これは作品集55にある『ずっと前から、キャプテンが悪い話』の続きになっています。
前作を読んでいた方が良いと思います。
初めて会った時、嫌なガキだと思った。
でも、此処は海ではないから沈められないと、一瞬見据えるだけで終わった。
『……』
なのに、
此処が海なら、即座に沈めるのにと、そうやって見下した少女は、どうしてか毎日の様に私の後をついてくる。
『雲山、しー!』
『じゅううう』
焚き火に当たって揺らぐ小さなおっさんに、少女は大声で注意している。
無視して掃除をしていると視界のはしで、おっさんが溶けていて、少女が慌てておっさんを元に戻していた。
『……』
気づけば、
痩せた木の後ろや、柱の影、縁の下から屋根の上。
小さな雲のおっさんを大抵は引き連れて、何かしら私の動向を見ている。
最初は、あの虎妖怪が付けた見張り役だろうかと考えて、有り得ないだろうと目を細める。
見張りと言うなら、あの鼠のお仲間が、それこそあの少女より上手く私を見張っている。
なんて、考え事をしていたから、こけた。
どちゃり、と鼓膜に無様な音が広がる。
両足がもつれて、顔から地面に激突した。
『……』
口の中に血の味が広がり、痛みと、それとは別のものを感じながら、私は暫し土の上で大人しくする。
そうしないと、歩き方を思い出せなかったのだ。
◇ ◇ ◇
歩き方を、教えてくれた少女。
最初はただ、意味も無く殺そうと自然に思った少女。
雲居一輪。
昔の、憎悪すら感じる自分勝手だった私に、懐いてくれた不思議な彼女。
今もこうして、私の傍で、私の親友をしてくれる、大切な君。
なのに、おかしいな。
どうして貴方は泣いていて。
どうして私は息苦しくて。
どうして、私はそんな大切な君の首を、今にもこの両手で、絞め上げようとしているのだろう?
◇ ◇ ◇
仕事の合間。
聖は、まず陸になれましょう、という事で、簡単な仕事をまかせてくれた。
水を運んだり、掃除をしたりと、単調な作業を繰り返しながら、両足で立つ事が難しく、バランスをとる為にフラフラして、ぼんやりと、どうやって沈めようかと考える。
何を?
勿論、あのガキを。
『……』
思い返す。
初めて会った瞬間、私を怯えた瞳で見上げた少女。
私を、酷く汚らわしそうに見上げて、恐怖した少女。
妖怪の癖に、元人間に怯えた、人間を慕う少女。
『…………』
よく分からないけど、気持ち悪いとイラついた。
だから、近い内に、この両手を使ってあの少女を陸で溺れさせ、陸に沈めようと、つまりは埋めてしまうおうと考えていた。
それは、きっと良い考えだと、私は桶の中で揺れる水を見つめながら、思っていた。
―――と。
また、こけた。
『……ぁ』
視界の端に、私がこける瞬間を見て、驚いた顔をしたあのガキがいた。
雲のおっさんはいない。
どうでもいいけど、ばればれな隠れ方で、馬鹿なガキだと改めて思った。
だから、首を絞めなくちゃ、と。
『……なに?』
初めて、私から声をかけた。
溺れさせて、沈める為に。
なのに、
少女は、馬鹿な事に、一瞬、嬉しそうに頬を緩ませた。
◇ ◇ ◇
泣いている。
でも、それはどっち?
◇ ◇ ◇
違和感がおぞましかった。
その事実を、私は少女との少しの会話で、気づく事になる。
少女は私に治療をしろと、おかしな事を言った。
だから、断った。
そう、海に居れば、そんな必要は無かったから。
僅かの傷など、すぐに修復していたから。
でも、頬の傷は、全身の浅い傷は、いまだに癒えていない事に、今、気づく。
?
私は血を流していた。
え?
軽い、動揺。
『……?』
そう、海なら、の話。
でも、えっと、此処は陸。
陸だと、私は治らない?
『……?』
あれ?
そうだ。
圧力の無い空気の膜が、固い地面が、様々な明るい色彩が、吐き気を伴って疎ましい。
だから、
沈めてしまいたいと、心から思っていて、
『駄目よ、そんなの!』
少女は大声で、私を叱る。
驚いて、まだ何かを言っている少女の顔を、まじまじと見る。
駄目?
え?
ど、どうして……?
殺そうと思っていたのに、叱られて動揺して、こんなに近くでその少女を見るのは初めてで、私は息苦しくなる。
どうして、私が苦しいのかと、理解できずに。
『だから、痛いなら、痛いって言いなさいよ!』
少女の怒った顔に、ズキン、と痛くて。
『見ている方だって、痛いんだから、だからちゃんと、言いなさいよ! そうしたら、ちゃんと治療してあげられるでしょう!』
少女の怒った顔に、瞳に、私を心配する色が見えて。
喉が、絞られる。
息が、出来なく、なる。
私は、ぇと、ぇ、えぇ?
何?
『…………ぅ、ん。いたい』
いたい?
気づいたら、私はぽつりと少女に呟いて。
そういえば、私はずっと痛かったと、気づいて。
視界が明瞭する。
まるで、幽霊になったばかりの頃みたい。
思考がぐちゃぐちゃに崩れていた。
つまりは、混乱していた。
立って、いられないぐらい。
『……いたい』
いた、い?
そう、そうなんだ。
海の、呪われた束縛からようやく抜け出した私は、
ウソ。
抜け出した海の暴力的な拘束が、今また『恋しい』と思っているんだ。
『……ッ!?』
足元が、分からない。
聖に感謝して、感謝の念がつきなくて、恩返しをしたいと思うのに。
大切な恋人から、無理やり引き裂かれたみたいな逆恨みを、どこかでしていて。
『ムラサ』ハ、寂しくて、一人で、苦しくて、沈めて、
呪われていた。
海から逃げたかった。
でも、私は、海だった。
『……私、は、ずっと、ずっとずっと、あそこから、逃げたかったのに、ぉか、しい、よ……。なん、で……? どう、して……?』
分からない、これは、もう、わけがわからなくて。
海が、恋しい……っ!
声に出来ない叫びの残骸。
私は、ムラサ。
私は、海だった。
私は、もう、海ではなかった。
『ひぃッ!?』
叫びそうになって、悲鳴が喉元までせりあがって、
――――ぎゅ。
っ。
抱きしめられている事に、気づく。
触れる、小さな体。その温もり。
海に、無いもの。
私に、無かったもの。
『……っ!』
がむしゃらに、
強く、
強く強く、少女を抱きしめる。
痛い。
痛いから、痛くて痛くてしょうがないから。
離さないで……っ!
そう、縋りついて泣きついた。
◇ ◇ ◇
白い、
ほっそりとした首に、私の両手が喰いこんでいる。
なのに、呼吸もままならないだろうに彼女は、私にまるで、人工呼吸をしているみたいに、やわく、あわく、私に息を送り込む。
馬鹿な、ガキで。
でも、酷く、安堵した。
「……おかえり、ムラサ」
「え……?」
ぱちくり、と。
視界が急にぎゅっと狭まり、目の前に、一輪がいた。
「…………へぅん?」
「……何、その声。……それにしても、起きながら夢を見るなんて、相変わらず、変な所で器用なんだから」
笑顔。
なんか、ドキリとする綺麗な笑い方。
「……え?」
どぎまぎして、不意に両腕に力が入らなくなる。
どさりと、両腕が落ちて、私はぽけっ、とただ一輪を見上げる。
そう。そうそう!
私は、山の方の怖い巫女に追っかけられていて、だから、一輪の所に逃げ込んで、手当てを、されていて。
一輪に、昔の話をされていて。
もの凄く痛かった治療だったと笑って、いて。
「ムラサ」
「え?」
記憶を辿る途中で、一輪がそっと、私の頭を撫でる。
きょとりとして、その表情に目を奪われる。
どうしたというのか、何故か、一輪の首は、ぞわりと青紫に変色していて、でも、私はそれが当たり前だと納得していて。
その、泣きそうな笑顔が、綺麗だと思っていて。
「……ムラサ」
「は……はい」
「今から、ムラサにお願いをするから、何も言わずに行動に移して」
「り……了解」
疑問符が内側に大量に溢れて、もう流されるだけは駄目だって、星ナズ事件(?)で思ったのに、言うとおりに姿勢を正してしまう。
一輪が、真剣な顔で、私を見つめる。
「今から、何処でもいいから、私に、キスをして」
―――――――。
ん?
んんうん?
えっ、まって。
待って待って?
私、ほら、まだ色々と思考回路が回復していないから、どうにか聞き間違えたみたいな不思議な命令が聞こえてしまったというか。
いや、でもあの一輪ちゃん?
なんで、目を閉じて、私の服を逃さないとばかりに、掴んでいるの?
聞き間違いではないの?!
い、いや、それよりほら。何処でもって、命令なのにどうして私に選択権を委ねてって、うあああぁあぁ?!
頭が、ボンって爆発したみたいな感じ。
私は、早く、この理不尽な動悸から抜け出したくて、一輪を引き寄せて、キスをした。
唇に。
「――――え?」
驚きの声をあげたのは、
何故か、一輪だった。
その声は私の喉に吸い込まれて、気づいたら、私は一輪に背中に爪をたてられるぐらい、強く抱きつかれていた。
◆ ◆ ◆
救い様がない、酷い船長だと、私は気持ち悪いぐらい鬱血した首を愛しげに撫でながら苦笑する。
今は、もう夜。
あれから、何があったのか少し思い返すとしよう。
「なっ、なんで、口なのよぉ……」
「ぇ、えええ?! だ、だって好きな所にって言ったよねっ?!」
情けなくも、半べそになった私に、ムラサは全力でびびって、あたふたしだした。
でも、そんなの当然の報いだ。
私は、私は、ちゃんと諦める為に、ムラサに、頬でも額でも、口付けて貰いたいと、思っていたのに。
そうしたら、明日からまた親友として、頑張って笑うからと、その区切りが、欲しかったのに。
ちゃんと、振られたかったのに。
なんで、唇、なのよぉ。
「なん、でよ!」
「いっ!? や、泣かないで!? いや、怒らないでも欲しいけど、そんな泣かないでよぉ!? 私が、私が悪かったから!?」
「そうよ、ムラサが悪いわよ、馬鹿! ばかばかばか!」
「いたっ、ちょ、痛っ」
これ以上ないぐらい、
ムラサの前では、大人っぽく振舞いたいと背伸びをして、いつの間にかそれが素になっていた私が、子供に戻ったみたいに、ムラサを殴る。
ぽかぽか殴る。
酷いじゃない。
有り得ないじゃない。
ずる、すぎるじゃない。
これじゃあ、諦めきれないじゃない……!
「ほ、本当にごめ」
「っ」
「んむ、ぐ?」
深く、今度はちゃんと、彼女と繋がる。
今日、三回目の―――
『―――――どこですか、ムラサさぁん! 此処ですね!? 奇跡の力が貴方を逃しません』
部屋の外で、大音量でムラサを呼ぶ声が響く。
びっくぅ、とムラサが固まる。
そして、今までの空気が一瞬で霧散した。
「ぇ?」
私は拍子抜けして、でも、ムラサは完全に逃走態勢で。
「怖ッ!? ってか来た!? うわやばい、逃げよう一輪!」
「え?」
唖然としている間に、ムラサは、ちゅっ、と私の唇を舐めるみたいに、舌で触れてから、慌てて私を抱き上げる。
「ふわぇ?」
そのくすぐったい感触に、それだけで駄目になって、真っ赤な顔が隠せなくて、私はムラサに促されるままに抱き上げられてしまって。
『ちょ、ちょっとこらそこの暴走巫女! あんた、人の寺で何をやっているのよ!? 常識がないのか常識が!?』
『エイリアンさんとは、また後ほどに! そして、幻想郷では常識は情熱で囚われずに、突き進むべきものなのです!』
『初めて聞いたよ! つーか、ムラサを苛めていいのは私だけだぁ!!』
「苛めっ子が増えた?! 何この理不尽な展開! 一輪、ど、どこに逃げようか!?」
「ふわわわ」
「え? なんで沸騰しているの?」
ムラサにお姫様抱っこで、顔が近くて、さっきまでキスをしていて。
あぁ、そうよね。
普通に考えて冷静でいられる訳ないわよね。
そして、気づいたら私の部屋の戸が破壊されて撒き散らされ、二人の邪魔者が突入し、何故か私がムラサに襲われたと勘違いした激怒の二人に、ムラサはぼこぼこに干され。
結論を、言うと。
その。
寝る前なのに、色々と身支度を整えたり、小奇麗にしたりして、私は布団の上で正座する。
「き、今日から、よろしく」
私の部屋が破壊された為。
ムラサの部屋で、ぬえと同じく、寝起きを共にする事になりました。
ちなみに、ムラサは奇跡と正体不明の連係プレイにより、真っ白に燃え尽きていた。
ぬえは、非常に機嫌悪そうに拗ねていた。
ぱたり、と。
迷いも無く、私の膝に真っ白なまま縋りつくムラサに、私は赤くなって。
悔しくも、
好きだなぁ……って、再確認させられてしまう。
本当、悪い船長。
ヤ、ヤっちまった…この後の展開にwktkすると同時に怖ろしさがせり上がってくる!
船長生きてるか?
「き、今日から、よろしく」って「ふつつかものですがよろしくお願いします」って意味かと思ったじゃないか!
ハートフルボッコはまだまだ続く…
船長はまったくもう・・・もう!本当に悪い船長すぎるwww
しかしまさか3人同じ部屋になる展開は考えもしなかったぜ・・・それと首を絞めるうんぬんがちょっとひっかかる・・・
自分でも気付かないトラウマが深いのかな船長?過去でなく現在で行動移す辺り不安だ
> このシリーズは、船長とぬえがくっつき、ラブラブになって結婚式をあげるのが前提の筈のお話です。
だよね?
この先修羅場しか見えないんですががが?
それなら後、ナズと星と小傘は確実にハーレムINですね!!!
しっかしほんとに悪い船長だな
重婚!?重婚してくれんの!?
この船長は悪すぎるwww
今回のことは申し開きなぞ出来んぞ!でももっとやれ!
たった一つのシンプルな言葉だ。
nice boat.
村ぬえ好きな身としては、村一はなぁ…
そう思ってた時期が私にもありました…(笑)
ぬえは果たしてここから挽回できるのか!?
次回以降の展開に超期待!
・・・まぁでもそれよか先ず先に、船長は一回閻魔様あたりに裁かれるべきだと思うんだ
罰としてもっとやるんだ!
「唖然としている間に、ムラサは、ちゅっ、と私の唇を舐めるみたいに、舌で触れてから、慌てて私を抱き上げる」
ここですよ……船長マジ極悪人
もう責任を取るしかないんじゃないかな
みんなで船長を嫁にしちゃえばいいんだよ。船長は船員みんなの嫁。
この続きに恐怖と期待を込めて待ってます。