地底も駄目、地上も駄目、山も駄目。
さすれば目指すはもう上しかない。
嫁探しと題して旅を始めたものの、一向に成果が見えないことに、私は焦りを覚え始めていた。
そろそろ本腰を入れなくては……。
「それで、私の所へ?」
天子の所に行く前に、一か八かの可能性を信じて白玉楼へと身を投じた私。
今は当主である幽々子と縁側でだべっている所だ。
「そうなんだよ! 出来たら数日で良いから置いてくんないかなぁ?」
事情や目的、ここまでの経緯をさらっと説明したのち、改めて懇願。
ここで間違って妖夢を嫁にくれなどと言うものなら、問答無用で追い出されるだろう。
幽々子がどれ程妖夢を気に掛けているか、私だって重々承知しているのだ。
あっ。でもいっそ幽々子を嫁に貰うって手もあるか。家事は一切やって貰えなさそうだけど。
「残念だけど、それは駄目ね。」
ありゃりゃ?
これでも色々と考えて、慎重に言葉を選んだつもりだったのに、にべもなく断られてしまった。
まさか白玉楼に空いている部屋が無いなどとは言うまい。
「……一応、訳を聞いても良いかな?」
「訳? それはねぇ……」
私の質問にすぐに答えず、もったいぶるように、ふふふと微笑んで見せる幽々子。
紫とか良くやってるけど、彼女場合、素なのだろう。
はてさて何がそんなに嬉しいのやら……。
「それは?」
「それはねぇ──」
「幽々子様。お茶をお持ちしました。」
丁度そこへ、二人分のお茶とお菓子を持った妖夢が現れた。
すると幽々子は何やら思いついたようで、意味深な目線を一瞬だけ私に向けると、すぐに妖夢を見上げた。
ひょっとして、その訳とやらは妖夢にあるのかな?
「あら、妖夢。早かったのね。今日のおやつは何かしら♪」
妖夢に向かって、胸の前で両の指を絡ませ上機嫌でそう尋ねる幽々子。
首まで傾げて見せるぶりっ子ぶりに、流石にやり過ぎなんじゃないかと私は思った。
呆れて物も言えなかったが、きっと何か目的があるのだろう。
そう思い直して、今度は妖夢を観察する。
──ん?
すると私は違和感を感じた。何となく、妖夢の様子がおかしいのだ。
顔が妙に赤いのと……それに視線もどこか泳いでいるような……?
頭に疑問符を浮かべ始めた私とは引き替えに、したり顔を浮かべる幽々子。妖夢はそれに気付く様子はない。
「まぁ大きな雪見大福! 嬉しいわぁ妖夢♪」
特注品というか特大品というか。
人の顔程にある雪見大福に大いに喜んだ幽々子は、近くにいた妖夢をぎゅっと胸元に抱き寄せた。
すると──
「ひゃぁあああ!?」
驚きの声と共に顔を真っ赤に染める妖夢。
オーバーなそのリアクションに、私は目を点にした。
……おかしいなぁ。私の知ってる妖夢は、もうちょっと落ち着きがあった筈。
そう。少しくらいの幽々子のおふざけなら簡単に流していた筈なのに……。
それがもう、幽々子の胸の中に顔を埋めながら、もがもがと情けなく腕を振っているのだ。
「ふふふ。それでは頂きます。ご馳走様。」
今更突っ込む気も失せたが、常人離れしたスピードで雪見大福を食す幽々子。殆ど飲んでいるようだった。
そして、解放されてほっとしていた妖夢に向き直るとおかわり! と元気良くねだるのだった。
「えっ!? あ、でも……今日はもうこれしか……」
口ごもる妖夢。どうやら本気で困っている様子。
しかし幽々子はそんな彼女で遊んでるだけなのだ。端から見ればよくわかる。
「……どうしても……無理……?」
だが、当事者たる妖夢は全く気付かない。
そんな妖夢に見せびらかすように、わざと胸が強調されるポーズをとる幽々子。
何をしているのか、さっぱり私には分らなかったが、驚くべき事に何故かそれは効力を発揮した。
それは先程まであたふたと落ち着きの無かった妖夢の動きをピタリと止めたのだ。
いや、固まったと言うべきか。
ごくり。
喉を鳴らすように、生唾を飲み込んだのは妖夢だった。
彼女は、食い入るようにその深い谷間に視線を釘付けにさせている。
先程までその谷間に顔を埋めていた者と同一人物とはとても思えない反応だ。
「ねぇ、妖夢……。聞いてるの?」
「えっ……? あっ、はい! す、直ぐに!!」
おそらく聞いてなかったのだろう。はっとなった妖夢は、弾かれるように立ち上がると尻尾を巻いてその場を立ち去る。
話を聞きそびれた事を恥じたのか、それとも幽々子の胸に見とれていた事を恥じたのか……多分その両方だろう。
「あらあら、慌てるから。」
転んだりでもしているのだろうか。姿の見えなくなった妖夢の悲鳴が縁側まで絶え間なく響いてきた。
「で、今のが理由?」
「そう。面白いでしょう?」
本当に愉快そうに笑う幽々子。普段からどこか退屈そうにしているため、今回の事は余程楽しいらしい。
「それで、妖夢は一体どうしたのさ?」
「分からない?」
「分かんない。」
様子がおかしいのは理解出来たが、所詮はその程度だ。
「妖夢はねぇ……今、思春期なのよ。」
「……は?」
思わず生返事で返してしまう私に構わず、どこかうっとりした表情で語る幽々子。
「思春期よぉ、思春期。小さいころ誰だって経験するでしょ?」
そりゃまぁそうだろうけど。妖夢だってあれで半霊だ。見た目以上に歳はくってるものと思ったが……。
とてもじゃないが納得のいかない私に、されど幽々子は喜々として話し出す。
「だってそうとしか言えないでしょう? 最初は熱でもあるんじゃないかって心配したわぁ。だって私と一緒にいる時に限って顔が赤いし。でもね、直ぐに気付いたわ。妖夢のあの熱い視線に……。」
どこか恍惚した顔を見せる幽々子──食べ物以外でもこういう顔が出来たんだなぁと、今日初めて知った。長い付き合いだけど。
「私もね、亡霊やってて長いし。貴女や紫みたいな、何て言うかこう……年長者(?)ばかりと気が合うようになっちゃって……もうそう言うのとは縁も無いだろうとばかり思ってだけど……。
そんなこと無かった……私って、まだまだ若いんだって分かったの! ううん! 私の青春はまだ始まったばかりなのよ!」
幽々子にしては本当に熱く語っている。余程嬉しいんだろなぁ。
でもそれは勘違いじゃないかな……まぁ妖夢の思いは本物かもしれないけど。
あとこの話、紫の前では絶対にしない方がいいと思うのは私だけだろうか?
「もうちょっとなのよ……もうちょっとで妖夢から告白してくれそうなのよ!」
「へ、へぇ……」
その時の事を想像しているのだろう。だらしなく緩む頬を挟むように両手を添えた幽々子は、語りながらあさっての方を見始めた。
そんな幽々子を見て、漸く私にも話が理解出来た。要はこれから此処は二人っきりの愛の巣と成るわけだ。
すると続く幽々子の言葉は容易に想像がつく。私の思考がそこに至ると同時に、幽々子も妄想から帰ってきた。
「そういう訳だから、貴女は邪魔なの。」
予想できただけに、それ程堪えなかったが、やっぱりちょっと凹んだ。
しかし長く主従関係をしていた二人から、まさかこんな浮ついた話を聞かされる等とは夢にも思わなかった……。
私はこれ以上は無駄だと悟ると、妖夢が戻ってくる前に、白玉楼を後にするのだった。
切り札を切る時がきた。
もう最後は此処しかない。
天界に向かう私の心は焦るどころか、妙な高揚感に燃えていた。
まるで勝ち目の薄い闘いに赴く時のような、そんな高ぶりを感じてさえいる。
後が無いなんて、それこそ望むところ。
追い詰められた土壇場こそが私は私のポテンシャルを最大限に引き出せるのだ。
落とす……!
落として見せる……!!
もう私には、寝床の確保なんて眼中になくなっていた。
目指すは嫁と、その先にある甘い生活──これまでさんざん見せつけられた幸せを、今度は私が……ううん、そんな幸せを分かち合える相手を捕まえるんだ!
目標はもう決まっている。
これまでのは全て前座、きっと自分でも気付かないうちに心は彼女をと決めていたのかも知れない。
知り合って間もないけど、気高さの中にどこか親しみやすさを感じさせる……そんな彼女。
気配を探り、目的の人物を探す……すると割と直ぐ近くにその存在を感じられた。
(よし……!)
気合いを入れて彼女──比那名居天子の前へ躍り出る。
「やぁ! 久しぶり! 元気にしてた?」
何時もの岩に座って、何か難しい顔をしていた天子に思い切って声を掛ける。
とりあえずは、繕ったりはせず、気さくな感じで攻めてみることに。
しかし彼女の反応は冷たかった。
「……なに? 私、今忙しいんだけど。」
考えるのに、ということだろう。
実際天子は何をしていた様子でも無いし。
しかしここで引き下がる訳にもいくまい。
「何か悩み事? 私で良かったら力になるよ?」
「あんたが……?」
うんうん。と頷く私に、最初は面倒くさそうな顔をしていた天子だったが、何か思い付いたのか、急に顔を輝かせるとパッと私の手を取った。
突然の事に、驚きはしたものの、相手から手を握ってくれた事に、私は心の中で歓喜した。
「そうだ! あんた確か地上に詳しかったわね?」
「うん? まぁまぁ顔は広いんじゃないかな。」
思えば此処に来る間に色んな所に顔を出した。そのどれにも断られたが。
「それがどうしたの?」
「地上を案内して欲しいのよ! 私一人じゃないなら衣玖だって文句ないでしょ! うん、きっとそう!」
だからお願い、と両手を合わせ頼み込んでくる天子。
……こ、これはひょっとして“でえと”のお誘いでは無かろうか?
そんな考えが頭を過ぎる。……が、ここは一つ冷静になれ私。
そうじゃない。彼女はただ、地上に降りるきっかけが欲しいだけなのだ。
しかし落胆するのは早い。要は『でえと』だと天子に思い込ませれば良いのだ。
そのためには──
「ねぇ、どうしたのいきなり黙り込んで──」
「総領娘様!」
「げっ!? 衣玖!?」
私が黙考している所へ後ろから第三者の声が。
振り返って見るとそこには、腰に手を当てて仁王立ちする衣玖とかいう竜宮の使いの姿があった。
これはひょっとして、好敵手(ライバル)の登場ってやつか……?
「げっ、とは何ですか? よもやまた良からぬ事を企んでいたのでは有りませんか?」
「ギクッ!?」
「ギクッ……? 図星ですか……はぁ……。良いですか? 私の目の黒いうちは、もう二度とああいった悪戯は──」
「ちょっとまったぁ!」
「何ですか……貴女は?」
完全に私を無視して一方的に説教を始めた衣玖を、私は二人の間に割って入る事で止めた。
どうやら彼女にとって私は只の部外者のようだが、私にとっては違う。
なんせ一人の女をめぐって争い合うことになったのだ、無視してもらっては困る。
「天子はこれから私と、“でえと”に行くんだから。邪魔するのは野暮ってもんじゃないかい?」
「「デート?」」
二人の声が重なった。当然だろう。衣玖はおろか、天子だってそんな気は全く無かったのだから。
しかし──
「違うのですか、総領娘様?」
「え……? ち、違わない違わない! そ、そうよデートよデート! だから邪魔しないでよね、衣玖!?」
──話を合わせるしか、天子には無い。
決まった……!
私は自身の勝利を確信した。天子の口から“でえと”と言わせたのだ、目的はもう達成させたと思って良いだろう。
しかし危なかった……後少し私が来るのが遅かったら、こんな風にはいかなかっただろう。
そもそも私は天子と衣玖の関係がどれ程のものか、全く知らない。
勝手にライバル扱いしといてなんだが……見たところでは、只のお目付役といったところだろうか?
もしどちらかにそれ以上の感情があったとしても、今のところ進展が無いのは、今のやり取り見ていて明らかだった。
畳み掛けるなら、今である。
「行こうか、天子。」
「う、うん……」
歯切れの悪い天子。どうやら俯いて何も言わなくなってしまった衣玖を気遣っているようだった。
「お待ち下さい……!」
強引にでも連れて行こうと天子の手を取った、その時だった。
何やら沈痛な趣で顔を上げた衣玖が私達を呼び止めてきた。
「……この期に及んで何の用?」
やはりこのまま見逃してはくれないか……。
ならばと、出来るだけ平坦な声で言ってやると、衣玖の肩がビクッと震えた。
それでも彼女は何か決意を秘めた瞳で真っ直ぐ天子だけを見つめていた。
……あぁやっぱりそうか。
「総領娘様……貴女が、どなたとお付き合いをしようと、私にそれをどうこうする権利など無いでしょう……」
随分と遠回しに話すんだなと、私はじれったく思った。
しかし隣にいる天子は何かを期待するかのような瞳でじっと衣玖の言葉に耳を傾けている。
「ですが……! それでも私は貴女に誰かと一緒に居て欲しく無い! 私以外の他の誰かと!」
叫ぶなんて事、今までしたこと無かったのだろう。
そんな衣玖の悲痛の叫びは、痛みに耐えかねた心の悲鳴のようにも聞こえた。
今にも泣き出しそうなその姿は、無様で、格好悪くて。
そして…………一途だった。
「だからっ……! 私を置いて行かないで下さい、天子!!」
告白と共に、結局最後には泣き崩れる衣玖──
「衣玖っ……!」
その姿を見て、天子は弾かれたように衣玖のもとへ駆け寄っていった──そう、私の手を振りきって……。
「そ、総領娘様……?」
「行かない! 何処にも行かないから! だから泣かないでよ……泣かないでよ、衣玖ぅ……!」
言いながら、天子もぼろぼろと涙を零す。
やがて二人は互いを抱きしめ合いながらわんわんと泣き始めた。
そこに私が割って入る間など、どこにも無かった……。
いや、最初から無かったのだろう。
結局私がした事と言えば、二人の仲を後押ししただけに過ぎなかったようだ。
(ホント……何やってんだろ、私。)
何時までも喜びを分かち合う二人を置いて、私は一人、そっとその場から離れた。
結局、私は地底に戻ってきた。
しかし、昔のねぐらなどは無く、ただの岩の上でこの身を横たえている。
「はぁ……。」
出るのは先程から溜め息ばかり……。
すっかりやる気を無くした私は、ただここで縮まっていた。
もう何時間そうしていたのか、全く覚えていないが、それすらもどうでも良かった。
そう、私は負けたのだ。
特段誰かと勝負していた訳では無いが、それでもどうしようも無い敗北感が、私の心を埋め尽くしていた。
しばらく誰とも会わず、気持ちの整理が付くまでこうしていよう……そう思った、その時だった──
「あの……良かったら……うちに来ます?」
最初は幻聴かと思った。
強がってても、結局は寂しくて仕方ない私の弱い心が、有るはずも無い救いの声を生んだのだと。
「幻聴なんかじゃないですよ? ほらここです、ここ。」
でも幻なんかじゃなかった……。
声はご丁寧にも幻聴ではない事を証明してくれようとしているようだ。
今度こそ、自分を呼ぶその声に顔を上げる。
するとそこには心配そうな顔で私を見下ろす──女神の姿があった。
「私は神では有りません。さとり妖怪です。」
「う……うわぁ~ん!?」
「……よしよし。寂しかったんですね?」
言葉を解さずとも察してくれるさとりの能力が、今はただただ嬉しかった……。
こうして私は、さとりに拾われたのであった。
『それがどうったの』
→『それがどうしたの』?
『泣かないのでよ』
→『泣かないでよ』?
いいのかそれで。
オーンorz
……よし、衣玖天は任せます。
果たして萃香さんにお嫁さんは出来るのか、なんか無理そうな気g(大江山悉皆殺し
よかったね。よかったよ。萃香。おじさん嬉しいよ。
フラれたあとは言葉はなくただ傍に居てくれる存在が一番ですよ。このさとりんにはコロッと逝っちまうよなwww
「最後はやっぱり天子か……まあ無難なとこだな。」って思ってたらまさかの失恋www
でもまだ嫁じゃなくてペットなんだよなwwwていうかこのままじゃ嫁どころか婿入りになっていくんじゃないのかwww
ひとまずお疲れ様でした。新シリーズの展開を楽しみにしてます。
コメント書き始めたときは一番乗りだったのに送信したら前にいっぱいあったのにびっくりした。ずわいがにさんと二秒差って何なんだww