日記というものは、後になって読み返すことで初めて完成する。
そういうものなのだと、フランドールは考えた。
自身の綴った日記をそっと手に取ってみる。
するとどうだろう。期待と不安が混じったどきどきが、心をくすぐるような気持ちになるのだ。
それに、先ほどからずっとふわふわとした心地が止まないのである。
好奇心もある。しかし、過去の自分と出会うという、気恥ずかしい部分もある。
「でも、ここで私が読まないと、私が悲しんじゃうよ」
日記が想定する読者は、未来の自分である。
過去のフランドールは、日記を通して今のフランドールに向かってメッセージを発しているのだ。
だから、読み返して初めて完成するのだ、などと考えていた。
理屈からみても、本能のどきどき感からも、「読まなくちゃ」という気分にさせてくれる。
日記は、そんな恐ろしい魔力を持っていた。
だからなのだろうか、フランドールは既に表紙をめくっていたのである。
――にっき――
……月……日
えっと。
美鈴から自由帳をもらったし、日記を書くことにしたよ。
うーん。初めて書くから、図書館の本みたいなかっこいい書き方がいいのか、可愛く話しかけるように書いたらいいのか、よく分かんないや。
でも、今日から書くことにしたよ。
だって、これぐらいしかすること、ないもん。
でも、大丈夫。
最悪、三日坊主になってもOKだもんね。
今日だけの日記になっても、何も問題ないんだから。
でも、ちょっとでも続けたいから、楽しく書いていこうって決めたんだ。
――――
まだ、紙がよく白い、新しく見える日記だった。
「ずっと昔のものだったら、面白かったのに」
と、フランドールはそんなことを考えながら、ページをめくった。
――――
……月……日
やっぱりね。
今日は美鈴と話したよ。
「早く出ておいで」って、扉の向こうから言ってきたよ。
だけど、もうそんな気分じゃないんだ。
放っておいてほしい時だってあるんだから。女の子だもん。
でも、美鈴がこの扉を開ける時って、ちょっと可哀想だな、と思っちゃった。
――――
「美鈴は全体的にいつも可哀想だけどね」
昔の自分と会話するように、ついコメントをはさんでしまう。
段々楽しくなりながら、フランドールは読み進めていった。
――――
……月……日
お姉さまとは違うんだって思ったけれど。
結局おんなじになっちゃった。
お姉さまも私も、変なところにプライドがあるんだから。
美鈴の白髪抜き競争なんて、どうでもいいことに全力になってたっけ。
でも、それも随分前のことだよね。
お姉さまも私とおんなじように過ごしながら、おんなじように日記を書いてるんだろうな。
きっと、今もそうだよ。
――――
何か、大切なことを忘れているような気がする。
後ろ髪を、過去の自分の手が引いているとでも言った心地である。
しかし、よく分からない上に、考えても仕方ない気がして、フランドールはページをめくった。
――――
……月……日
さすがに、お腹がすいてきたよ。
でも、やっぱりこの部屋は何にもないんだよ。
仕方ないから、自分の血を吸ってみることにしたの。
吸血鬼が吸血鬼の血を、それに自分のなんて、どうなるか気になっちゃう。
気になっちゃうから、試してみたの。
何か……おいしくない。
――――
「そういえば、こんなこともあった気がするよ」
時間を越えた会話が、やはり楽しくて仕方が無い。
しかし、フランドールはどうしても、自分の血の味をはっきり思い出せなかった。
どんな味だったか、どんな匂いだったのか、そういった感覚は全て宙に浮かんでしまう。
結局、「おいしくないのを思い出してもつまらない」という理由で、気にしないことにした。
――――
……月……日
一度でいいから、外に出てみたい。
そんな風に思ったのは、今日が初めて? 前にもあったっけ?
でも、出てみたいの。
ずっと前に、窓の向こうを見たとき。何だか緑と青がいっぱいで、お屋敷と全然違ったんだよね。
せっかくだから、この紅い扉をくぐりぬけて、おかしな世界を見て回りたいよ。
どんな景色があるのか、もっと知りたいし。
知らないみんなと、楽しくお話ししたいし。
私の知らない遊び、いっぱいしてみたいし。
でもね、やっぱり私は怖くて、たまらない。
もう、遅いんだもの。
扉を出たら、私は無様な姿をすぐにでもさらしてしまうかもしれない。
それが、とってもいや。
扉の前でノブに手を伸ばそうとしても、かなしばりにあったみたいに手が動かなくなってしまうの。
――――
何だか暴走していたようで、昔の自分が、自分でないような気持ちになった。
しかし、何だか今の自分に急激に近づいてきているようにも感じるのである。
次をめくってみると、最後のページであることが分かった。
――――
……月……日
私は二度とこの部屋を出ることはできなかったの。
――――
何かがおかしいことにフランドールは気づいた。
その時、激しく扉をノックする音が聞こえた。
そういうものなのだと、フランドールは考えた。
自身の綴った日記をそっと手に取ってみる。
するとどうだろう。期待と不安が混じったどきどきが、心をくすぐるような気持ちになるのだ。
それに、先ほどからずっとふわふわとした心地が止まないのである。
好奇心もある。しかし、過去の自分と出会うという、気恥ずかしい部分もある。
「でも、ここで私が読まないと、私が悲しんじゃうよ」
日記が想定する読者は、未来の自分である。
過去のフランドールは、日記を通して今のフランドールに向かってメッセージを発しているのだ。
だから、読み返して初めて完成するのだ、などと考えていた。
理屈からみても、本能のどきどき感からも、「読まなくちゃ」という気分にさせてくれる。
日記は、そんな恐ろしい魔力を持っていた。
だからなのだろうか、フランドールは既に表紙をめくっていたのである。
――にっき――
……月……日
えっと。
美鈴から自由帳をもらったし、日記を書くことにしたよ。
うーん。初めて書くから、図書館の本みたいなかっこいい書き方がいいのか、可愛く話しかけるように書いたらいいのか、よく分かんないや。
でも、今日から書くことにしたよ。
だって、これぐらいしかすること、ないもん。
でも、大丈夫。
最悪、三日坊主になってもOKだもんね。
今日だけの日記になっても、何も問題ないんだから。
でも、ちょっとでも続けたいから、楽しく書いていこうって決めたんだ。
――――
まだ、紙がよく白い、新しく見える日記だった。
「ずっと昔のものだったら、面白かったのに」
と、フランドールはそんなことを考えながら、ページをめくった。
――――
……月……日
やっぱりね。
今日は美鈴と話したよ。
「早く出ておいで」って、扉の向こうから言ってきたよ。
だけど、もうそんな気分じゃないんだ。
放っておいてほしい時だってあるんだから。女の子だもん。
でも、美鈴がこの扉を開ける時って、ちょっと可哀想だな、と思っちゃった。
――――
「美鈴は全体的にいつも可哀想だけどね」
昔の自分と会話するように、ついコメントをはさんでしまう。
段々楽しくなりながら、フランドールは読み進めていった。
――――
……月……日
お姉さまとは違うんだって思ったけれど。
結局おんなじになっちゃった。
お姉さまも私も、変なところにプライドがあるんだから。
美鈴の白髪抜き競争なんて、どうでもいいことに全力になってたっけ。
でも、それも随分前のことだよね。
お姉さまも私とおんなじように過ごしながら、おんなじように日記を書いてるんだろうな。
きっと、今もそうだよ。
――――
何か、大切なことを忘れているような気がする。
後ろ髪を、過去の自分の手が引いているとでも言った心地である。
しかし、よく分からない上に、考えても仕方ない気がして、フランドールはページをめくった。
――――
……月……日
さすがに、お腹がすいてきたよ。
でも、やっぱりこの部屋は何にもないんだよ。
仕方ないから、自分の血を吸ってみることにしたの。
吸血鬼が吸血鬼の血を、それに自分のなんて、どうなるか気になっちゃう。
気になっちゃうから、試してみたの。
何か……おいしくない。
――――
「そういえば、こんなこともあった気がするよ」
時間を越えた会話が、やはり楽しくて仕方が無い。
しかし、フランドールはどうしても、自分の血の味をはっきり思い出せなかった。
どんな味だったか、どんな匂いだったのか、そういった感覚は全て宙に浮かんでしまう。
結局、「おいしくないのを思い出してもつまらない」という理由で、気にしないことにした。
――――
……月……日
一度でいいから、外に出てみたい。
そんな風に思ったのは、今日が初めて? 前にもあったっけ?
でも、出てみたいの。
ずっと前に、窓の向こうを見たとき。何だか緑と青がいっぱいで、お屋敷と全然違ったんだよね。
せっかくだから、この紅い扉をくぐりぬけて、おかしな世界を見て回りたいよ。
どんな景色があるのか、もっと知りたいし。
知らないみんなと、楽しくお話ししたいし。
私の知らない遊び、いっぱいしてみたいし。
でもね、やっぱり私は怖くて、たまらない。
もう、遅いんだもの。
扉を出たら、私は無様な姿をすぐにでもさらしてしまうかもしれない。
それが、とってもいや。
扉の前でノブに手を伸ばそうとしても、かなしばりにあったみたいに手が動かなくなってしまうの。
――――
何だか暴走していたようで、昔の自分が、自分でないような気持ちになった。
しかし、何だか今の自分に急激に近づいてきているようにも感じるのである。
次をめくってみると、最後のページであることが分かった。
――――
……月……日
私は二度とこの部屋を出ることはできなかったの。
――――
何かがおかしいことにフランドールは気づいた。
その時、激しく扉をノックする音が聞こえた。