いまさらだけどさ、がわたしの前置きだった。
「お姉ちゃんって優柔不断だよね、すごく、ひどく、どうしようもなく」
ミルクティの波紋をスプーンでぐるんぐるん回して遊びながらそう言ってやると、お姉ちゃんはとぼけた顔して首をかしげた。「……はて?」って顔。
「それ」
びしっ、とスプーンを突きつけてやる。
「肯定しようか、否定しようか、なぁなぁで済ませようか、悩んでるでしょう」
「大正解」
「ご褒美ちょうだい」
「笑顔でいいかしら」
両手を合わせてにっこり微笑むお姉ちゃんだけれども、いったい誰のせいでこんなに冷やっこいティータイムになってしまっていると思ってるのか。
カップ二つに紅茶を淹れたところまでは良かった。
でもそれからストレートにしようかミルクティにしようか悩んで、けっきょく選べなくて片っぽにだけミルクを注いでとりあえず両方用意して、それからまた悩んで。
小一時間待ってあげて。
結局、焦れたわたしがミルクティを選んであげることで解決したわけなのだけれど、お茶請けがロールケーキで良かったな、と思う。
焼きたてのアップルパイとかだったら色々と最低なことになってたはず。
「よくないよ、そういうのって」
「あら、どうして?」
「時間がもったいないし」
ごくり、とわざとらしく音を鳴らして、さっきまではホットだったアイスミルクティを飲んだ。
「こういうことになるから」
「冷たいのも悪くないでしょう」
「悪い」
真夏じゃないんだから、とツッコミをいれるのも面倒で。
じっと。真正面をにらむ。
「なにかついてる?」
「目」
「それだけ?」
「鼻、口、耳」
「それってどういう順番なの」
「……べつに。なんとなく」
カタチが気に入ってる順番、と言ってあげられるほど、わたしの機嫌はよくなかった。
わたしの不機嫌に探りをいれるような気配がお姉ちゃんにあればまだ可愛げもあったのだけれど、相変わらずにこにこにっこりとどこ吹く風で、「はぁ」とわたしは鼻白んだ。
「でも、普通じゃないんだよね」
「お互いにね」
「そういう意味じゃなくって」
お姉ちゃんの優柔不断って、普通じゃない。
お砂糖一つにしようか二つにしようかだとか、パンにしようかごはんにしようかだとか、そういう小さなことでものッすごく悩む。
悩みどころがおかしいのだ、どこか。まるでそうやって決断力を節約して、貯金してるみたい。
「道がさ」わたしは何となく思いついたことを適当に喋ってる。「こう、二つに分かれていたとしてさ」手を伸ばして二叉のジェスチャー。
「唐突ね」
「適当に喋ってるから」
それで、とわたしは続ける。
「わたしはどっちかの道を適当に、なんとなくでも選んで、とにもかくにも前に進めるわけだけれど、お姉ちゃんはずっとずっとその場に留まってるんだよ。木の根っこでドナドナでも歌いながら、一人さみしく」
一人さみしく道を行くという意味では、わたしも一緒だけど。
「想像しただけでも切ないわ」
「自分のせいじゃん」
「こいしが選んでくれたらいいじゃない」
名案でしょう、とでもいうようにお姉ちゃんはカップをソーサーに軽く打ちつけた。
かちっと。音だけは明瞭で気持ちがいい。でも、音だけだ。
「それじゃなんの意味もないよ」
と思う。それじゃお姉ちゃんの問題は、なにも解決しない。
「こいしはそう言うけどね」
干からびたロールケーキにフォークが刺さった。
「私だって、どうしても選ばなければならないときは、ばしっと選ぶわ。悩んではいけないところで悩んだら損をすることぐらい知ってるもの。本当に大切なことは、ばしっと選んでみせる」
「ばしっとミルクティを選んでくれてたらさ、干からびなくて済んだんだよ、そのロールケーキ」
「それはまぁ、そこまで重要なことでもないから?」
「じゃあさ、訊くけど、唐突に訊くけど、お姉ちゃんってわたしのこと好き? 嫌い?」
どう思ってる? と訊かなかったのは、どうせ答えなんか出ないってわかりきってたからだ。
選択肢は少なければ少ないほど、お姉ちゃんにとっては都合が良い。
だからこの質問の仕方は、優しい優しい妹の配慮みたいなもの。
ばしっと選んでくれるってお姉ちゃんは言った。
言った。
…………。
のにっ。
お姉ちゃんの口ぶりは紛れもなく悩んでるときの口ぶりだった。小難しく回りくどい、逃げの一手。
「それは、どうなのでしょう。好きか嫌いか、でいえばおそらく好き、の部類にあるとは思うのですが、たまに、ごくたまにですけど、ものすごーく嫌いに、顔も見たくない、となるときもあって……。そういうことを鑑みるに、一概に好きと言いきってしまうのは問題があるように思いますし、そもそもどういう種類の好き嫌いなのかということがわからないから、あ、でも、だからって嫌いだってわけでもぜんぜんなくって」
「もういいです」
詰めこめるだけの空気をホッペタに詰めこんで、わたしは椅子を蹴った。
『予定表?』
タイムスケジュールを書き連ねた紙をお姉ちゃんに渡した今朝のこと。
わたしはびっしりと、それはもうびっしりと。朝起きてから寝るまでのありとあらゆる予定を埋めてあげた。
何を食べるか、何を着るか、何をするか。
『これがあれば悩まなくて済むでしょ?』
とびっきりの笑顔のわたしは天使に見えたのだろうか、それとも悪魔に見えたのだろうか。
まぁ、どっちでもいい。あんなお姉ちゃんにどう思われようが、どっちでも。
ちなみに内容はといえば適当のきわみで、朝食のあとは古明地体操(ファイアーダンス)一時間、昼食のあとは辞書の誤植をひたすら探す作業二時間、夕食のあとは人生ゲームを一人プレイ三時間。
などなど。
どれも楽しそうにこなしていたから、意外と感謝してくれてるのかもしれない。
自分では何も選ばないで、何も決めないで過ごせる一日っていうのはきっと、お姉ちゃんにとっては幸せな一日なのだ、わたしはそう信じた。
だからこれで何も問題はないはずなのに、なぜだかもやもやする。
原因は何だろう、とベッドのシーツに顔をこすりつけながら考えてみると、すぐに答えが出た。
自由時間、なんてものを。
ちょっとしたイジワル心を起こしたわたしは、就寝三十分前のところに設定していたのだ。
お姉ちゃんがその時間にどんな行動をとるかは考えるまでもない。
三十分間何をしようか悩んで悩んで悩みぬいて、おしまい、おやすみなさい。眠くなればあくびが出るのと同じように、わかりきっていた。
わかりきっていたから、就寝三十分前きっかりにお姉ちゃんがわたしの部屋に現れるなんて事態は珍事であって、びっくりしたわたしがベッドから転げ落ちてもべつに不自然ではないだろう。
「お鼻打った……」
「すごい落ち方をしたわね。力士のヘッドスライディングみたいだった」
誰のせいだよ、と鼻をさすりながら寝巻き姿のお姉ちゃんをにらみつける。
「……何しにきたの」
「自由時間なのでしょう? どう行動したって私の自由じゃない」
「言っておくけど、わたしに決めてってのはナシだからね、予定」
「あら、もう決まってるけど?」
「え」
決まってる? 決めた? いったい何を決めたっていうんだろう。
この、優柔不断なお姉ちゃんが。
沈黙が支配するわたしの部屋を、こっちこっちと置き時計の針が音で刻む。あの通り、悩める時間は三十分間、丸々残ってるっていうのに。
わたしは眉をひそめて、お姉ちゃんの言葉を待った。
ややあってお姉ちゃんは眉を下げ、楽しげな顔になる。オーブンにケーキを詰めて、焼きあがりを待ってるときみたいな……。
「自由時間は、こいしと一緒に遊ぶことにしました。三十分間、丸々」
「うあっ」
やられた、とわたしはのけぞった。
ごんっ、と壁に後頭部を軽く打ちつけると、いつかの言葉が無意識の海からすくい上げられるようにして蘇った。
――ホントに大切なことは、ばしっと決めちゃう。
ホントに大切なんだ? わたしと一緒に遊ぶのが。
でも、そう言ったのは誰だったっけ? わからない。わからないけど、どうでもいいや。
もう、忘れてしまったし、今のわたしは過去のことよりも目の前のお姉ちゃんに夢中だった。
「ね、何して遊ぶ? チェス? オセロ? トランプ?」
喜色満面、といった感じでありとあらゆるオモチャを机に広げるわたしが、スタンドミラーに映っている。
ちょっと落ち着きなって、わたし。
「何でもいいわ」
そう言うだろうとは思ったけど。
「ちゃんと選んだ方がいいと思うよ? お姉ちゃんが勝ったら、ご褒美あげるんだから」
「笑顔?」
「ううん」わたしは首を振る。「抱き枕」
「そんなもの持ってたかしら?」
「わたし」
と自分を指さすわたしは、にやついてるな。鏡を見なくてもわかってしまうのが、なんだか気恥ずかしい。
「それは、ずいぶん魅力的なご褒美ね」
「だけど、わたしが勝ったらご褒美もらうよ?」
「それってやっぱり」
「うん、抱き枕」
今度はお姉ちゃんを指さした。じつに魅力的なご褒美だと思う、リボンでも結んで、デコレートしてみたい。
「これは、負けられないわね。いや、負けた方が良いのかしら」
「さあねえ、それは、好きなだけ悩んでよ」
「優柔不断だって、怒ってたのに」
「知ーらない」
勝負はトランプ、種目は『ダウト』に決まった。
交互にカードを裏返しで1、2、3、4……J、Q、Kと順番通りに出していって、相手がウソのカードを出したと思ったら「ダウト!」と叫ぶこのゲーム。
自分がカードを出すときは『ウソをつくかつかないか』、相手がカードを出すときは『相手を信じるか信じないか』と選択肢が少ない、シンプルなゲームだ。
選択肢が少ないってことは、一見お姉ちゃんに向いてるゲームのように思えるけれども、お姉ちゃんは可哀想なほどに弱かった。
お姉ちゃんにはわたしの心が読めないし、じゃあ表情とか仕草から察するのかといえば、そんなつもりはまったくないらしく、いつもにこにこしながらわたしがウソのカードを出すのを眺めているだけ。
逆にお姉ちゃんは覚りのくせに自分の心を隠すのはヘタだから、すぐにウソがバレて場のカードを引き取らされる。
もしかすると、わたしがお姉ちゃんにウソをつかないとでも思っているのかもしれない。
色々な意味で、おばかさんなのだ、このお姉ちゃんは。
ともかく、このゲームでは勝つも負けるもわたしの手中にあるってこと。
「まぁでも、こいしは知ってるでしょう?」
「なにを」
「勝負事では手を抜かないのが信条なの」
お姉ちゃんはそう言うけど、ひょっとしたらこのゲームを選んだ時点で負ける気満々、つまり抱き枕になるつもり満々だったんじゃないかなあ、とか。
推測したりして。
「わたしに抱かれるつもりなんだね?」
とか、ヘンな風に言い換えてみたりして。
「勝負は水物ですから」
「ふーん……」
はて、これは勝ってあげるべきなのだろうか、それとも負けてあげるべきなのだろうか、とカードを手繰りながら考える。
「悩むのも悪くないでしょう?」
勝負を始める前に、お姉ちゃんはまるでわたしの心を読んだみたいに言った。
「かもね」
と素っ気なく答えたわたしはお姉ちゃんよろしく、残り二十五分間たっぷりと悩むことに決めたのだ。
にこっと笑って。
えへっと舌を出して。
<了>
だからフランはもっと悩みなさいww
ところでNinja さんというすでに何作も投稿されている人が居まして、名前がダブってしまうので改名されたほうがよろしいかと思いますよ。え? 違うの? 同一人物?
そんな貴女が大好きです。
さて涙目で妹を眺めるお嬢様を眺めに行かなくては…
お嬢様はビシっと決めても悩んでも、結局フランちゃんに両方食べられそうだけど
こいしもさとりも策士なんですね。
あと、後書きの「ワーオ」に、やられたっ!
でも、最後の一口だけは食べさせてあげるんじゃないかな、って。
もにょもにょする
古明地姉妹は本当に良いものですなスカーレット姉妹もまったく然りで可愛いというか素敵というか撫で回したいというか遠巻きから観察していたいというかなんだかもう訳が判りません
こんな気持ちにさせてくれるSSを読ませて頂いたことに感謝!
「ワーオ」でまじ噴いた
流れがきれい過ぎてレミリアの「ワーオ」が自然にイメージ出来たww
古明地姉妹も可愛かった!
お姉ちゃんはやさしいな。
ぱねえ
始終ニヤニヤさせて頂きましたw