※多大なオリ設定を含みます。御注意ください。
霊夢は実にウンザリしていた。日頃から様々な有象無象がそれぞれの厄介事を持ち込んでくる。さすがにもう慣れたとはいえ、その話の内容を自分で選べないというのは中々に苦痛である。
目の前に座っている少女が、顔を俯かせながらぼそぼそ語っているのは、「恋話」というやつだ。
この少女が霊夢の元を訪れたのはついさっき。
少し茶味がかったおさげの先をしきりに指でいじり、眼の中に思い詰めたような複雑な光を浮かべ、「あの、お時間よろしいでしょうか……」と切り出してきた時には、正直悪い予感しかしなかった。それでも、立場上無碍に追い返すわけにもいかず、とりあえずお茶でもと少女を母屋に上がらせたのが運の尽き。それから延々と、聞きたくもない話を聞かされている。
聞いてみれば、自分のしている恋がなかなか実らなくて落ち込んでいるらしい。彼女は自分の内気な性格を恥じており、勇気を出して相手に気持ちを伝えたくても、嫌われたらどうしようという恐怖が先だって、なかなか実行に移せない。だから何気ない素振りの中に好きだという気持ちを織り交ぜて、なんとか言葉にしなくても気づいてもらえるように振る舞っているのだが、相手は鈍感でちっとも興味を示してくれないという。
どうでもいい。実に。
しかし、このまま何もせず追い返すのはよくない。そう霊夢の勘が告げていた。
霊夢の観察したところ、この少女、結構厄介な性格をしているようだ。わたしは内気だ、などとある程度客観的に自分を認識しているにもかかわらず、他人に背を押してもらわなければ行動しようとしない。素振りの中に相手への恋慕をおりまぜているあたり、なかなか計算高い気もするが、感情に流されて周りが見えなくなっているようでもある。往々にして、こういう人物の思い煩いというのは悲惨な結果に終わってしまうことが多い。その時に、「巫女が何もしてくれなかったからこうなった」「巫女の言う通りにしたら最悪の結果に」などなど、いわれのない中傷を受けたりしたら。考えたくもない。
さて、どうするべきか。
霊夢は目を閉じて、お茶を呑みながら考える。
……までもなく、すぐに解決策を思いついた。
困難を切り抜けるには、苦手なことを無理にやってみようとはせず、自分の元からある強みを最大限に生かすことを考えるのが一番の策だという至言がある。今思いついた。
神様を呼べばいい。
そしてその神様に全部丸投げしてしまえばいい。
霊夢は自分のまさに神がかったアイデアに気をよくして、ごくごくと勢いよくお茶を飲み干したらむせた。
というわけで、二人は今木枯らし吹き荒れる境内にいる。
霊夢は祈るように両手を合わせ、精一杯厳かな表情に見せるよう努力しながら、自分の考えに抜けがないかどうか検討した。
神様に任せてしまえば、もう自分の責任ではなくなるし、神聖な存在による託宣だとすれば、たとえ上手くいかなくたって少女にも諦めがつくだろう。なんて素敵な。これで万事解決である。神様って便利だなぁ。
見ようによっては、もの凄く不遜なことを考えているような印象を受けるかもしれない。
それは正しい。
神をおろす儀式の始まりである。
不安そうに佇む少女の見守る中で、霊夢は意識を集中し、祝詞を唱え始める。
前に神様の力を借りる特訓をしていたので、結構楽にいけるだろう。今回ばかりは紫に感謝しなければなるまい。
普段ならば、力を借りる神様の名前を知らなければ、儀式が成功することはない。しかし今回は、「縁結び」に関して特異な力を持つ神様、という漠然とした感覚を足がかりにしながら、「適当に」幻想郷の中を探し回った。失敗したら、その時はその時である。別の方法を模索することにしよう。
結果からいえば、霊夢の作戦は成功した。彼女が幻想郷中に張った感覚の釣り糸に、引っかかるものがあったのだ。
『うわっ、なんだなんだ!?』
「ん?」
霊夢は首を傾げた。突然無理矢理引っ張り出されたのだから、神様が驚くのも当たり前だろう。でもなんだか妙に、聞き覚えのある声だった。
『えーと、とりあえずこんにちは』
霊夢は頭の中で話しかける。
縁結びの神様はしばらく黙り込んでいたが、やがておそるおそるといった感じで問いかけに答えた。
『……あんたは?』
『私は博麗霊夢……なんだけど、ねぇ、もしかして私、貴方のことを知っている?』
『さ、さぁ、少なくともわたしはあんたのことなんて全然知らないよ』
『へぇ、そう?』
『そうそう』
ふむぅ、と霊夢は顎に指を添わせて記憶を辿る。
この、なんだろう、感じは幼いのに少しハスキーで、威厳があるのかないのかよくわからない声。姐御口調が板についているようでいて実はそうでもない、といったどっちつかずの……
まさかね。
半信半疑ながらも、霊夢は思い切ってカマをかけてみることにした。
『ところで、最近またお賽銭詐欺がでるって噂なんだけれど』
『わたしじゃないよ!』
特定余裕でした。
『嘘をつくな、嘘を』
『あっ……く、くそ、たばかったな!』
『いや、まさか引っかかるとは思わなかった。ところで、これは何のいたずら?』
『えっ?』
『いや、だって、あんたが神様なわけないでしょう。だからどうやってこんなことしたか訊いてるの。永琳の薬でも盛ったの?』
『……そ、そう。そうそうそうなんだ。なかなか鋭いね。あんたの言う通り、これは単なるいたずらだよ。だからわたしが神様なんてそんなことあるわけないんだ。ははは』
なんだか妙にウソくさい。
嘘をつくのには慣れているはずなのに。それほど動揺しているということだろうか。
『うーん、なんだか妙ねぇ……そうだ、別の神様も呼んでみましょうか』
『へっ?』
『他の神様。誰でもいいけど、その神様とあんたが会話できたら、あんたは本物の神様ってことになるわ。まぁ、どうせ単なる悪戯なんだろうから、呼んでも会話できないと思うけどね』
『や……そ、そんなことしなくても別にいいんじゃないの。どうせわたしは神様じゃないんだしさ、やるだけムダだよ』
霊夢は自分の案にすっかりとりつかれていた。
『うーん、誰がいいかしらねぇ……あ、そうだ。大国主命なんてどうかしら?』
十秒ほどの沈黙。
『………………え?』
『前から呼んでみたかったのよね。なんせ大変な美男子だっていうし。うん、大国主命にしよう』
『え……ええええええええええええ………』
『どうしたの』
『そ、そんな……ま、まだ、心の準備が……』
『あんた神様じゃないんでしょ? だったらあまり期待しないほうがいいわ。じゃ、呼ぶわね』
『うう……』
結論から言おう。
因幡てゐは神様だった。
(兎神……なのかしらね。大国主命と稲羽のヤガミヒメの縁を取り持ったのが因幡の素兎で、そのあと兎は縁結びの神様になったとかは聞いたことあるけど、まさか本当とは)
霊夢は腕組みをしてふむふむとうなずきながら、頭の中で繰り広げられる会話を聴いてにやにやした。
大国主命、呼んでみるとこれがかなりの美声の持ち主だった。性格も温和で、それらすべてから察するにかなりの美男子に違いない。霊夢ですらくらっときたほどだ。てゐが惚れるのも無理はない。
てゐの方はまともに受け答えが出来ず、優しい大国主命の問いかけにもしどろもどろにしか反応できなくなっている。あの生意気な素兎の赤面している顔が目に浮かんで、霊夢はなんだか小気味よかった。
『では……そろそろ行かなくては。巫女殿。呼んでくれてありがとう。お前もしっかりやりなさい。よく食べてよく寝て長生きするのだよ』
『あ、はい。急にお呼びして申し訳ありません。また今度、力をお貸しください』
『…………』
『ほら、てゐ、あんたもなにか言わなくていいの?』
『あ、あの………あの時は、その……ありがとうございました……』
柔らかな微笑み(の空気)を残して、優しい神は霊夢の体から去って行った。
『…………』
『…………』
『誰にも言わないでよ』
『ん~、どうしようかなぁ?』
『くっ……』
『まぁ、そうね、今ちょっと困ってるんだけど、それに力貸してくれたら黙っててもいいわ。あんた神様なんでしょ。巫女に力を貸しなさい』
『…………はぁ。わかったよもう。なにすりゃいいの?』
霊夢は事情を話した。目の前であまりにも待たされてしびれを切らしそうな少女に、適当な助言を与えて追い返してほしいのだ。
するとてゐは面倒臭がりながらも少女に話をしてくれた。霊夢から縁結び効果のある符をもらうこと。その男性からはしばらくの間距離を置くこと。もう少し自分の言動を見直してみること。遠くからずっと想い焦がれるだけの恋もあるということ。どうしても困ったら、永遠亭に来てそこの可愛らしい兎さんに手助けを求め、ついでに薬も買ってくれたらうれしいな。
『最後のはちょっと余計だったんじゃないの?』
『うるさいな。いいじゃん宣伝くらいしたって』
『それと、遠くから想い焦がれるだけの恋って、もしかしてあんた自身のこと?』
『……ほっといて』
霊夢はそれ以上何も言わなかった。なんだかんだでこの兎は、恋に関しては物凄く純情で一途なのである。その一面が垣間見れたのは、霊夢にとっても貴重な体験であった。
ついでに、自分も恋なぞしてみたいものだな、などと血迷ったこともちらりと思った次第である。
『それじゃ、今日はありがとうね、神様』
そう言って、霊夢はてゐを体から切り離した。
「あー、くそ…………一生の不覚……」
縁側で長い間寝転がっていたてゐは、身を起して夕日をながめ、頭をぼりぼりと掻いた。
あまりにも長い時間が経っていたので、自分が神様であることすら忘れていた。忘却は油断を生む。その結果、不本意にも博麗霊夢に弱みを握られることになってしまった。
「まぁ、でも……ダイコクさまとお話できたし、悪くはなかったかもね」
そう呟きつつ、てゐはまた顔を赤らめた。素敵な御仁の顔が目に浮かぶ。他の兎たちへの自慢のタネが出来たというものだ。
「あ、てゐ。あんた一日中そこで寝てたの? まったく、風邪ひくわよ」
仕事を終えたらしい鈴仙が、中庭の向こうからいそいそと近づいてきた。
「ん……まぁね」
「どうしたの。なんかいい夢でも見た?」
「ちょっと昔の夢を」
「へぇ、そう。よかったわね。あ、そうそう、あんたまた竹林に落とし穴作ったでしょ。あの藤原妹紅が文句言いにきたわよ。まったく、悪戯するのはいいけどさ、私に迷惑かからないようにやってよね……」
お姉さん風を吹かせながらお説教する鈴仙を見て、てゐは思い出した。自分がずっと、神様であることを隠してきた理由だ。永琳も、輝夜も、もしかしたら感づいているかもしれないが、てゐは鈴仙にだけは知られたくなかった。
なぜか。
「だから、ね。以後こんなことがないように。てゐ、わかった?」
「はぁい」
てゐはにっこりと微笑んだ。
「嘘くさいなぁ……あ、そうだ。今日の晩御飯はね、人参をふんだんに使ったシチューだよ。てゐ好きでしょ?」
「大好き」
「じゃ、もうそろそろいい具合になると思うから、他の兎たちに食器出すよう呼びかけて」
「おっけー」
鼻歌交じりに向こうへと歩き去っていく鈴仙。
彼女がもしてゐが神様であることを知ったら、はたして今まで通りに接してくれるのだろうか。引け目を感じたりしないだろうか。そんなことは、てゐはまったく望んでいなかった。鈴仙とは今のままの関係でいたい。彼女が存分にお姉さん風を吹かすことができるように、心おきなく叱ることができるように、てゐはこれからも、嘘をつき、悪戯をし続けていく。
そう決意しなおすと、「タラッタラッタ」とステップを踏みながら、兎たちに今日のことをどう自慢してやろうかと、にやにや考えているてゐであった。
(If she wasn't a fibber, she wouldn't be alive.
If she couldn't ever be gentle, she wouldn't deserve to tell a lie.)
てゐ可愛いよてゐ。なんでこんなに可愛らしく書けるのか……。
オオクニヌシと聞いて一瞬土偶を思いだした私をぶってください。
「こういう話を待っていた!」
恋に純情なてゐとか、由来通り神様のてゐとか、優しい嘘をつくてゐとか、何から何まで自分の理想ですよ!
とっても良かったです。
ちょっと神に喧嘩売ってくる。