おにはーそとー
ヒュン
ポロリ。
私の服の中に、豆が落ちていった。
「…………」
おにはーそとー
ポイッ
コロリ。
また上手い具合に服の中に入っていった。
「…………」
おにはーそとー
ポイッ
パシッ
今度は投げられた豆を掴み取った。
強く握りすぎたか、手の中で潰れる感覚がした。
「…………」
「…………あんた、なにやってんの?」
豆の発射元を見ると、古明地さとりが大量の豆を抱えて立っていた。
おにはーそとー
ヒュン
ぺしっ
パタ。
大きく振りかぶって投擲された豆は、私の顔を直撃して、服の中に落ちた。
とはいってもさとりの投げた物だ。
どんなに全力投球されても痛くも痒くもない。
しかし、いい加減うざったいので、そろそろ理由を聞こうか。
「……なんのつもり?」
冷めた目で尋ねるが、さとりの格好を見れば大体想像が付いてしまう。
それを知ってか知らずか、さとりはふふんと笑って言った。
「貴女は今日が何の日か、知っていますか? ……あぁ言わなくてもいいんです聞こえてますから。そう、今日は節分という日らしいですね。鬼がたくさんいる地底世界では馴染みの深くない行事なのは仕方の無いことです。まぁ大まかに説明するとですね……」
「知ってるわよ、そんなこと」
頭が痛い。なにを得意げに説明しようとしてるんだこいつ。
随分と長い付き合いだが、偶にさとりが解らなくなる。
私をなんだと思っているんだ。
退屈にしていたところを燐に呼ばれ、地霊殿に来てみればこの有様である。
言われたとおりにキッチンに入った瞬間、豆を投げつけられた。
不思議と痛くは無かった。私も一応鬼のはずなのにおかしいなと思って服の中を覗いてみれば、さとりの投げた豆は炒っていなかった。
いくら豆だといっても、炒ってなければ効果なんてあるはずが無い。
どうせ『節分!そういうのもあるのか!』とかいって急ごしらえで用意したのだろう。
もう数時間で日付が変わるのだ。まぁそれは良いとしてやる。
しかし、どうしてさとり自身が鬼の面をしているのか。
それは本来鬼の役がするもの。投げる側が豆を持ったらその時点でお陀仏である。
……あ、「え? そうなんですか?」って表情。
そんなのも知らなかったのか。
「…………」
「…………」
「おにはーそとー」
何事も無かったかのように再開しはじめやがった。
自分が不利になるとすぐこれだ。
さとりが豆を投げるたび、私の服の中に転がり落ちていく。
顔をめがけて投げれば自然とそうなる構造の服装だから仕方が無いのだが、流石に腰の辺りが気持ち悪い。
「……ちゃんと逃げてくれないと、節分にならないじゃないですか」
一丁前に不満を漏らし、頬を膨らませるさとり。
どうやら、こいつは私に鬼の役をやってくれと言いたいらしい。
確かに私も鬼の端くれだ。
キチンとした節分を行えば付き合ってやらないこともない。
しかし。
しかし、だ。
「あんた、間違いすぎよ」
こんなふざけた節分に付き合ってられるか。
炒ってない豆を使って?
鬼の面をした奴が豆を投げてて?
どうせ恵方巻きなんて用意してないのだろう。……ほら、また驚いた。
おにはーそとー、と。
哀れにも投げ続けるさとりに、一歩近づく。
豆を投げられてもヒョイってやってパックンだ。
「……ひとつ。こんなに良い豆を使うんじゃない」
「お、鬼が豆を食べてはいけないですよ!?」
明らかに困惑しているさとりにむかって、もう一歩。
じり、とさとりは一歩あとずさった。
「……豆は炒って使うこと」
「し、知ってましたよ!? 知ってましたとも。貴女が怪我をしてはいけないと思ってですね……その……」
あたふたと。
さとりは嘘を暴くのはお手の物なのに、嘘をつくのは誰よりも下手くそだ。
全部表情に出る。
まぁ、そうじゃなきゃこんなやつと付き合ってられないのだが。
嘘を吐けるのが相手だけだなんて、そんなの理不尽だ。
「お、おにはそとっ!」
私はそんなに怖い顔をしているのだろうか。
半ば涙目になったさとりはやけくそに豆を投げつける。
しかしそれはやはり私のお腹の中に納まっていく。
それにしても美味しい豆だ。真っ白なごはんが欲しくなってきた。
「あんたは……何をしたいのよ」
溜息を漏らす。
少しの余裕の出来た頭に、ふと浮かんだ。
──おには、そと。
鬼は、外……か。
鬼を追い出し、福を呼び込む。それが節分の行事。
こいつはわかっているのだろうか。
私は『外』に出られない鬼だということに。
鬼は外。
出て行けと。
『いらない』豆をぶつけていることに、気がついているのだろうか。
……多分、わかってやってるんだろう。
なんだかんだ言っても、こいつは一番やっちゃいけないことはやらない。
そういう奴だ。
「……まったく」
もう一度、溜息。
これだけ近くで考えたのだ。
もう私の予想はさとりには伝わっているだろう。
ならばもう、気付いていたか、いないかは関係ない。
伝わっているから。
私の考えは。
それならこの後、ちゃんとした豆まきをしよう。
『いる』豆を使って。
「鬼は外」じゃなくて「鬼も内」のバージョンだけれど。
・・・・・
さとりが豆を投げ、一歩下がる。
私はそれに構わず、一歩詰め寄る。
そんなことをしばらく続けていると、遂にさとりの逃げ場が無くなった。
壁を背負うさとりの目の前で、足を止める。
「……わかった?」
コクリと頷くさとりから残りの豆を奪い、私の口へ放り込む。
残りの豆をさとりに見せながら、今回最大の過ちを問いただす。
「……これ、なんだ」
「まめ、です」
そう、これは『豆』だ。
それだけは間違っていない。
しかし、間違っている。盛大に間違っているのだ。
「知ってる? さとり……これはね」
空いた手でさとりの柔らかい両頬を掴んだ。
さとりの顔がムニュリと形を変えた。
滑稽な顔になったさとりにそっと顔を寄せて。
「ん……」
小さく開いたその口に、豆をくらわせた。
ねっとり、とすら表現できる濃厚な味。
それを共有する、
さとりは最初小さな抵抗を見せたが、すぐにこの味の虜になったようだった。
私の背を弱弱しく叩いていた手が、力なく落ちていったのが分かった。
「もっと、欲しい?」
身体を離すと、私達の間にテラテラと光る透明な橋が架かって、ゆっくりと消えていく。
さとりはそれを見て、恥ずかしそうに自分の唇を撫でて、
「知らなかったんです。こんなものだったなんて」
ほのかに上気した顔でそう言って、頷いた。
「まぁ知らないのは仕方無いわ。でも、憶えておきなさい」
餌を待つ雛鳥のようなさとりの口に、もう一口。
私だってこんなに美味しいものは初めてだ。
いつまでも、いくらでも味わいっていたい。
そんな欲張りな感情すら、湧き上がってきている。
「あんたの犯した最大の罪を。
これはね、この味はね──」
でも、私の手元にあるものは儚くて、有限だ。
いつかはなくなってしまう。
それなら今は、こいつに残りを全部くれてやろう。
どうせあとでさとりのいった豆を嫌というほど味わうのだ。
だから、今だけ。
私のふくの中にあるもの。
さとりが私に投げていたもの。
それを全部、さとりに渡す。
そして耳元でそっと、囁く。
「納豆よ」
しかし作者は上手な言葉遊びされるのですね。すごい。
へちょ絵のさとりんが見えたwwwwwwwww
素晴らしいネチョネチョ。このあと二人で豆をぶつけ合いながら食べあうのですか。
「ほら、まだ下の方にお豆が一粒残ってるわよ。食べて? あたなのお豆も私が食べてあげるから……」
あ、いやいや下の方に潜り込んでしまった納豆のことですよ?
いいぞもっとやれ