厄を萃めに、今日も回る。この日々の過程は実は重要で、これを1日のどこかでしていないと、なんだか気持ち悪くて眠れなくなってしまう。
まぁ、分かりやすく言えばお風呂に入らないと体が痒いような気がするのと同じかしら?
回りながら、今日の厄は何処から集めようか考える。確か今日は――。
そう思っていると、今日は特別な日であることを思い出した。これは久々に人間の里へ出向かなければならないと思う。
何故だろう、いつもより厄が多く取れる見込みが生まれただけで、今日の私の運はいいんじゃないだろうかと思ってしまう。
厄神様のバイオリズム、本日絶好調である! といった感じかな?
私の家の近くで回っていたけど、そろそろ別のところへ行かなければ。
厄の多そうなところを目指して、ふわりと空に浮き上がる。今日の幻想郷は晴れ。恵方はちなみに西北西だ。
まず始めに、真っ赤な洋館へ行ってみようかな?
最近知ったが、私の目の前に広がる館の名前は紅魔館といって、レミリア・スカーレットというヴァンパイアが頭首をやってるそうな。天狗の新聞のネタにはなっているが、名前と頭首位しか私には分からない。
ここではよく宴会が行われるらしく、人に憑いて流れてきた厄がよく残っている。特に門の辺りから厄を感じる。――いつものことだけど。
厄は人に憑いて流れるもの。憑いている人に不幸を呼び寄せ、別の人へと移る。そんな厄のせいで、私は普段滅多に人妖と会話しない。
けれどここの門番とは時々お話できる。世間話みたいなものだけど、それでも私に話しかけてくる人妖が少ない中、普通に会話できることが嬉しいのだ。
――ただ私には、今その門番が眠っていることが察せられる。彼女は門番の癖に門の前で立って眠っていることがある。そういう時、彼女は厄を持っていて、厄が少し減ったら彼女が起きた証となる。丁度――。
「痛ッ!」
「門番、またサボってるでしょ! 起きなさい!」
「さ、咲夜さん、違いますって、今のは精神統一で」
「そのまま眠りこけてたんじゃ一緒よ。今日のおやつは抜きで!」
「そ、そんなぁ~」
そう、こんな会話の後なら彼女は起きている。咲夜さん、という人に攻撃された後、今が会話できる時であろう。ふらふらと門の前へ降り立つと、やる気に満ちた目で門番が私を見つめる。
「おっと、ここは通しませんよ」
門番の典型的な台詞だなぁ、と心の中で苦笑しながら、
「御機嫌よう。門番さん」
「あ、いつもの赤い人ですか。びっくりしました。今日は何か用事でしょうか?」
対応が不明瞭から顔見知りに変わった。うむ、どうやらまだ寝ぼけているのか。
「いいえ、今日もクルクル回ってるだけよ」
クルクルとその場で回る。回りながら、周りにある厄を回収していく。もちろん門番さんの厄も持っていく。
「変わった方ですね。何故いつも回っているんですか?」
「私が回るのは自然の摂理なの。摂理なら仕方ないわよね」
「そうなんですか……」
厄神が厄を萃めるために回るのは当たり前のことなのだが、我ながら思うに知名度が低いのか、上空を回りながら飛ぶと奇異の目で見られることが多い。門番にも何度か見せてはいるが、厄を萃めていると言わないだけでかなり妙な目で見られているようだ。それを前面に出さない辺り流石ヴァンパイアの館の門番だ。
「さて、私はこの辺りでお暇させてもらうわ。またね、門番さん」
「そうですか、それではさようなら」
回転しながら上空へゆっくりと飛んでいく。傍から見れば奇妙な光景なのかもしれない。
第一地点、紅魔館前を後にして次の目的地へ向かうことにする。
博麗神社。神社なのだから厄など無いだろうと思っていたが、これが意外なほどに溜まっていることに最近気付いて、気が付き次第来るように心がけている。
ある日に来たときには倒壊していたし、後日来てみれば二度目の倒壊を目撃してしまうしと、最近なにかと厄いスポットだ。
上空をくるくる回っていると、耳を劈くほどの強烈な叫び声が聞こえた。あまりの声に私の回転のバランスが崩れて落下してしまいそうになるほどだ。おお厄い厄い。
回転を止めて下を見ると、巫女服の少女が鬼を追い掛け回していた。ここの巫女、博麗霊夢だ。追われているのは、小さな体に丸、三角、四角の重りと瓢箪を持った鬼だ。名前は知らない。
「痛い痛い痛い!! 霊夢、いいかげんにしな!」
「知らないわよ、今日は人間はこれをするものなのよ」
「だからって私に投げないでよ、この外道巫女!」
「外道でも何でも、日頃の鬱憤さえ晴らせればあとはどうでもいい!」
「外道! 鬼! 悪魔! 下種! 痛い痛いー!!!」
情景だけ見ていると和やかだが、声が些か本気である。巫女が手に持った粒を投げつけようとするたび、鬼が泣き言を言っている。そこから厄が出てきているのが分かる。すこし鬼の子を不憫に思う。
神社では本日予想以上の厄が取れた。満足満足。その時、境内から怒りの声が響いた。再び厄萃めをやめて下を見る。
「霊夢ーッ! いくらなんでも怒るよッ!!」
「ええー……痛かった?」
「そりゃもちろん痛かったさ!」
「……ごめんね。何処に当てちゃった? ちょっと見せて」
「え……左手の方」
「ここね……ちょっと当てただけでこんなになっちゃうんだ」
「う……れ、霊夢? 手、手が胸に当たってんだけど?」
「当ててんのよ。このペッタン子め」
「誰がぺったん子かッ! 貧乳はステータスだッ!」
「はいはい。じゃあ、そのステータスとやらを弄り倒してあげるわ」
「え、ちょ、ぎゃーッ!!」
見てられなくなったので、絶叫を背に博麗神社を去った。顔が火照ってるのは気のせいだ。次の目的地へ行かなければ。あの小芝居のせいで時間を食ってしまった。もう日が傾いているとは思わなかった。
続いて魔法の森。ここが厄に溢れているのは日常的なものだが、厄を偏らせるとそこで大災害になりかねないため、ちょくちょく回収に来ている。うん、今日も酷い厄の濃さだ。だがそれがいい。夕暮れもあり、もやもやとした厄が太陽の光を受けた雲のようにくっきりと目に見える。星雲みたいだ。
ここでもクルクルと回ってみる。今日は人形遣いの娘も、以前私を弾き飛ばした魔法使いの人間も見かけない。私は気付かれていないだけで、結構彼女らと遭遇しているのだ。話しかけはしないけど。しかし、妙なキノコが生えている場所である。紫色に白い丸が付いているキノコや、何故か金色に輝く怪しすぎるキノコ、目が付いていて腕もあり、「マタンゴ~」と呻いている気色悪いキノコもある。ここまでくると化け物だなと思い、弾幕に使うお守り(壊れている)を投げつけると、化けキノコは悲鳴をあげながらガラスが割れるように四散した。所詮きのこマンはきのこマンなのだよ。
「なあアリスー」
そこへ、いつもの魔法使いたちが現れた。動向が気になるので厄を萃めながらも、彼女らの動向をこっそり見守る。
「何かしら? 貴女に構っている暇が無いのだけれど」
「えー、たまには一緒に行事に参加してみるってのも乙じゃないか?」
「一人でやってなさい。私は来月の行事の準備で忙しいの」
「来月? 弥生にやることとアリス――ああ、雛祭りか」
「人間の里で出し物をやるつもりなの。雛人形の作成で忙しいのよ」
雛人形か。いい響きである。といっても私の名前が雛で、元が人形だから共感する部分があるだけだけど。
「今日は豆粒をばら撒く日だぜ?」
「代わりに貴女に弾幕撃ってもいいのかしら?」
「そりゃノーカウントだろ。常識的に考えて」
「……まぁ、どうしてもって言うならやってあげてもいいけど」
おやおや、一緒に遊びたいけど人形制作もあってと、人形遣いは困惑しているようだ。さてそろそろここを引き上げようと上空へ上がろうとしているときである。
「ねぇ魔理沙」
「ん?」
「仕方ないから今日はとことん付き合ってあげる。ただ――最後まで気を引き締めてね。じゃないと私、貴女を襲うわよ?」
「アリスが襲ってくれるとは嬉しいね。最後まで気を引き締めて行くぜ。で、最終的に私がアリスに年の数だけ豆をくれてやれば」
「隙あり!」
「ぐあ、アリス、何を――」
ばたばたと慌しい音が響き始めた。それと同時にふわりと浮き上がってきた厄を回収し、私はその場を後にした。日はもうどっぷりと沈んでいた。
最後にやってきたのは人間の里。もう日は暮れ、空には半月ときれいな星空が広がっていた。ここは普段絶対に訪れないところである。何故なら私の厄が人間に移ってしまう恐れがあるから。
町には沢山の厄が浮いていた。流石特別な日である。その厄を回収するために塊となった厄や小さな厄を全て溜め込む。単純な作業ではあるが、人間の里の上空であるため、私としてはできるだけ早く終わらせたいのが心情である。丁寧かつ迅速に、厄を取り込んでいく。
作業が終わったあとは迅速に帰っていくのが筋であり、私はその筋に則って帰ろうとしたときである。
「すみませーん!!」
急に下の方から私に向かって声がした。そちらを見下ろすと、紫の髪をした小さな少女が私を見上げていた。
本当は話をしたいところだが、私はその少女へ、
「夜に女性が出歩くものではありません。今日は何の日かご存知でしょう? 昔話で聞きませんでしたか? 『豆撒きの後の夜に出歩いてはならぬ。鬼に攫われて宴会の肴になる』と」
威厳あるようにそう言うと、少女は一瞬戸惑った風な顔をしたが、すぐに私に向き直った。
「私、知っています。今日は夜出歩くと鬼に攫われるというのは嘘で、貴女に会えるって事を」
私を知っている? この少女は一体何者だ? 私は秘神。人に忘れられた神様ではないのだろうか。しかし私が厄神と知って声をかけたなら無茶すぎる。
「私、稗田阿求と申します。鍵山雛とは貴女のことですよね」
稗田阿求。聞き覚えのある名前だ。確か以前に幻想郷の妖怪に関する書物を書いたとか。
「確かに私は鍵山雛だが、何故に貴女は私に会いたいのですか?」
「厄神様の貴女とお話がしたいのです」
驚いた。近くにいるだけで災厄を引き起こす存在と話がしたいとは物珍しいにも程がある。しかし、長居するわけにはいかない。
「私が厄神と知っているなら私に近づくな。私は周囲に不幸をもたらす。貴女と話をしていては、貴女が危険となる」
言い放ち、私は上空へ飛び去ろうとした。その時である、稗田阿求が私に叫ぶように言った。
「なら、いつならお会いしてもよろしいでしょうか! 書物には、貴女は厄を天空の神へ渡すときが在るとありますが!」
またしても驚いた。こんなことまで知っている人間は正直出会ったことが無い。ただただ驚くしかなかったが、そろそろここを離れなければならない。しかし、稗田阿求という少女に少しばかりの興味が湧いた。
「……弥生の3日、町外れの川岸で待っていて」
格好をつけるように言い放ち、私は夜空へと舞い上がった。厄が散らばっていかないことを確認しながら、美しい星空へと飛び立った。
急いで家に帰る、と同時に天狗の新聞紙の隅に「弥生の3日、稗田阿求に会う」と書いた。そうしないと忘れてしまいそうだからだ。
しかし今日はよく人を見かける日だった。門番と会うことは多いが、博麗の巫女、魔法使いたちを立て続けに見られるのは滅多に無いことであった。
そして、稗田阿求……。彼女は私と一体何を話したいのか?
何故か神である私がどきどきし、わくわくしている。同時に少しばかり不安でもある。
こんな収穫があったのだ、厄を溜め込んだ量も含めて、今日の私はやはり絶好調であったようだ。
みんなが幸せな春を迎えることを思いながら、私は今日一日を終えることにする。
一人自分に、おやすみと言い、床につく。意識は一瞬ぼやけ、私を眠りへと誘った。
ひな祭りの話しも楽しみにしてますので
もちろん続きも書いてくださるんですよね?(wkt
もっと書いてもよろしくてよ?
>>1様
ありがとうございます。
「厄祓い」で雛が頭で回りだしたので中毒を自覚しましたw
>>2様
お褒め頂きありがとうございます。次回は百合かな(ボソッ
>>3様
雛可愛いよ雛。でもパルちゃんの方が(ミスフォーチュンズホイール
>>ずわいがに様
次回作も過度な期待をせず、楽しんで下さい。できたらですが(オイ