接着剤を弄っていたら第三の目が閉じてしまった。
「めでてぇ」
こうして地霊殿は歪んだ。
「あ、いいこと思いついた」
「何?」
「めでてぇ」
「めでてぇ」
急に立ち上がったこいしへと返事をし、さとりは大きくため息を吐いた。妹の奇行は今に始まったことではないのである。
ある日突然、第三の目を閉ざしてしまってからは心を読むこともできずにモヤモヤする日々。
理由を問おうにも、何か酷いことがあったのではないかと思うと胸は痛む。
いずれ彼女のほうから話してくれないかと期待しているうちに、長い年月が流れてしまっていた。
「はぁ」
さとりが紅茶を飲んで一息ついているうちに、こいしはふらふらとリビングから出て行ってしまった。
次に顔を合わせるのは、数分後か、数日後か。詮方ないことだと、さとりは紅茶をもう一口啜った。
「めでてぇ、ねぇ」
こいしはいつも楽しそうであるけれど、それが本当に楽しいことなのかがさとりには掴めい。
心が読めれば当然好悪は掴むことはできるのだけど、こいしにはそれが通用しない。
表情で笑っていても、それが本当に楽しいことなのかなんて、本人ですらきっと、よくわかっていないのだ。
恋焦がれるような殺戮を求めて、だとか息巻いて地霊殿を飛び出して行ったと思ったら、次の日アリの行列を辿って幻想郷から外の世界へ旅立つ。
そんなフリーダムな彼女にとってめでたいこととは一体何なんだろうか。何がめでたいことなのかすら、考えることもないんじゃないだろうか。
姉として、そんな彼女の良き理解者でありたいとは常々考えているのだが、できることは対処療法のそれしかないのである。
ペットを与えてみたり、触れ合う時間を増やしてみたり。
それはエゴイズムに過ぎないことであると自覚しながら、さとりは尽くしていたのだった。
たった一人の肉親であるのだから幸せになって欲しいと願う。それは当然の感情であろう。
しかし、愛を注いでいる存在はそれを柳の葉のように受け流してしまう。
まるで、砂漠に水を流し込んでいるようなものだと、さとりは自嘲する。
受ける環境が整っていないのならば、いくら尽くしてもいくら愛情を注いでも、全て零れてしまうのだ。
けれどそれを止められないのは、私は彼女を愛しています、という証が欲しいからに他ならない。
果たしてこれを愛情と呼んでいいものなのか。
愛情なんて綺麗な言葉でなくて、汚泥の如き腐臭が染み付いているおぞましい何かではないのだろうか。
そも、届かないと自覚しているのに、家族の繋がりを信じ、求めて。
たった一人の肉親が理解ができないというのはすなわち、たった一人の肉親に理解されないということに他ならない。
玩具を与え、甘い菓子を与え続けても根本的な解決にはならないというのに。
姉であるから、古明地こいしを見捨ててはいけない。
与え続けなくてはいけない。
与え続けている限りは、繋がり続けていられる。
不毛な関係であっても、途切れることを考えてしまえば、その場に立っていることもできなくなるのだ。
「ねぇお姉ちゃん」
「あらこいし……。おかえりなさい、早かったのね」
悲しげに伏せた目線に構わず、こいしは手に持った接着剤を、さとりの第三の目へと塗りたくった。
「な、こ、こいし?」
「これでお揃いだね」
「めでてぇ」
「めでてぇ」
こうして地霊殿に、以前と何も変わらない、幸せな時間が戻った。
「めでてぇ」
こうして地霊殿は歪んだ。
「あ、いいこと思いついた」
「何?」
「めでてぇ」
「めでてぇ」
急に立ち上がったこいしへと返事をし、さとりは大きくため息を吐いた。妹の奇行は今に始まったことではないのである。
ある日突然、第三の目を閉ざしてしまってからは心を読むこともできずにモヤモヤする日々。
理由を問おうにも、何か酷いことがあったのではないかと思うと胸は痛む。
いずれ彼女のほうから話してくれないかと期待しているうちに、長い年月が流れてしまっていた。
「はぁ」
さとりが紅茶を飲んで一息ついているうちに、こいしはふらふらとリビングから出て行ってしまった。
次に顔を合わせるのは、数分後か、数日後か。詮方ないことだと、さとりは紅茶をもう一口啜った。
「めでてぇ、ねぇ」
こいしはいつも楽しそうであるけれど、それが本当に楽しいことなのかがさとりには掴めい。
心が読めれば当然好悪は掴むことはできるのだけど、こいしにはそれが通用しない。
表情で笑っていても、それが本当に楽しいことなのかなんて、本人ですらきっと、よくわかっていないのだ。
恋焦がれるような殺戮を求めて、だとか息巻いて地霊殿を飛び出して行ったと思ったら、次の日アリの行列を辿って幻想郷から外の世界へ旅立つ。
そんなフリーダムな彼女にとってめでたいこととは一体何なんだろうか。何がめでたいことなのかすら、考えることもないんじゃないだろうか。
姉として、そんな彼女の良き理解者でありたいとは常々考えているのだが、できることは対処療法のそれしかないのである。
ペットを与えてみたり、触れ合う時間を増やしてみたり。
それはエゴイズムに過ぎないことであると自覚しながら、さとりは尽くしていたのだった。
たった一人の肉親であるのだから幸せになって欲しいと願う。それは当然の感情であろう。
しかし、愛を注いでいる存在はそれを柳の葉のように受け流してしまう。
まるで、砂漠に水を流し込んでいるようなものだと、さとりは自嘲する。
受ける環境が整っていないのならば、いくら尽くしてもいくら愛情を注いでも、全て零れてしまうのだ。
けれどそれを止められないのは、私は彼女を愛しています、という証が欲しいからに他ならない。
果たしてこれを愛情と呼んでいいものなのか。
愛情なんて綺麗な言葉でなくて、汚泥の如き腐臭が染み付いているおぞましい何かではないのだろうか。
そも、届かないと自覚しているのに、家族の繋がりを信じ、求めて。
たった一人の肉親が理解ができないというのはすなわち、たった一人の肉親に理解されないということに他ならない。
玩具を与え、甘い菓子を与え続けても根本的な解決にはならないというのに。
姉であるから、古明地こいしを見捨ててはいけない。
与え続けなくてはいけない。
与え続けている限りは、繋がり続けていられる。
不毛な関係であっても、途切れることを考えてしまえば、その場に立っていることもできなくなるのだ。
「ねぇお姉ちゃん」
「あらこいし……。おかえりなさい、早かったのね」
悲しげに伏せた目線に構わず、こいしは手に持った接着剤を、さとりの第三の目へと塗りたくった。
「な、こ、こいし?」
「これでお揃いだね」
「めでてぇ」
「めでてぇ」
こうして地霊殿に、以前と何も変わらない、幸せな時間が戻った。
安心感を得るにはそうあるべき?
わかんね
めでてぇ