「ねえ霊夢?」
「ん。なによ」
「あなた外の世界に行ってみたいとか言ってたわよね」
「そうかしら。よく覚えてないわ」
「言ったわ。私は覚えている」
「そうだとしても、安っぽいリリシズムよ。移動したい、拡大したいというのが人間らしさでしょう」
「そうですわね。それが人間らしさ。霊夢でさえもそうだというのなら、他の人間はなおのことそう思うのかもしれない」
「考えたところでしょうがないでしょう。さっさと寝なさいよ」
「そう……、今日のところはおやすみなさい。霊夢」
「ん」
次の日、霊夢が起きたら紫の姿はすでに寝床から消えていた。
無理やり押しかけて、無理やりいっしょに寝ると言い出して、そしてこのざまだ。
霊夢はハァと溜息をついて、布団をたたんだ。
今日は絶好の洗濯日和、いまのうちにやれることでもやっておこうかしらと、霊夢はたまった洗濯物をタライの上に山盛りにする。
裏手に井戸があるから、そこで水をくみだしてきて、人力でガシガシと洗ってしまう。
しばらくして洗濯を終えて一服しに本殿に戻ると、紫がまるいわっかを腰のあたりでぐるぐるとまわしていた。
似合わない。
思わず、うっと呻いてしまうほど似合わない。
なんという無理な感じ。
しかし霊夢は表面上は冷静を装った。
「なにそれ」
「これは……、フラフープといって、いま私がやっていたように腰でまわして遊ぶものです」
「子どものお遊戯なんじゃない?」
「大人も子どももですわ」
「ふぅん。対象年齢はどれくらいかしらね」
「五歳以上ぐらいですわ。ともかく私も五歳以上ではあるわけですから、対象年齢に含まれます」
「あっそ」霊夢は軽くいなした。「それで、なにしに来たわけ」
「このフラフープを霊夢にプレゼントしようと思っただけです。ほら、受け取りなさい」
紫がフラフープを空中に放りなげた。
弾幕ごっこを日頃からつつがなくやっているおかげか、霊夢はわっかに当たることはなかった。
ただ――中央を通り抜けた。
フラフープは霊夢をとりかこむようにして、彼女の足元にきたことになる。
「なにがしたいのよ。あんたは」
霊夢がフラフープを拾いあげようと手をのばした。だが、つかめなかった。みえない壁でもあるかのようにフラフープの外延にはなんらかの力が垂直にせりあがっているようだ。つまりは霊夢は見えない円筒のなかに入ってるようなものである。円筒の底面はフラフープの外側のようである。
「あ? なにこれ」
「あらあら。最近のフラフープには少女を監禁する程度の能力もあるようですわね」
「どこのオーバーテクノロジーよ。てか、あんたのせいでしょ。さっさと解放しなさい」
「霊夢。あなたに出題です。どんな手を使ってでもいいから、フラフープの外に脱出してみなさい。もちろんギブアップもありですわ」
「あー、ギブギブ。ギブするからさっさと出す」
「ただし」
紫は扇子で口元を覆った。
「ギブアップの場合は、裸にニーソックスだけ穿いた状態でごめんなさいと言うこと」
「ふざけないでよ! 怒るわよ」
「もう怒っていますわ」
「こんなもんっ」
霊夢は懐から霊力をこめた札を取り出す。
そして至近から放った。
フラフープの見えない壁には無数の波紋が浮かび上がり、霊夢の札をことごとく無効化する。
「いや、ダメージは通っているわね。ただ……」
「その結界はたいして強度もありませんわ。ただミルフィーユのように千枚ほど連なっているだけです。霊夢が百ほど破壊したところで、すぐに修復されることになりますから、まあたぶんですが人間の霊力では破壊は不可能です」
「出せー!」
「おほほほほほ。それではしばらくスキマから様子をうかがわせていただきますわ。あとはごゆるりとお楽しみなさいませ」
「むきいいいいっ!」
紫は虚空の彼方へと消えていった。
それで、残された霊夢はひとり。
しかたないので、その場で正座した状態で座りこむ。妙なところでは礼儀正しい霊夢である。壁を触ってみた。反発はない。触った瞬間に痺れるとかなんらかの反作用が働くとか、そういうわけではないらしい。紫らしい絶対の壁。へこむこともなく、弾力もなく、硬質のプラスティックとか呼ばれている材質のようだ。
しかし、その壁は見えない結界だった。
紫の言葉が正しければ、千の結界を一気に食い破るほどの力が必要ということになる。
人間の力ではそんな大出力の力は出せない。
「もしかして外の世界に行ってみたいと言ったことを怒ってるのかしら」
博麗の巫女としては、そんなことは許されるはずもない。
外に行きたいとちらりと思ったことはあるが、あくまでも妄想の類だ。
実際に行ってみようなどと思ったことはない。
なにしろ面倒くさそうだし。
わざわざ行くような用事があるわけでもない。
また、フラフープをつぶさに観察する。よく見るとフラフープの内側に壁がせりだしているわけではないらしい。あくまでフラフープの外側から壁ができている。
「つまり――フラフープ自体を破壊することができる?」
そんな簡単な問いなら紫もわざわざ霊夢を閉じこめたりはしないだろう、とは思うものの、試してみる価値はありそうだった。
霊夢は懐から霊針を取り出す。札とは違い貫通力が高い針で一撃する。
これがベストなやり方だ。
「せいやっ」
裂帛の気合をこめて針をフラフープに向けて突き出す霊夢。
びびーんと来た。
フラフープは柔らかいゴムの質感なのだが、針が突き刺さる瞬間だけは硬質化した。
「手が痺れちゃったじゃないの!」
霊夢の顔に怒りが張りついた。
やっぱりフラフープ自体をどうこうするのは不可能らしい。
「やれやれ。これじゃあ、いつか餓死しちゃうのかしらね。裸でニーソしないといけないのかしら」
それだけはいやだ。
もうこうなれば……。
魔理沙に助けてもらうというのはどうだろう。
あるいは魔理沙がやってくれば他の誰かを呼ぶこともできるだろう。
神に助けてもらうとか。
永琳に壁を溶かす薬を作ってもらうとか。
咲夜の時間停止能力なら、壁が修復される前に破壊することも可能かもしれない。
だれかはやってくれる。
そんな気がする。
けれど、霊夢は誰かの手を借りたくないとも思っていた。
紫は霊夢に問いを出したのだから解くべきは霊夢だ。
とりあえず、そっとフラフープに触れてみる。このフラフープ自体に触れても何も起こらない。
「ふむぅ。ということは」
霊夢は両の腕を伸ばしてフラフープにつっかえ棒のようにしてもちあげてみた。もちあがる。
「ん。これ、下あいてるのかしら」
だとすれば簡単だが。
霊夢は足を伸ばしてフラフープの外に出そうとする。しかしダメだった。
どうやらフラフープの円筒空間は下方向にも伸びているらしい。
だが、これでとりあえず移動はできるみたいだ。フラフープに腕をつっかえたまま、霊夢はとりあえず台所まで移動する。
フラフープを台のところに突き出してみると、思いのほかすっと置けた。
「はて……この壁ってもしかして」
どうやら壁が機能するのは壁の内側にいる人間だけらしい。
霊夢はお茶を飲んで、ほっと一息。
「まあちょっと面倒くさいけど、たいしたことではないわね」
そう結論づけた。
移動のときにはフラフープをおなかのあたりでぐるぐるまわしながらだと腕を使うより楽だ。
それから魔理沙がいつものように遊びに入ってきた。フラフープの空間を何事もなく通過する魔理沙を見て、霊夢はこの空間が霊夢自身のみを選別していることを発見した。
「最初から囲われてなんかいないんじゃないかしら」
移動が制限されたり行動が制限されたりする空間を内となづけているに過ぎないんじゃないだろうか。
制限される移動できない、息苦しい密室。
それでも霊夢にとってはある程度の時間が経てば、こんなにも自由で、何事にも縛られていない空間があるだけだ。
それが結論。定義あるいは意識の問題だった。
それから後。
異変が起こっても、フラフープの円筒空間を霊夢は意識している。紫への答えはそれで十分だと思ったからだ。
いつも画面という外枠で囲われているのを意識していたけれど、例えば紫に助けてもらってスキマを使い、左端から右端でワープしたりしていたけれど、
これも意識の問題に過ぎないのかもしれない。
楽しければ、ここは外になる。
縦移動制限プレイも時にはおもしろいものになるだろう。
霊夢は空を飛翔した。
>裸にニーソックスだけ穿いた状態でごめんなさい
この発想は無かったw