Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

単に過保護なだけですから

2010/01/27 20:54:47
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「今夜さあ、輝夜の所に行くことになったんだよ」

 朝の食卓で、何気なくつぶやくと慧音は酷く驚いて箸を落とした。
落とした箸がかしゃんと鳴って、その音で我に返ったのかそうか、と極めて冷静な声で言う。
箸を拾いながら慧音は難しい顔をした。

「なあ妹紅、死なないからって特攻は感心しないぞ?」
「違うよ」慧音は何か勘違いしているようだった。「ご飯をご馳走になるらしいんだ」

 また慧音が箸を落とした。今度は音がしても我に返る気配はなかった。



「なんというか、まあ……そんな約束するなんて、明日は外で遊ぶのは禁止かな」

 槍でも降ってくると思っているのだろうか。
とりあえず子供達が落ち込むから止めてあげてと言っておいた。
じろじろと疑いの眼差しを向けてくる慧音にいきさつを話す。

「輝夜のペットが泣いて頼んできたんだよ」
「ん? ……ああ、薬売りの」

 そうだ、と頷くと、ますます疑うような目をしだした。
それこそそんな約束しないんじゃないか、と言いたげな表情をしている。
いや、私だって最初は断ったんだよ? でも縋り付いてくるし。

「三回殺されるって、泣くんだよ。本気で」

 すごいマジ泣きだった。一体輝夜はどういう躾をしているのだろう。
私には妖怪を飼う趣味はないから分からない。

「こっちの方が怖くなるくらい泣くから、つい承諾しちゃったんだ」
「そうか……」

 慧音はみそ汁を啜りながらやはり難しい顔をした。

「なあ」

 表情を崩さずに、声をかけてくる慧音に何? と返す。
一瞬だけ躊躇うような表情をしてから慧音はぽつりとつぶやいた。

「私は――永遠亭に言っておくべきなのだろうか」
「何て言うんだよ」

 私はぼんやりとした不安を抱きながら慧音に問う。
真面目な表情。何を考えているのか、私にはさっぱり分からない。

「妹紅は卵焼きは甘いの派だって」
「そんなの言わなくていいよ」

 ちなみに甘いのが好きというわけではなく、慧音の卵焼きが私の好みど真ん中なのだ。
慧音はまるで想定していなかったのだろう。とてもうろたえて、
普段の快活な表情を分かりやすく歪めながら次の言葉を口にする。

「そ、それじゃあみそ汁のダシは煮干し派だとかは」
「そこまで細かいところまで気を配った覚えはないかな」

 私は食生活に潤いを持たせようと思ったことはないし、作るのも焼鳥に焼き筍くらいだ。
それらを食べる気は毛頭ないので、人並みに食を堪能しているのは偏に慧音のお陰なのである。

「なんてことだ……」

 慧音の落ち込みようは酷くて、
もし明日世界が終わると宣告されたら、こういう風になるのだろうなと思わされた。
そこまで落ち込まれると、なんだか私が悪いことをしたのかと思ってしまう。
いや、今のが好意をばっさりと切り捨てたという行為なら、したのだろうけれど。

 しかしその情報を輝夜に伝えたところで
「妹紅ってば甘いのが好きなの? お子様ねー」なんて笑われる――嘲笑われるに違いない。
それだけは、なんとしても回避したかった。

 私は最後の一切れになった沢庵を頬張りながら慧音の様子を伺ってみる。
片手に箸を握り締めたまま、机に拳を押し付けている。
がっくりと落とされた肩、丸められた背中に哀愁のようなものを感じた。

「ええと。慧音、ごめんね?」

 その落ち込みっぷりに一抹の罪悪感を覚えた私は理由も分からずに謝ってみる。
頭の中に何故悪いのか分からないのに謝るのは駄目だ、と叱る慧音の姿が見えた。
もっとも、当人は私の目の前でがっつり落ち込んでいるのだけれど。

「気にしてないさ」

 背後に人魂を浮かべている人のセリフではなかった。
想像通りに説教と頭突きが飛んでくる気配も、なかった。

 これは、何か、まずい。
私は知らぬ間に、慧音の非常に繊細な部分を刺激してしまっていたらしい。
状況を打開する策はないものか、と主食として置かれていた焼き魚を口に運びながら考える。
これで食卓に並んだ皿は全て空になったのだけれど、いい案は依然として思い浮かばない。
思い浮かばないけれど、私は口を開いた。

「ご馳走様でした。……腹ごなしに散歩行って来ていいかな?」

 三十六計逃げるが勝ちである。



 結論からして作戦は成功した。
慧音は「せめて手紙だけは書かせてくれ」と言って永遠亭に行くのを承諾してくれた。

「いつから慧音の承諾を得る話になったんだろう」

 先にも思ったように、私の食生活は慧音によって支えられているのである。
だから、外食する際にはきちんと伝えねばなるまいと思ったし、
伝えなければ、慧音は今夜も私のご飯を作っていてくれるのだろう。

 誤算があるとすれば、私はこれまで外食というものをしたことがないので、
慧音がどういう反応を示すか知らなかったのだ。

「もっと私も食に貪欲であるべきなのかな」

 三食まともに食べるようになったのも慧音がご飯を用意してくれるからだし、
慧音が忙しくて作る余裕がない時に、自分で作ろうという考えすら浮かばない。

 私は食無精なのだった。
食べなくても死にはしないという心理が働くようになってしまうと、
どうしてもそういうことに対して鈍くなってしまうのだ。
釣りをすることもあるのだが、それは暇な時間をいかに有用に過ごすか
という慧音の教えに寄るもので、付け足すなら、釣果を見せた時の慧音の反応が嬉しいからだ。
……本当に私の食生活は慧音中心に回っているのだなあ、とつくづく思う。


「あ」と目の前の相手が声を出して視線を上げる。

 そこで私はようやく自分が思い出(というには少し拙いが)に浸っていたことに気付いた。
目の前には輝夜のペット――つまり、私をこの状況に引きこんだ張本人が立っていた。

「こんにちはっ」
「ああ……、こんにちは」

 彼女は今にも跳びはねそうなくらい上機嫌な声で私に挨拶をしてきた。
それにぼんやりと返事をしてその姿を少し観察する。
昨日の泣きそうな顔とは打って変わった、幸せな雰囲気を撒き散らしていた。

「ええと、今日はどうしたのかな。夜には行くつもりだけど」
「今日は薬のお仕事なので、あなたとは全く無関係なんですよ」

 すごい笑顔でさりげなく失礼なことを言われた気がする。
しかし、里の真ん中で騒ぎを起こすのはうまくないし、
幸せの絶頂にいる人に何を言っても無駄なのは世界の常だからだ。

「そう。……今日は、えらく上機嫌だけど」

 昨日とは別人みたいだ、と言い足してやるとえへへ、とはにかんで笑った。

「姫様とお師匠さまの機嫌がいいんですよ。で、今日は特別にお小遣いなんて貰っちゃいまして」

 あの薬師は輝夜の機嫌がいいと、自身の機嫌もよくなるから、
二人が同時に上機嫌になるのはそんなに珍しいことでもないだろう。
そして二人の機嫌がよくなると、目の前にいるペットの機嫌もよくなるらしい。
要するに、あの屋敷は輝夜中心に回っているのだ。

「そうそう、今日はあの先生のところに行きますけれど」

 ほわほわとした声のまま、ついでに今夜のことを言っておきますか? と聞かれた。
輝夜のペットにしては、気が利いている。

「それはもう伝えたよ」
「あれ? そうなんですか」

 意外そうに声を上げて、ぱちぱちと瞬きをしながら私の顔を見つめている。
そこまで驚かれることだったかな、と思いつつもだから言わなくていいよ、と返した。

「ふうん。それならいいんですけど。おかしいなあ」
「何がおかしいんだ?」
「あいつのことだからひた隠しにしてそうね。面白そうだし、全部言ってきちゃいなさい。
 ――って姫様が言ってました」
「そうか。出会い頭に殴ることにするよ」

 私は言わないほどに恩知らずではないし、人の関係を悪化させようという根性が気に入らない。
やめて! と必死に引き止めるペットを無視して、もう少し時間を潰すことにした。
本当は一刻も早く帰って妙なことを口走らないように監視したいのだけれど、
手紙の内容を見られたくないからしばらく帰ってくるな、と慧音に言われてしまっていたからだ。

「とは言っても、どう時間を潰すかな……」

 暇な時は寝るか、慧音の家に入り浸るかくらいしかしていない気がする。
外での暇つぶしと言われても、適当にうろつく他なかった。



 そして、無為に時間を過ごし、慧音の家に帰ってきたのだった。

「ただいま。手紙書けた?」
「うん。書けたぞ。はい、これをよろしくな」
「ん。了解。……やっぱり見ちゃ駄目?」

 薄い笑みを浮かべながら訊ねてみても駄目だ、と一蹴される。
とても気になる手紙だった。
いい予感は、残念ながら、しない。

 慧音がこうして駄目だと強く言う時はよからぬことを企んでいる時なのだ。
判断がつかないほうがおかしいレベルだけど。慧音は人を騙すのに向いていない。

 この手紙の内容が最初に言っていた卵焼きやらみそ汁やらの話で、
それに否定的な様子だった私に見せたくないのだろうというのは容易に想像できた。

「まあ、見てないからいいよね」

 私は申し訳ないと思いながらも手紙を燃やしてから永遠亭に向かった。



「あ、妹紅。あんたって甘いのが好きなの?」

 お子様ねー、と輝夜がにやにや笑っている。
永遠亭に到着して、拳を振りかぶろうとした矢先の出来事だった。
「置き薬の確認ですー」
「ああ、いつも御苦労さん」
「いえいえ、仕事ですから」
「ちゃんと働くのはいいことだよ。ところで、仕事ついでに一つ頼みごとがあるのだが」
「はい?」
「この手紙を永遠亭に持って帰ってほしいんだ」
「妹紅さんに持って行ってもらえばいいじゃないですか」
「あいつに持たせても燃やすだろうからなあ」

よろしくな、と言った時の慧音には善意しか見えなかったと輝夜のペットは言った。
田北
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
もはや掌の上なんだな……
かぐっちゃんが飯に誘ったのは別に他意ないのかな?
2.ぺ・四潤削除
ぅああ……うどんげ可愛いなwww
もこたんの好きなものばかり出てきて、顔をしかめて文句言いながらもほのぼの食事する情景が浮かんで和んだ。
3.名前が無い程度の能力削除
これはもう、にやにやするしかないじゃあないですか
4.樽合歓削除
>「妹紅は卵焼きは甘いの派だって」

もうなんという奥さん
5.ずわいがに削除
落ち着けーね

いやぁ、慧音は良い先生だけど、授業参観とか三者面談は勘弁して欲しいなww
6.名前が無い程度の能力削除
善意しか見えなかったのは善意しかなかったからだ…
素敵もこけね素敵おいしいウフフ