光る真昼のシューティングスター
一体見つけられるのはだれ?
ある日の事、紅い吸血鬼レミリア・スカーレットがこう言った。
「咲夜、今夜はパーティーでもしましょう」
その言葉に恭しく礼をするメイド長十六夜咲夜。
「畏まりました。早速用意を始めます」
レミリアがどんな無茶を言ったって、ここでは誰も文句は言わない。彼女の友人は例外だが。
ここは彼女の屋敷、紅魔館、だからここでは彼女がルールだ。
「といってもお嬢様、一体何のパーティーで?」
「チョコパーティーよ」
「ああバレンタイン……」
「チョコよ」
「ふふっ……了解しましたわ」
くすくす笑う咲夜に、不満顔のレミリア。自分の主人をからかうとは何事かとでも言いたげだ。
しかしそれも紅魔館ではおかしな事ではない。このメイド長はとても自由気ままなのだ。
それは己の幻想郷の師と同じように。
「それでは妖精メイド達にも伝えてきますわね」
「はいはいとっとと行ってらっしゃい」
レミリアの言葉に、咲夜は一度礼をしてその場から消える。
「バレンタイン……ねぇ……」
呟いたのは誰の言葉か。
「ねぇ、ちょっと美鈴……」
「ん……?あぁ、はい」
寝惚けた声で答えるのは、紅魔館の門番、紅美鈴。
「また寝てたの?」
「寝てましたねぇ」
職務怠慢であるが、悪びれた様子は全くない。
これもまた、紅魔館ではおかしな事ではなかった。良い事でもないが。
「仮眠取るならせめて部屋に戻ればいいのに」
「いやいや咲夜さん、日光浴びながらうとうとするのがいいんじゃあないですか」
「とても吸血鬼の使用人の台詞とは思えないわね」
「まったくです」
からから笑いながらこの呑気な妖怪は楽しそうであった。
咲夜としては門の前で座り込んでいると、何かあったのではと心配になるので止めて欲しいのだが。
だが美鈴はそんな事全く気にせず、幾ら言えども変わる事はなかった。
「それで美鈴」
「はいなんでしょう」
「今夜、チョコパーティーすることになったから」
「へぇ、チョコですか。美味しい物楽しみにしていますよ」
「やっぱり食い気なのね」
「そりゃもちろん、咲夜さんの作る物はなんでも美味しいですから」
「今度マンドラゴラでも調理して出してあげようか?」
「勘弁して下さい」
そう言いながらもその顔は笑顔であった。
大抵この妖怪はにこにこしているのだ。
その顔に、人間も釣られて笑顔になってしまう。
「仕様がないわね、おいしいチョコ作ってあげるわよ」
「えぇ、期待してますよ、咲夜ちゃん」
その瞬間、ゴッと鈍い音がした。
咲夜がナイフの柄で美鈴を殴ったのである。
「いったいなぁ……」
「勤務中!」
「はいはーい」
顔を赤くして咲夜が大きな声で怒鳴る。が、美鈴はそんな態度も飄々としてかわしてしまう。
この妖怪の辞書に「真面目」の字は無いんじゃないだろうかなど思ってしまう。
いつもの事ではあったが。
昔から変わらないのだ、ここは。
変わらない永夜の城。
「……で?パーティーに出て来いという事かしら」
「ええ、要約するとそうなりますわ」
咲夜の目の前にいるのは、不機嫌そうな吸血鬼。
「咲夜、わかってるでしょ。私はそういう大勢が集まる所には出ないよ」
「私はもう、何の問題もないと思うのですが……」
彩り賑やかな孤高の悪魔、フランドール・スカーレット。
「咲夜が良くても私が駄目。もし何かあったらお姉様に迷惑が掛かるわ」
「私もお嬢様もパチュリー様も美鈴も小悪魔もいますよ」
「最後に不安要素」
「人生にはトラブルが付きものです」
「トラブルがあったらいけないってのに」
溜め息ついたフランドールが頭を抱える。
誰かに似たこの頑固者はどう説得してやろう。
「私は……そうね、豆粒ぐらいのチョコしかいらないから、お姉様の為に早く用意してきたら?悪魔の狗さん」
「むぅ……畏まりました」
顔は納得していないが、ひとまず引いてくれたようだ。
そも、フランドールは自分の力を考え、人前に出るのを嫌うのだ。それを口には出さないが。
最近は紅魔館の中をうろうろしてたりするが、それでも外には出ず、パーティーなどにも出たがらない。
人には嫌みを言って遠ざける、その様に独りで過ごして……
「仕方ないので、モダマチョコを用意させて頂きます」
このメイドは。
「で?持って行ったの、モダマチョコ」
「持って行きましたわ、モダマチョコ」
紅魔館の広間は今、辺り一面甘い茶色だった。
チョコ、チョコ、チョコ、見渡す限りのチョコである。
自分達でも食べる物だからと妖精メイド達もやる気を出し、咲夜の1日が48時間を越す事もなかった。
その妖精メイド達は現在チョコをもりもり食している。チョコもりである。
パチュリーと小悪魔もチョコもりである。
「よっす咲夜、レミリア」
「あら呼んでないのが」
「呼ばれてないもの」
「霊夢も魔理沙も突然どうかした?」
「どうもしてない、なんとなくだ」
「紅魔館なら何かやってるかと思ってね」
「ウチはテーマパークじゃないんだけど」
突然の珍しくない来客、博麗霊夢に霧雨魔理沙。
ある魔法使いは言いました。「暇だったら紅魔館に行け」
「といっても私がついさっき言ったんだけどな」
「はいはい、まぁいいんだけどね」
「門もがら空きだったからすんなりだったわね」
「美鈴ならその辺でいつもみたいにワイン傾けてるんじゃない?」
「不用心な家だ」
「普通は家に門番居ないでしょうに」
まったくだ、とからから笑う魔理沙に釣られて回りも笑う。
本日の来客は吉のようだ。
その後もチョコを口にしながら他愛ない話が続く。
今日も妖精は馬鹿だっただの、今日も吸血鬼の妹は偏屈だっただの。
そうする内にチョコもりしていたパチュリーと小悪魔も体中からチョコ臭を発しながら加わり、チョコ臭ではなく噂を嗅ぎ付けた文屋も加わり、夜が更けていく。
「ねぇ咲夜」
「なんでしょうお嬢様」
「こんなにたくさんあるんだから、明日にも回しましょう」
「明日もチョコの日ですか」
「そうなるわね」
「口が甘ったるくなりそうですわ」
「まったくね」
空に月と星が輝いていく。
本日の来客は46。
通した数は3、帰した数は43。
こう騒ぐ日は特に野次馬が多いのだ。美鈴はひっそりと息を吐く。
「まあ、ひとまずはこんなものかな……」
今回は館の皆がそろって楽しみにしていたのだ。
多少のサプライズは必要だが、それも度を過ぎると害になる。
自分はワインとチョコを一口ずつで十分だが、他はそうじゃないだろう。
完璧な従者にもなれない、良き友にもなりきれない自分にはこれぐらいが丁度良い。
少し離れた所で、夜空の主役の月を飾る。
この役だけで十二分ではないか。
隣には立てなくともお嬢様の役に立てるだけで幸せだ。
寂しくないかといえば、嘘ではあったが。
大分汗をかいた為、シャワーを浴びて着替えようと自室へ戻る。
軽く汗を流して、体を拭いて、着替えた後、一息つこうとお茶を淹れる。
グラスを傾け、ぼうっとしていると、視界にある物が映った。
机の上に見慣れぬ紙が。
――はて、部屋に戻ってきた時にこんな物あっただろうか。
疑問に思いながら紙を手に取る。
紙には、こう書いてあった。
お疲れ ラスタバン
「……優しさが五臓六腑に染み渡るって、こういう事ですかね……」
思わずくすりと笑ってしまった。
全部お見通しだったか。何時まで経っても敵いやしない。
ああ今日は、もうこのまま寝ようかな――
そう思う美鈴の顔は、笑顔だった。
翌日の朝食は、まだたくさんあるチョコをたっぷり塗ったトースターを渡された。
もの凄く甘ったるかった。
もの凄く、美味しかった。
少しだけ、泣きそうになった。
私はもう、泣けないよ。
悪魔は流れ水を嫌うから。
私を必要としてくれる天使のような悪魔の為に。
悪魔を引き立て門に吉を通すのが私の役目だ。
今日も、朝は来ない。
光る真昼のシューティングスター
夜空に佇むドラゴンスター
見つけられるのはお月様さ
紅くて丸いお月様さ
自分の中の美鈴像と一致してて凄い良かったです!
俺もチョコもりしようと思ったけど何故か手元にチョコが無かった、何故か
チョコに芋焼酎も合うぜよ、俺的に
遠くに小さく見えるけど、その実とても大きい存在。
レミリアや紅魔館にとって、美鈴はそんな妖怪なのかも知れませんね。
毎回イイ話をありがとう!!
幻月「呼んだ?」
氏が描く二人の立ち位置が良すぎてたまらん!
後書きのアイコンでもニヤニヤしましたwww