目を覚ますと人形が喋っていた。
「暗い深い眠い暗い深い眠いあなたのスープはすぐそこにお腹が空いたら召し上がれ」
アリスはすぐにその人形を解体した。何故か人形には声帯が付いていた。外部から術式をかけられた形跡は無かった。
解体している間もその声帯はどこからか漏れてくる空気に震えていた。
「螺旋螺旋螺旋の階段を降りていきましょう歪んだ鏡を見つめましょう」
妖精でも付喪神でもない。発する言葉には意識が無い。目的が無い。ただ音を意味のある順番に並べているだけのようだ。
彼女は好奇心を大いに刺激された。私の人形をいじったのは誰だろう。こんなギミックを付けたのは何故だろう。
疑問は尽きない。もっと詳しく調べようと魔道書と道具を取りに彼女は席を立った。その時ふと、椅子にかけた手を見た。
糸が人形に繋がっていた。
そうだ、そうなのだ。彼女の人形は全て手動なのだ。つまり人形に自らの声帯を取り付けさせ、腹部を上下させ空気を送らせたのは。
彼女は理解した。同時に凄まじい嫌悪感が全身を駆け巡った。手作りの人形が、愛らしい自分の分身が、何か別の恐ろしい物に見えた。
彼女が後退ると右手が少しだけ動いた。
「足跡が増える足跡だけが増える私の後ろで増えていく影は見えない影は」
ぶちん、音が響いた。声は止んだ。アリスの吐息の音だけがかろうじて聞こえる。魔法使いの体になって、アリスは初めて汗をかいた。
こんな、こんなものは私の意識じゃない。そう彼女は自分に言い聞かせた。
人形は捨てた。
***
古明地こいしはさまよっていた。目を閉じてから彼女はずっとそうしている。
気づいたら湖の畔にいた。気づいたら里にいた。気づいたら神社にいた。別の場所の繰り返し。
その途中、足に何かが当たるのを感じて彼女は意識を戻した。足元を見ると人形の顔。
持ち上げて、顔をまじまじと見つめる。どこまでも無機質な表情は何かを訴えてるよう。
こいしはこの人形にかすかな無意識の匂いを感じ取った。
「ふふっ」
こいしは笑みを浮かべるとこつん、と自分の閉じた目に人形の顔を当てた。だがもう興味を無くしたらしく、すぐに人形を手放した。
また瞼を落としたら今度はどこにいるだろう。次の行き先に思いを馳せながら彼女は再びさまよい始めた。
人形のことは、すでに彼女の記憶から抜け落ちていた。
***
人形はずっと捨てられたままだった。
雨にもさらされた。風にも吹かれた。雪も積もった。泥も被せられた。
ドレスは破け、木目の肌がさらされた。顔の塗料も段々剥がれ落ちていった。
一人だった。花だけが人形の隣にいた。
無意識が意識になるまで、あと。
怖かった。人形ホラー