宇佐見蓮子は缶詰である。
といっても、魚肉や果物が詰め込まれているような円柱形の物体ではない。
絶賛修羅場中なのだ。
浮気がメリーにばれたとかそんなんでもない。
今、蓮子がいるのは彼女の所属する研究室である。
健全に大学生をやっている彼女は、卒業と自分の知的好奇心を満たすために研究を行う必要がある。
しかるにその研究成果を学会に発表するということも当然の流れであろう。
そんな研究発表の数日前であるからして、蓮子は研究室に泊りこみで徹夜作業を行っていた。
徹夜といっても、本当に一睡もしないというのは逆効果である。
まだ先はあるのだから、ここで体調を崩しても仕方ない。そう判断した蓮子は仮眠をとることにした。
彼女が研究室を見渡すと、一つだけ置かれている仮眠用のソファには既に先客がいることがわかった。
他の者たちは自分のデスクの下に丸くなり頭だけ出した状態で仮眠をとっていた。
頭を蹴られそうな気もするが、未だかつて頭をけられて重傷を負ったという情けない報告もないので大丈夫なのであろう。
はたしてそれは乙女がすべき行為ではないのだろうが、背に腹はかえられず、睡眠欲は何物にもかえがたかった。
髪の毛が気になるのか、しきりにぱさぱさと髪を触りながら自らのデスクの床につく蓮子。
そう、そこまでは至極真っ当かつ自然な流れであった。
闖入者が現れるまでは。
夜に覆われた静謐の中、パソコンの低いうなりだけが支配した音の世界で、
コンコンという控えめなノックの音の後に研究室の扉が音もなく開いた。
その者は、くたびれた学生たちばかりの空間において異質であった。
身にまとう雰囲気に疲労というものが見られない。それもそのはず、ノックからわかるように研究室とは無関係の部外者なのだ。
闖入者である少女は、デスクの下で頭だけ出して寝ている蓮子を見つけると、くすりと笑いをもらし近づいて行った。
そうして蓮子の寝顔に顔を近づけると、耳にふっ、と息を吹きかけた。
「うわひゃぃぁう」
とよくわからない言葉を発しながら、何が起こったのか確認しようと頭を振ったところで、
ごつん
いい音がした。
蓮子がデスクに頭をぶつけたのだ。侵入者はそれを見てまたくすくすと笑っている。
「メリー、研究室にこもって作業をしている人間にこの仕打ちはひどいんじゃない」
メリー、そうよばれた侵入者の少女は答える。
「蓮子の寝顔が可愛すぎるのが悪いの。いけない子ね」
告げられた蓮子はというと、朱に染まる頬を隠すためか、メリーから顔をそむけている。
そのままの状態でしゃべりだすのは苦しかろうにと思うメリーだったが、いわないでおく。
恥ずかしがる蓮子を見るのはメリーの趣味であり、好物でもあるのだ。
「それで、こんな夜分にわざわざ研究室まで何の用かしら?」
蓮子はメリーと視線を合わせようとしない。それはそれでメリーにとっては『おいしい』のだけれど。
「随分な言い草ね、せっかく差し入れを持ってきてあげたというのに」
「で、どこにあるのよ、その差し入れとやらは」
もっともな疑問である。半身を起してしゃべっている蓮子には、しゃがみこんで話すメリーには、
特に何かを持っているようには見えなかった。
「あら、あなたの目の前にあるじゃない」
「だからどれのこと?」
焦れたようにメリーを急かす蓮子。ただでさせ貴重な睡眠時間を削られているのだから、とげとげしくもなる。
そんな蓮子をさらに焦らすかのようにゆっくりとメリーは指をさした。
自分を。
「わ た し」
直後、乾いた音と共にメリーは頭を押さえていた。衝撃が相当なものだったのか、メリーもまた、
蓮子と同じようにうつ伏せで寝転がった状態になっていた。
音を発生させた方の蓮子はというと、どこから取り出したのか右手にハリセンを握っていた。
器用なものである、半身を起した状態でクリーンヒットしたのだ、メリーの頭を。
「メリーさんや、冗談はほどほどにしておくんなまし。わたしゃね、今猛烈に眠いんだよ」
しかし、メリーは悪びれるそぶりなど見せない。
「蓮子は私が差し入れだとお気に召さない?私はこんなにもあなたに会いたかったというのに」
「え?いや、別にお気に召すとか召さないとかそういう問題じゃないというか」
ハリセンをもったまま固く握りしめた蓮子の手をそっと包み込むメリー。中々の手際である。
逆の手で痛む頭をさすっていなければの話だが。
当の手を握られている蓮子はというと耳まで真っ赤に染めてなにやらあうあう言っている。
そんな態度をとればさらにメリーの思うつぼだというのに。
メリーはというと、やさしく笑みをつくりつつ口の端から涎が垂れているのが見える。
大丈夫なのだろうか、この二人。
しばらく二人してそんな状態のまま、あうあうにやにやしていた二人だったが、
それはメリーの突然の想起により中断された。
「はっ!? そういえばもう1つの差し入れも」
「もう1つ?」
そう言ってメリーがポケットから取り出したのはよくあるカップ入りのヨーグルトであった。
「差し入れである私が、差し入れを蓮子に食べさせてあげるわ」
意味も脈絡もあったものではない説明を口走りつつ、素早い動作でスプーンを使ってヨーグルトを蓮子の眼前に送り出した。
何が何だかわからない様子の蓮子はおたおたしている。
「ほら、アーン」
「えっ?いやちょっと待ってメリー」
「またないわ。ほらアーン?」
「う、あ、アーン…」
ぱくり。
「どう、おいしい?」
こくこくと首がもげんばかりに縦にふる蓮子。あれでは味も分かっていないだろう。
「そう、じゃあ次は」
そう言ってスプーンでヨーグルトをすくい自分で食べてしまうメリー。
いや、食べてはいなかった。口に含んだだけである。
「もご、もごもごもご? んー」
何語かわからない言語を発声したメリーはそのまま蓮子の方へ顔を近づけてきた。
「へ?メ、メリーちょっと待ってそれはいくらなんでも」
後ずさろうにも蓮子の背後にはデスク。それ以上さがるとまたしても頭をぶつける羽目になる。
近づいていくメリーの瞼が落ちる。覚悟を決めたのか、蓮子は再び真っ赤に顔を染め、メリーに顔を近づけていき、
もうお互いの息が届きそうなほど接近したところで
本日何度目かの、いい音がした
何事かと目を開けたメリーの視界に入ったのは、自身が持っていたはずのハリセンを頭に生やした蓮子であった。
突然の衝撃から回復し顔をあげた蓮子は、同じ研究室の先輩の青筋を見た。
「先輩、どうしてここに!?」
どうしてもこうしても、ここは研究室である。果してどうすれば周りの研究生を完全に意識から除外するなどということが可能なのか。
「ここは研究室だ馬鹿野郎ぉ! よそでやれぇえええええええ!」
そう叫びながら、その先輩は手近な窓から蓮子を放り投げた。
1階に研究室があってよかった、心からそう思ってやまない蓮子であった。
メリーさんが、いい女房役というか恋人というかドSというか……とにかく素晴らしい。
メリーが行うであろう考察を、このssの続きを書くことです。
秘封ちゅっちゅ
いいぞもっとやれ!
つか研究室でなにやってんのアンタww
なに、先輩は俺が黙らせておいてやるぜ
アッー!