二月だというのにポカポカの陽気が太陽から降り注ぐ、小春日和という言葉がぴったりなその日。
滅多にというか、まず出会うはずのない二人が、ばったりと出会ってしまった。
「あら」
「あれ~?」
冬の忘れものと春告げ妖精の、最初にして最後かもしれない出会いである。
本当に不意に出会ってしまった二人。しかし以前からそれぞれに対してある思いを抱いていたりする。
冬にしか姿を現さないレティにとってリリーは興味の対象だった。はたして、春の妖精とはいったいどんな妖精なのだろうかと。
春にしか姿を現さないリリーにとってレティは未知の対象だった。噂程度にしか聞いたことのない冬の妖怪そのものが。
そんな考えを抱きながら、にこにこと笑ってレティはリリーに声をかける。
「あらあら、これはこれはめずらしい」
「あれ~。どうして~?」
まじまじと、目の前の妖精を見るレティ。その目は好奇心であふれている。
それに対してリリーは、どこか困った様子でレティを見返していた。
「どうも、こんにちは。リリー……でよかったかしら?」
「あ、はい。そうですよー。えっと、もしかしてレティさんですか~?」
「ええそうよ。前から会ってみたいとは思っていたけど、本当に会えるとはね」
「あの~、どうしてまだいるですか~?」
微笑みながら自分を見てくる、決して自分が会えるはずのない相手にリリーが尋ねる。
春告げ妖精である自分がいるときは、冬の妖怪であるレティとは決して会えないから。
レティはその言葉を受け取ると、ふふっと柔らかく笑って答える。
「あのねリリー。今はまだ冬の途中なのよ」
「え? でも、こんなにあったかいですよー?」
「今日はね、小春日和っていうね、冬のあったかい日なの」
「こはるびより、ですか?」
「ええ、そう。小春日和」
小春日和という聞きなれない言葉に、リリーは首を傾げる。
聞いたことのない言葉を見たことのない相手に言われて、頭の中がこんがらがってしまったのだ。
頭の上に?マークを浮かべながら考えるリリーに、もう一度レティが話しかける。
「だからね、まだちょっと待ってて欲しいの。今は私の季節だから」
ね、とお願いをしてくるレティ。
そんなレティに対して、またも首を傾げてしまうリリー。
一体どういうことなんだろう。こはるびよりってなんだろう。今は冬なのか、それとも春なのか。
そんなことを思っていたがやはりそこは妖精。答えが出るはずもない。
リリーはう~んと少しの間考えてから、自分ではわからないことを全部質問することにした。
「まだ冬なんですか~?」
「うん、そうなの」
「こはるびよりですか~?」
「うん。暖かくて起きちゃったのねあなた」
「冬なのに「こはる」、ですか?」
「え?」
「冬なのに、春ですか?」
神妙な面持ちで自分にそう聞いてくるリリーの問いかけ。それにたいして今度はレティが首を傾げる番だった。
リリーの言う通り、冬なのに名前は『小春日和』である。
それは、リンゴなのに『ミカン味』、雨なのに『青空快晴』と言っているようなものではないだろうか。
そんな風に思考を巡らせていたレティだったが、リリーと同じく答えが出ない。
「確かに、冬なのに春ね」
「リリー、よく分からないです」
「う~ん。そう言われると私も分からなくなってきたわ」
二人でう~んとうなり合い、考え合う。
なぜか指折り数えながら考えるリリーと、一休さんみたいに人差し指で頭をつつきながら考えるレティ。
はたから見たら、向かい合っている人物も、その様子も奇妙奇天烈なのだが、そこは幻想郷の空のうえ。
通りすがる人などいないし、飛びすぎる人も妖怪も、今日はこの二人以外はいなかった。
考えても考えても出ない答えに、リリーがもう一度問いかける。
「きょうは冬でも春でもないですか?」
「うーん。どっちかって言うと、冬でもあるし春でもあるっていうのが正しいんじゃないかしら」
「! 冬で春ですか!?」
「たぶんね」
「冬で春なら、春もあるですよ! 伝えにいくですよ!」
「あ! ちょっと待って!」
春もある。
という言葉を聞いて、急いで飛び立とうとしたリリーの襟をつかんで止める。
よほど力を入れて飛ぼうとしたのか、襟をつかまれたリリーから、ふみゅという呻き声が聞こえた。
止められたリリーは首をさすりながら、不満そうにレティの方に振り返る。
そわそわとしながら落ち着きがないその様子は、どうやら春を告げることを我慢できないようだった。
「どうして止めるですか?」
「えっとね、春でもあるけどそれは冬の中の春なのよ」
「?」
「冬に春がくっついてあると言えばいいのかしら。だから、まだ春を告げちゃだめなの」
「そうなんですか?」
「うん、たぶんね」
その言葉にさっきまでの意気を無くし、しょぼーんとうな垂れるリリー。
ぽんぽんと、慰めるように肩を叩いて、レティが言い聞かせる。
「まあ仕方ないわ。だって冬と一緒に春があるんだもん」
「冬と一緒に春が……。 ! レティさん!」
冬と春が一緒。
その言葉に、俯けていた顔を上げ興奮した様子でレティに話しかけてきた。
その目はらんらんと輝いていて、レティは嫌な予感がした。
「いいこと思いついたですよ! 二人で行けばいいですよ!」
「え?」
「冬で春なら、レティさんと私が行けば大丈夫ですよ!」
「えっと、リリー?」
「私が春ですよーって言うから、レティさんは冬ですよーって言うです!」
「あのね、そうじゃなくてね……」
「そうと決まったら行くです!」
そう言ってリリーに手を握られて、レティは強く引っ張られる。
「ちょ、ちょっと待って」
「待てないです!」
ぐいぐいと引っ張られるレティ。見た目とは裏腹にリリーは力が強かった。
「私、冬の妖怪よ。冬を告げる妖精じゃないのよ」
「でも、今日は春がくっついている冬です。だから、私と一緒にそれを知らせるです!」
「それを知らせるって……」
「こはるびより! それを知らせるです!」
そう言いながらレティをひっぱるリリー。
その顔はやる気満々で、ちょっとやそっとでは止まらないことを表していて、レティはその事をよく知っていた。
知り合いにもいたのだ。リリーのように、ある一つのことを見つけるとそれに突進する妖精が。誰とは言わないが。
強引にレティをひっぱるリリー。レティの手よりも一回り小さいその手は不思議な暖かさがあり、そこには冬には味わえない何かがあるとレティは思った。
そして、頬をなでる風や降り注ぐ太陽の光からも、リリーの手とと同じような暖かさをレティ感じさせていた。
まるで、本当は自分が春に迷い込んだような、そんな感触を。
「もう、しょうがないわね」
そう呟いて、ため息を吐いて、そして微笑んで。レティは今日一日、春に酔うことを決めたのだった。
「もうすぐ人里ですよー! レティさん。いくですよ!」
「はいはい、わかったわよリリー」
「せーのっ、でいくです」
「はいはい、それじゃあ行くわよ。せーのっ!」
「「こはる日和ですよー!」」
その日、冬の妖怪と春告げ妖精の声が幻想郷中に綺麗に響きわたり、
あたたかさに酔う人妖の耳を楽しませ、氷精にやきもちを焼かせたという。
萌えた。可愛すぎるでしょうこれは。
寒いけど、このお話を読んだら温かくなりました!
こはる日和ですよー!
リリーかわいいよリリー