馬鹿は風邪を引かない、とは言うけれど。
「あー、う゛ー……」
――大丈夫? ヤマメちゃん。
病気を媒介する土蜘蛛が風邪を引いてりゃ世話ないという話である。
意識が熱に朦朧とする。全身がだるい。視界はゆらゆら、水の中。
キスメが頭に載せてくれた濡れタオルも、もうほかほかになってしまっている。
「きすめ……」
輪郭の滲んだ視界に、キスメの姿を求めて手を伸ばすと、柔らかくて細い指がきゅっと握り返してくれた。火照った身体に、キスメの手の冷たさが心地よい。
そのまま引きずり倒して抱きしめてしまいたい衝動に駆られたけれど、体力がそれに追いついてくれなかった。力なくキスメの手を握ったまま、大きく息をつく。
「土蜘蛛が風邪引くとか……一生の不覚……」
――まだ肌寒いのに、あんな格好で寝てたから……。
キスメが困り顔で言う。囁くようなキスメの小声が耳にくすぐったい。
しかし、だとしても今まで風邪なんて引いたことのない自分がこんな状態に陥るとは。タチの悪い風邪でも地底で流行っているのだろうか。
そういえば最近、もっぱらキスメと家でちゅっちゅしてばかりであまり外を出歩いていなかったと思い出す。
ちゅっちゅのしすぎで体力が落ちたのだろうか。
それが一番ありそうな気がしてげんなりした。
「……キスメ~」
――なに? ヤマメちゃん。
「感染す気はないけど……感染るかもしんないから……私はへいき、だからさ」
そんなに離れずにいてくれなくていいよ、と言おうとしたら。
不意にぼやけた視界に、キスメの顔がぐっと近付いて。
唇に触れる柔らかい感触とともに、冷たい水が口の中に流れ込んできた。
「キスメ……?」
含まれた水分を飲み干して、ヤマメはぼんやりとキスメを見上げる。
キスメは頬を膨らませて、ヤマメの手をきつく握った。
――やだよ。ヤマメちゃんのそばにいる。
そして、またその姿が近付いて、――背中に腕が回されて、そのままぎゅっとキスメに抱きしめられた。
「あー、う……」
押し当てられるキスメの細い身体の感触に、風邪の熱とは別の火照りがしてくるのを感じて、そんな自分にヤマメは苦笑する。
キスメの心臓の鼓動が、とくん、とくんと心地よいリズムを刻んでいた。
「キスメ、だめだってば……」
――だめじゃないもん。
離れようとしないキスメを、引きはがすだけの体力はなかった。
なのでヤマメは仕方なく、あくまで仕方なくというつもりで、キスメを抱き返す。
えへへ、とくすぐったそうに笑ったキスメの髪を撫でると、さらさらとした髪が指に絡まって、心地よかった。
「風邪、感染るってば……」
――私、もうヤマメちゃんから風邪、感染されてるから平気だもん。
「え?」
――ヤマメちゃんのこと考えると、身体が熱くなっちゃう、風邪。
「……ばか」
まあ、それもまた病気かもしれない。
それをキスメに感染したのは、確かに自分だろう。
で、自分もやっぱり同じ症状なのだ、とヤマメは苦笑して。
キスメを、もう少し強くぎゅっと抱きしめた。
――やっぱり、ね。
「うん?」
――桶の中より、井戸の中より、ヤマメちゃんの腕の中が、一番狭くて、好き。
「……はいはい、知ってるってば」
そう囁いてくれたキスメの顔は、すぐ近くにあったから。
ぼやけた視界の中で、確かなキスメの存在に、ヤマメはそっと口づけた。
風邪引き続けるといいよ!
風邪引くまでの描写がなぜ無い!!!
私は情けなどかけません。
一生風邪引いててください。
ヤマキスちゅっちゅももっとみたい……うぎぎ