「雲山、今日はお休みよ。だからゆっくりしてちょうだい」
「え、出かけたい? ふーん、まぁ今日はお互い自由なんだから、好きにしていいわよ。私は昼寝でもしとくし」
「いいじゃない、たまには。ね?」
「じゃ、いってらっしゃーい」
命蓮寺が開かれて数週間が経ちました。
開いてすぐの頃は意外にも大勢の人妖が訪れた為大忙しでしたが、少しずつそれもおさまって余裕が出て来たので、ずっと皆のお手伝いをしていた雲山はお休みを頂きました。
せっかくなので幻想郷の空をお散歩です。ずっと地下に封印されていた雲山たちは、しばらく外の景色を見ていませんでした。
解放されてからは白蓮の救出で、命蓮寺を開いてからはお寺の仕事でてんやわんやでしたので、この機に幻想郷の様子をじっくり観察しておこうと思ったのです。
雲山が空をふわふわ漂っていると、何やら声が近づいてきました。
「は~るで~すよ~」
そう言いながらやって来た妖精に、雲山は挨拶をします。初めの一言は少々勇気が要りますが、見知らぬ人との軽い会話も散歩の醍醐味です。
――そこな妖精よ、こんにちは。
「こ~んに~ちは~」
――私は入道雲の妖怪だ。お前は何の精だ?
「春告精で~す」
――名前は何だ? 私は雲山だ。
「リリーホワイトで~す、う~んざ~ん」
――そうか。ではリリーホワイト、もっとはきはきと喋ったらどうだ? だらしないぞ。
「ごめんなさ~い。でもこれは生まれつきなの~」
――ぬ、それはすまなかった。気を悪くしたか?
「だ~いじょ~ぶで~す」
とその時、強風が吹きました。
「ひゃあ~」
間延びした声を上げながら突風に飛ばされるリリーホワイトを、雲山が慌てて捕まえます。
「はわ~、ありがと~」
――軽いな。
雲山も雲なので軽さでは負けていません。
しかしそこは妖怪、ちょっとやそっとの風ではどうってことありません。どっしりと構えています。
「幻想郷中に春を伝えるのは~、た~いへんなんですよ~」
眉を八の字にして頭を掻くリリーホワイト。しかし口は楽しそうに笑っていました。
――ふむ、もしお前が嫌でなければ、同行してもよろしいかな? 実はまだ幻想郷の地理に詳しくなくてな。
「そ~なんで~すか~。じゃあ~、私が案内して~あ~げま~すよ~」
――ありがとう。
こうして偶然出会ったリリーホワイトですが、そのぽけぽけとした雰囲気が気に入った雲山は、一緒に春告げ巡りをすることにしました。
「はわ~、ら~くち~ん」
リリーホワイトは幻想郷を案内する代わりに、雲山の上に乗せてもらっています。おかげで風に飛ばされることもありません。
「ここが迷いの竹林で~す。入ると迷いま~す。でっかいお屋敷とかあるそうで~す」
――ふむふむ、なるほど。
「は~るで~すよ~」
――は~るで~すよ~。
「あっちが魔法の森で~す。妖怪もあんまりいませ~ん。変人の溜まり場で~す」
――ほほぅ、なるほど。
「春ですよ~」
――春ですよ~。
「こちら人間の里で~す。人間がうじゃうじゃで~す。賑やかで楽しいところで~す」
――ぬぅ、あまり近づきたくはないな。
「しかし春は等しく訪れマ~ス。ハルデスヨ~」
――そうだな。ハルデスヨ~。
「あそこが霧の湖で~す。昼間は霧が濃いで~す。傍に見える紅い館には吸血鬼が住んでま~す。普通の妖精が湖の方から近づくと門番に叩き落とされちゃいま~す」
――おっかないな。
「でも私なら歓迎されま~す。飴をくれたりもしま~す」
――春告精の役得か。
「そゆことで~す。Spring has been coming」
――はるすぷっぺ、ぺ……何だそれは?
「英語っていう、外国の言葉らしいです~。でも意味は一緒~」
――ほぅ、そうなのか。博識だな。
「紫の傘を持った妖怪さんが教えてくれました~」
リリーはぽけ~っとした顔のスキマ妖怪を頭に浮かべました。
冬眠から覚め、寝起きの散歩に出ているところに出会い、気まぐれに先程の言葉を教えてもらったのです。
――あの妖怪がか? 意外だな。
雲山は舌をべろ~んと出した傘を持つ妖怪を頭に浮かべました。
“紫の、傘を持った妖怪”を“紫の傘、を持った妖怪”と勘違いしてしまったのです。しかしその誤解を訂正する人はいません。
それに、そんな事は二人にとっては些細な問題……いえ、問題ですらありません。
今はただ、のんびりと幻想郷に春の到来をお知らせ出来れば、それで良かったのですから。
その後も雲山はリリーホワイトと一緒に幻想郷の各所を巡り、最後に妖怪の山の向こうへと飛んでいくリリーホワイトを見送ってから、ゆったりと帰りました。
「あら、おかえり、雲山。今日はどうだった?」
――うむ、春告精と出会ってな、非常に心安らぐ一日だった。幻想郷の風土も粗方眺めてきたぞ。
「それは何よりね」
――あぁ。ところで聞いてくれ、実はあのからかさお化けがな……
夕日が沈みきるほんの少し前、雲山はお寺に戻りました。
部屋で一輪に迎えられると、その後しばらくは自分の今日一日の体験・発見を話して聞かせました。どうやらお休みはしっかり堪能出来たようです。
どんな些細な事でも嬉々として逐一報告する雲山は、まるで小さな子供のようでした。
そんな滅多に見られない光景に、一輪は内心驚きながらも、微笑ましい気持ちになります。その表情はまるで母のような温かさを湛えていました。
幻想郷はまだ春に入ったばかり。その日の命蓮寺では、“頑固親父”もお休みで、“わんぱく坊主”がはしゃいでいましたとさ。
でも、とっても癒されました!
は~るで~すよ~。
「変人の溜まり場で~す」ちょ、リリーwwww
「しかし春は等しく訪れマ~ス。ハルデスヨ~」
なぜかイタリア料理を作る人の顔が浮かんだ。
雲山とリリーホワイトのかけ合いが暖かいです。
ハルデスヨ~。
雲山のだんでぃさに惚れてもうた
ところで目が光る親父が幼い妖精を拉致したって情報を得たんですがご存じないですかね?