※時代背景・設定ともに微妙なねつ造が入っています。
「神様は24時間年中無休でございます~ってな」
ここはどこかにあるはずの毘沙門天の住居。
住居とはいえ、酒や武器が散乱しているため雰囲気はどちらかといえば蔵に近い。
「たく、あの蛇と蛙の凸凹コンビがうらやましいな……幻想郷だかなんだかに引っ込みやがって」
蔵のちょうど中央のあたりになぜか古めかしいちゃぶ台が、その上には各地に散らばった弟子から送られてきた報告書が置かれている。
まるで独身男性の住まいである。
「やけに戦が多いな。 そろそろあの馬鹿弟子にはキツいか……」
愚痴や心配を零しながらも一つ一つの報告書に目を通していく。
最後に、一番心配な部下と弟子からのものに目を通す。
「と、ナズ公からだな。……よしよし寅丸からのも添付されてるな」
『風が痛くてご主人のお尻柔らかい』
!?
「ナ、ナズ公……?」
馬鹿弟子の監視がいい加減いやになったのか、否、聖に無理難題でも推し付けられたかと心配しながら寅丸星からの報告書にも目を通す。
そして納得がいき、噴出した。
「ブハハッハハハハハハハッハッハッハ!」
どうやらあのネズミは星の正体を確かめるために虎穴に入って、よそ見をした挙句に。
「母虎にブッ飛ばされたってわけか……クッククク! こいつは傑作……ムブブブブ!」
徹夜明けによる高揚感からか、なかなか笑いが収まらない。
その笑いはフェイントとばかりに書き加えられた懐かしすぎる人物からのメッセージに途絶えることになるが。
『星ちゃんにセクハラなんて……もう、お茶目なお方なんですから』
「お、俺何か南無三されるようなことしたか!?」
母虎、聖白蓮の筆跡は明らかに怒りに燃えていた。
(セクハラ……セクハラ……なんのことだ)
確かに星には手とり足とり指導した身ではあるが、本人も嫌がってなかったはずだ。
(ん、指導?)
神の記憶が次々に浮かんではどこかへ消える。
そして、神としてもそれなりに古い記憶に思い当った。
「あ、ああー! アレか!?」
毘沙門天は、寅丸との出会いを思い出し始めていた。
その夏、毘沙門天は旅人に扮して下界に降りてきていた。
信仰を集めるという名目で遊びに来たのだ。
神様だってたまには遊びたいの!
とか言い訳しながらだったため、弟子にはため息をつかれた。
ちょっと泣いた。
しかし、そうして仕事から解放された毘沙門天は大いに遊んでいた。
木のぼりをしてみたり、昆虫観察をしたりとまるで少年の夏休みのような遊びだったが。
そうしてる内に少し疲れてきたので、川で休憩することにした。
ゴツゴツとした岩に腰をかけて、ふもとの老婆にもらった握り飯でも食べようかと包みを開いていると。
(妖怪が二匹……いや、一匹か? 結構デカいな)
少し身構える、が。
気の抜けた腹の音を聞いて、ずっこけた。
「ひゃっ!?」
「……」
(結構強そうな気配だが……いや、油断はできな)
再び、腹の虫の音が響き渡った。
「……」
「……」
先ほどより近くなった音に思い切って振り返って見ると、女の姿をした妖怪が佇んでいた。
「ぅ~」
羞恥心からか、涙目で面を赤くしている。。
「あ、あー……食うか?」
「……はい」
顔の赤みが増していた。
すごい勢いでがっついていたので、毘沙門天は妖怪に自分の分をやることにした。
(どうせ腹なんか減らないしな)
妖怪は黙々と、しかし幸せそうにもう一つの握り飯を食べている。
よく観察してみれば、彼女の尻尾、そして耳がとても特徴的なことに気づいた。
(……虎の妖怪か)
なぜかよく自分と結びつけられることが多い獣だ。
ジロジロと見つめていたのだが、妖怪は食事に夢中なのか気づかない。
(しかしいい食いっぷりだな……あーあーあんなに口元に米粒つけて……)
「んぐんぐ……ん、ごちそうさまでした」
向き直って礼をされる。
「ただのもらいものだよ。気にされても困る」
「しかし、一飯の恩はあなたにあります」
(か、片っ苦しいやつだなおい……)
丁寧というか、真面目な印象しか受けない。
「その割にはだらしない格好だな」
「はい?」
「いや、なんでもない」
つい思ったことが口に出てしまう。
しかしだらしなく見えたのは事実だった。
目が少しばかり隠れるほどに髪の毛は伸び放題で、少し暗い雰囲気を感じさせる。
着ているものも、ボロボロで薄い白い着物だった。
(ふもとにいたガキンチョどもよりひどいな。 俺の見立てでは割といい女に見えるがなぁ)
割と毘沙門天は女にうるさい。
そのおかげで他の神からはよくため息をつかれる。
戦ではとても勇猛で、根は真面目なくせに、色を知りすぎているのがたまに傷。
それが彼をよく知る者たちの大方の評判だった。
(ふ……弁財天あたりに何を言われようが知ったことか。 俺の慧眼が光って唸る!)
「あ、恩人に名乗らないのは失礼でしたね……私は星と申します。 あの、よろしければ貴方のお名前を……」
再び丁寧に一礼される。
知らず、胸元が強調されるような形になった。
(こ、これは……!)
「スイカかっ!?」
「萃香様でございますか!?」
また無意識に声に出ていた。
「あ、いやそれはお前の胸になっている……じゃない、すまん、マジですまん」
「は……はぁ」
どうやら星は少し驚いたようだが毘沙門天の視線には気付かなかったようだ。
「色はこの辺にして……あー……そうだな」
適当な偽名を考えようとして、星の耳が目に入った。
特徴的な縞柄を持った獣。
その名は。
「あー。 虎、寅丸だ」
「寅丸様……雄々しい名前ですね」
(あっはっはそれほどでもあるぞー。 言えないけど)
この場で神などと名乗ってもどうせ信じてくれまい。
たとえ信じてくれたとしても、この先の計画がつぶれるのが目に見えている。
「では、改めまして寅丸様」
そら来た。
どうせこの類の性格のヤツはお礼を差し上げたいだのなんだの言うのは簡単に予見できた。
しかし毘沙門天、寅丸はそれを謹んで遠慮する気でいた。
(俺はこれからとにかく遊び倒す予定だからお前なんぞにはかまってられないのさ)
遠慮する気、満々だったのだ。
しかし。
「おいしいおにぎりを二つもくださって誠にありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」
人間(仮)に全力で土下座する妖怪、ここに爆誕。
さすがの寅丸もこれは予想外だった。
(そ、そう来るか……神の予想を覆すとは、やるなっ)
「私星めは人間の身でありながら妖怪などにお情けをくれる寅丸様のお心の深さにいたく、いたく感激しております!」
「い、いや、たかが握り飯二つ程度でそんな」
気迫に押されてつい、しどろもどろな返答を返してしまった。
「いえっ! たかがおにぎり、されどおにぎりです! お米を笑うものは飢饉になくのです!」
「そ、そうかー……」
微妙にリアルなのがえぐかった。
「貴方に死ねと言われれば死にましょう!私は寅丸様に命を……」
「わーっわーっ! 命を粗末にするな!」
「しかしそうでもしなければ私の気持ちが収まりません!」
(参った。これは非常に参ったぞ)
断れなくなってしまった。
ここで何かお願いしなければ星は恐らくずっと寅丸についてくるのだろう。
神の領域、人妖共にたどり着けない場所まで逃げ切る、という選択もあるかもしれない。
(だがこいつは絶対に俺を探してまわるぞ……!)
寅丸を真剣に輝く目で見つめる星を見れば、誰でも迷わず断言できただろう。
(くそう……だからだれでもかれでも助けるなとおばーちゃんは言っていたのか……!?)
神に祖母がいるかどうか、真偽はともかくとして。
この星と名乗る一介の妖怪が神を追い詰めている図は、とても奇妙なものであったに違いない。
そして状況を打破するために、寅丸は妙案を思いつく。
「そ、そうだ! 星、俺の遊びに付き合え!」
「遊び、ですか?」
「うむ、実はだな」
かくかくしかじか、とらとらがおがお。
「はあ、寅丸様はとても位の高いお方なのですね!」
「いやー、案外慣れればそうでもないが息苦しいもんだぞ?」
星の尊敬の眼差しが痛くて、一応サボタージュであることを強調する。
「しかし時には息抜きも必要でありましょう」
(お、意外と柔軟だな。俺の弟子もこれくらいの考えでいてほしいもんだが……)
尊敬度合いは薄まらず、寅丸は心が折れそうになっていたのだが。
「俺の仕事はともかくだ。 山でやれる遊びは一通りやりつくしてしまったんでなぁ」
木のぼり水遊び昆虫採集財宝さがし。
熊との相撲にリアルサムライごっこ。
毘沙門天の夏休みはまだ始まったばかりなのに、もう遊びのレパートリーは尽きかけていた。
「そんなことでしたら、私にお任せください!」
そう言いながら星はゆっくりと立ちあがった。
「絶好の遊び場があるんですよ」
「いーち、にーぃ、さーん」
「逃げろー!」
キャーだのわーだの、子どもの無邪気な声がする。
星に連れてこられたのは、ふもとの村だった。
握り飯をくれた老婆に会った場所でもある。
(なるほど、山に向かっている時は気付かんかったが、ずいぶんと子どもが多いんだな)
子どもの数は20人ばかりであったが、それでも全員ではないという。
「星ねーちゃんこっちいこーよ!」
「わっわっ、服を引っ張らないでってば」
(……ずいぶん懐かれているんだな)
一つ、驚いたことがあった。
星は妖怪の身でありながら、里の人間たちとはずいぶん親しいようだった。
集落に近づいてきたとき、流石にこれ以上はまずいんじゃないかと心配していると、星は突然耳と尾を引っ込めたのだ。
そうすればほとんど人間と変わらない姿かたちになる。
「さーんじゅう! よーっし全員捕まえてやるぞ!」
人間たちは星の正体に気づいていない。
子どもたちを集める時も、両親は心配するのではないかと思ったのだが。
「星ちゃんなら安心して子どもたちの世話を頼めるわー」
彼女の本来の姿が露見したとき、どうなるか心配だったが、多分大丈夫だろうと思える笑顔であった。
寅丸にとっても今はそんな心配ごとよりも、子どもたちを全員捕まえてやる、という野望に頭が満たされていった。
子どもたちの多数決により、鬼事をすることになった。
(最近の都言葉では鬼ごっことかいうらしいな)
そして、この集落には独自の鬼事の決まりがある。
一つ、鬼は最初は十を三回数えるまで動けない。
二つ、その間に鬼以外は全員隠れなければいけない。
三つ、鬼が隠れた全員を見つけ出せれば鬼の勝ち。
四つ、危険な場所や自分しか入れない場所には隠れてはいけない。
五つ、村から出てはいけない。
(これを考えたやつ、絶対暇人だろう……)
しかし今はそれに感謝するしかない。
おかげで毘沙門天は大いに楽しむことができるのだから。
「さて、隠れることができそうな場所は多いんだがな」
建物の影はもちろん、薬壺にも子どもは隠れるだろう。
(早めにみつけた方が安全だな)
そう思って気を探ってみれば、珍しくもないものと、とても特徴的なものが一つずつ。
「ふっふっふ……これはズルじゃない。勝利のための武器だ」
大人げない理論武装、完了。
見つからないよう、音を立てないように神の力をフル活用して気配の方へと近づいていく。
簡素な民家の裏手に星はいるようだった。
曲がればすぐ目的地、といったところで声が聞こえた。
「ねーねー星ねーちゃん、トラマルってねーちゃんのせこ?」
一瞬「せこ」とは何かと思ったが、女が旦那や恋人の名前を呼ぶ時に使う言葉だと気づいたのも一瞬だった。
(おそらくは間違えて使ったんだろうが、ませたガキンチョだなしかし)
「ちっちちちちち違うよ~!?」
「星ねーちゃんしーっ! 見つかっちゃう!」
(残念ながら、もう見つけてしまったんだがな)
星の動揺ぶりが面白かったので、少し様子を見てみることにした。
「えー、男っ気ないねーちゃんが珍しく男を連れてきたからみんな喜んでたんだよ?」
そういえば、と里の人間たちの視線が生温かったことを思い出した。
「だって私そんなにかわいくないし……釣り合わないよ、多分」
「そんなことないよ、星ねーちゃんはかわいいよ」
「で、でも」
少し、子どもの機嫌が悪くなっていることに気付いた。
(あー、アイツ星に惚れてんのか)
よくある幼いころの初恋、というやつなのだろう。
自分の憧れの女性があまりにも自信なさげなので少し苛ついたのかもしれない。
(ま、空気が悪くなる前に俺が盛り上げてやるとしますか)
素早く角を曲がり、裏に出る。
子どもの「あ」という声が聞こえたが気にしない。
「つーかまーえた!」
フニュン、という感触もしたが気にしない。
「たーべちゃーうぞ……ってあれスイカ?」
もにゅんもにゅん。
気配探知で大体の二人の場所はわかっていたので、曲がってすぐに腕を出したのがいけなかった。
「寅丸……様?」
神の指は、勝利ではなく星の胸をわしづかみにしていた。
「あ、あー……ごちそうさまというべきか?」
「い……」
村中に女妖怪の悲鳴と盛大なビンタの音が響き渡った。
その後、子どもたちに蹴られながら星に土下座したり、第二回戦を開催したりしているうちに、日が暮れた。
「カラスが鳴いたら帰りましょ、か」
「寅丸兄ぃ、なにそれ?」
(っと、これはまだ『おーばーてくのろじー』だったか)
ずいぶんかわいい未来の産物だが。
「何、夕方はもう帰れ、ってことさ」
「あ、知ってるー。鬼事はお日様が沈んだらやっちゃいけないんだってじぃじが言ってた!」
(……じぃじ、か)
第二回戦の際に握り飯をくれた老婆を探してみたが、そんな奴はいないと村人の全員が言っていた。
寅丸と同じ旅人だったのか。
(それにしては軽装だったが、とそれより)
「そういうことだな。ほれ、みんな帰れ帰れ」
「うん、おいら、山姥にさらわれたくないもん!」
「鬼婆はいや~」
「よしよし、泣かないの」
星が泣き出した娘をなだめる。
「山姥?なんだそれ」
「寅丸のにーちゃんしらないの?」
うっわーと馬鹿にされる。
(こ、これが未来に起きるといわれる『じぇねれーしょんぎゃっぷ』とかいうやつなのか)
「えっとね。おひさまがおねんねしたら鬼婆がきて子どもをさらっていくんだって」
「うちのとーちゃんが鬼婆は子どもが大好きなんだって言ってた!」
そうしてちょっとした怪談大会が始まりそうだった。
「ほらほら、早くしないと鬼婆が出るぞぉ~」
といって脅かすと、子どもたちは泣きべそをかきながら、あるいは笑いながら散っていった。
星と、寅丸。
人ならざる者だけが残った。
「しかし、山姥か。やっぱり山には物騒なやつもいるもんだな」
「私は見たことはありませんが……実在するのであれば」
滅ぼす。
そう星の顔に書いてあった。
「ほら、んな顔してると耳が出てくる」
「ふみゅ」
頬を両手で軽く押しつぶしてやる。
いい感じに気が抜けたようで、星は帰り道につく子どもたちを愛おしそうに見つめている。
「お前本当に人間が好きなんだな」
「ええ、大好きです」
わかりきったことを問うと、星は今日一番の、寅丸が見とれるような笑顔を見せた。
「そ、そうか」
少し照れくさくなって、顔をそらしながら頬をかく。
今度は星が寅丸の頬に手を伸ばしてきた。
「今日は、その、すいませんでした。 痣にはなってませんけど、つい思いっきり叩いてしまいました……」
「あれは俺が悪いんだから仕方ないだろう」
そう言って苦笑してみせれば、星もそうですね、と笑いながら返してくれる。
ふと、第一回戦で聞いた言葉がよみがえった。
『トラマルってねーちゃんのせこ?』
「ぶっ!」
「とっ寅丸様!?」
(これじゃまんま「せこ」じゃないか!?)
急に星の顔が見づらくなってきた。
(いやいやいや、どうした寅丸!? おまえは百戦錬磨の毘沙門天だろう、何をたった一匹の妖怪相手に動揺している!?)
「寅丸様、御気分でも悪いのですか!?」
「だ、大丈夫、でしゅ!?」
「寅丸様!?」
全然大丈夫ではなかった。
(仕事が、手に付かん……)
毘沙門天は、常駐の弟子たちに心配されるほどに落ち着かなかった。
あの日、有意義な夏休みを過ごした後、星に別れを告げて帰宅した寅丸こと毘沙門天だったが。
(なんであの虎の顔が頭から離れないんだ……?)
弁財天に相談したら、頭の病気だと言われた。
恵比寿に相談したら、うなぎをプレゼントされた。
大黒天に相談したら、ようやくお前も身を固める気になったかと言われた。
福禄寿に相談したら、お幸せにと言われた。
とりあえず恵比寿以外は全員殴った。
うなぎはうまかった。
「ぉぉぉぉぉぉ……頭痛ぇ……」
あの虎にもう一度会いたいが、理由が理由なだけに行きづらい。
毘沙門天、不器用な神であった。
「神様だって見得をはりたいんだよおおおおおおっ!」
本日九度目の絶叫であることに、彼は気付いていない。
弟子たちは医者を呼べいや寿老人を呼べとてんやわんやである。
そこへ、とある二柱が現れた。
「おや、毘沙門天随分お悩みのようだねぇ」
「天ちゃん大丈夫ー?」
「……蛇と蛙の凸凹コンビか」
「「コンビいうな!」」
息ぴったりな、八坂神奈子と洩矢諏訪子であった。
「また一緒に酒でも飲まないか、と誘いにきたんだけどね。本当に大丈夫かい?」
「……ダメかもしれん」
「わー、天ちゃん真っ白だよ神奈子」
「報告書も随分溜まってるようだし、だいぶ深刻だね」
「天ちゃんの弟子も私らしか頼れないみたいだし、話くらいなら聞いてあげるよー?」
「……いい」
からかわれるとわかっていたので、プイッと顔を反らす。
「その様子だと他の人たちに散々好き勝手言われたんだね……」
「はん、情けない男だねぇ」
「なに……? 誰が情けないだって!?」
しばらくぶりに、毘沙門天の怒りのオーラが爆発仕掛けた。
「じゃあ、聞かせてよ天ちゃんのな・や・み・ご・と」
「……笑わない?」
すぐにオーラはひっこんだ。
「ああ、神に二言はないさ」
「なら話すが……」
とらとらがおがおねずみがちゅー。
「そんなわけでその虎のことがずっと忘れられなくてな……」
(なあ諏訪子。 私らは悩みを聞いていたんだよな)
(やー、これまんまノロケだよねー)
呆れて声も出せない二柱であった。
「で、だ。どうすれば仕事に集中できる!?」
「いや、もう結納すればいいじゃないか」
「なんでそうなる!?」
真っ赤になりながら怒り狂う迷える毘沙門天。
そんな彼に手を差し伸べる神がいた。
「あー、わかるわかる。 捨て犬が心配になるみたいな感覚だよねー」
「……諏訪子?」
神奈子が怪訝そうな目をする。
しかしその目の先にいる諏訪子は任せておけと言わんばかりに毘沙門天に同調しようとする。
「捨て犬?」
「あーこの場合は野良猫かな? なんとなく放っておいたけど雨が降ってきて心配になってきたりとかー」
「う、うむまあそんなところだな」
「だよね、だよねー。つまりさ、天ちゃんはその虎の妖怪が心配なんだよーペット的な意味で」
「ペット……」
(それはひどくないかい、諏訪子)
(いやいや、これくらい焚きつけないと天ちゃんはダメなんだってばー)
諏訪子の推測を裏付けるように、毘沙門天は徐々に落ち着きを取り戻してくる。
「あ、ああそういうことか。 そういうことだったんだな!?」
「そうそう」
「ふー、悩んで損したなぁ。 ついつい星に惚れたとばかり思ったぞ……」
((いや、多分惚れてるんだってば))
やはり二柱は息がぴったりだった。
「そうとわかればなんのためらいもない。飼い猫の様子を見に行くとするかな。うん、飼い猫のな」
そういって毘沙門天は住居から出ていこうとしたが。
「は、はなせー!俺は人里にいくんだー!」
「ダメです毘沙門天さま!」
「お仕事がたまってるんですから!
」
「毘沙門天様、報告書に印を!」
「毘沙門天様!」
「うるせーっ!!!」
弟子達が全員、師の眼前に立ちふさがってしまった。
「はー、天ちゃんも旦那と一緒で奥手だったんだなー」
「あれでも真面目なところがあるからねぇ。 何か色恋に幻想でも持ってるんじゃないかい?」
「普段軽いのに変なところでカタいんだから……男の人っていつもこうなのよねー」
女としての神のため息が二つ、そこにあった。
「ふっ、バカ弟子どもめ。俺の処理能力に感動していたな」
その後の毘沙門天の行動は早かった。
脱出を諦めるやいなや、神奈子の目が彼の手を捉えきれないほどの速度で仕事を片付けて、唖然とするギャラリーを残して悠々と人界へ降りていった。
もちろん、その場の全員の思いは完全に一致していただろう。
(脱出を試みる前にそれくらいのやる気出せよ……)
「あーあー聞こえない聞こえないっと……前に降りたのはこの辺だったか?」
見た覚えのない風景だったが、神通力でなんとなくの位置は把握していたため、村への道はすぐにわかった。
「星に会ったらなんていうか……ほら、タマご主人様だぞ~……いやいや、ヘンタイか俺は……」
浮かれながら田園で埋め尽くされた道を進む。
唯一つ、やけに人が少ないのが気にかかった。
「う、ううっ……ショウタ、ショウタぁ……」
ちょうどあの日、寅丸たちが解散した場所に人だかりができていた。
その集団の真ん中に、一組の母子がいた。
ただし、子の方は、もう動かない。
「どうしてうちの息子が……ショウタぁ……!」
母親の慟哭が、旅人「寅丸」の胸を刺した。
(あのガキンチョ…確か星に惚れてた奴だよな……)
周囲の村人の声が耳に入ってくる。
「腹を裂かれて、中身を全部持っていかれたんだってよ」
「かわいそうに……山の妖怪のせいだって?」
「ああ、山姥がショウタをここに捨てていったらしい」
山姥。
村で子どもが夜出歩かないための作り話に使われるて程度の妖怪だと寅丸は判断したが、どうやらそれは間違いだったようだ。
「星ちゃんは大丈夫なのかしら……?いつも山から降りてくるんでしょ?」
「そういえば、そうね……」
(星……!)
寅丸は突如駆け出した。
星は、虎の妖怪だった。
だがそれほど強そうには見えなかった。
山姥が、妖怪を食らう恐れは、決して、決して。
(ないわけないだろうが……!)
村を出て、木々を分け入る。
必死に気配を探る。
村の中に彼女の妖気は残滓しか感じられなかった。
(山にいるのか。 山姥を探しているのか!?)
あの真面目な性格で、子どもを心から愛していた星がこの事態を放っておくわけがないのだから、返り討ちになる前に見つけなければならない。
(これだけ俺の中に居座っておいて、もう死ぬなんて無しだぞ!?神様だからって冥界はフリーパスじゃないんだぞ!?)
鬼事の後、星と別れるまで見て回った景色の全てを確認する。
いない。
いない。
いない。
ここにもいない。
いないいないいないいないいないいない。
「どこだ、しょおおおおおう!!」
もどかしくて、叫ぶ。
ああ、きっと後からまた恥ずかしくなるんだろうな、と考えるが、今は恥も外聞もない。
神が、たった一匹の妖怪に惑わされて、必死にさせられていた。
「寅丸様!?」
林の奥から声がする。
「星!?」
名前をもう一度呼ぶと、寅丸が求めていた妖気が、自ら近づいてきた。
そして。
「虎丸様、どうしてここに?」
出会った日から変わらない、しかし少しだけ悲しみを顔にうかばせた星が、現れた。
「村にはお寄りになられたでしょう?ここは危険ですから、早く離れて……」
しかし久しぶりに会った彼女は寅丸の心配までしていて。
毘沙門天の何かが、キレた。
「……こんっのバカ虎ぁ!!」
「え……」
突然罵声の後、星は寅丸に抱きしめられていた。
「人がどれだけ心配してたと思って……村の連中もそうだぞ!?」
「は、はいすいません……」
「分かればいい。ただお前は分かってない!いいか、お前は弱……」
「い、いえあの寅丸様、その、苦しいです……」
「む」
そこでようやく、寅丸は我に返った。
腕は星の背中に回され、顎がお互いの肩に乗せられていて、胸同士が重なりあっていて。
「だあっ!?」
そんな現状に気づき、蛙のように勢い良く飛び跳ねる。
「い、いいいいいいいいや、これはな星。他意はなくだな」
「は、はい……」
赤面炎上再び。
「で、だ。やっぱり山姥を探そうとしていやがったな」
「あの、寅丸様なんだか口調が……いえ、はいその通りです……」
半刻後、二人は握り飯を食べた川辺に来ていた。
「心当たりでもあったのか?」
「はい。 一度だけ会ったことがあります。正確には、山姥ではないようですが」
星曰く、最近変わった妖怪がこの山に住みついたらしかった。
姿形を自由自在に変化させることができるらしく、その正体は誰にも掴めていないという。
わかっていることはもう一つ、その妖怪は生物の腸、とくに人間の子どものものを好むと、話していた。
(星め、一度会ったやつだからって、何か思いつめているな……)
星の顔は、悲しみと、悔しさと、怒り、様々な感情がない交ぜになって渋面を作り出していた。
少しばかり見づらい瞳も、彼女にしてみれば珍しい光をたたえていた。
しかし寅丸にはその怒りには賛同しかねる理由があった。
「なあ、星。お前の気持ちはわかるがな。妖怪が人間を襲うのなんて」
「日常茶飯事だとでも言いたいんですか!?」
次に激昂したのは、星だった。
その剣幕に、思わず寅丸も気圧される。
「寅丸様もわかっていらっしゃらない! どうして弱いものが蹂躙されなければならないのですか!?」
「しかしな、妖怪だって生きなければならないだろう。お前は全ての妖怪に草食になれと言うのか?」
これが、彼が介入できない理由だった。
星も反論できない、はずだった。
「私は! 私は、殺し合いはもうしたくも見たくもないんです! 殺して、食らって、殺されて、そんなのはもうたくさんなんです!
」
「それは……」
寅丸の言葉を遮って星の告白は続く。
「だから、私だけでも!」
それはとても利己的で、一方的で。
「私だけでも、殺しあう必要なんてないんだって、みんなに示して!」
でもとても純粋で。
「同胞を失って、孤独に生きるのは私だけでいいんだって……!」
過去を乗り越えようとする者が見せた。
(星の、正義)
「人間と妖怪の共存、それが私の夢なんです!」
そして、不可能と思われる、理想。
「……」
「……」
ひとしきり主張し終えたのか、星が押し黙る。
寅丸も黙る。
沈黙が横たわっていた。
先に破ったのは、寅丸だった。
「はー……ったく。とんだ甘ちゃんだったわけか」
「な!?」
星の顔が怒りに染まる。
「だが、嫌いじゃない」
「……え」
「山姥もどきを探すくらいなら手伝ってやるってことだ」
先ほどから表情をコロコロ変える変わった虎の額を少し突いて。
「ほれ、じゃあもっとその妖怪の情報を教えろ」
「は、はい!!」
それは、皮肉だったのだろうか。
それとも賞賛だったのか。
(多分、両方だろうな……柔軟かと思えば結局は堅物なあたり、バカ弟子達を思い出すな)
確かなのは、その時、毘沙門天が笑っていたことくらいだろうか。
(闇雲に正義だけを振りかざす甘ちゃんは嫌いだが、お前は違うんだろう、星?)
だから、この時には事件が解決した後に、何を言うべきかは、寅丸の中では決まっていたのだろう。
それを考えていたせいなのかもしれない。
寅丸は、背後から忍び寄って来る気配に気づけなかった。
星の目の前で寅丸が、倒れた。
両腕が刃物と化した老婆が、血まみれになって笑う。
「寅丸様あぁっ!?」
悲鳴とともに星の視界が、赤く染まる。
そして、星は理性を手放した。
妖怪の襲撃からどれくらい経ったのだろうか。
寅丸は二つの妖気の残滓をたどりながら山の中を駆けずり回っていた。
ただしその速度と歩幅は尋常じゃない。
「くそっ! まさか一度殺されるなんてな……」
人間の姿でいる際は、空腹も感じないし病気にもかからないが、普通の人間と同じように部品が壊れれば、死ぬ。
しかしあくまでも寅丸は、毘沙門天の仮の姿であることを忘れてはならない。。
昔戦場でやったように、寅丸もすぐに回復したが星と異様な妖怪はすでにいなくなっていた。
「アイツは、多分鵺だな……! 握り飯をくれたババァもあいつだった。 最初から目をつけられていたってわけか!」
毘沙門天の配下にも鵺は一匹いる。
鵺は決して変幻自在なわけではない。
自らを正体不明にして、別のものに見せているだけだ。
しかし、強い。
対象が畏怖するものの姿を借りれば、心の面でも優勢をとれる。
精神の力に依存する妖怪相手ならば、なおさらであろう。
「あのバカ虎!」
普通は人間が蘇るとは思わないだろうが、それでも再び星がいなくなったことに寅丸は腹を立てていた。
自分にも、彼女にもだ。
妖気を追っていくと、どうやら星たちは村の方へと降りていったようだ。
「最悪じゃねぇか……!」
鵺は不思議でしょうがなかった。
なぜ目の前の妖怪は、こんなにも怒り狂っているのか。
鵺は人間の男を殺しただけだ。
もしかして、獲物を横取りされたと思ったのだろうか。
「なんだ、エモノならワけてやるのにひどいじゃないか」
なんて強い力で腕をふるうのだろう。
半身が吹き飛ばされそうになった。
「どうして」
「ア?」
「どうして殺したぁっ!」
どうして人間を殺したことが関係あるのだろう。
人間が好きなのか?
変わり者の妖怪もいたものだ。
右腕が引きちぎられた。
痛みでどうにかなりそうだが、鵺を殺すものへの最高の呪いを思いついて、その愉しみのためだけに鵺は自我を保つ。
「ああああああ!」
危ない。
首をはねられるところだった。
せめて、コイツの顔が絶望に歪むのを見たい。
もう少しで昨日子どもをさらった所へつく。
老婆の顔で、鵺はさらに口角を釣り上げた。
さあ、ここからが要だ。
「おマエはニンゲンをオソわないのか?」
「それがどうしたあっ!!」
「オソわないのかとキいている」
いい加減に限界だ。
だが、もう村の真ん中だ。
もう、いいだろう。
「貴様とは違う!」
「いいや」
気配がもう一つ増えた。
先ほど殺した人間だ。
生きていたのか。
だが、そんなことはどうでもいい。
最後の力を振り絞り、目の前の妖怪の姿を借りることにする。
そして、呪詛の言葉を搾り出す。
「お前は、私と同じだよ。人間は、お前が恐ろしいんだ」
「ちぃっ……間に合わなかったか」
星と鵺の戦闘の舞台は村まで移動していた。
星の本来の姿を村人の目の前にさらけ出すのは避けたかった。
しかし、それは叶わない。
そう宣告するかのような鵺の言葉が星の理性を取り戻させたのが、寅丸にはわかった。
「あ……」
何とか、笑おうとしながら星が村人達へ一歩近づいた。
「近寄るなぁ、化物ぉ!」
一人の男が叫んだ。
星が凍りつく。
「アンタも子どもたちをさらうつもりだったのね!」
「違……」
人間達の結束力は、時の王さえも屈服させる。
それが今、残酷な形で星に向けられていた。
「違わないさ!妖怪は俺たちの敵だ!」
「無害そうな顔しやがって……」
最悪の、状況だった。
「……!」
再び孤独となった虎は、山へと走り去った。
「星!」
人間達に罵声を浴びせるわけにもいかず、寅丸も駆け出す。
村人たちの憎悪が、寅丸にも向けられるのを感じた。
「つーかまえーたっと……」
今度はきちんと、寅丸に背を向けた星の肩に手を置いてやる。
先ほどよりは簡単に見つけることができた。
(初めて出会った、そして俺が襲われた川辺)
寅丸自身も、この場所に対する感情がよくわからなくなってきていたが、星なら、確実にここに来るだろう、そんな予感があった。
(ひどい、格好だな)
あれほど血は見たくないと言っていたのに、星は半身は真っ赤だった。
先ほどまでは勢いよく揮われていたのであろう右腕を中心に、ドロリ、とした感覚を思い起こさせる赤い鵺の血がこびりついていた。
元々ボロボロだった着物はさらにあちこち破け、あれほど長かった髪も、反撃の痕なのか、首のあたりで切られてしまっている。
「あーあー、枝毛になっちまうぞ」
「……なりませんよ。妖怪ですから」
星がこっちを向いた。
「そうか」
「寅丸様は、なぜまだこんな場所にいらっしゃるのですか?」
星は、笑っていた。
「ほら、私は妖怪なんですよ?」
「そうか」
泣きながら笑っていた。
「人間の敵らしいですよ?怖いらしいですよ?」
「そうか」
「私は、あなたを襲ったやつと同じ……」
村の人たちも気が立っていただけだと、話せばわかってくれると、無責任なことを吐き出したかった。
しかし、できない。
でも、そこだけは。
「認めてしまうのか?」
最後の最後で星から何もかもを奪っていったやつと同じだとは、言わせたくなかった。
「ですが、村の人たちも……」
「あきらめるのか?」
「……」
「孤独なヤツをこれ以上増やさないことを、人間との共存を。お前の理想を否定するのか?」
「しかし、私には何の力もありません。 そのことがよくわかったんです……。せいぜい、敵を屠るくらいしか……」
「お前、それ完全に外道の思考だぞ。 言葉はどうした言葉は」
戦場でだって、言葉はとても有効なものなのだ。
ただの殺し合いではないのだ、戦は。
「言葉……私の言葉は、届きませんでした」
「そうだな。 箔のない押し付けは受け入れられないな」
「寅丸様は一体、何をおっしゃりたいのですか?」
「そうだな。 お前、俺を信じるか? と言いたいな」
「え……?」
本当は、落ち着いた状況で言いたかった。
だが、今の星には支えが必要なのだろう。
それに、星の夢を叶えるチャンスを与えてくれる人物が最近尋ねてきたのだ。
「知り合いに聖白蓮って言う尼僧がいるんだがな……」
(さあ、遊びの時間は終わりだ)
「……あの後が大変だったな」
ひとまずは白蓮に星を預け、毘沙門天は一度神に戻って新たな弟子を迎え入れる準備をして。
その後やってきた星に寅丸のネタばらしをした瞬間、彼女が卒倒して。
「白蓮のおかげで星も、立ち直れたみたいだしな。あれ、結局俺は星を無理やり立たせただけだったか」
毘沙門天はあの時星を入信させたのが正しかったのかどうか、今でも悩んでいる。
確かに、結果的に仏の教えは星の支えとなった。
しかし軸になるほど心酔させてしまってよかったのだろうか、とも思えてしまう。
(だからあんたは青いって言ってるのさ)
神奈子の声が聞こえたような気がした。
毘沙門天の悩みの答えはいつか星が出してくれるだろう。
「何百年先になるんだかな……」
と、苦笑してからあの感触を思い出す。
「……そーいえばセクハラってやっぱりあれのことだよな。 かくれんぼのときの」
両手をグッパグッパと開閉させてみる。
「思い出すな思い出すな思い出すな星は飼い猫星は飼い猫星は飼い猫」
そしてまた毘沙門天の理論武装が始まった。
「そういうわけですから、あの時夢に見ていたのはそういう光景なわけでして、決して毘沙門天様が不埒なことをされたわけではないんですよ、聖」
「そうだったのね……。 毘沙門天様に(星ちゃんの胸の)お礼しなきゃね!」
「ひ、聖? なんでお詫びじゃないんですか!?」
毘沙門天が羨ましくなったw
げっそりしながら惚気話を聞くナズーリン(地雷踏んだかな……)
あと、恵比寿を一番殴ってよかったと思うぞ。
あと二人は結婚したほうがいいよ
ニヤニヤしすぎて自分の顔がキモイ
そんで毘沙門天様の人間臭さが日本の神様らしくて
(インド出身だけど)たまらない。
そしてふたりはもう結k(ry
毘沙門天様がナイスガイ(笑)で大好きですw
ところで星の惚気話はいつ読めますk(ry
多分びしゃ様がまたセクハラしそうですけれど。