子供というのは、無条件に甘いものが好きだ。
そして、チルノさんはその中でも特に甘党だと思う。
今日、ココアが大好きだと言っていたのを思い出し、買い置きしていたココアを入れて、熱々のカップを渡してあげると、案の定。甘い大好物に彼女は目を輝かせながら嬉しそうに受け取った。
ふーふーして「あちあち!」と言いながら、嬉しそうにずずっと茶色い液体を啜る。
でも、そこで「う?」ときょとりとした顔を私に向けた。
「これ、あんまり甘くないよ?」
「え?」
無邪気な表情に嘘はなく、「あやや?」と失敗したかと頭を掻いて、しかしカップの中から立ち上る香りの甘さに首を傾げる。
「これが甘くないんですか?」
充分に甘そうな香りだが、おかしいなとカップを受け取って、中身を少し舌で味わえば充分すぎるほどの甘さ。
私は「はて?」と首を傾げて、彼女に「甘いですよ?」と自然に返す。
「違う! 甘くないよ!」
「そーですか?」
「そーなの! ねえねえ、蜂蜜ある?」
「……、……ありますけど、えッ? 入れるんですか?」
「うん!」
その顔はマジだった。
つい「…うえー」と口の中で呻いて、取材の際、幽香さんから貰った、アカシアで採ったという蜂蜜の瓶を渡す。
チルノさんは嬉しそうに早速ふたをとって、甘いココアの中に、あろうことか瓶を逆さまにしてデローっと、中身の半分以上の蜂蜜を入れていた。
「……ッ」
驚愕の光景であった。
ちなみに、蜂蜜の瓶は先程まで未開封で、大きさは……駄目だとても言えない。
これはもう、甘味が嫌いな人間にとっての軽い拷問みたいな光景である。つまり、私にとっての。
「ふんふーん♪」
「………」
うわぁ……、と言葉も無く、見ているだけで胸焼けがしそうで顔をしかめながら目を逸らした。
胃の腑から込み上げるすっぱいものがあったが、あえて無視して視覚だけで胃を破壊しそうなカップから出来るだけ視線を外す。
「ねえ、スプーン頂戴」
「……はい」
「まぜまぜー♪」
もう逆らってもしょうがない。
大人しくスプーンを渡すと、楽しそうにぐるぐる液体を混ぜるチルノさん。
満面の笑顔だからこそちょっと引いた。
だって、多分それもうココアの味なんてしませんよ?
しかも、その元ココアは何だか粘りを帯びている。
スプーンでかき混ぜるのに、デロっと力がいる液体はもう液体じゃない。例えそうでも私は認めたくない。つーか見たくも無い。
てか捨てて!
私の切なる願いは届かず、そして、チルノさんは吐き気と戦う私の前で、躊躇なく『くいっ』とそれを飲んだ。
……の、飲んじゃった。
「うん、おいしい!」
…ちょ。
嘘ぉ?!
ま、マジですか?!
驚愕している内に、チルノさんは満足そうにすでに凶器にすら見えてきたカップの中身をこくこくと飲んでいく。
それはそれはおいしそうに。
「うん! 文、ありがとうね」
「い、いえいえ。喜んでいただけて良かったですよ」
「うん。えへへー、文がね、私がココアを好きって覚えててくれたのが、嬉しいんだ♪」
「……はは、そーですか」
むしろ、覚えていた事を絶賛後悔している途中である。
いや、チルノさんの笑顔が見れたのはとても僥倖だけれど、その為に多大なる精神ダメージを負ってしまった。
もう、チルノさんを直視できそうにない。
「…うぐ」
というか、こんなにいきなり糖分とかとって大丈夫なのだろうか? 別の意味で心配になってくる。
チルノさんはにこにこして、はいっ、といきなり、私にその凶器を差し出してくる。
「文も飲む?」
「いりませんッ!」
「っ?!」
断固拒否に叫んだ。
ビクリとするチルノさん。
うっ、しまった。
つい強く拒絶しすぎてしまった。
「……え、えーと」
当然だが、彼女はそんな私の様子に、少し「うぐ」とムッとした顔で、でもちょっと涙目でぶーっと頬を膨らませてしまう。
拗ねてしまったようだけど、しかし、これは譲ると私の舌とかスリムなボディとかがメタボな意味で大変なので、あえて機嫌をとる様な事も出来ない
「な、なによ、さいきょーのあたいがおいしくしたのに」
「……うっ。……ええ、その液体が最強だという事は色々な意味で認めましょう。でも、だからこそ絶対に拒否です。いりません」
「……むぐぅ」
チルノさんは本格的に拗ねて、むぐぐぐとか頬を一杯に膨らませて、カップを持ったまま立ち上がる。すでに半分以上飲んでいるので、元ココアが畳に零れる事はなかったが、それでもあんまり乱暴に動くので、こちらの方がはらはらしてしまう。
「文、そこ、そこに座って!」
「はぁ」
「そんで、足開けて、両手をこう、こういう風にのばして」
「はいはい?」
「そのまま!」
そう言って、すとんとチルノさんは座る。
私の足と足の間に。
「…………」
「何よ、文の馬鹿! さいきょーにおいしいのに!」
「えっと……?」
「大ちゃんはおいしいよって、口元をおさえて息を荒げながらガクガクって震えて喜んでくれるのに!」
「……いやそれ、苦しんでませんか?」
「たまに感激でうえって走っていくぐらいおいしいのよ!」
「……大妖精さん」
泣ける話だった。
大妖精さんの日頃の努力に涙を流しながらも、もっとちゃんとこのお馬鹿を教育しろとも思った。
とにかく、チルノさんはそれからもぷりぷりと怒り出して、背中を一杯に私にぐいぐい押し付けて私の両手を小さな手でとって、ふにっとしたお腹に回させる。
「もうあげないからね!」
「……いや、いりませんけど」
「なんでよ!」
「自然の摂理です! 宇宙の真理です!」
大げさに言いつつも、
でもそれ以上に、なんだかなーと、思うわけで。
チルノさん、私を誘っているのかなぁとか、そんな訳ないと分かりつつ思ってしまって。
「…………」
怒っているくせに、恋人座りを強要して、甘えるみたいにくっ付いて。
マジで襲っちゃいますよ?
「聞いてるの文!?」
「はい聞いてます。反省してます」
「そうだ、反省しろー!」
むぎゅっと両手を抱きしめるみたいに、チルノさんは私を更に引き寄せる。
柔らかな彼女の身体を感じながら「あー…」と困った衝動と少し戦う。
……もう、さっぱり分からない。
子供心と女心は秋の空みたいなものだ。
というか、何でわざわざココで文句を言うのかなぁ?
私が、ちょっと飢えてきた事を見越したんですか?
それ故に手を出せない私を更に見越しての嫌がらせ?
って、んな訳ないって分かっているんですけどね。ちょっとした願望ですよ。
「でも…」
むしろ、私に抱きしめられるという事は、私に拘束されているという事で、チルノさん的に嫌ではないのかと、怒らせた矢先でこういうのはどうなのだろうと心配にもなる。
いや、恋人座りについては、チルノさんは小さいし冷やっこいしで、抱き心地も悪くないのでいいのだけど、彼女が何を考えているのか分からないのが、むずむずと居心地悪かった。
「聞いてるの文!」
「え? ああ、すいません。今度は聞いてませんでした」
「なっ!? き、聞けー!」
パンチされた。
あんまり痛くなかったけど、相変わらず短気で可愛いんだからと苦笑。
「はいはい。それで何ですか?」
「もう、後一回しか言わないからね! 文はさ、ココア嫌いなの?」
「へ?」
首をぐっと曲げて、唇が私の顔に触れそうなぐらい近いチルノさんに、間の抜けた声を返してしまう。
相変わらず、話に脈絡があるようでなくて唐突であった。
「……えーと?」
「だって、飲まないから……」
「い、いえいえ、嫌いというか、ええと」
どうやらお馬鹿な子なのに、私の拒絶を結構気にしていると知り、慌てる。
唇の周りがココア? いやもう蜂蜜ココアでいいや。で汚れているのを拭いてあげて、うーむと考える。
「そーう、ですね、どちらかというと、私はココアをあまり飲まないので、嫌い、というのは乱暴ですが、そういう事、ですかね」
「……そ、そっか」
露骨にがっかりされたが、ここで好きとか言ったら確実に蜂蜜ココア(毒)を飲まされて死亡フラグだ。
決してこれは大げさではない。
でも、一応は恋人としてイチャイチャ中の現在、こういう喧嘩は私の胸も痛いですし……
「えーと。チルノさん」
「……何よ」
「……怒らないで下さいね?」
きちんと断って、ほえ? と無垢な瞳を丸くするチルノさんに。
私は不意打ちのキスをしました。
◆ ◆ ◆
「……無茶しましたね」
「……ええ、まさかあれほどとは」
がくりと、文が布団の中で青くなって眠っている。あたいは文が大変なんだけど、さっきのちゅーが嬉しくて、でも格好悪いから顔に出さないようにしながら、文の上に布団越しにのって、両足と両手をじたばたさせていた。
「でも、チルノちゃんがとっても興奮して嬉しそうです」
「……諸刃の剣でした」
「……文さん。貴方の行動は無謀でしたが、その蛮勇はとても尊いものです。私は貴方を尊敬します」
「……ありがとうございます。大妖精さん」
文と大ちゃんが握手しているから、えいっと手を伸ばして、二人の手を掴んだ。
大ちゃんがよしよしと頭を撫でてくれて、文がほっぺにちゅーしてくれた。二人とも笑っていた。
あたいは、文からのちゅーが、大ちゃんの前だからちょっと恥かしくて、でもでも、文は寝ていてもかっこよくて、えへへーって文の首に抱きついた。
あたいの文はさいきょーに大好きが一杯の、とっても凄い奴なのだ!
だから、大ちゃんの前だけど特別だよって、文の口にちゅーした。
文は目を丸くして、でも、深いちゅーをしてくれた。
「………ぐはっ」
「あ、文さーん!? ま、また無茶を!? 貴方って天狗さんはッ」
「あれ? どしたの文?」
文がかくんと力なく倒れて、大ちゃんがむせび泣いていた。
でも、あたいはさいきょーだから取り乱さずに、文が起きるのを待っていようと思った。
その日の夜。
文が、今度からココアに蜂蜜を瓶の半分もいれるのは絶対に駄目って、厳しく言ってきた。
あたいは嫌だけど、文がお願いって言うから、しょうがないって、いいよって言ってあげた。
大好きな恋人のお願いを聞いてあげるのも、お婿さんの役目なのよ!
文はとても喜んでくれて、抱っこしてくれた。
それから、文と手を繋いで眠った。
だから、今日もとっても楽しかった。
だが、この凶器になら殺されても悔いは無い!!
文が寝込んだ原因を事細かに書いてほしかった。
いや、おふざけなしでホンっトありがたいです。
文チルはもっと増えるべきですよぉ。貴重な供給、ありがとうございます。
まあこれを読んで吐き出す砂糖の量を考えれば蜂蜜一瓶くらいは…w
そんなに甘々なのがダメならちゅっちゅなんかするな!
いやそれより大ちゃんに後ろから刺されるんじゃないのか? 大丈夫か?
報告です。
「元ココアが畳みに零れる事はなかったが」畳?
「私の両手を小さな手でとって、をふにっとしたお腹に回させる。」ふにっと?
イイ、貴方の書く文チルはとってもイイ!
今回のつぼ
>まぜまぜー♪
蜂蜜ココアとチルノどっちが甘かったのかと
文チル?大好物さ!
なんか従姉妹がミルメークの原液を飲んで甘くないと言っていたのを思い出した。
本当に・・・ありがとうございます (≧∇≦)文チルバンザーイもっと広まれ文チル