窓から見える雪をぼんやりと見ながら紅魔館の廊下を歩いていると
花瓶の前にヤカンをもって立っている咲夜さんがいた。
「何をしているんですか?」
「あら美鈴。見てわからない?」
ヤカンの中身を花瓶に注ぐ咲夜さん。
見ればわかるが、
「なんでお湯を入れているんです?」
花瓶の中からはもうもうと湯気が立ち上っていた。
お湯で成長する花は地獄にも無いだろう。
「えっ」
咲夜さんは言われてやっと気づいたとでも言うようにヤカンを見る。
前から天然気味だとは思っていたがまさかここまで…。
「って、咲夜さん。顔赤いですよ」
「別に、そんなこと無いわよ」
「いや、赤いですよ。それになんだか調子悪そうですし」
おでこに手を当ててみるとかなりの熱さを感じる。
明らかに平常ではない。
「風邪引いたんですよ。休まないと駄目です」
「これくらい、別に平気よ」
そう言って歩き始めようとするが、足がもつれ前方に転びそうになった。
私はその華奢な体を抱きとめる。
「駄目ですよ。いつも働いてばっかりなんですからたまには休んでください」
「でも…」
「いいんですよ。休むことも仕事の内です」
私は柔らかい銀髪をやさしく撫でながら答えた。
「あら、それじゃああなたの昼寝も仕事の内?」
「う…。いや、それは…その」
「冗談よ」
咲夜さんは全身の力を抜くと、一層もたれかかってくる。
その様子からかなり無理していることがわかった。
「悪いけど部屋まで運んでくれない?安心したら力入らなくて」
「はい、任せてください」
私は笑顔でそう答え、咲夜さんも力ない笑顔であったが答えてくれた。
そう、この笑顔のためならどんな事だってできる。
もたれ掛かられたときにお湯が足にかかったが耐えることができる。できるったらできる。
「それはいいけど、お姫様抱っこじゃなくていいわよ」
「えー。一回やってみたかったんですけど」
「はい。お粥できましたよ」
「ありがとう。悪いわね」
ベッドから上半身を起こす咲夜さん。
いつものメイド服ではなく、ゆったりとしたパジャマ姿が新鮮でかわいい。
「いいんですよ。今日は好きなだけ甘えてください」
そう言って、私はお粥をのせたスプーンを差し出す。
「…なに?」
「あーん」
「…あのねえ」
「あ、冷ました方が良かったですか?」
「そういうことじゃなくて、なんでそんな恥ずかしいことしないといけないのかしら?」
顔を赤くして反論する咲夜さん。
しかし、この程度の抵抗は予想済みである。
「『あーん』の語源は唐の時代にまで遡ります。その語源は『阿』と『吽』の二人の武将が片方が傷付いた際、もう片方が食事をとらせ絆を深め合ったのです。
これが『阿吽』と呼ばれるものであり、現在の『あーん』に変化したと伝えられています。民明書房刊『あーんの誰も知らない歴史』より」
図書館にあった本の内容をずらずらと並び立てる。
正直、胡散臭さの極みである。
が、まあ、咲夜さんは騙されてくれるだろう。
「なので、絆を深めるためにとても重要な行為なのです」
「そ、そうなの?」
さすが天然。後一押し。
「そうです。ですから、はい」
「う…」
ずい、と差し出されたスプーンに目を向け
次に赤い顔で私を見る。
そして、観念したようにスプーンに口を近づけた。
「あーん…」
熱そうにお粥を口に運ぶ姿は、普段の瀟洒な様子からは考えられない姿で
年相応の少女らしい可愛らしさがあった。
ああもう、抱きしめたい。
「具合はどうかしら咲夜?」
あったかい気持ちに浸っているとお嬢様が部屋に入ってきた。
面白いものを見つけたように楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「はい、だいぶ楽になってきました」
「そう、それはよかったわ。美鈴のおかげかしらね」
「いやぁ、そんなことは…」
「けど」
お嬢様は私に向き直り楽しそうな笑顔で言った。
その笑顔はまさに悪魔的と言うか何と言うか。
「咲夜で遊びすぎたら駄目よ。私は面白いけど。
あなたがどうなるかはわからないわ」
「それって…」
「まあ、『お約束』ってことよ」
じゃあね、と言ってお嬢様は部屋から立ち去ってしまった。
「どういう意味でしょうか?」
「ふーふーふー」
咲夜さんはお粥を吹いて冷ましていた。
私は咲夜さんを抱きしめた。
次の日、咲夜さんの風邪は完治した。
したのだが…。
「ぶぇっくしょん!あくしょん!」
「どんなくしゃみよ…」
呆れたようにぼやく咲夜さん。
咲夜さんの風邪がうつってしまったらしい。
「妖怪も風邪引くのね。まあ、今日はゆっくりしなさい」
「ふぁい…」
「はい、お粥できてるから」
ずい、と差し出されたスプーン。
少し考え、咲夜さんの顔を見る。
「あの、これは…」
「あーん」
「いや、その、恥ずかしいです…」
「絆を深める行為じゃなかったの?」
それはそれは楽しそうな笑顔で言うのです。
怒ってるのかなぁ。
「あーん」
「うう…」
私は恥ずかしさと嬉しさを感じつつ、口をスプーンに近づけていった。
天然さっきゅんが可愛すぎる!!
そこから伝統的な「風邪を移して治療するという行為」は民明書房の何を文献にして説得したのでしょうね?
決めゼリフ的なところで誤字です。「休みことも仕事の内です」
さっきゅんかわいいよさっきゅん
文さん、新聞購読したいんだけど。
ついこの間病に倒れたが、「あーん」してくれる人はいなかった…
読んでくれた皆さんありがとうございました。
咲夜さんの次に大好きです。