「そうそう、今日はいい物を持って来たんですよ」
「いい物?」
神社の縁側でいつも通りにまったりしていると、文は思い出したかのようにそうつぶやいた。
首を傾げながら言葉をオウム返ししてみせると、懐から何かを取り出して。
手には板状のチョコレートが握られている。少し偉そうに胸を張りながら文は言う。
「一日早いですけれど。霊夢には日頃から世話になってますからね」
部屋の中にあるカレンダーを確認してなるほど、と頷く。
2月13日。今日はバレンタインデーの前日だった。
「文にそんな気遣いができるとは思わなかった」
まあ、頷いたはいいものの、微妙に納得はしてない訳で。
日頃からお世話に、なんてそんな殊勝な言葉が出てくるような奴でもないし。
文はむ、と眉を寄せて何かを言おうとしたけれど、
ぶんぶんと頭を振って諦めたかのようなため息を一つ。
「……人里に行って来たので。そのついでです」
「ついででも珍しいわよ。まあ、ありがと」
適当なお礼を言いながらチョコの包み紙をといて口に入れてみる。
ぱきんといういい音がした。
……こういう日に板チョコというのはあまり聞かないのだけれど。
しかし、自然と口に広がる甘さに思わず頬が緩んでしまった。
「これ、おいしい」
「そうですか」
二口目を食べていると、薄く苦笑のようなものを浮かべながら文は私の顔を見つめていた。
人がせっかく甘いものを食べて感動している時に水を差してくれるのはどうかと思う。
「何よ。口にでもついてる?」
「そこまで輝いた眼をされるとは思いませんでした」
もっと買ってきたらよかったかな、と文は独りごちる。
輝いた眼なんてしたつもりはないんだけれど。
まあ、少なくなってくチョコは惜しいかな、とは思う。
沢山貰っても価値が薄れるだけだけど、こうもおいしいとちょっと惜しくなるかもしれない。
「……あんたの分とかないの?」
「あげませんよ」
「取らないわよ」
聞いてみただけなのに、こうも警戒されるなんて、信用のないことだ。
あったらちょっと欲しいかも、とか考えただけなのに。
「私が持ってるのは私への貰い物なので、霊夢にはあげられません」
「聞いてないわよ。取らないって言ったじゃない」
「狩人みたいな眼で見るからですよ」
だからそんな眼をしたつもりはないってば。
なおも警戒し続ける文。人のことを山賊か魔理沙か何かだと思ってるんじゃないか。
「……どうでもいいけど。で、その貰い物って誰から?」
「茶屋の娘さんからですが」
ふうん、と頷きながら最後の一口を放り込んで、文の顔を見つめてみる。
不思議そうに顔を傾げていて、どうも納得のいかなさそうな表情をしていた。
「どうしたのよ」
「いや、霊夢がこういうことを聞いてくるのは珍しいなあと思いまして」
「そう? 単なる野次馬根性だけど」
「その野次馬根性が珍しいんですけどね」
そうかなあ。そうですよ。
そんな軽いやり取りを交わして、ぼんやりとお茶を啜ってみる。
「ああ、茶屋の娘さんに感謝しておいてくださいね」
「んー? なんでよ」
「娘さんにチョコ買えって言われて買ってきましたから」
「ふうん」
包み紙のゴミをちらりと見てみる。珍しいと思ったら、そんな黒幕が。
ちょっと納得しつつも、言われなきゃ買ってこなかったんだろうか、とか
そんなくだらないことが頭をよぎった。
というか、娘さんはどうしてそういうことを言ったのやら。
嬉しいけれど、チョコよりもお賽銭入れてくれる方がありがたいのになあ。
「それにしても本当に珍しいわね」
「何がですか?」
「あんたが人の言うことを素直に聞いてるのとか」
「む、お茶を奢られちゃったから仕方ないでしょう」
私は律義なんです、ととてもそうは思えないセリフを言ってくれる。
約束ごとは守るやつだけれど、律義とは程遠い。
「チョコも貰っちゃいましたしね」
困った風に、頬をかく文。
これまた珍しかったけれど、なぜか少しむっとなった。
原因は分からないけれど、とにかくそうなったのだ。
「人里に返事しに行ったりは?」
「しませんよ?」
「え? 何で?」
何でと言われても、と文は首を傾げた。
どうも私とこいつの間に微妙な食い違いがあるように思える。
「返事と言われてもねぇ。茶屋に行ったら買えーって言われて、持ってけーって言われただけで」
「あ、これお茶屋さんで買ったチョコだったの?」
「そうですよ。そんなにおいしいなんて思ってませんでした」
文はさりげなく失礼な発言をする。
いや、私もお菓子屋さんかどこかで買ってきたものだと思ったけれど。
「ご主人の気まぐれらしいですよ。まあ、そんな訳で返事はいらないかなあと思ってるのです」
「ふうん。でも、一応しておいた方がいい気もするけどなあ」
何となくだけれど、その方がいいと思うのだ。
「それは霊夢の勘ですか」
「うん。私の勘」
答えると、ふむなんて頷いて考える素振りを見せた。
別に勘だから無視してもいいんだけど、とつぶやくと、霊夢の勘ですからねぇと肩を竦められた。
「なら、明日にでも行ってきますか」
「じゃあ、ついでにチョコ買ってきてよ」
「あなたって鬼ですよね。もしかして、それが狙いだったり」
「そんなことないわよ。あんまり」
返事して、どっちに転んだとしても文が損する頼み事だからなあ。
受け入れても断っても痛い目を見るのはこいつなのだ。
それで、どっちでも面白そうだなと思ってるのは私だ。
「……買ってきますけど。恨みますよ」
「妖怪に恨まれると後々面倒臭いから嫌なんだけど」
「霊夢のような人間はそれくらいがちょうどいいんです」
む、酷いことを言われた気がする。
でもまあいいや、で流して、縁側から腰を上げた。
どうしたのか、という表情の文に頭をかきながら言い訳をする。
「あんたと話してたお陰で人里に用事あったの思い出したわ」
「へ? そうですか」
「うん。というわけでまた明日」
「はい。ではまた」
疑問符を頭に浮かべながら飛び去っていく文。
人里に用事があったというのは嘘だけれど、たった今用事ができたのだ。
あのチョコはおいしかったし、自分の分を買ってくるついでに文の分を買ってきてやるのも悪くない。
明日はバレンタインデー当日だし。
たまには労ってやるのもいいかもしれないなんて似合わないことを思った。
いや、こんな二人が好きなんですけどね
いやまぁでもこんな感じが二人らしいかもですな
そんな二人が大好きです!
しないが故のこの距離感がまたいいんですかね
学校とかでの女の子同士のチョコ交換は見ててドキドキしてました。
ごちそうさまです。