天界。
有頂天、比那名居邸前・垣根。
一人の男が、屋敷の中をうかがっていた。
なにやら神妙な顔で、垣根の前をうろついている。
そこへ、鬼の伊吹がやってきて声をかけた。
「もし」
「は! ――ああ、ひえっ!?」
男は、伊吹の姿を見て驚いたようだ。
伊吹は、ひとなつこい笑みを浮かべて言った。
「はは。なによ、天人の方も案外だらしないんだね。いくら鬼ったって、こんなわらしっこ相手にして、腰なんか抜かすもんじゃないよ」
「は、は、は。こここれは失礼をばいたしました。それでは拙はこれで」
男は逃げようとしたが、伊吹は機先を制して言った。
「おっとと。待ちなよ、兄さん。こんなところで何してたの? 私も一応ここにゃ義理のある身でね。なにか怪しげなことをする輩があるようだと、ちょっと見過ごせないんだけど?」
伊吹が言うと、男は明らかにたじろいだ。
「は。は、い、いえ――」
「あーぁ。ちなみに、下手な嘘とかはつかないでね。私そういうの嫌いだから。あんまりみえすいた事とか言うと、否応なくぶっ飛ばすよ」
伊吹は笑顔で言った。
男はすっかり震え上がったようだ。
口を開いたり閉じたりして、にっちもさっちもいかない顔をする。
なんだか、顔は合格点だが、ひょろっちい感じの男だ。
目鼻立ちとがたいは凛々しいので、この場合は精神の方だろうか。
伊吹はちょっと好みだと思い、ふーんと、じろじろと顔をのぞきこんだ。
実はちょっと、(アッチの方でも)頼りない男が好きである。
男は余計にいすくんだ。
「はっは! そんなに縮こまんないでよ、兄さん。男ならハラに立派な逸物もってんだろう? なに、疚しいことでもしてたわけ? ここの侍女辺りにでも色恋煩いしたか?」
「せ、拙はそのような……あ、い、いえ。はい。じつはですな、ええと」
男がいいかけたときだった。
「うわ。また出たよ鬼。なんかでかい声がすると思ったら……」
垣根の向こう、入り口の方から声がした。
見ると、天子がいる。
釣り竿担いで魚籠を持った恰好である。
「あんた、今日は上がりこまないでよ。毎日毎日人の家でただ飯喰ってさ」
「いいじゃん、別にあんたからいただいてるわけじゃあるまいし。それに毎日毎日と言うが、そんなに頻繁じゃないだろ。こっちの飯はしょっちゅう喰ってると飽きるしね。ここの飯を毎日食うくらいなら、私は神社に行くね」
「ふん。鬼の舌も、所詮は下賤てとこね。あんたがあんまり上がりこむようだと、私がお父様に叱られるのよ。いいから止めて。いい? それじゃあね」
天子はすたすたと遠ざかっていく。
伊吹はけらけらと笑って見送った。
「まったくあいかわらずお高く止まっちゃって。本当かーいいヤツだよね。ああ、兄さんも天人だから知ってるか」
男は頷いた。
「うむ。やはり可憐な方だ――そのお姿……優雅で、静かで、豊かで……歩く姿は、まさに一輪の百合の花である。それもそこらの百合にはない、ふっくらとした瑞々しさと、闊達さというものがある……素敵な女人だ。高嶺の花とはまさしくあの方のためにある」
「……」
伊吹ははたと笑いを止めて、男を見た。
うっとりとしていた男は、伊吹を見下ろして、はっと赤らめた顔を逸らした。
「で、では、拙はこれにて」
「いや、いや。ちょっと待ちなよ、兄さん」
伊吹は、ぎゅっと男の衣の端を握った。
男はくの字に折れてつんのめった。
「おどほっ、はっ」
「なに? いまなんていった? もう一回言ってみ。いや。怒らないからさ」
結果、伊吹は怒らなかった。
怒らずに盛大に笑い転げた。
無理もない。
「あれこそは理想の女人です」と、大まじめに天子の魅力について大の男から説かれたのでは。
「あまり笑わないでくださらんか。失礼ではないですか。鬼の方というのは、気性は荒べど、根元は誠実とお聞きいたします。拙は本気なのですよ」
「いや、すまんすまんすまんすまん。だがだはははははははもうやめてくれ、もう一度同じ文句を繰り返されたら、私はもうどうにかなっちまうよ」
伊吹は大笑いした。
憮然とした男の前で、更にひとしきり笑い続けて、ようやく笑いを収める。
それから伊吹は「よし」と、突然起き上がった。
「兄さんの心意気に惚れたよ! どれいっちょやってこい!」
「はあ、やるとはなにをですか」
「やるといったらやるだろう。ナニをでなく」
男は眉をひそめた。
「当方、下品ですな。その見た目であまりそういうことは……」
「細かいことは良い。求愛するんだよ」
「求愛……い、いや、拙はそのう」
「なにをぐずぐず言ってるんだい、大の男が情けないな」
「い、いや。この場合情けないだのどうだのという問題ではござらぬでしょう。礼を失しております! そのう、なんの付き合いもなくいきなりなどと!」
「はー。馬鹿だねえ。あんた。うつけ者って言うのかな」
「なっなにを」
「いいかね。いま手をのばしても届かないものというのは、一生届かないんだよ。高嶺の花はたしかに夢を見させてくれると言うが、それはそのとおり。あれは夢なのさ。人間てヤツはもともとたいそう賢しい生き物だからね。届かないと思っているなら、それはたしかに一生届かないものなんだよ。あんたはいったいどういう事情をかかえているんだかしらないが、今、あれに手が届くと思ってるのかね? 思ってないんだろう? どうだね?」
男はたじろいだ。
「いっいや。それは、ですが――せ、拙はその、遠くからお見かけするだけでも」
「ちっち。ダメダメ。そうやって綺麗な夢を見続けてばっかりだと、いずれあんたがくさって駄目になっちまうよ。夢が綺麗だから壊したくないなんてのはただの感傷感傷。ざれごとの部類だね。ざれごとばっかり言ってる人間はろくなヤツにならない。やっぱり中身がなきゃ駄目さ。それはつまりどういうことか? あんたの中身でがつんとぶつかれってことだね」
「……」
男は黙りこんだ。
伊吹は続けた。
「あんたは天人だから、気楽に長く生きられるんだろうが、そういうヤツこそ燃えるときは燃えるべきだと思うけどねえ。色も恋も、燃えあがるときは炎だよ!あんただって修行ばかりの人生の前はイロイロあったんだろう? その気持ちを忘れちゃいけないな」
「……」
男は黙りこんでうつむいた。
伊吹の言葉に言い返さずに、じっと地面を睨んでいる。
やがて顔を上げた。
なにか感銘に満ちた光が、瞳に浮かんでいる。
「分かりました。鬼殿、あなたはあの方とお知り合いでしたな」
「ああ」
「刻限と場所をお伝えしますゆえ。お願いつかまつる」
「おお、任せておきな」
伊吹は平たい胸を叩いた。
翌々日。
待っていると、約束の刻限どおりに天子はやってきた。
「やあ、来た来た」
男は身体を硬くした。
伊吹はこっそり脇腹を指でつついてやった。
天子は胡散臭げな顔をした。
いきなり用向きも言わずに呼びだした伊吹に、たっぷり嫌味を垂れようとしていたのだろうが、横の男を気にしたようだ。
「やあ、すまないね。いきなり呼び出しちゃって」
「いいえ、別に。お気になさらず。そちらは?」
「ああ、あんたに用があるんだって。今日はそのことで呼び出したんだよ、悪いね」
「はあ、私にですか?」
天子は丁寧に言って、小首をかしげた。
優雅な仕草である。
上品に、変わった色のスカートの前で、両手まで合わせている。
男は、意を決した様子で進み出た。
天子の前に立つと、すっと頭を下げる。
「――拙は、この領に住まいます天人の一人、名は生前に捨てましたゆえ、名乗れませんが、ご容赦下さいませ。――有頂天が総領・比那名居様の御娘子様、総領娘天子様。お目にかかりとうございました」
「はあ。ええ……」
いきなり丁重に頭を下げられて、天子はやや戸惑った様子だ。
男を見上げて言葉を聞く。
(ほう、男に言わせるとは、場をわきまえてるのかどうか)
伊吹は半分面白がりながら見ていた。
「このたびは、――このたびは、――」
男は口ごもった。
汗が滲む。
緊張をはらんだ肩が、盛りあがっている。
天子はちょっとびびったようだが、静かな様子で男の前に立っている。
背をすっと伸ばして、あごを引いた令嬢立ちである。
それだけを見れば、まさに男の言うように、理想の女人とやらにまあかろうじてぎりぎりで見えなくもない。
「拙は、その――」
男は場に窮したように言った。
ぐっと、いったん言葉を飲みこむ。
それから、がばっと不意に土下座した。
天子は目を丸くして、男を見下ろした。
「ひ、比那名居、天子殿ッ!!!」
「は、はい」
男は頭を下げたまま言った。
天子は吃驚した様子で答えた。
男はそのまま叫んだ。
でかい声で。
「拙と――拙と! どうか! お付き合いをば!!」
「はあ? お。お付き――え?」
「はい!! あなた様に惚れました! 見初められ申した! 天界に上がり、過酷な修行の果てに枯れはてたと思っておりました情動が、貴女様のお姿を見た途端、ふたたび目を醒まし申したのです! もはや、ここ近頃では、貴女様のことばかり、他のことなど空の雲ほどにも覚えず、修行もろくに手につかぬ有様!! これと申しますのも、あなたのような花を見たがゆえ! 貴女様は、まさしくこの天空に咲く一輪の花でございます! 他には見つけられぬ、高貴にして可憐な花でございます! 枯れる事のない花でございます!」
「い、いえ、ちょっと」
天子は顔を真っ赤にして止めに入ろうとしたが、男は止める様子がない。
続けて言う。
でかい声で。
「その、数百年経ても、幼い感じの変わらぬ、控えめな胸! ぷりりんとした小振りな尻! そしてちょっと寸胴気味の腰! 万人受けを拒否したそのちょっと背徳的かつ魅惑的な健康美溢れる体型は、まさに拙の胸をきゅんきゅんしめつけいたします!! そしてなによりも、その高貴な――こうなんていうかなんかこう卑しい者を見下す態度の染みついた目つきと言いますか、それがもうたまりません!! もう我慢の限界です!! どどどうか拙とお付き合いを!! そしてゆくゆくは夫婦の契りをば――」
男の言葉は、途中で遮られた。
天子の放った蹴りが、音速で男の顎を貫いたのである。
男は回転して倒れ伏した。
「ごはっ」
天子は、倒れた男の前に立ち、わなわなと震えた。
真っ赤に上気した顔は、照れと凄まじい怒りが半々くらいか。
「こ」
天子はぶるぶると眉をつり上げて、口の端をあげた。
「こ、この、この、この――」
ついでブーツの底を上げる。
ブーツの底は消えたように見え、空を切った音だけがした。
「変っ態!! 変態!! 変態!!」
容赦のない蹴りが、四連続くらいでたたき込まれる。
男はそのまま地面にめりこんで、ぴくりとも動かなくなった。
「……」
天子はそのままきびすを返した。
近くにあった岩を見ると、それを引き抜いて、男の上に乗せて、そして去っていった。
あとには伊吹だけが残された。
「……」
帰ろう。
伊吹は思った。
とりあえず、岩の下になった男を見下ろして、近くにしゃがみ込む。
どういったものかもわからなかったが、言う。
「……。ああ。うん。まあ、なんだ。なんかわからんけど。ごめん」
伊吹はぽんぽんと男を叩いた。男はその手をはしと取った。
「伊吹殿……実は拙は、貴女を初めて見かけましたときから」
「いやしばくぞお前」
有頂天、比那名居邸前・垣根。
一人の男が、屋敷の中をうかがっていた。
なにやら神妙な顔で、垣根の前をうろついている。
そこへ、鬼の伊吹がやってきて声をかけた。
「もし」
「は! ――ああ、ひえっ!?」
男は、伊吹の姿を見て驚いたようだ。
伊吹は、ひとなつこい笑みを浮かべて言った。
「はは。なによ、天人の方も案外だらしないんだね。いくら鬼ったって、こんなわらしっこ相手にして、腰なんか抜かすもんじゃないよ」
「は、は、は。こここれは失礼をばいたしました。それでは拙はこれで」
男は逃げようとしたが、伊吹は機先を制して言った。
「おっとと。待ちなよ、兄さん。こんなところで何してたの? 私も一応ここにゃ義理のある身でね。なにか怪しげなことをする輩があるようだと、ちょっと見過ごせないんだけど?」
伊吹が言うと、男は明らかにたじろいだ。
「は。は、い、いえ――」
「あーぁ。ちなみに、下手な嘘とかはつかないでね。私そういうの嫌いだから。あんまりみえすいた事とか言うと、否応なくぶっ飛ばすよ」
伊吹は笑顔で言った。
男はすっかり震え上がったようだ。
口を開いたり閉じたりして、にっちもさっちもいかない顔をする。
なんだか、顔は合格点だが、ひょろっちい感じの男だ。
目鼻立ちとがたいは凛々しいので、この場合は精神の方だろうか。
伊吹はちょっと好みだと思い、ふーんと、じろじろと顔をのぞきこんだ。
実はちょっと、(アッチの方でも)頼りない男が好きである。
男は余計にいすくんだ。
「はっは! そんなに縮こまんないでよ、兄さん。男ならハラに立派な逸物もってんだろう? なに、疚しいことでもしてたわけ? ここの侍女辺りにでも色恋煩いしたか?」
「せ、拙はそのような……あ、い、いえ。はい。じつはですな、ええと」
男がいいかけたときだった。
「うわ。また出たよ鬼。なんかでかい声がすると思ったら……」
垣根の向こう、入り口の方から声がした。
見ると、天子がいる。
釣り竿担いで魚籠を持った恰好である。
「あんた、今日は上がりこまないでよ。毎日毎日人の家でただ飯喰ってさ」
「いいじゃん、別にあんたからいただいてるわけじゃあるまいし。それに毎日毎日と言うが、そんなに頻繁じゃないだろ。こっちの飯はしょっちゅう喰ってると飽きるしね。ここの飯を毎日食うくらいなら、私は神社に行くね」
「ふん。鬼の舌も、所詮は下賤てとこね。あんたがあんまり上がりこむようだと、私がお父様に叱られるのよ。いいから止めて。いい? それじゃあね」
天子はすたすたと遠ざかっていく。
伊吹はけらけらと笑って見送った。
「まったくあいかわらずお高く止まっちゃって。本当かーいいヤツだよね。ああ、兄さんも天人だから知ってるか」
男は頷いた。
「うむ。やはり可憐な方だ――そのお姿……優雅で、静かで、豊かで……歩く姿は、まさに一輪の百合の花である。それもそこらの百合にはない、ふっくらとした瑞々しさと、闊達さというものがある……素敵な女人だ。高嶺の花とはまさしくあの方のためにある」
「……」
伊吹ははたと笑いを止めて、男を見た。
うっとりとしていた男は、伊吹を見下ろして、はっと赤らめた顔を逸らした。
「で、では、拙はこれにて」
「いや、いや。ちょっと待ちなよ、兄さん」
伊吹は、ぎゅっと男の衣の端を握った。
男はくの字に折れてつんのめった。
「おどほっ、はっ」
「なに? いまなんていった? もう一回言ってみ。いや。怒らないからさ」
結果、伊吹は怒らなかった。
怒らずに盛大に笑い転げた。
無理もない。
「あれこそは理想の女人です」と、大まじめに天子の魅力について大の男から説かれたのでは。
「あまり笑わないでくださらんか。失礼ではないですか。鬼の方というのは、気性は荒べど、根元は誠実とお聞きいたします。拙は本気なのですよ」
「いや、すまんすまんすまんすまん。だがだはははははははもうやめてくれ、もう一度同じ文句を繰り返されたら、私はもうどうにかなっちまうよ」
伊吹は大笑いした。
憮然とした男の前で、更にひとしきり笑い続けて、ようやく笑いを収める。
それから伊吹は「よし」と、突然起き上がった。
「兄さんの心意気に惚れたよ! どれいっちょやってこい!」
「はあ、やるとはなにをですか」
「やるといったらやるだろう。ナニをでなく」
男は眉をひそめた。
「当方、下品ですな。その見た目であまりそういうことは……」
「細かいことは良い。求愛するんだよ」
「求愛……い、いや、拙はそのう」
「なにをぐずぐず言ってるんだい、大の男が情けないな」
「い、いや。この場合情けないだのどうだのという問題ではござらぬでしょう。礼を失しております! そのう、なんの付き合いもなくいきなりなどと!」
「はー。馬鹿だねえ。あんた。うつけ者って言うのかな」
「なっなにを」
「いいかね。いま手をのばしても届かないものというのは、一生届かないんだよ。高嶺の花はたしかに夢を見させてくれると言うが、それはそのとおり。あれは夢なのさ。人間てヤツはもともとたいそう賢しい生き物だからね。届かないと思っているなら、それはたしかに一生届かないものなんだよ。あんたはいったいどういう事情をかかえているんだかしらないが、今、あれに手が届くと思ってるのかね? 思ってないんだろう? どうだね?」
男はたじろいだ。
「いっいや。それは、ですが――せ、拙はその、遠くからお見かけするだけでも」
「ちっち。ダメダメ。そうやって綺麗な夢を見続けてばっかりだと、いずれあんたがくさって駄目になっちまうよ。夢が綺麗だから壊したくないなんてのはただの感傷感傷。ざれごとの部類だね。ざれごとばっかり言ってる人間はろくなヤツにならない。やっぱり中身がなきゃ駄目さ。それはつまりどういうことか? あんたの中身でがつんとぶつかれってことだね」
「……」
男は黙りこんだ。
伊吹は続けた。
「あんたは天人だから、気楽に長く生きられるんだろうが、そういうヤツこそ燃えるときは燃えるべきだと思うけどねえ。色も恋も、燃えあがるときは炎だよ!あんただって修行ばかりの人生の前はイロイロあったんだろう? その気持ちを忘れちゃいけないな」
「……」
男は黙りこんでうつむいた。
伊吹の言葉に言い返さずに、じっと地面を睨んでいる。
やがて顔を上げた。
なにか感銘に満ちた光が、瞳に浮かんでいる。
「分かりました。鬼殿、あなたはあの方とお知り合いでしたな」
「ああ」
「刻限と場所をお伝えしますゆえ。お願いつかまつる」
「おお、任せておきな」
伊吹は平たい胸を叩いた。
翌々日。
待っていると、約束の刻限どおりに天子はやってきた。
「やあ、来た来た」
男は身体を硬くした。
伊吹はこっそり脇腹を指でつついてやった。
天子は胡散臭げな顔をした。
いきなり用向きも言わずに呼びだした伊吹に、たっぷり嫌味を垂れようとしていたのだろうが、横の男を気にしたようだ。
「やあ、すまないね。いきなり呼び出しちゃって」
「いいえ、別に。お気になさらず。そちらは?」
「ああ、あんたに用があるんだって。今日はそのことで呼び出したんだよ、悪いね」
「はあ、私にですか?」
天子は丁寧に言って、小首をかしげた。
優雅な仕草である。
上品に、変わった色のスカートの前で、両手まで合わせている。
男は、意を決した様子で進み出た。
天子の前に立つと、すっと頭を下げる。
「――拙は、この領に住まいます天人の一人、名は生前に捨てましたゆえ、名乗れませんが、ご容赦下さいませ。――有頂天が総領・比那名居様の御娘子様、総領娘天子様。お目にかかりとうございました」
「はあ。ええ……」
いきなり丁重に頭を下げられて、天子はやや戸惑った様子だ。
男を見上げて言葉を聞く。
(ほう、男に言わせるとは、場をわきまえてるのかどうか)
伊吹は半分面白がりながら見ていた。
「このたびは、――このたびは、――」
男は口ごもった。
汗が滲む。
緊張をはらんだ肩が、盛りあがっている。
天子はちょっとびびったようだが、静かな様子で男の前に立っている。
背をすっと伸ばして、あごを引いた令嬢立ちである。
それだけを見れば、まさに男の言うように、理想の女人とやらにまあかろうじてぎりぎりで見えなくもない。
「拙は、その――」
男は場に窮したように言った。
ぐっと、いったん言葉を飲みこむ。
それから、がばっと不意に土下座した。
天子は目を丸くして、男を見下ろした。
「ひ、比那名居、天子殿ッ!!!」
「は、はい」
男は頭を下げたまま言った。
天子は吃驚した様子で答えた。
男はそのまま叫んだ。
でかい声で。
「拙と――拙と! どうか! お付き合いをば!!」
「はあ? お。お付き――え?」
「はい!! あなた様に惚れました! 見初められ申した! 天界に上がり、過酷な修行の果てに枯れはてたと思っておりました情動が、貴女様のお姿を見た途端、ふたたび目を醒まし申したのです! もはや、ここ近頃では、貴女様のことばかり、他のことなど空の雲ほどにも覚えず、修行もろくに手につかぬ有様!! これと申しますのも、あなたのような花を見たがゆえ! 貴女様は、まさしくこの天空に咲く一輪の花でございます! 他には見つけられぬ、高貴にして可憐な花でございます! 枯れる事のない花でございます!」
「い、いえ、ちょっと」
天子は顔を真っ赤にして止めに入ろうとしたが、男は止める様子がない。
続けて言う。
でかい声で。
「その、数百年経ても、幼い感じの変わらぬ、控えめな胸! ぷりりんとした小振りな尻! そしてちょっと寸胴気味の腰! 万人受けを拒否したそのちょっと背徳的かつ魅惑的な健康美溢れる体型は、まさに拙の胸をきゅんきゅんしめつけいたします!! そしてなによりも、その高貴な――こうなんていうかなんかこう卑しい者を見下す態度の染みついた目つきと言いますか、それがもうたまりません!! もう我慢の限界です!! どどどうか拙とお付き合いを!! そしてゆくゆくは夫婦の契りをば――」
男の言葉は、途中で遮られた。
天子の放った蹴りが、音速で男の顎を貫いたのである。
男は回転して倒れ伏した。
「ごはっ」
天子は、倒れた男の前に立ち、わなわなと震えた。
真っ赤に上気した顔は、照れと凄まじい怒りが半々くらいか。
「こ」
天子はぶるぶると眉をつり上げて、口の端をあげた。
「こ、この、この、この――」
ついでブーツの底を上げる。
ブーツの底は消えたように見え、空を切った音だけがした。
「変っ態!! 変態!! 変態!!」
容赦のない蹴りが、四連続くらいでたたき込まれる。
男はそのまま地面にめりこんで、ぴくりとも動かなくなった。
「……」
天子はそのままきびすを返した。
近くにあった岩を見ると、それを引き抜いて、男の上に乗せて、そして去っていった。
あとには伊吹だけが残された。
「……」
帰ろう。
伊吹は思った。
とりあえず、岩の下になった男を見下ろして、近くにしゃがみ込む。
どういったものかもわからなかったが、言う。
「……。ああ。うん。まあ、なんだ。なんかわからんけど。ごめん」
伊吹はぽんぽんと男を叩いた。男はその手をはしと取った。
「伊吹殿……実は拙は、貴女を初めて見かけましたときから」
「いやしばくぞお前」
……読み終わった瞬間もう一回謝ってしまった
無言坂さんは安定して面白くてまじ最高です
……いえ、あの……すいませんでしたッッ!!
なんというか、よぅ俺
俺が天人になるとこうなるのか……
まぁてっちん(天子)と萃香さんは幻想郷でも指折りのスレンダー美少女ですから致し方ない。
我我の幻想郷ではご褒美です!
うん、その、えーっと……
すいませんでした。
男良くやったw
変態紳士と謂えど、何事も調子に乗りすぎてはイカンのです。
某、しかと胸に刻みまして変態道を極めるべく邁進したしまする。