夏。
例年数多くの台風が日本を通過し、その度に各地で被害が発生する。
この日も、数日前から天気予報などで繰り返し注意喚起がなされていた今季最大の台風が、列島に上陸。
それは直径を本州ほどに持ち、圧倒的で暴力的な力を以て、地表の蹂躙を続けていた。
日本の首都たる京都にも他所と同様、ばけつをひっくり返したような大雨と、間髪入れず鳴り響く雷鳴に、竜巻でも起きるかというような突風が襲い掛かり、
徐々に都市機能を失いつつあった……。
* * * * *
ごうごう、びゅうびゅうと鳴る大嵐も、近代的な大学棟の中にいれば、それほど恐ろしいものではない。
鉄筋コンクリートの外壁に囲まれ、トランスパリスチール製の窓は、前時代的なガラスと違い、透明の鋼鉄。
岩が飛んできた程度ではびくともしないのだ。
暗い夕暮れ時の時分は、チカチカするほどの電光を前に、いささかも感じさせない。
冷房もつつがなく室温を快適に保っていた。
そんな部屋のドアが、唐突に開く。
ガシャ。
「ふう、はあ」
台風とはまるで無縁の快適な環境に、湿気を含んだ雨の重たい香りが溶け込んでいった。
ぽたぽたと、雨粒の床に滴る音が部屋の中央へと向かう。
「こんばんは、メリー?」
長机の脇の椅子に座っていた蓮子が、来客に気がついて、本を閉じた。
「ええ、酷い暴風雨ね」
疲れの篭った声でメリーが返す。余程台風が壮絶だったのだろう。
「うわ、びしょ濡れじゃない」 蓮子は、メリーの姿を見るなり驚いた。「お疲れ……これ使ってよ」
タオルを渡すと、ありがたそうに受け取って、雨合羽についた水滴を拭いていく。
ぺたぺたになった金髪が可愛らしい。
「サンキュ」
メリーは一段落、といったように蓮子の反対側に腰を下ろす。
そして、座るやいなや何があったのか、興奮を取り戻したような目で蓮子を見やった。
「ところでね……蓮子、ここに来る途中電車に乗ってたら、川の堤防の決壊の、まさにその瞬間を見ちゃったわ!」
「え、本当?」
ぴくりと蓮子が顔を上げる。
「うん! すごかった。あれ、大丈夫なのかしら」
「そんな……堤防に、結界なんてあったかしら?」
「えっ」
「えっ」
聞き取れなかったかな?
「……いやだから、ついさっき決壊があったのよ」
メリーはもう一度説明する。
「堤防の結界よね?」
蓮子が再度質問する。
「堤防の決壊だけど?」
これで、蓮子はようやく納得がいったらしい。
それなら、今度是非見に行かなくちゃね、と呟いた蓮子の言葉は、幸か不幸かメリーには聞こえなかった。
「メリーが心配するんですもの、そんな凄い結界があったのねぇ……」
「うん。周りに被害がなければいいのだけど。あの様子では川辺の住宅地は大変だわ」
「なにそれ、どういうことよ」 突然、蓮子の顔色が変わった。「結界が……住宅地に直接的に干渉してるってこと?」
「やたら回りくどい言い方をしますわね。まあ、そうだけど?」
何か頭痛のしてきそうな違和感に、メリーは首をかしげた。この会話は何かおかしいのではないか。
蓮子は私の言ってることを本当に理解しているわよね?
そんなメリーの心配の矢先、蓮子はいてもたってもいられない。
「まさか……」
ばん!と机を両手で叩いて、立ち上がった。
メリーは驚いて飛び上がった。
「なにを平然としてるのよメリー! 首都に襲い掛かる大霊害! そんなビッグイベント、秘封倶楽部結成以来じゃない!」
「えっ」
「えっ」
しーん……。
「……堤防の結界が見えたのよね?」
蓮子が再度質問する。
「そう、堤防の決壊が見えたのよ」
蓮子は勢いを取り戻す。
「ほら! あわよくば向こう側に行けるかもしれないのよ。幻想の大異変が私達を待っているわ……」
ゴゴゴゴゴゴゴ。
唸り声が腹を振るわせる。
「――それを突き止めに行かなきゃ!」
天候に憂い、読書に逃避していた蓮子の眼は、いつ間にか輝きに満ちている。
そう、それは雨上がりの虹よりも。今に分厚い雲など蹴散らしてでも時と場所を読んでしまうだろうという勢いだ。
一方……メリーは困惑の渦中である。
「ねぇ、意味分からないわ……それに外、大嵐よ、決壊の様子なんて後からテレビで見ればいいじゃ……」
「ッ行くわよメリィー! 幻想郷が私達を待ってるわ!!」
ダッ。
「えっ?」
蓮子はメリーの手首を強引に引っ張って、部屋を勢いにまかせて飛び出していった。
「ちょ、ちょっと、蓮子ぉー!」
大学棟の廊下に、メリーの悲鳴が空しく響く。
二つの嵐に見舞われて、メリーの受難はまだまだ続く。
さっさと逃げましょう
決壊の瞬間を目撃したって、大丈夫なのw?
それはさすがにねーよww
なにこれおもしろい
てのはおいといて腹抱えて笑ったのは何故だろうwww