『その内94人は雲山です』
「いやだああああああああああっ!」
「わっ! いきなりどうしたのよ魔理沙!?」
突然の魔理沙の奇声に、霊夢は舟を漕いでいた身体をびくりと跳ねさせた。
何事かと駆けよってみれば魔理沙は震える指で一冊の本を指している。
「なになに? 『幻想郷がもし100人の村だったら』?」
また動かない大図書館から『借りて来た』のか。
呆れた風に溜息を吐きながらも、タイトルに軽い興味を覚えた霊夢はぱらりとページをめくり――――――
『その内94人は雲山です』
そして蚊を叩くかの如き勢いで、一気に閉じた。
「何これ、呪いの書?」
想像力旺盛なお年頃なのが仇となった。
無数の雲山に占拠される幻想郷を思い描き、霊夢はガタガタとその身を震わせる。
対する魔理沙は既に落ち着きを取り戻したのか。
顎に手を当てながら、困ったようにその本を眺めていた。
「これはその名の通り、幻想郷の全住民の統計比率を取って、世界を100人の村と仮定したらどうなるかって本だ。ほら、100人だと大体の割合とかも簡単に出るだろ」
「雲山94%……」
「果汁みたいに言うな」
果汁と言うよりも、混入されて大騒になる類の物質である。
雲山汁が94%含まれた飲み物を想像し、二人は気分が悪くなった。
この本はこのまま焼却処分するべきではないだろうか。
そちらの方が持ち主であるパチュリーの為である気もする。
しかし一度読んでしまったら、中途半端でやめる方が怖い物で。
内心ビクビクしながらも、二人はその本を読み進めてしまうのであった。
『雲山の内、56人が女性です』
「なん、だと……?」
「『雲山』とは何かがわからなくなってきたわね……」
『残りの内、5人が男性です』
「男少なっ……残りの33人はどうなってるのよ」
『ノーコメントです』
「答えるな!」
この本、実にフリーダムである。
最早本なのかどうかすら疑わしい物体Xに二人の少女はうんざりした視線を送る。
『女性の雲山の内、31人が猫耳メイドです。とってもぷりちーです』
「……もうこの程度じゃ驚かなくなってきたな」
「自分の順応性が憎いわ」
『でも筋肉ムキムキです』
「怖いわ!」
これが挿絵付きであったならば、恐らく卒倒していただろう。
手元の物体Xが純粋な文字媒体で在った事を、二人は心より感謝した。
『男性の雲山の内、5人がショタです。ちびで痩せこけてます』
「全員かよ」
「じゃあ、あの筋骨隆々爺さんは一体何なのよ」
「残りの33人の1人なんじゃないか? 明確に男とされた訳じゃないしな」
「ひょっとしたら猫耳メイドの1人かも……」
「霊夢」
「ごめん、忘れて」
はっきり言ってメイドガイの方がまだ救いようがある。
乙女の想像力が、一瞬猫耳筋骨隆々メイド雲山を創造しそうになったが、霊夢は床に頭を打ち付ける事で回避した。
強く打ち過ぎたのか、その目元には微かに涙が滲んでいる。
「と言うか何でこの本が正しい前提で話が進んでるのよ。どう見てもただの嘘っぱちじゃない」
「いやいや、嘘とは限らないぜ。少なくとも天狗の新聞よりはよっぽど信憑性があると見たね」
「それは無い」
「どうして」
「だってよく考えてみなさいよ。あんな奴が沢山居たら、目立っちゃって仕方ないでしょ。幻想郷中を飛び回ってる私やアンタが気付かない筈無いじゃない」
それはまるで自分に言い聞かせるかのような言葉。
『こんな事はあり得る筈が無い』と強がる事で、霊夢は自分を見失わないように必死だった。
否、普通に考えれば、確かに霊夢の言う通りなのである。
この本に書いてある事は実に馬鹿げているし、それを証明するような物は一つも無い。
『ありえない』と笑い飛ばす事の出来る内容である。
しかして、この本を自分達が真剣に読み進めてしまっている事実。
この程度の与太話に、数々の異変を解決してきた自分達の精神が汚染されている事実。
理屈ではなく本能で、二人はこの本に書かれている事が、ただの虚言では無いと理解してしまってた。
そんな二人をあざ笑うかのように、境内に吹き込んだ風がぱらりとそのページをめくる。
『94人の雲山の内、93人は無色透明です。周囲の者からは目視する事は出来ません』
「何でこう絶妙なタイミングなのかね、この本は。まぁでも元々水蒸気みたいなもんだし、あり得る話だが」
「……じゃあなに? 姿が見えて無いだけで、私達の周りには雲山がひしめき合っているって事?」
「やめろよ、生きてるのが辛くなるじゃないか」
もしも自分達が気付いていないだけで、世界が雲山ですし詰め状態になっていたら。
それ仮定だけでその幻想郷をブチ壊したくなってしまう二人であった。
『一度空を飛ぶと、平均1人の雲山を吸い込む事になります。もし、貴方が空を飛べるなら肺は雲山だらけです』
「私、もう飛ばない」
「やっぱ時代は徒歩だよな」
『今、この瞬間も貴方の背後には1人の雲山がいます』
「何と言うか、軽いホラーだな。鬱になってきた」
うんざりと頬を引きつらせながら、魔理沙は物体Xのページをめくっていく。
どのページを開いても雲山雲山雲山。
これならばタイトルを『幻想郷がもし100人の雲山だったら』にした方が良かったのではないか。
そんな馬鹿らしい事を考えながら、ぱらぱらとページをめくる魔理沙の手が止まる。
そこには『残りの6人は』と書かれていた。
「お、何々。残りの6人はっと……」
これでようやく雲山から解放される。
魔理沙のほっとしたような声に、霊夢また胸をなで下ろす。
残りの6人、つまり自分達の内訳はどうなっているのか。
わくわく気分で本へと視線を戻す魔理沙だが――――――
「う、うわああああああああああっ!」
「魔理沙! どうしたの魔理沙っ!」
再び響き渡る魔理沙の悲鳴。
先程以上の狼狽した様子に霊夢は肩を揺するが、魔理沙は言葉にならない声を発するばかり。
やっとの思いで動かした手だけが、その原因を指し示す。
魔理沙の震えた指が示す先、そして霊夢の視線の先に開かれたページ。
そこに記されていたのは――――――
『残りの6人はもうすぐ雲山になります』
ここに物凄い勢いで食い付いた自分が通りますよー
初っ端から破壊力ありすぎwww
もしかしてひじりんもさとりんもゆうかりんもみんな雲山が変化した姿なのか……!
ところで、何故かヒゲが生えてきたんだが
雲山です
なんて愉快な雲山
誤字報告
>それ過程だけでその幻想郷をブチ壊したくなってしまう二人であった。
その過程、かな?
それに負けないインパクトを発揮するオチに唖然
あれ、なんか体が透けてきt
俺、最近巨大化できるようになったんだ。
雲山ネタはもう慣れてるかと思った俺が甘かった
残りの6人だけでも助けるべきw
あれ?何やら体が透けてきた
雲山怖いよ雲山・・・
グッドカオス!
最後のオチもやヴェぇwwww
俺、未だかつて雲山がまともに活躍する話を……いや、あったな。あぁ、良かった。
オレは!オレはッ!オレのそばに近寄るなああ―――――――ッ