パルスィが変だった。
「や、パルスィ。お待たせ」
地上へ通じる縦穴の下、細い川に架かる橋の上。
いつものように杯を携えて、星熊勇儀は高下駄を鳴らして歩み寄った。
橋の欄干にもたれて、ぼんやりと地上の光を見上げていた影は、その声にゆっくりと振り向いて――にこりとこちらへ微笑みかけた。
「勇儀。いらっしゃい」
足が止まった。勇儀はまじまじとパルスィの顔を見つめた。
パルスィは微笑を浮かべたまま、不思議そうにひとつ首を捻る。
「どうしたの?」
「ああ――いや。変だね、酔っぱらったかね」
首を振る勇儀に、パルスィはくすくす笑う。
「勇儀が酔っぱらっているのなんて、いつものことじゃない」
――どうしたことだ。勇儀は目をしばたたかせる。
意識はいつもの心地よいほろ酔い。軽くつねってみたが痛覚もある。夢ではない。
だとしたら、これはいったい、どうしたことだ?
『何よ、また来たの?』
いつもなら、パルスィはそうこちらを睨み返すところではないか。
『誰もあんたのことなんて待ってないのよ、この酔っぱらい』
刺々しい声で、とりつく島もなくそうそっぽを向いてしまうだけではないか。
『帰れ馬鹿』
そう、自分の臑を蹴飛ばすのが、いつものパルスィではないか。
――いや、それが可愛いのだけれども。
「パルスィ」
「うん?」
「何か良い事でもあったのかい? ――随分機嫌が良さそうだね」
戸惑いを苦笑に隠して、勇儀は問いかける。
その問いに、パルスィは頬を朱に染めて、軽く視線を逸らし、少し拗ねたように言った。
「そんなの――勇儀が来てくれたからに、決まってるじゃない」
爆発した。主に勇儀の理性が。
目の前のパルスィを全力で抱きしめようと両腕を広げて、その拍子に手にしていた杯が足に落ちた。かーん、と痛みが走って、勇儀は我に返る。
待て、落ち着け星熊勇儀。
これはおかしい。何かがおかしい。
パルスィは、自分の知る水橋パルスィという少女は――こんなキャラではない。
こんなことを言うはずがない。
不自然な格好で硬直した勇儀を、パルスィは不思議そうに見上げた。
それから、意を決したようにひとつ頷いて――硬直したままの勇儀の胸に、ぎゅっと抱きついてきた。
――爆発したのは勇儀の顔だ。
「ぱ、ぱぱぱ、パルスィ?」
「勇儀」
胸元から上目遣いにこちらを見上げて、パルスィは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「逢いたかった。……待ってる間、寂しかったの」
頬をすり寄せて、甘やかな声でパルスィは囁く。
一度爆発した理性が、その響きに焼き切れていく。
「……好き」
そう言ったパルスィが可愛すぎて死ぬかと思った。
* * *
――え? 勇儀姐さんをどうにかしたいって?
そんなこと言われてもねえ……。
私に言われても困るよ。
ああ、そうだ。
姐さん、他人を弄るのは好きだけど、自分が弄られるのには意外と弱いよ。
その方面で攻めてみれば?
え?
姐さんをどうにかしたいって、追い返したいの?
朴念仁な姐さんを振り向かせたいって意味じゃなく?
へぇー。ふぅーん。
ま、いいけどね。
あ、私はこの後キスメとデートだから。えへへ。
――その目で睨まないでよ、怖いからさ。
* * *
「……何ぼんやりしてるのよ」
臑を蹴っ飛ばされて我に返った。
見下ろすと、こちらを睨むパルスィの顔があった。
「人のところに押しかけて、挙げ句ぼんやりなんて、相変わらず妬ましい太平楽さね」
ふん、とそっぽを向くパルスィの姿に、勇儀は目をしばたたかせる。
あれ? 何か――何か、夢でも見ていたのだろうか。
ゆるゆると首を横に振って、勇儀はひとつ息をつく。
「なによ、今度はため息?」
「いや――呑みすぎたかね。妙な夢を見た気がするよ」
「呑んだくれのあんたに呑みすぎも何も無いでしょうが」
呆れたように言い捨てるパルスィの口調。
なぜだかその刺々しい喋りが、いつもにも増して愛おしく思える。
――ああ、うん、やっぱりパルスィはこうだよねえ。
そりゃまあ、夢の中で見たパルスィも死にそうなぐらい可愛かったけれども。
こうやって子犬みたいに吠えて拗ねるパルスィが、可愛くて仕方ないのだ。
「パルスィの夢を見たんだよ」
「夢の中にまで引っ張り出さないで。妬ましいわね」
「――夢の中のパルスィ、可愛かったねえ。素直でさ」
もう一度臑を蹴っ飛ばされた。ふくれっ面でパルスィはこちらを睨む。
「悪うござんした、こんな性格で」
「いやいや――」
勇儀は苦笑して、パルスィの柔らかな金髪に触れる。
びくりと身を竦めたパルスィの頬が、微かに赤らんでいるように見えたのは、たぶん夢の残滓だけれど。
「私が好きなのは、やっぱり今ここにいるパルスィだよ。夢の中じゃなくてね」
げしげしげし。ローキックの嵐に見舞われた。
ああもう、パルスィはやっぱり可愛いねえ、うん。
蹴られる臑の痛みも、その髪に触れられる代償ならば安いものだった。
異論は認めない
とろける
あ、ちょ、グリーンモンスターやめて
御馳走さまです。
ふぅ、……ん、まぁまぁかな(黙
ローキックが似合うのも概ね同意する
だが、考察、奴は何処に行ったのだ