この小説には様々な二次創作設定がなされています。
もし、キャラの性格が原作と多少違っていたり、ウサと語尾についたりつかなかったり、橙と因幡がなぜ絡む?というような方は直ぐに戻られる事を推奨いたします。
それでもいいよ、という人はどうぞお進み下さい。
夏の暑さが抜けきり、今まで暑さに慣れていた身体が肌寒く感じる季節のこと。
八雲 藍とその式である橙は自分達の住み処の一つであるマヨヒガの縁側に座り
、十五夜の月を眺めていた。
「そうだ、橙。ちょっとこれを見てみろ」
橙は年を経た黒猫の変化である猫又の式だ。緑色の帽子の両側から出ている猫な
らではの耳をぴくぴく動かしながら、藍が両手の人差し指と親指で作った長方形
を内側から覗きこんだ。
「わあ!」
橙の目の前には、夜空の黒い背景に浮かぶ万華鏡のような色鮮やかな形の景色が
広がった。
「凄い・・・綺麗です」
橙はしばらくその景色に見とれ、藍が両手の指と指を離して景色を閉じた後も、
一寸余韻が残っているのかぼうっとしていた。そして、余韻が消えるとハッと気
付き、直ぐに藍の方へ向き直った。
「藍様、今の何ですか!?どうやるんですか!?」
興奮した口調で橙が藍に問い詰める。
「今のは『狐の窓』というものだ」
藍は、両手の人差し指と親指をくっつけて長方形を作り、覗きこむ。ただそれだ
けだと言った。
橙も直ぐに真似をして指で作った長方形を覗きこむが、先程のような景色は見え
なかった。
「ははは、直ぐにできるものでもないさ」
藍は微笑みながら橙に諭すように言った。
橙は不満そうに藍を見た。
「だが橙がもっと修行を積むのならば、出来るようになるかもしれないな」
それを聞くと、橙は喜びながら、「本当ですか!?」と念を押すように尋ねた。
「ああ、もちろん。私に出来て私の式が出来ないなんてことはないさ」
それを聞いて橙は嬉しくなり、しきりに人差し指と親指で長方形を作っては、それを覗
きこんでいた。
隣に座る橙の嬉しそうな顔を見ながら、藍は昔の自分を橙に重ねて見ていた。
そして、(まあ、気の長い話ではあるがな)
と、密かに思うのであった。
____________________________________________________
「んー」
翌日、橙は散歩という名のひなたぼっこに出掛けていた。式となった今でも猫と
しての性質は変わらず、暖かい場所を好み、何か揺れるものには反応し、
マタタビの匂いを嗅ぐと本能には抗えなくなる。
原っぱの日なたに寝転がりながら、昨晩、藍が見せてくれた狐の窓を両手の人差
し指と親指で作っては覗きこむことを繰り返していた。
「やっぱり何にも見えないや」
「なーに、やってんのー?」
突然、景色の中に橙がよく知る顔が映され、橙は全身の毛を逆立てて驚いた。
「にゃっ!?って・・・てゐちゃんかあ」
因幡 てゐ は竹林に住む兎の妖怪だ。
永遠亭の異変以来、他の妖怪とも知り合う機会が増え、橙とは外見年齢が近いせ
いか、よく遊ぶ友達である。一応、橙より1000年以上は長く生きているのだ
が。
「さっきから呼んでたのに気付かないほど何をやってたんだか」
「うー、ごめん。『狐の窓』を作っていたの」
橙は、昨晩自分の主が見せてくれたものの話を聞かせた。ていは、それを聞くと
、早速自分でも狐の窓を作り始めた。
「んー?・・・何にも映らないよ」
「てゐちゃんも無理かあ」
橙はほんの少しだけ残念な気持ちになるとまた両手で狐の窓を作り始めた。てい
も、橙の横に寝そべり、暖かい日を受けながら人差し指と親指の間に出来た長方
形を覗きこんだ。しかし、数分もたたずに、ていは立ち上がり、
「あー、無理無理。こんなの幾らやってもできっこないって」
そう言って背中の草をぽんぽんと払い、橙の方を向いた。
「そんなこと無いよ、てゐちゃんにも出来るよ」
「はっ、怪しいものだね。大体まず名前からして狐と猫じゃあ全然違うし、無理
に決まっているよ」
てゐは両手を広げて「出来っこありません」というようなポーズをとった。
「でも藍様が出来るって言ってたもん」
負けじと橙も言い返すが、てゐは鼻でせせら笑った。
「藍さんも気休めを言っただけなんじゃないの?まったく、気休めを言うなんて藍さんもお人が悪い「出来るって言ったら、出来るの!!」
てゐがいい終わらぬ内に、橙が思いの他強く言い返したので、てゐは一瞬たじろいだ。橙の目はうっすらと
涙が浮かんでいた。
しかし、てゐも引き下がれなかった。
「じゃ、じゃあ。1週間。1週間後に橙がその狐の窓を作れるようになったら、認めてあげる」
「いいよ、絶対出来るようになって、てゐちゃんを見返してやるんだから!」
そう言って橙は逃げ出すように、ぷい、と身を翻すと、マヨヒガへと帰って行っ
た。
一匹残されたてゐは、あんなに強く言い切る橙に対し、つまらない意地をはって
しまったことに少し罪悪感を覚えたが、それでも、自分を納得させて、振り返ると、自分も竹
林へと帰っていった。
「藍様ー、どこですか藍様ー!」
全速力で駆けて帰ったために紅潮した顔をしながら、橙は藍を探していた。
しかし、そこで探している内にあることに気がついた。
(藍様のことだから、きっと私が聞いても「まだ早い」って言って教えてくれな
いかも)
「どうした、橙?」
(それどころか私がしようてすることも全部禁止させられてしまうかも)
「橙?」
「わっ、すみません、藍様」
「どうしたんだ、何か考え事をしていたようだったが」
橙は首を横に振ると平静を装い、
「ううん、ごめんなさい、大丈夫です」
と言った。しかし、まだ藍は疑いの目を投げかけていたので、橙は慌てながら取り繕うように尋ねた。
「あ、あの。調べたい事があるので書庫を使ってもよろしいでしょうか?」
「ん、ああ、構わないが」
「ありがとうございます、それでは」
と言って橙は直ぐに書庫へと向かっていった。
藍は、橙のよそよそしい態度に少し違和感を感じたが、
昔の自分を思い出すと「まあ、あんな時期もあるわな」と言って、食事の準備をしに台所へと再び戻っていった。
__________________________
「けっかいとは、物ごとのさかい目であり、空間のすき間にはどこにでもけっか
いが・・・あー、もう、何書いてあるのかさっぱりわかんないよー」
読んでいた結界に関する本から目を離し、橙はそのまま床に、くてん、と倒れた。
橙は年経た猫又とは言え、式となっても知能は人間の子供くらいしかない。
紫や藍が書いたと思われる結界に関する本は、勿論子供に理解出来るような内容の代物ではなかった。
小さなコップの中にプール水を全て入れようとしても溢れてしまって無理なように、橙も本から知識を得ようとしてはその大半は理解できていなかった。
「でも、てゐちゃんに出来るって言ったんだから出来るようにならないと・・・」
気力をふりしぼり、覚えられるものだけ覚えていき、食事の時間すら惜しみ、ひたすら本から知識を得ようとした。
藍は一度書庫の整理をしにいったところ、いくつか配置が換わっていた本があったのでその一つを手に取った。
(結界について何か調べているのか・・・?)
おおよそ弾幕勝負に関することだろうと考えていた藍は、そのことを危惧するわけではなかったが、一応橙に尋ねたところ、橙が秘密にしたがり教えてくれなかったので、諦めて再びそのことを聞くことはなかった。
そして、週が明けた。
_________________________
「さあ、約束通り見せてもらうよ」
てゐは橙の様子を見て、最初は少し驚いた。
健康に気をつかうことで長生きしてきたので、橙がかなり疲弊していたことが手にとるように分かった。しかし、最初に言い出したのは自分であり、さらに相手もやってみせると言っていたため、止めることはしなかった。と、いうより、意地が張り合い、お互いに引き下がることは出来なかった。
「絶対に、見せてやるんだから!」
橙は符を取り出した。
(まず、今の妖力では足りないから上位の霊を憑かせてから)
鬼神「飛翔毘沙門天」
橙が符を唱えると、橙の身体に霊が入り込み、妖力が増し溢れた。
(そして、窓を作って・・・その中に・・・あれ・・・)
突然、橙は自分の身体ががくん、と崩れ落ちるのを感じた。
自分より上位の霊をとり憑かせるということは、自分のキャパシティを越えた力を使うということである。つまりそれは、自身の身体に多大な負荷をかけ、最悪の場合その霊に身体を乗っ取られる可能性もある、ということである。普段ならば、そうならないように自分の体調などに気をつかい、最善の状態でし
か使わないのだが、今の橙にはそんなことを考える余裕がなかった。
(だ・・・・め・・・だからだが・・いうこと・・きかな)
「橙、ねえ、大丈夫!?橙!」
流石に橙の様子がおかしいと気づいたてゐは橙に駆け寄った。
(ごめ・・なさ・・・藍様・・・て・・・ゐち)
てゐの呼びかけには応えられず、妖力を全て出し切った橙はその場に崩れ落ちた。直ぐにてゐが地面に倒れた橙を抱き抱えて首筋に指を当てた。
(脈は・・ある。でも音が弱い、身体が弱っている)
病や外傷という訳ではなくとにかく体力が必要だと判断したてゐは、永遠亭より近い、マヨヒガへと橙を背負いながら走り跳び向かった。
一秒でも早く、早く、手当てをしなければ。
てゐは余計な事は何も考えずに、ただ自分のつまらない意地のために無茶をした友達を救うことだけを考えて、走った。
マヨヒガへの道は人間には分かりずらい、認識しにくい場所にある。妖怪に言わせるなら、逆にそういう場所を探せばいいというだけのことだという。
「見つけた!」
てゐは、マヨヒガの門を叩くと、中に居る橙の主を呼んだ。
「すみません!いますか、藍さん!!」
扉の奥から駆け足の音が響いてくる。
「一体何事だ・・・と、・・・橙?」
「お願いします、早く、早く橙を助けて!」
________________________
橙が運びこまれて約30分。てゐは、ぎゅっと自分の服の裾を握りながら橙の回復を待っ
ていた。
そして、何やら唱えていた言葉が終わると、藍が襖を開け、てゐに「もう入って
きていいぞ」と言った。
「橙は、どんな具合ですか」
「たいしたことはない。もう憑いていた者には帰って頂いたし、あとは妖力が戻
るのを待つだけだ」
一先ず、てゐは胸を撫で下ろし、ほっと息をついた。
「だが、気になることがある」
藍の言葉に、てゐは顔を上げた。
藍の言葉には、少し怒気がこもっていた。
「何故、橙がこんなになるまで妖力を使ったのかだ」
(この人に、下手な嘘は通じない)
例えその嘘が悪意の無いものだとしても、藍は許さないだろうとていは感じた。
「・・・私の、せいです」
(私は・・・馬鹿だ・・・)
ていは、包み隠さずに、全て起こった事を話した。
てゐは責任を感じていた。自分の言動、意地のせいで、結果友達を傷つけること
になってしまったこと。
藍は、てゐから全ての話を聞くと、表情を和らげ、てゐの肩に手を置いた。
「すまない。よく、話してくれた。まあ座ってくれ」
てゐを座敷に座らせると、自分もその場に座り、寝ている橙の方をちら、と見た
。
「あの子は熱心だが一途になりすぎるところがある。たしかにお前との約束もあ
っただろうが、それだけが原因という訳でもないだろう」
「でも、私があんな酷いことを言ったから」
「そんなことはないさ。それに、お前の言ったことも実は正しい」
戸惑うてゐに、藍は両手の人差し指と親指で窓を作った。そして、てゐに「覗い
てごらん」といい、てゐは内側から覗きこんだ。
「あ・・・」
窓の中には、昨晩橙が見た物と同じ景色が映っていた。そして、てゐが見とれている中、説明をし始めた。
「種を明かせば、これは窓の部分に結界を創り、その中に弾幕と同じような妖力
で発現させた模様を浮かべている、というものだ」
だが、それは藍が口にする程簡単なものではない。結界を創る、という事自体がまずほとんど無理に近いものだ。特別な才能や莫大な妖力があるか、または修行をしない限り、結界は創ることすら難しい。
さらに、その内側に妖力を形として発現させる。
並大抵の妖怪にできることではない。
藍は、両手の指を離すと、話を続けた。
「確かに、私がやった『狐の窓』は今の橙には到底出来るものではない。この私
だって出来るまで数百年かかったようなものだ」
だが、と一呼吸置くと、
「『狐の窓』というものは実は誰にでも出来るものなんだ。それこそ、力を持た
ない人間にもな」
と言った。
「え、でもさっき数百年かかるって」
「それは『私』の見せた窓の場合。『狐の窓』には実は色んな使い方があるんだ」
例えば、妖怪の変化を見破るため、人の魂を吸うため、呪いをかけるため・・・
などといった使い方だと説明した。
「だから誰にでも出来るって言ったのね・・・」
「ああ、・・・そうだ、そういえば礼がまだだったな」
そう言って、藍は床に手をつき、深々と頭を下げた。
「橙をここへ運んでくれてありがとう」
「え、・・・そんな」
「いや、一応な。それに、これは橙の様子の変化に気付ききれなかった
主の私の責任でもある」
てゐは、藍の律儀な性格に驚いた。そしてこのような場合、なんて言えばいいの
か少し考え、こう返した。
「いいえ、こちらこそ大変ご迷惑をおかけしました」
_________________
「・・・ん、・・・あれ、てゐちゃん・・・?」
橙は耳を2、3度動かしてから目を覚ました。窓の外からはもう日の光りは差し込んでおらず辺りは暗かった。
てゐは、改めて心配そうに橙を見た。
「よかった、もう大丈夫みたいだね」
「・・・そうか私、あの後、意識がなくなって・・・」
橙は上半身だけ起こし、ぽつり、と呟いた。
「結局・・・窓は出来なかった」
橙の声は震えていた。
「てゐちゃんが言っていたこと、間違っていなかった。私には、結局、」
「そんなことないよ!」
今にも泣き出しそうな橙の手をとり、てゐはそれを払拭するように力強く言った
。
「橙にも『狐の窓』くらい作れるよ」
はっきりと断言するてゐに困惑する橙。てゐは橙の手を引き、障子の扉の前に座
らせた。
「さ、ここで窓を作ってみて」
催促するていに橙は「でも」と小さく反論したが、「いいから早く」と更に催促
された。
「こう?」
観念した橙は渋々両手の人差し指と親指を組み合わせて窓を作った。
「もう少し上、まだ、もうちょい、そこ!」
てゐに言われるがままに、窓を動かす橙。しかし、窓にはやはりなにも映らなかった。
「・・・やっぱり無理なんだ」
突然、障子の扉をていが開けた。秋の夜の心地良い風が部屋に入りこんでくる。
橙は突然の風に目を窓から離した。
「ほら橙、窓の中には、何が見える」
ていの言葉に橙は恐る恐る顔を上げ、自分で作った窓の中を覗き込む。覗き込んだ瞬間、橙の表情が変わっていった。
その橙の表情の変化を見て、てゐも笑顔になった。
「・・・凄い、綺麗」
橙の作った窓の中には、十五夜から一夜明けた、美しい満月が映っていた。
終
もし、キャラの性格が原作と多少違っていたり、ウサと語尾についたりつかなかったり、橙と因幡がなぜ絡む?というような方は直ぐに戻られる事を推奨いたします。
それでもいいよ、という人はどうぞお進み下さい。
夏の暑さが抜けきり、今まで暑さに慣れていた身体が肌寒く感じる季節のこと。
八雲 藍とその式である橙は自分達の住み処の一つであるマヨヒガの縁側に座り
、十五夜の月を眺めていた。
「そうだ、橙。ちょっとこれを見てみろ」
橙は年を経た黒猫の変化である猫又の式だ。緑色の帽子の両側から出ている猫な
らではの耳をぴくぴく動かしながら、藍が両手の人差し指と親指で作った長方形
を内側から覗きこんだ。
「わあ!」
橙の目の前には、夜空の黒い背景に浮かぶ万華鏡のような色鮮やかな形の景色が
広がった。
「凄い・・・綺麗です」
橙はしばらくその景色に見とれ、藍が両手の指と指を離して景色を閉じた後も、
一寸余韻が残っているのかぼうっとしていた。そして、余韻が消えるとハッと気
付き、直ぐに藍の方へ向き直った。
「藍様、今の何ですか!?どうやるんですか!?」
興奮した口調で橙が藍に問い詰める。
「今のは『狐の窓』というものだ」
藍は、両手の人差し指と親指をくっつけて長方形を作り、覗きこむ。ただそれだ
けだと言った。
橙も直ぐに真似をして指で作った長方形を覗きこむが、先程のような景色は見え
なかった。
「ははは、直ぐにできるものでもないさ」
藍は微笑みながら橙に諭すように言った。
橙は不満そうに藍を見た。
「だが橙がもっと修行を積むのならば、出来るようになるかもしれないな」
それを聞くと、橙は喜びながら、「本当ですか!?」と念を押すように尋ねた。
「ああ、もちろん。私に出来て私の式が出来ないなんてことはないさ」
それを聞いて橙は嬉しくなり、しきりに人差し指と親指で長方形を作っては、それを覗
きこんでいた。
隣に座る橙の嬉しそうな顔を見ながら、藍は昔の自分を橙に重ねて見ていた。
そして、(まあ、気の長い話ではあるがな)
と、密かに思うのであった。
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「んー」
翌日、橙は散歩という名のひなたぼっこに出掛けていた。式となった今でも猫と
しての性質は変わらず、暖かい場所を好み、何か揺れるものには反応し、
マタタビの匂いを嗅ぐと本能には抗えなくなる。
原っぱの日なたに寝転がりながら、昨晩、藍が見せてくれた狐の窓を両手の人差
し指と親指で作っては覗きこむことを繰り返していた。
「やっぱり何にも見えないや」
「なーに、やってんのー?」
突然、景色の中に橙がよく知る顔が映され、橙は全身の毛を逆立てて驚いた。
「にゃっ!?って・・・てゐちゃんかあ」
因幡 てゐ は竹林に住む兎の妖怪だ。
永遠亭の異変以来、他の妖怪とも知り合う機会が増え、橙とは外見年齢が近いせ
いか、よく遊ぶ友達である。一応、橙より1000年以上は長く生きているのだ
が。
「さっきから呼んでたのに気付かないほど何をやってたんだか」
「うー、ごめん。『狐の窓』を作っていたの」
橙は、昨晩自分の主が見せてくれたものの話を聞かせた。ていは、それを聞くと
、早速自分でも狐の窓を作り始めた。
「んー?・・・何にも映らないよ」
「てゐちゃんも無理かあ」
橙はほんの少しだけ残念な気持ちになるとまた両手で狐の窓を作り始めた。てい
も、橙の横に寝そべり、暖かい日を受けながら人差し指と親指の間に出来た長方
形を覗きこんだ。しかし、数分もたたずに、ていは立ち上がり、
「あー、無理無理。こんなの幾らやってもできっこないって」
そう言って背中の草をぽんぽんと払い、橙の方を向いた。
「そんなこと無いよ、てゐちゃんにも出来るよ」
「はっ、怪しいものだね。大体まず名前からして狐と猫じゃあ全然違うし、無理
に決まっているよ」
てゐは両手を広げて「出来っこありません」というようなポーズをとった。
「でも藍様が出来るって言ってたもん」
負けじと橙も言い返すが、てゐは鼻でせせら笑った。
「藍さんも気休めを言っただけなんじゃないの?まったく、気休めを言うなんて藍さんもお人が悪い「出来るって言ったら、出来るの!!」
てゐがいい終わらぬ内に、橙が思いの他強く言い返したので、てゐは一瞬たじろいだ。橙の目はうっすらと
涙が浮かんでいた。
しかし、てゐも引き下がれなかった。
「じゃ、じゃあ。1週間。1週間後に橙がその狐の窓を作れるようになったら、認めてあげる」
「いいよ、絶対出来るようになって、てゐちゃんを見返してやるんだから!」
そう言って橙は逃げ出すように、ぷい、と身を翻すと、マヨヒガへと帰って行っ
た。
一匹残されたてゐは、あんなに強く言い切る橙に対し、つまらない意地をはって
しまったことに少し罪悪感を覚えたが、それでも、自分を納得させて、振り返ると、自分も竹
林へと帰っていった。
「藍様ー、どこですか藍様ー!」
全速力で駆けて帰ったために紅潮した顔をしながら、橙は藍を探していた。
しかし、そこで探している内にあることに気がついた。
(藍様のことだから、きっと私が聞いても「まだ早い」って言って教えてくれな
いかも)
「どうした、橙?」
(それどころか私がしようてすることも全部禁止させられてしまうかも)
「橙?」
「わっ、すみません、藍様」
「どうしたんだ、何か考え事をしていたようだったが」
橙は首を横に振ると平静を装い、
「ううん、ごめんなさい、大丈夫です」
と言った。しかし、まだ藍は疑いの目を投げかけていたので、橙は慌てながら取り繕うように尋ねた。
「あ、あの。調べたい事があるので書庫を使ってもよろしいでしょうか?」
「ん、ああ、構わないが」
「ありがとうございます、それでは」
と言って橙は直ぐに書庫へと向かっていった。
藍は、橙のよそよそしい態度に少し違和感を感じたが、
昔の自分を思い出すと「まあ、あんな時期もあるわな」と言って、食事の準備をしに台所へと再び戻っていった。
__________________________
「けっかいとは、物ごとのさかい目であり、空間のすき間にはどこにでもけっか
いが・・・あー、もう、何書いてあるのかさっぱりわかんないよー」
読んでいた結界に関する本から目を離し、橙はそのまま床に、くてん、と倒れた。
橙は年経た猫又とは言え、式となっても知能は人間の子供くらいしかない。
紫や藍が書いたと思われる結界に関する本は、勿論子供に理解出来るような内容の代物ではなかった。
小さなコップの中にプール水を全て入れようとしても溢れてしまって無理なように、橙も本から知識を得ようとしてはその大半は理解できていなかった。
「でも、てゐちゃんに出来るって言ったんだから出来るようにならないと・・・」
気力をふりしぼり、覚えられるものだけ覚えていき、食事の時間すら惜しみ、ひたすら本から知識を得ようとした。
藍は一度書庫の整理をしにいったところ、いくつか配置が換わっていた本があったのでその一つを手に取った。
(結界について何か調べているのか・・・?)
おおよそ弾幕勝負に関することだろうと考えていた藍は、そのことを危惧するわけではなかったが、一応橙に尋ねたところ、橙が秘密にしたがり教えてくれなかったので、諦めて再びそのことを聞くことはなかった。
そして、週が明けた。
_________________________
「さあ、約束通り見せてもらうよ」
てゐは橙の様子を見て、最初は少し驚いた。
健康に気をつかうことで長生きしてきたので、橙がかなり疲弊していたことが手にとるように分かった。しかし、最初に言い出したのは自分であり、さらに相手もやってみせると言っていたため、止めることはしなかった。と、いうより、意地が張り合い、お互いに引き下がることは出来なかった。
「絶対に、見せてやるんだから!」
橙は符を取り出した。
(まず、今の妖力では足りないから上位の霊を憑かせてから)
鬼神「飛翔毘沙門天」
橙が符を唱えると、橙の身体に霊が入り込み、妖力が増し溢れた。
(そして、窓を作って・・・その中に・・・あれ・・・)
突然、橙は自分の身体ががくん、と崩れ落ちるのを感じた。
自分より上位の霊をとり憑かせるということは、自分のキャパシティを越えた力を使うということである。つまりそれは、自身の身体に多大な負荷をかけ、最悪の場合その霊に身体を乗っ取られる可能性もある、ということである。普段ならば、そうならないように自分の体調などに気をつかい、最善の状態でし
か使わないのだが、今の橙にはそんなことを考える余裕がなかった。
(だ・・・・め・・・だからだが・・いうこと・・きかな)
「橙、ねえ、大丈夫!?橙!」
流石に橙の様子がおかしいと気づいたてゐは橙に駆け寄った。
(ごめ・・なさ・・・藍様・・・て・・・ゐち)
てゐの呼びかけには応えられず、妖力を全て出し切った橙はその場に崩れ落ちた。直ぐにてゐが地面に倒れた橙を抱き抱えて首筋に指を当てた。
(脈は・・ある。でも音が弱い、身体が弱っている)
病や外傷という訳ではなくとにかく体力が必要だと判断したてゐは、永遠亭より近い、マヨヒガへと橙を背負いながら走り跳び向かった。
一秒でも早く、早く、手当てをしなければ。
てゐは余計な事は何も考えずに、ただ自分のつまらない意地のために無茶をした友達を救うことだけを考えて、走った。
マヨヒガへの道は人間には分かりずらい、認識しにくい場所にある。妖怪に言わせるなら、逆にそういう場所を探せばいいというだけのことだという。
「見つけた!」
てゐは、マヨヒガの門を叩くと、中に居る橙の主を呼んだ。
「すみません!いますか、藍さん!!」
扉の奥から駆け足の音が響いてくる。
「一体何事だ・・・と、・・・橙?」
「お願いします、早く、早く橙を助けて!」
________________________
橙が運びこまれて約30分。てゐは、ぎゅっと自分の服の裾を握りながら橙の回復を待っ
ていた。
そして、何やら唱えていた言葉が終わると、藍が襖を開け、てゐに「もう入って
きていいぞ」と言った。
「橙は、どんな具合ですか」
「たいしたことはない。もう憑いていた者には帰って頂いたし、あとは妖力が戻
るのを待つだけだ」
一先ず、てゐは胸を撫で下ろし、ほっと息をついた。
「だが、気になることがある」
藍の言葉に、てゐは顔を上げた。
藍の言葉には、少し怒気がこもっていた。
「何故、橙がこんなになるまで妖力を使ったのかだ」
(この人に、下手な嘘は通じない)
例えその嘘が悪意の無いものだとしても、藍は許さないだろうとていは感じた。
「・・・私の、せいです」
(私は・・・馬鹿だ・・・)
ていは、包み隠さずに、全て起こった事を話した。
てゐは責任を感じていた。自分の言動、意地のせいで、結果友達を傷つけること
になってしまったこと。
藍は、てゐから全ての話を聞くと、表情を和らげ、てゐの肩に手を置いた。
「すまない。よく、話してくれた。まあ座ってくれ」
てゐを座敷に座らせると、自分もその場に座り、寝ている橙の方をちら、と見た
。
「あの子は熱心だが一途になりすぎるところがある。たしかにお前との約束もあ
っただろうが、それだけが原因という訳でもないだろう」
「でも、私があんな酷いことを言ったから」
「そんなことはないさ。それに、お前の言ったことも実は正しい」
戸惑うてゐに、藍は両手の人差し指と親指で窓を作った。そして、てゐに「覗い
てごらん」といい、てゐは内側から覗きこんだ。
「あ・・・」
窓の中には、昨晩橙が見た物と同じ景色が映っていた。そして、てゐが見とれている中、説明をし始めた。
「種を明かせば、これは窓の部分に結界を創り、その中に弾幕と同じような妖力
で発現させた模様を浮かべている、というものだ」
だが、それは藍が口にする程簡単なものではない。結界を創る、という事自体がまずほとんど無理に近いものだ。特別な才能や莫大な妖力があるか、または修行をしない限り、結界は創ることすら難しい。
さらに、その内側に妖力を形として発現させる。
並大抵の妖怪にできることではない。
藍は、両手の指を離すと、話を続けた。
「確かに、私がやった『狐の窓』は今の橙には到底出来るものではない。この私
だって出来るまで数百年かかったようなものだ」
だが、と一呼吸置くと、
「『狐の窓』というものは実は誰にでも出来るものなんだ。それこそ、力を持た
ない人間にもな」
と言った。
「え、でもさっき数百年かかるって」
「それは『私』の見せた窓の場合。『狐の窓』には実は色んな使い方があるんだ」
例えば、妖怪の変化を見破るため、人の魂を吸うため、呪いをかけるため・・・
などといった使い方だと説明した。
「だから誰にでも出来るって言ったのね・・・」
「ああ、・・・そうだ、そういえば礼がまだだったな」
そう言って、藍は床に手をつき、深々と頭を下げた。
「橙をここへ運んでくれてありがとう」
「え、・・・そんな」
「いや、一応な。それに、これは橙の様子の変化に気付ききれなかった
主の私の責任でもある」
てゐは、藍の律儀な性格に驚いた。そしてこのような場合、なんて言えばいいの
か少し考え、こう返した。
「いいえ、こちらこそ大変ご迷惑をおかけしました」
_________________
「・・・ん、・・・あれ、てゐちゃん・・・?」
橙は耳を2、3度動かしてから目を覚ました。窓の外からはもう日の光りは差し込んでおらず辺りは暗かった。
てゐは、改めて心配そうに橙を見た。
「よかった、もう大丈夫みたいだね」
「・・・そうか私、あの後、意識がなくなって・・・」
橙は上半身だけ起こし、ぽつり、と呟いた。
「結局・・・窓は出来なかった」
橙の声は震えていた。
「てゐちゃんが言っていたこと、間違っていなかった。私には、結局、」
「そんなことないよ!」
今にも泣き出しそうな橙の手をとり、てゐはそれを払拭するように力強く言った
。
「橙にも『狐の窓』くらい作れるよ」
はっきりと断言するてゐに困惑する橙。てゐは橙の手を引き、障子の扉の前に座
らせた。
「さ、ここで窓を作ってみて」
催促するていに橙は「でも」と小さく反論したが、「いいから早く」と更に催促
された。
「こう?」
観念した橙は渋々両手の人差し指と親指を組み合わせて窓を作った。
「もう少し上、まだ、もうちょい、そこ!」
てゐに言われるがままに、窓を動かす橙。しかし、窓にはやはりなにも映らなかった。
「・・・やっぱり無理なんだ」
突然、障子の扉をていが開けた。秋の夜の心地良い風が部屋に入りこんでくる。
橙は突然の風に目を窓から離した。
「ほら橙、窓の中には、何が見える」
ていの言葉に橙は恐る恐る顔を上げ、自分で作った窓の中を覗き込む。覗き込んだ瞬間、橙の表情が変わっていった。
その橙の表情の変化を見て、てゐも笑顔になった。
「・・・凄い、綺麗」
橙の作った窓の中には、十五夜から一夜明けた、美しい満月が映っていた。
終
気を悪くした方には申し訳ありませんでした。
ルールを知らなかったもので。
橙もいつか藍様の窓も習得出来ますかね。出来ますよね。