「2/14ですよ~」
どこからともなく聞こえてきた声に、神社の境内に座ってお茶を飲んでいた博麗霊夢と霧雨魔理沙は揃って顔を上げた。その声は二人にとって馴染み深いものであるので、ああまたこの季節が来ただとか、今年は少し早いわねえなどと例年ならば思うはずであった。
しかし、今年はどうにも違和感がある。はてその違和感とは何ぞやと真剣に考え出す前に、答えは眼前に現れていた。
黒い。
果たして現れたのはリリーホワイト。幻想郷に春を告げる妖精であり、とても小さく愛らしい姿は里の子供たちにも大人気だ。日向ぼっこをしているリリーを虫取り網で捕まえて、それを母親に叱られるといった一連の流れは幻想郷の春においてある種の趣、日常茶飯となっている。
しかしそのリリーだが、何故だか今日は黒いのだ。いつもの白を基調にした服の色が反転して、黒ベースになっている。帽子まで真っ黒である。いつもがリリーホワイトなら、さしずめ今はリリーブラックといったところかと霊夢は一人得心する。
「おい、真っ黒のそこのお前、今日はなんだ、お祭りか」
魔理沙がリリーに声をかけた。やはり彼女もリリーの姿に違和を感じているらしく、どこか釈然としない面持ちである。
「はい、今日は『ばれんたいでえ』というお祭りがあるんですよ」
そんな魔理沙の様子を意に介する色もなく、無邪気な声でリリーは答えた。
「ばれんたいんでえ? あんた、知ってる?」
「いーや、初めて聞いた。でもなんだ、随分と楽しそうじゃないか、真っ黒といったら私の専門分野だぜ? なあ、そのお祭りは、一体どんなお祭りなんだ?」
祭りと聞いて、魔理沙が目を輝かせる。その様に霊夢は少し呆れたが、彼女もどことなく興味があるのか、いつものように投げ出すことなくリリーの返答を待っている。
「ええとですねえ、如月の朔の日に、女性の方が好きな相手に『ちょこれえと』というお菓子をぷれぜんとするというお祭りなんですよ」
間を置いて、はあというため息ともつかない声が、霊夢と魔理沙両者から漏れた。得意げに話すリリーはご機嫌である。なるほどこの笑顔なら春を運ぶこともできるだろうと、霊夢は思った。
「ああー、それでさっき2/14ですよ~って言ってたわけか。なるほど、そいつは愉快だ。一つ私も参加してみようかな」
「あんた達ねえ、今日は旧正月、昔はとっても神聖な日だったのよ? その日にそんなくだらないことやってる場合じゃないわ。わかったら早くそのちょこれえととかいう菓子おいて帰りなさい」
「おいおい霊夢、貰うだけってのは無しだろう。ちゃんと贈り物には贈り物ってな、私があげたらお前もちゃんと寄こせ」
「あんたにだけは言われたくないわね、それ」
にこにこしているリリーを置いて、二人は言い合いを始めた。しかし、どちらも喧嘩腰でありながらどこか楽しそうなのをリリーは見逃さなかった。一足早いけれどここにも春が来たみたいだと、彼女は思った。
「そういえば、一つ腑に落ちない点があるぜ」
皮肉り合いを中断して、魔理沙がリリーに話しかける。リリーは右手の人差し指を頬に当て、怪訝そうに首を曲げた。
「今日がそういうお祭りなのは分かったが、なんでお前が宣伝してるんだ? ついでに、その服装の意味もわからん」
確かに、と霊夢も相槌を打つ。お祭りの内容は分かったが、リリーが黒い理由は未だ判明してなかったことを霊夢は思い出した。
一方のリリーは待ってましたとばかりに笑顔を作った。小さな体をいっぱいに伸ばして、胸を張って口を開く。
「あのですね、ちょこれえとというお菓子は、大変甘くてほろ苦いお菓子なんです。そして何より色は真っ黒。今の私みたいにです。で、実はこの服、いつもの白い服にちょこれえとを塗って固めたものなんです。ついでに服の下、私の体にも塗りこんでありますよ?」
「え?」
霊夢と魔理沙は揃って声を上げた。この妖精が一体何を言ったのか、どうにも理解できていない様子であるが、そんなことはお構いなしにとリリーは続ける。
「それでですね、私は春を告げる妖精なのですけれど、こうして体を張って人を幸せにすることで、もっともっといつもより多く、そして早く春になると思ったんです。だからこうして2/14を伝えながらみんなにちょこれえとを配っているというわけです」
その言葉を皮切りに、リリーは二人に詰め寄った。二人は上半身をのけぞらせるが、どうにもリリーの言葉の衝撃が大きすぎてうまく体を動かせない。リリーはどんどん近寄っていく。
「はっぴーばれんたいん。お二人に差しあげるちょこれえとは」
そこでリリーは一度言葉を切って、霊夢と魔理沙が口をはさむよりもはやく、自身の体を二人に押し付けた。
「わ・た・し」
〆
妬ましいからリリーは頂いていく
服の内側のほうから先にいただきますね。