「にとり」
「んー?」
「結婚しない?」
「誰と?」
「私と」
「誰が?」
「にとりが」
「ふーん……帰っていいよ」
「くっ、相変わらず冷たい!」
もう慣れたやりとりだった。
文は非番の日、私の家へよく遊びに来る。というか、文に仕事がある日なんて滅多に無いから、ほぼ毎日だ。おまけに、朝早くから来るせいで、無理矢理起こされたりもしばしば。徹夜で作業していた次の日とかは、本当に勘弁して欲しい。
今日も無理矢理起こされた上、朝食を二人分作るはめになった。
そして毎回、朝食を食べた後は結婚を申し込んでくる。何故かは、興味も無いから訊いてないけど。
あぁ眠いなぁ、もう。
「くぁ……」
「あら欠伸なんて、にとり眠いの?」
「誰のせいだよ、まったく」
「にとりに迷惑かける相手は、私が許さないわ」
「鏡見なよ馬鹿」
軽くあしらいつつ、食器を片付ける。
とりあえず洗うのは後にしよう。文から目を離していると、正直何をされてるか分からないし。下手にそこら辺の機械やらを弄られたら、いろいろ困る。
台所に食器を置いて、急いで居間へ戻る。
「食べてすぐ寝ると牛になるよ」
さっきまでちゃんと座ってたくせに、戻ってきたら仰向けに寝ていた。
寝るなら家に帰れば良いのに。
「にとりはなんで料理が上手なの」
「はい?」
「あー本気で嫁に欲しいわ」
もしかして、毎回結婚申し込んでくる理由って料理だったのか。
文は目を細めて、なんというか幸せそうな表情をしている。いや、そんなに私料理上手くないんだけど。
「私、普通だよ? 文の方が料理出来そうなイメージあるけど……」
「あー……私? 無理無理」
手をひらひらと振って、否定する文。
料理出来ないってことは無いだろうけど。長年生きている妖怪なんだから。
長く生きていると、暇潰し程度に料理をちょっとくらい学ぶことだってあるだろう。機械弄りに時間を費やしてきた私でさえ、料理を人並み程度には学んだ。
「私ね、昔言われたことあるの」
「え? 何をさ?」
「射命丸、お前は実力もあるし、人柄の良さもある。天狗社会においても、重要人物となるだろう。だが一つだけ、これだけは守ってくれ。って」
「何を守ってくれって言われたの?」
「台所に立つな。いや、まな板や包丁にすら触るな。って言われたわ。天魔様直々に。しかも涙目な上に土下座つきで」
「うわぁ……」
一体何をやらかしたら、そんなお偉いさんに直接言われるんだろう。
いや、ちょっと待て。
「じゃあ、文は今までご飯どうしてたのさ?」
「……同僚にたかったり、お店で食べたり」
「長い年月をそんな風に凌いできたの!?」
「今はにとりに寄生ね。感謝感激雨嵐」
「私が明日からは来るな、って言ったら?」
「泣きます。妖怪の山全体に響き渡らせるくらいに、全力で」
なんだろう、この脅し。
情けなさすぎるこんなくだらない脅しをするやつが、実は凄い強くて格好良いなんて、文をよく知らない者には理解出来ないだろうなぁ。いや、格好良いは余計か。うん、余計だ。
ふと文を見ると、今度は俯せに寝転がっていた。
「文、寝るなら家で寝てよー」
「ここ家ー」
「私の家なんだけど」
「にとりのものは私のもの。私のものは私のもの」
「本当、くたばればいいのにね」
「あややややや、相変わらずバッサリと斬るわね。私相手にそんな態度取る河童、にとりだけよ」
「まぁ、相手が文だから」
「何その見下してるというか、馬鹿にした感じ」
「うん、尊敬はしてないよ」
人見知りの私がこんな風に砕けた口調で話せる相手は、やっぱり少ない。
その中でも、立場が上な相手で話せる相手は、実は文だけ。
文は、他の天狗たちとは何かが違った。
そういえば最初、文が私に話し掛けてきた時は取材モードで、敬語だったなぁ。私みたいな格下相手なのに。
最近では、取材よりもプライベートで来ることが多いから、敬語はしばらく聞いて無い。むしろ私は、敬語じゃない方が話しやすい。敬語なんか使われると、なんかくすぐったいから。
「ねぇーにとり」
「んー?」
寝転がっている文の隣りに座る。
近くにある、手のひらサイズの未だによく分からない機械を手に取る。
つい最近拾ったけど、なんだろう、これ。たまごの形をしていて、画面が一つとボタンが複数。一緒に落ちていたボロボロの説明書には、育成ゲーム『幻想郷で発見たまごDE血』と書いてあった。けれど、未だに使用方法が分からない。
とりあえず、軽く解体してみるかな。えと、ドライバーどこやったっけ。
「むぅ、聞いてるにとり?」
「あーはいはい、聞いてるよ」
あ、ドライバーあった。
私が流しつつ聞いてるのが気に入らないのか、文が俯せのまま足をぱたぱたさせている。
そんなミニスカートなのに、足をぱたぱたさせちゃあ……あー白い布が見えた。
「やめい、下着見えるって」
「私、にとりになら全てを見せても構わない……」
「もう帰れよ。もしくはくたばれよ」
「冷たい!? せっかく愛を伝えたというのに……」
「いらんわ!」
「この美しくて可愛くて強くて頼り甲斐のある私からの愛を、いらないと?」
どれだけ自信があるんだ。
微妙に腹が立つのは、文は実力の無い馬鹿みたいな自信家では無く、本当に実力を兼ね備えたタイプだということだ。つまり、言っていることが別に間違ってはいない。
それに、おちゃらけた時の表情は可愛いし、真面目な時の顔は美しかったり格好良かったり……いや、何考えてるんだ、私。
頭をブンブンと振って、今の考えを捨て去る。
「どうしたの、にとり? そんな頭振って」
「いんや、なんでもない。ちょっと阿呆なこと考えた自分に腹立っただけ」
「何考えたのよ?」
「……別に何も」
いけない、また考えてしまいそうになった。
「ふむ……隠し事良くないわよ」
「いや、文には関係無いことだからさ。気にしないで」
「長いこと取材とかしていると、相手の顔見ただけで嘘か本当か分かるものよ。
にとり、あなたはズバリ嘘を吐いてるわ!」
「うっ!?」
文が勢い良く起き上がり、指をビシッと突き付けてきた。
うぅ、こういう時の文は厄介なことこの上ない。
多分過去の経験から、白状するまで徹底的に迫ってくる。
「にとり……」
「な、何?」
「取材ターイムっ!」
「やっぱり!?」
文は笑顔で、そう、物凄い笑顔でそう言った。
あぁ、ろくなことにならない。
ちょこんと目の前で正座している文が、「逃がさないわよ」と目で訴えている。
まぁ実際、逃げたとしても数秒も経たずに捕まりそうだ。速いって強いなぁ。
「はーい、では質問しまーすっ!」
「うわっ、速攻取材口調になってるし……」
切り替え早い。
さっきまでは砕けた話し方だったのに。
「一体何を考えたのですか?」
「だから、文には関係無いこと――」
「だったら、私が知っても問題無いですよねー?」
「っ……」
くぅ、性格の悪いやつだ。
私が何を考えたのか、大方想像ついてるのだろう。腹が立つほどニヤニヤしてるし。
殴ってやろうか、それとも蹴ってやろうか。悩むところだ。
「さぁ、にとり! 答えて下さい!」
「……嫌だと言ったら?」
「そうですね、本当はしたくありませんが……実力行使で!」
勢い良く手を伸ばしてくる文。
だが、甘い!
「いったぁぁぁぁぁぁぁい!?」
その手を、持っていたドライバーで思い切り叩き返した。
文は俯いて、唸り声を上げている。ふはは、参ったか。
「にとり……」
「ひぃっ!?」
な、なんか妙なオーラが見える。
目をギラギラと光らせて、両手をわきわきとさせる文は、どこぞの妖怪の賢者様より妖しい。
まずい、逃げなきゃ!
「逃げられると思いますか?」
正直、思っていない。
「ちなみに逃げようとしたら、にとりを半裸にして、縛って、その後博麗神社に連行します」
「何がしたいのか分からない!?」
「隙有り!」
しまった! ツッコミなんかしたせいで、無防備になってしまっていた。
文の腕が蛇のように絡み付き、あっという間に羽交い絞め。
割と冷静な自分が怖い。いや、逃げ切れないだろうなぁ、って諦めてたからだろうけど。
「さぁ、にとり」
「何さ」
「処刑……じゃなかった、取材タイムですよ」
「今さらりと物騒な単語聞こえたよ!?」
「いえいえ、別に怒ってもないですから安心してください。ドライバーでやられた手がまだ痛むとか、そんなこともないですよ」
文の声が穏やかなのが怖い。
しかも、この体勢だと文の顔が見えないから、どんな表情しているのか分からない。それが余計に怖い。
「ふむ、大きいかと思いきや、意外に小振り……と」
「何が?」
「え? にとりの胸ですよ」
「あぁ、なるほど――ってこら!」
いつの間にか胸を触られていることに気付く。
「馬鹿! 触るな!」
「では、取材に答えてくれますよね? 何を考えたのか、じっくり詳しく」
「うっ……」
なんていうしつこさだ。
もう忘れたかなぁ、って期待してたのに、ハッキリ覚えてるし!
「ひゃわっ!? な、何するんだ馬鹿!」
「耳をはむはむっ」
「ひっぅ! や、やめろ!」
ぞくりと背筋が震えた。
まずい、どんどん文のペースにのまれてゆく。
「さぁ、言わないと……どんどんにとりが大変なことに!」
「最低だー!? こいつ最低だー! みゃっ!?」
「はむはむっ!」
私に残された道は二つ。
一つは正直に言うこと。もう一つは、このまま文に大変な目にあわされること。
え、何この究極の選択。
「さぁ、どうしますか?」
「くっ……分かった。言うよ! 言えばいいんでしょ!」
「そう、最初から素直にそうすれば良いのです」
恥ずかしいけど、体を触られるよりは、まだ言ってしまった方が幾分かマシだ。
深呼吸。すーはーすーはー。よし、言える!
「あ、文が……その」
「私が、なんですか?」
顔が見えなくても、文がニヤニヤしてるのが分かる。
声も笑ってるし。ちくしょう。
「文は可愛かったり、格好良いやつだなって思っちゃったんだよ! 馬鹿! くたばれ!」
「おー勢いに任せて暴言がちらほら混じってますが、まぁ良しとしましょう」
ヤバイ、今絶対顔真っ赤だ。
勢いに任せても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
くそぅ、文め。
「はい、解放してあげます」
「うぅ……恥ずかしい」
「にーとーりっ!」
「なんだよぉ……」
「うん、私よりも絶対、にとりの方が可愛い」
「なっ!?」
ただでさえ熱い顔が、もっと熱くなるのが分かった。
だって、笑顔でそんなこと言われちゃ、恥ずかしいに決まってる。
どう反応して良いか、分からない。
「にとり、顔真っ赤」
「う、うっさい!」
「あはは、可愛い可愛い」
「~っ!? か、帰れー!」
「おぉっ!?」
もう手当たり次第に物を投げ付けてやる。
からかわれているのか、本気なのか、相変わらず分からない。
工具箱とかそのまま投げ付けていたら、文はさすがに慌てだした。
「あやややや、今日は退散しとくとしましょう。また来ますね」
「二度と来るな!」
最後に投げ付けた小さなネジが、飛んで行く文の背中に当たったのを見た。
気が付くと、服は乱れ、部屋は色々投げたせいで荒れていた。
思わず、ため息が出てしまう。
「はぁ……嵐みたいなやつだな」
実際、部屋が荒れたのは私の行動が原因だけど、この際全て文のせいにしてしまえ。
うん、私は悪くない。
とりあえず――
「部屋、片付けよう……」
誤字報告・糖分20%
もうこの二人はつき合っちまえ!!
どんな殺人料理を作ったのでしょうねw
まったく、にとりはツンデ(お化けキューカンバー
こんな真夜中にテンション上がっちまいましたよ、どうしてくれるww
全くツンデレにとりはかわゆいものですな。
一瞬ここに、ピクッっと反応した私を誰か殴ってくれ…orz
相変わらず甘いお話をありがとうございましたー。
したー。
たー。
天魔様に手料理を作っていたとは一体どういうことだ……まさか昔は……
『幻想郷で発見たまごDE血』文ちゃん初めての産卵で血が出てしまうのですね。よくわからないゲームですが量産してください。
にとり可愛い。むしろ河合い。
余談ですがこの作品で夏星さんのあやにと(R指定)思い出しました、あれは凄かったなあ…
あやにとの天才が二人もいる……。俺歓喜!!!
あなたの書くにとりが魅力的すぎるぜ!
やっぱり取材口調の文はイキイキしてていいですね!
にとあやはいいなぁ…
あくまでも糖分は私基準です!
>>2様
多分お互いに、なんだかんだでそういうことが真面目に言えない気がします。
>>3様
天狗という種族を絶滅させれるくらいの何かを作ったのでしょうw
>>4様
楽しんでもらえて嬉しいです。
>>奇声を発する程度の能力様
甘さは控え目ですぜ!
>>ぺ・四潤様
下っ端時代はみんなに料理を作ったりするのも仕事と妄想しました。
危なすぎですw
>>ずわいがに様
にとりの可愛さはこれまた異常ですよね。
>>8様
にとりは絶対に素直にならないと思いますw
夏星さんの良かったですよねぇ。
>>9様
私はそんな大層なもんじゃあないですw
>>10様
久し振りにあやにとでした。
この二人は書いてて楽しいです。
>>11様
ジゴロって私大嫌いですけどね。
乙です。
にとりんにそんな羨ましい事が出来るなんて妬ましいいぞもっとやれ(どっちだよ
にとりん可愛いよにとりん!