良さそうに寝てるな……」
妹紅は慧音の家で正座をして座っていた。妹紅送り届けたはいいのだが、帰ることが出来なくなっていた。
健太がふかふかな妹紅のバストを布団代わりにして、気持ち良さそうに寝ているのだ。
妹紅は実際これは困る事態だった。
しがみ付かれて歩きにくい。何より、恥ずかしいのだ。
事実、人里の男衆は妹紅の胸で眠る健太を見て、何か言いたそうな顔をして凝視していた。
妹紅は顔を赤らめながら、慧音の家まで送り届けたのだった。
「それで……慧音。起こしてくれないか?」
「妹紅、自分で起こさないのか?」
「いや……こうまで熟睡だと、何か起こし辛くって……」
「はぁ~……全く、優しいのはいいが、それじゃあ優柔不断だぞ?」
「いや、面目ない……」
「まぁ、それが妹紅らしくていいけどさ。ほら、健太、起きろ」
慧音がゆさゆさと健太を揺らす。健太は眠たそうに目を擦って――慧音の胸へと移った。
「よし」
「いや、よしじゃねぇだろ!? どうすんだよ、これ!」
「ん? どうすんだって……」
慧音は豊満な胸にしがみ付いている健太を一瞥して、晴れやかな笑顔で言った。
「このまま家事をするが?」
「うそぉ!?」
妹紅には信じられなかった。なぜなら、先程その恥ずかしさを身をもって体験したのだ。例え人がいなくとも、その格好でいること自体に恥ずかしさを感じる。思い出して、妹紅は再びを顔が赤くなっていった。
「お、顔が赤いぞ、妹紅」
「う、うるさい! お前がそんな恥ずかしい格好しているからだろ!」
「恥ずかしい……? ……ふむ、それは違うぞ。妹紅」
「……? 違う?」
「そうだ。そもそもお前は知らないだろうが、この子は私が預かることになった数ヶ月前、ちゃんと親がいたんだ」
「え……? たまたま慧音が預かったじゃないのか?」
「あぁ。お前にはそう話したっけ。そん時は、この子が起きていたからな」
慧音は胸に顔を押し付けている健太の髪を撫でる。
「この子の親は、数ヶ月前に流行病で死んでしまってな。父親は妖怪に襲われ、母親だけでこの子を育ててたんだがな……」
「あ……」
妹紅は申し訳なさそうな顔で俯く。
「おいおい。お前がそんな顔してどうする」
「だって……つまり、その子にはもう……」
「あぁ……父も、母もいない。一人ぼっちなんだ。何より、まだ母親に甘えたいんだよ。だから、本能的にか、この子は胸に執着するようになってだな……毎日こんな感じさ」
慧音が苦笑する。妹紅はそんな慧音がまぶしく感じた。
健太をどうするか、人里での話し合いがあった。村の人々は、どちらかと言えば、健太の存在が鬱陶しく感じていたのだ。誰かが、養育しなくてはいけない。その分のお金もかかる。誰も好きでこの子の面倒を看ようとする人はいない。
そこで、名乗り上げたのが慧音だ。もちろん、村の人には何の非はないのだ。人一人養うにはお金と手間がかかる。それは仕方が無いことだった。けど、慧音はこの子のことが心配でならなかったのだ。だから、慧音が引き取ることになった。
妹紅は、その時は知らなかったが、慧音が率先して引き取ろうと言ったのは聞いていた。
そんな、慧音を、妹紅は尊敬の念すら感じていたのだ。
「やっぱり、すごいな。慧音は」
「そ、そんなこと……」
「お、今度は慧音が赤いぞ」
「ば、馬鹿っ! もう、お前は竹林に帰れ!」
「はいはい……じゃあな。慧音、健太」
妹紅はそのまま慧音の家の玄関から出て行く。
自分の親友の誇り高さを胸に感じながら…………
「あ、妹紅。この大根持っていけ。太くて大っきいぞ」
「せめて台詞は選んでくれ」
竹林に響くような大きな声で、泣いている子どもがいた。
最初、竹林を発見した時に、ここは「迷いの竹林」であることを子どもは慧音の授業で知っていた。
一度入り込んだら、迷ってしまい、二度と出られなくなる。そんな場所だと聞かされていた。
でも、本当に迷うのだろうか? 迷ったら、そもそも中にある診療所に行けないのではないか? 二度と出られなくなったら、診療所の意味がない。
そんな矛盾したことを思い浮かんで、好奇心から子どもは診療所を目指して、迷いの竹林へと入って行った。
結論から言えば、子どもはすぐ迷った。
そして、どうしようもなくなって、泣いた。
子どもが幸せの兎の話を知っていたら、それを探そうと行動するだろう。
しかし、悲しいかな。子どもはそこまで成長していないのだ。そんな話は知らず、ただ縦横無尽に歩き回って、そして歩き疲れ、泣き疲れた。
子どもは、その場にへたり込む。足は棒のようになっていて、もう動けなかった。
それを狙うものがいた。
子どもが気付いた時には、もうそれは目の前にいて、口から粘液性が高い涎を滴らせる。
子どもは恐怖で声すらも出なかった。子どもは本当の恐怖を知ったのだ。涙すら出ることは無く、そのネズミの化け物は大きく口を開き、子どもに喰らいつこうとする。
子どもがそれを恐怖で呆然として眺めていると、突如、火炎が化け物を襲った。
「ぎゃう!」
その化け物は、炎に驚き、一目散に逃げ去っていく。
子どもはその時になって、初めて自分が助かったのだと知った。
そして、そこに女性の声が響く。
「おーい。大丈夫か?」
子どもが振り向くと、そこには御札を髪飾りにしたもんぺ姿の女性が立っていた。
「……妹紅姉ちゃん」
「やっぱり健太か。何でこんなところにいるんだ? ここは危ないって慧音が言っていただろう」
「うん。でも、迷いの竹林だと、迷ったら診療所まで行けないから、ここに入ったの」
「……は?」
「うん?」
その場に何ともいえない空気が流れた。まるで人間の体温と全く同じ温泉のように、冷たくも温かくも無い空気だ。
「……とりあえず、慧音のところまで戻ろうか」
「うんっ!」
居たたまれなくなった空気をどうにかしようと、妹紅は提案した。健太は満面の笑みで頷いた。
先程、健太が座り込んでいたことを思い出すと、妹紅は仕方ないな、とぼやきながら、健太に高さにまで体を低め、背中を見せる。
「ほら、おんぶしな」
妹紅はしょっちゅう慧音の教え子の面倒を看させられていたから、ある程度の配慮は出来る。その経験から導きだした答えだったのだが、
「む~……」
健太は不満そうにしていた。
「何だ? 何の文句があるんだ?」
「……だっこがいい」
「あぁ?」
「だっこがいい!」
健太の我侭に妹紅はため息を吐く。
「分かったよ。抱っこでもなんでもしてやるよ、ったく……」
そのまま、妹紅は健太を抱っこして人里まで向かって行った。
(‐-)
「それで……事情は分かったのだが……それで私にどうしてもらいたいのだ?」
「いや……どうやら歩き疲れて寝ちまったんだがな……しがみ付いて離れないのよ。……胸に」
「……そうだな。お前の胸に沈んで、さぞかし気持ち良さそうに寝てるな……」
妹紅は慧音の家で正座をして座っていた。妹紅送り届けたはいいのだが、帰ることが出来なくなっていた。
健太がふかふかな妹紅のバストを布団代わりにして、気持ち良さそうに寝ているのだ。
妹紅は実際これは困る事態だった。
しがみ付かれて歩きにくい。何より、恥ずかしいのだ。
事実、人里の男衆は妹紅の胸で眠る健太を見て、何か言いたそうな顔をして凝視していた。
妹紅は顔を赤らめながら、慧音の家まで送り届けたのだった。
「それで……慧音。起こしてくれないか?」
「妹紅、自分で起こさないのか?」
「いや……こうまで熟睡だと、何か起こし辛くって……」
「はぁ~……全く、優しいのはいいが、それじゃあ優柔不断だぞ?」
「いや、面目ない……」
「まぁ、それが妹紅らしくていいけどさ。ほら、健太、起きろ」
慧音がゆさゆさと健太を揺らす。健太は眠たそうに目を擦って――慧音の胸へと移った。
「よし」
「いや、よしじゃねぇだろ!? どうすんだよ、これ!」
「ん? どうすんだって……」
慧音は豊満な胸にしがみ付いている健太を一瞥して、晴れやかな笑顔で言った。
「このまま家事をするが?」
「うそぉ!?」
妹紅には信じられなかった。なぜなら、先程その恥ずかしさを身をもって体験したのだ。例え人がいなくとも、その格好でいること自体に恥ずかしさを感じる。思い出して、妹紅は再びを顔が赤くなっていった。
「お、顔が赤いぞ、妹紅」
「う、うるさい! お前がそんな恥ずかしい格好しているからだろ!」
「恥ずかしい……? ……ふむ、それは違うぞ。妹紅」
「……? 違う?」
「そうだ。そもそもお前は知らないだろうが、この子は私が預かることになった数ヶ月前、ちゃんと親がいたんだ」
「え……? たまたま慧音が預かったじゃないのか?」
「あぁ。お前にはそう話したっけ。そん時は、この子が起きていたからな」
慧音は胸に顔を押し付けている健太の髪を撫でる。
「この子の親は、数ヶ月前に流行病で死んでしまってな。父親は妖怪に襲われ、母親だけでこの子を育ててたんだがな……」
「あ……」
妹紅は申し訳なさそうな顔で俯く。
「おいおい。お前がそんな顔してどうする」
「だって……つまり、その子にはもう……」
「あぁ……父も、母もいない。一人ぼっちなんだ。何より、まだ母親に甘えたいんだよ。だから、本能的にか、この子は胸に執着するようになってだな……毎日こんな感じさ」
慧音が苦笑する。妹紅はそんな慧音がまぶしく感じた。
健太をどうするか、人里での話し合いがあった。村の人々は、どちらかと言えば、健太の存在が鬱陶しく感じていたのだ。誰かが、養育しなくてはいけない。その分のお金もかかる。誰も好きでこの子の面倒を看ようとする人はいない。
そこで、名乗り上げたのが慧音だ。もちろん、村の人には何の非はないのだ。人一人養うにはお金と手間がかかる。それは仕方が無いことだった。けど、慧音はこの子のことが心配でならなかったのだ。だから、慧音が引き取ることになった。
妹紅は、その時は知らなかったが、慧音が率先して引き取ろうと言ったのは聞いていた。
そんな、慧音を、妹紅は尊敬の念すら感じていたのだ。
「やっぱり、すごいな。慧音は」
「そ、そんなこと……」
「お、今度は慧音が赤いぞ」
「ば、馬鹿っ! もう、お前は竹林に帰れ!」
「はいはい……じゃあな。慧音、健太」
妹紅はそのまま慧音の家の玄関から出て行く。
自分の親友の誇り高さを胸に感じながら…………
「あ、妹紅。この大根持っていけ。太くて大っきいぞ」
「せめて台詞は選んでくれ」
続編希望してます!