「黄金はあるよ。ここにあるよ」
とある日の昼下がり。
私、霧雨魔理沙は特にやることもないのでブラブラと空の散歩を楽しんでいた。
そこでふと視界の下を見てみると、チルノと大のやつが(大って言っても花を摘みにいくとかそういう意味じゃないぞ)古ぼけた地図を広げて、キラキラと子どもっぽく目を輝かせていた。
「その話。詳しく聞かせてもらおうか」
「あ、魔理沙」「どろぼーさん?」
チルノと大のやつはわりとそんな感じの受け答え。
おう、大のほうなんかぷるぷる震えてるぞ、前のときにゼロ距離でマスパしたのがまずかったか?
「なんだよ。そんなにこわがることないだろ」
乙女チックハートが傷つくぜ。
「大ちゃんをいじめるな」
「いじめてないだろ。遊びだ遊び」
「いじめっこがよく言う言い訳だ」
「おまえもゼロ距離マスパしてやろうか」
「むきーっ。生意気な人間ね」
「ふん」
いかんいかん。
このままではチルノと同レベルだと思われてしまう。
ま、他人にどう思われようとかまわないんだが、さすがにチルノと同レベルは精神的にきついぜ。
ここは淑女然としたふるまいをしようじゃないか。
「な、悪いことは言わないから教えろよ」
「ひぃぃぃぃぃぃっ」
なんだなんだ。
私は大人の女性っぽく、にこやかに笑って対応しただけなのに。
大のやつがレミリアみたいにしゃがみガードをしはじめたぞ。
「片手に八卦炉持ちながら言うな!」
「お、よく八卦炉って言えたな。偉いぞチルノ」
「え。あたい偉いの? あたいったらさいきょーね」
「そうそう。偉いから教えてくれよ。私にもな」
「しょうがないなぁ」
ちょろいちょろい。
チルノごときを手玉にとることなど、赤子の手をひねるよりたやすいわ。
「大ちゃん、魔理沙にも教えていいかな」
「私は別にどっちでも……」
それでチルノが教えてくれたのは、以下のような話だった。
曰く――、
リグルがね、蟲の知らせサービスってのをしているのは知ってるよね。
リグルはああ見えて蟲を操ることができるあたいの次ぐらいにさいきょーだから、じょーほーしゅーしゅーが得意なのよ。
蟲のくせに偉いね。
そんなわけでリグルが蟲たちを使って、黄金の在り処を記した地図を見つけたらしいの。
ほら、この△っぽいところが山で、○っぽいところが湖で、×書いているところが宝の在り処なのよ。
だから今から大ちゃんと二人でそこに行こうかなと思ってたの。
「つーか。リグルはいっしょに行かないのか」
「蟲の知らせサービスが忙しいんだって。蟲のくせにね」
「なにげにおまえ蟲の評価低いのな」
「えー。そんなことないわよ」
「しかし、この地図、確かに古いな」
リグルが適当に作ってチルノをからかっているのかとも思ったが、さすがに地図を捏造することはできないだろう。
劣化して茶色くなった和紙の上。
墨の乗り方。
古道具とゆかりのある私にとって見れば、まあ素人目よりは少しは上なわけで――
最近作られた地図でないことは明らかだ。
だとすれば、黄金というのも本当なのか?
黄金というのはもしかすると捏造かもしれんが、なにか珍しいものが落ちてるかもしれんな。
拾うだけなら何も問題はないぜ。
泥棒じゃないからな。
「じゃあ私もそこに行ってみようかな」
「えー、魔理沙もついてくるの。黄金を横取りしようって魂胆ね!」
「おー、偉いなチルノ。よく魂胆っていえたな」
とりあえずチルノの頭をなでてみる。
私の胸のあたりまでしか身長がないから、ちょうどなでやすいところに頭があるんだよなぁ。
ほらほら、なでなで。
「ううう。やめろよーっ」
いっちょまえに、顔を紅くしてやがる。
大のやつはいよいよ震えだし、隅っこのほうでガクガクブルブルしていた。
なぜだ。こんなにも大人の女性の対応なのに。
「コワイヨ誘拐コワイヨ」
「いや、そんなことしないぜ」
「蹂躙されちゃう。チルノちゃんがあられもない姿にされちゃって、みんなの前でひんむかれて、ひぃぃぃぃぃぃっ」
「大ちゃんが壊れた」
「まあ、放っておこう。たいした問題じゃない。ところで話を元に戻すが、私も連れていったほうがいいぜ。人間様の力が必要なときもあるんじゃないか」
「あたい最強だから人間の力なんて借りなくても大丈夫だもん」
「ほう。そうか? じゃあ簡単な質問だ。1から10までの数字を二つのグループに分けたとき、グループ内の数字をすべて掛ける。このとき二つの積は等しくなるときはあるか?」
「積ってなによ。そんなの知らない」
「こんなのもわからないんじゃ、ダメだな。お宝には謎がつきものなんだぜ。知恵が必要なんだ」
「あの……わかりました」
「なん……だと!?」
大のやつがおずおずと手をあげていた。
いやハッタリだ。妖精風情が答えられるわけがない。
「片方のグループには7がありますから、片方は7の倍数になりますが、もう片方のグループには7の倍数になれません。したがって二つの積が等しくなることはありません」
「パチュリーに教えてもらったとっておきの問題をあっさり答えただと」
「いや、その、恐縮です」
「ま、まあいい。とりあえず、なんだ。私もいたほうが便利なことはまちがいないぜ」
「そーだね。べつに魔理沙が来てもいいよ」
チルノはたいしたこともないふうに答えた。
大のやつも怖がりながらもくっついてくるようだ。
暗がりの洞窟。
地図の場所らしき場所を探索した結果見つけた場所。
いやー、疲れた疲れた。
ここまで来るのに一時間、探し始めて三時間。
もうそろそろお子様のチルノとかは根をあげそうだった。
私もちょっぴり帰ろうかと思ったぐらいだ。
そうしなかったのは、チルノのやつのおかげかもしれないな。
なにしろ互いに宝を独り占めされると思っているせいで、牽制しあっていたからな。
張り合いは何事にも大事だ。
洞窟の中はひんやりとしていた。冬の凍気をさらに凍てつかせたような空気。
厚手の服をみにまとっている私でさえ、ちょっぴり寒いぜ。
チルノは大丈夫そうだが、大のやつは大丈夫なんだろうか。
「私は大丈夫です。大だけに」
「ギャグかよ……」
寒さで錯乱してんじゃないかと思ったが、カクカク震えながらピースサインを作る大に、ちょっと感動してしまった。
「そ、そそそそそそ、そういや、宝はどうやって持って帰るつもりです?」
大が震えながら言った。
確かに装備品がちょっと貧弱すぎたな。
ノリでここまできてしまったせいか、袋らしい袋も持っていない。
チルノや大は完全に手ぶらで何も袋になりそうなやつはもってないし。
うーんどうしたものか。
黄金が見つかれば、それを持って帰るのも一苦労だな。もちろん分けて持って帰るというのも一つの手ではあるが、それではちと面倒くさい。
他のやつを呼んでくるのもダメだ。
チルノや大とは等分してもいいが、これ以上分け前がなくなるのも嫌だしな。
そういうときこそ、知恵をめぐらすときだ。
人間の一番の武器は頭だしな。いままで妖怪を退治してこれたのも、英知のおかげだ。
私はしばし考える。
「なにしてんの。さっさと奥まで行こうよ」
「まあ待て」
先に行きそうになるチルノをおさえる。
どうせ光の魔法を使っているのは私だ。暗がりのなかではチルノは先に行けやしない。
「あの、あののの、あののののっ」
プルプルと震える体を両腕でかばいながら、大が再び声を出した。
「なんだ?」
「宝の量を確認してからで良いと思います。もしも宝が大量であれば、まず、魔理沙さんの帽子のなかに宝を入れられるだけ入れて、私とチルノちゃんで運べばいいと思います」
「なるほどな。大はわりと頭がいいな。妖精のくせにな」
「蟲よりはマシよ」
とチルノ。こいつ、天然レベルで蟲の扱いがひでえ。
大はさらに考えがあるみたいだ。カチカチと歯を鳴らしながら言うには、
「それでもまだ大量に黄金がある場合には、魔理沙さんがいま身につけているストッキングを袋代わりにすれば少しは運べるかもしれません」
「ストッキングか。考えたな」
「すとーきんぐ?」
チルノはハテナと首を傾げる。
「ストッキング」
「崇徳院?」
「そっちのほうが難易度たけーよ。ほら、これだ、これ」
私は片足をあげて、はいている長靴下の端をひっぱってチルノに見せた。
「お、これかー。あたい知っているもん」
「そうかそうか。チルノは偉いなぁ」
「あたい最強だもん」
宝はすぐに見つかった。
これ以上ないありきたりな、ほら海賊映画とかでよく見かけるあの形だ。
カパっと上部を後ろのほうに倒して開くタイプ。
にわかに嫌な予感がした――悪戯の予感ってやつだ。
しかし、おかしな気配も感じる。その宝箱からは妙な魔力めいたものを感じた。
「おたからだー!」
チルノは駆け出していって、すぐに宝を開けようとする。
しかし、その宝には錠前がついていた。おいおい無理やりあけようとするなよ。無理に決まってるだろ。
「むぎぎぎぎぎぎ」
「無理するな」
「パーフェクトフリーズ!」
「おい!」
止めようとするが遅かった。
しかし、結論的には何も変わらなかったというべきだろう。
チルノが放った弾幕は、宝箱に当たる直前に消失したのだ。
これが感じていた魔力の効果か。厄介だな。マスタースパークで力押しってのも考えたが、もしも今の相殺効果を無効にするほどの力を放てば、中身がおじゃんになる可能性が高い。
それだけでなく洞窟が崩落するかもしれん。
まいったな。
フラグを回収しそこねたか?
チルノはまだがんばっていた。
宝箱を持ち上げようとするが、宝箱はぴくりとも動く様子がなかった。
単に重いからというよりも台座に固定されているのだろう。宝箱の大きさは大きな枕程度だ。黄金だとすれば、まぁそこそこの価値はありそうだが、飛びぬけてすごい値段というわけでもなさそうだな。だが、信憑性は高くなってきたぞ。
あとはどうやってあけるかだな。
「あの、宝箱の側面に何か書いてあります」
大がまたやってくれた。
すぐに確認する。
「なになに……、古典エスペラント語かよ。こんなのわかるやついるのか」
「汝自身を知れ、さすれば宝石は汝に与えられんと書かれてありますね」
「なん……だと」
妖精ごときに負けた。
ショック!
いやそんなことを言ってる場合じゃない。せめてこの謎ぐらいは解こうじゃないか。人間様の誇りにかけて。
「なんじってなに、こいつもしかして時間聞いてるの。今は夕方だよ」
チルノおまえは向こうで遊んでろ。
考えろ。
考えるんだ。
大の視線は冷静に例の文字に向けられていて、なにごとかを考えているようだ。
大のやつには負けたくないんだぜ。
妖精程度に負けたとあっちゃ人間様の名折れだ。
汝自身を知れとは一体どういう意味なんだ。
汝って言ったって、ここ幻想郷じゃ、基本的には妖怪、神様、人間といろんなやつらが、人種のサラダボウル状態。
そもそも汝自体が誰なのかわからないじゃないか。
「ん……しかし、待てよ。確か古典エスペラント語には人称変化があるんじゃないか」
「あ、なるほど、そういうことですね。これは女性です。なるほどそういうことですか」
「どういうこと?」
「たいしたことじゃないぜチルノ。この宝箱におまえの弾幕が効かなかったのは、それが想定されていたからだ。つまり、この宝箱に言う汝とは、弾幕ごっこをするやつらのことを指しているんだぜ」
つまり――
私は宝箱に向かって、まっすぐに人差し指をあてる。
「答えは少女だ!」
暗い洞窟のなかに私の声が響き渡る。
わぁぁん。わぁぁんと反響し、それから静かになった。
あ、あれ、何も起こらないぞ。おかし――
ガチャン。
ちょっと焦ったところで、ようやく鍵がはずれた。脅かすない。
「さて、これでようやく宝石とやらとご対面なわけだな」
「魔理沙、独り占めしたらあたいが凍らせるからね」
「わかってるわかってる。ちゃんと半分こな、おまえらが半分。そして私が半分」
「その理屈は……」
大のやつが暗い顔をして私を睨んでいた。
こいつ血の気が完全に引いていて、こえー。
「わかったよ。ちゃんと三等分するから。しかし、この宝箱開けたとたんに大量の蟲どもがうぞうぞと蠢いていたらどうする? キンチョールでも用意しとくか」
「あー? どういうこと?」
「玉虫とかいってな。宝石っぽいじゃないか。宝箱を開けたとたんに、一斉にこっちに向かってきたらちょっとした恐怖だぜ。それに無いとはいえないだろ。どこかに幻想郷をおもしろおかしくしたい黒幕がいて、そいつがリグルと組んでいたとすれば、このなかに入っているのが蟲ってことも考えられなくはない。御伽噺とかでもよくある結果だしな」
「魔理沙ってば、蟲程度が怖いのー? お子様ね!」
「まあそういうこっちゃ無いんだが、騙される可能性を覚悟しとけよって話だ。単にな」
「魔理沙があけないなら私があけるよ!」
「ま、いいか……」
ここまでの過程こそがあなたがたの宝石ですとか言いそうだから怖いんだよ。
あの紫色の少女がな。
宝箱はゆっくりと開け放たれて――
そこには何も無かった。
いや、違うかな。
宝箱の底には虚空が広がっていたんだ。
底知れない闇のなかに広がる満天の星空。夜空の宝石。
まったく……。やれやれ……。
乙女心にずっきゅーんときたぜ。
とある日の昼下がり。
私、霧雨魔理沙は特にやることもないのでブラブラと空の散歩を楽しんでいた。
そこでふと視界の下を見てみると、チルノと大のやつが(大って言っても花を摘みにいくとかそういう意味じゃないぞ)古ぼけた地図を広げて、キラキラと子どもっぽく目を輝かせていた。
「その話。詳しく聞かせてもらおうか」
「あ、魔理沙」「どろぼーさん?」
チルノと大のやつはわりとそんな感じの受け答え。
おう、大のほうなんかぷるぷる震えてるぞ、前のときにゼロ距離でマスパしたのがまずかったか?
「なんだよ。そんなにこわがることないだろ」
乙女チックハートが傷つくぜ。
「大ちゃんをいじめるな」
「いじめてないだろ。遊びだ遊び」
「いじめっこがよく言う言い訳だ」
「おまえもゼロ距離マスパしてやろうか」
「むきーっ。生意気な人間ね」
「ふん」
いかんいかん。
このままではチルノと同レベルだと思われてしまう。
ま、他人にどう思われようとかまわないんだが、さすがにチルノと同レベルは精神的にきついぜ。
ここは淑女然としたふるまいをしようじゃないか。
「な、悪いことは言わないから教えろよ」
「ひぃぃぃぃぃぃっ」
なんだなんだ。
私は大人の女性っぽく、にこやかに笑って対応しただけなのに。
大のやつがレミリアみたいにしゃがみガードをしはじめたぞ。
「片手に八卦炉持ちながら言うな!」
「お、よく八卦炉って言えたな。偉いぞチルノ」
「え。あたい偉いの? あたいったらさいきょーね」
「そうそう。偉いから教えてくれよ。私にもな」
「しょうがないなぁ」
ちょろいちょろい。
チルノごときを手玉にとることなど、赤子の手をひねるよりたやすいわ。
「大ちゃん、魔理沙にも教えていいかな」
「私は別にどっちでも……」
それでチルノが教えてくれたのは、以下のような話だった。
曰く――、
リグルがね、蟲の知らせサービスってのをしているのは知ってるよね。
リグルはああ見えて蟲を操ることができるあたいの次ぐらいにさいきょーだから、じょーほーしゅーしゅーが得意なのよ。
蟲のくせに偉いね。
そんなわけでリグルが蟲たちを使って、黄金の在り処を記した地図を見つけたらしいの。
ほら、この△っぽいところが山で、○っぽいところが湖で、×書いているところが宝の在り処なのよ。
だから今から大ちゃんと二人でそこに行こうかなと思ってたの。
「つーか。リグルはいっしょに行かないのか」
「蟲の知らせサービスが忙しいんだって。蟲のくせにね」
「なにげにおまえ蟲の評価低いのな」
「えー。そんなことないわよ」
「しかし、この地図、確かに古いな」
リグルが適当に作ってチルノをからかっているのかとも思ったが、さすがに地図を捏造することはできないだろう。
劣化して茶色くなった和紙の上。
墨の乗り方。
古道具とゆかりのある私にとって見れば、まあ素人目よりは少しは上なわけで――
最近作られた地図でないことは明らかだ。
だとすれば、黄金というのも本当なのか?
黄金というのはもしかすると捏造かもしれんが、なにか珍しいものが落ちてるかもしれんな。
拾うだけなら何も問題はないぜ。
泥棒じゃないからな。
「じゃあ私もそこに行ってみようかな」
「えー、魔理沙もついてくるの。黄金を横取りしようって魂胆ね!」
「おー、偉いなチルノ。よく魂胆っていえたな」
とりあえずチルノの頭をなでてみる。
私の胸のあたりまでしか身長がないから、ちょうどなでやすいところに頭があるんだよなぁ。
ほらほら、なでなで。
「ううう。やめろよーっ」
いっちょまえに、顔を紅くしてやがる。
大のやつはいよいよ震えだし、隅っこのほうでガクガクブルブルしていた。
なぜだ。こんなにも大人の女性の対応なのに。
「コワイヨ誘拐コワイヨ」
「いや、そんなことしないぜ」
「蹂躙されちゃう。チルノちゃんがあられもない姿にされちゃって、みんなの前でひんむかれて、ひぃぃぃぃぃぃっ」
「大ちゃんが壊れた」
「まあ、放っておこう。たいした問題じゃない。ところで話を元に戻すが、私も連れていったほうがいいぜ。人間様の力が必要なときもあるんじゃないか」
「あたい最強だから人間の力なんて借りなくても大丈夫だもん」
「ほう。そうか? じゃあ簡単な質問だ。1から10までの数字を二つのグループに分けたとき、グループ内の数字をすべて掛ける。このとき二つの積は等しくなるときはあるか?」
「積ってなによ。そんなの知らない」
「こんなのもわからないんじゃ、ダメだな。お宝には謎がつきものなんだぜ。知恵が必要なんだ」
「あの……わかりました」
「なん……だと!?」
大のやつがおずおずと手をあげていた。
いやハッタリだ。妖精風情が答えられるわけがない。
「片方のグループには7がありますから、片方は7の倍数になりますが、もう片方のグループには7の倍数になれません。したがって二つの積が等しくなることはありません」
「パチュリーに教えてもらったとっておきの問題をあっさり答えただと」
「いや、その、恐縮です」
「ま、まあいい。とりあえず、なんだ。私もいたほうが便利なことはまちがいないぜ」
「そーだね。べつに魔理沙が来てもいいよ」
チルノはたいしたこともないふうに答えた。
大のやつも怖がりながらもくっついてくるようだ。
暗がりの洞窟。
地図の場所らしき場所を探索した結果見つけた場所。
いやー、疲れた疲れた。
ここまで来るのに一時間、探し始めて三時間。
もうそろそろお子様のチルノとかは根をあげそうだった。
私もちょっぴり帰ろうかと思ったぐらいだ。
そうしなかったのは、チルノのやつのおかげかもしれないな。
なにしろ互いに宝を独り占めされると思っているせいで、牽制しあっていたからな。
張り合いは何事にも大事だ。
洞窟の中はひんやりとしていた。冬の凍気をさらに凍てつかせたような空気。
厚手の服をみにまとっている私でさえ、ちょっぴり寒いぜ。
チルノは大丈夫そうだが、大のやつは大丈夫なんだろうか。
「私は大丈夫です。大だけに」
「ギャグかよ……」
寒さで錯乱してんじゃないかと思ったが、カクカク震えながらピースサインを作る大に、ちょっと感動してしまった。
「そ、そそそそそそ、そういや、宝はどうやって持って帰るつもりです?」
大が震えながら言った。
確かに装備品がちょっと貧弱すぎたな。
ノリでここまできてしまったせいか、袋らしい袋も持っていない。
チルノや大は完全に手ぶらで何も袋になりそうなやつはもってないし。
うーんどうしたものか。
黄金が見つかれば、それを持って帰るのも一苦労だな。もちろん分けて持って帰るというのも一つの手ではあるが、それではちと面倒くさい。
他のやつを呼んでくるのもダメだ。
チルノや大とは等分してもいいが、これ以上分け前がなくなるのも嫌だしな。
そういうときこそ、知恵をめぐらすときだ。
人間の一番の武器は頭だしな。いままで妖怪を退治してこれたのも、英知のおかげだ。
私はしばし考える。
「なにしてんの。さっさと奥まで行こうよ」
「まあ待て」
先に行きそうになるチルノをおさえる。
どうせ光の魔法を使っているのは私だ。暗がりのなかではチルノは先に行けやしない。
「あの、あののの、あののののっ」
プルプルと震える体を両腕でかばいながら、大が再び声を出した。
「なんだ?」
「宝の量を確認してからで良いと思います。もしも宝が大量であれば、まず、魔理沙さんの帽子のなかに宝を入れられるだけ入れて、私とチルノちゃんで運べばいいと思います」
「なるほどな。大はわりと頭がいいな。妖精のくせにな」
「蟲よりはマシよ」
とチルノ。こいつ、天然レベルで蟲の扱いがひでえ。
大はさらに考えがあるみたいだ。カチカチと歯を鳴らしながら言うには、
「それでもまだ大量に黄金がある場合には、魔理沙さんがいま身につけているストッキングを袋代わりにすれば少しは運べるかもしれません」
「ストッキングか。考えたな」
「すとーきんぐ?」
チルノはハテナと首を傾げる。
「ストッキング」
「崇徳院?」
「そっちのほうが難易度たけーよ。ほら、これだ、これ」
私は片足をあげて、はいている長靴下の端をひっぱってチルノに見せた。
「お、これかー。あたい知っているもん」
「そうかそうか。チルノは偉いなぁ」
「あたい最強だもん」
宝はすぐに見つかった。
これ以上ないありきたりな、ほら海賊映画とかでよく見かけるあの形だ。
カパっと上部を後ろのほうに倒して開くタイプ。
にわかに嫌な予感がした――悪戯の予感ってやつだ。
しかし、おかしな気配も感じる。その宝箱からは妙な魔力めいたものを感じた。
「おたからだー!」
チルノは駆け出していって、すぐに宝を開けようとする。
しかし、その宝には錠前がついていた。おいおい無理やりあけようとするなよ。無理に決まってるだろ。
「むぎぎぎぎぎぎ」
「無理するな」
「パーフェクトフリーズ!」
「おい!」
止めようとするが遅かった。
しかし、結論的には何も変わらなかったというべきだろう。
チルノが放った弾幕は、宝箱に当たる直前に消失したのだ。
これが感じていた魔力の効果か。厄介だな。マスタースパークで力押しってのも考えたが、もしも今の相殺効果を無効にするほどの力を放てば、中身がおじゃんになる可能性が高い。
それだけでなく洞窟が崩落するかもしれん。
まいったな。
フラグを回収しそこねたか?
チルノはまだがんばっていた。
宝箱を持ち上げようとするが、宝箱はぴくりとも動く様子がなかった。
単に重いからというよりも台座に固定されているのだろう。宝箱の大きさは大きな枕程度だ。黄金だとすれば、まぁそこそこの価値はありそうだが、飛びぬけてすごい値段というわけでもなさそうだな。だが、信憑性は高くなってきたぞ。
あとはどうやってあけるかだな。
「あの、宝箱の側面に何か書いてあります」
大がまたやってくれた。
すぐに確認する。
「なになに……、古典エスペラント語かよ。こんなのわかるやついるのか」
「汝自身を知れ、さすれば宝石は汝に与えられんと書かれてありますね」
「なん……だと」
妖精ごときに負けた。
ショック!
いやそんなことを言ってる場合じゃない。せめてこの謎ぐらいは解こうじゃないか。人間様の誇りにかけて。
「なんじってなに、こいつもしかして時間聞いてるの。今は夕方だよ」
チルノおまえは向こうで遊んでろ。
考えろ。
考えるんだ。
大の視線は冷静に例の文字に向けられていて、なにごとかを考えているようだ。
大のやつには負けたくないんだぜ。
妖精程度に負けたとあっちゃ人間様の名折れだ。
汝自身を知れとは一体どういう意味なんだ。
汝って言ったって、ここ幻想郷じゃ、基本的には妖怪、神様、人間といろんなやつらが、人種のサラダボウル状態。
そもそも汝自体が誰なのかわからないじゃないか。
「ん……しかし、待てよ。確か古典エスペラント語には人称変化があるんじゃないか」
「あ、なるほど、そういうことですね。これは女性です。なるほどそういうことですか」
「どういうこと?」
「たいしたことじゃないぜチルノ。この宝箱におまえの弾幕が効かなかったのは、それが想定されていたからだ。つまり、この宝箱に言う汝とは、弾幕ごっこをするやつらのことを指しているんだぜ」
つまり――
私は宝箱に向かって、まっすぐに人差し指をあてる。
「答えは少女だ!」
暗い洞窟のなかに私の声が響き渡る。
わぁぁん。わぁぁんと反響し、それから静かになった。
あ、あれ、何も起こらないぞ。おかし――
ガチャン。
ちょっと焦ったところで、ようやく鍵がはずれた。脅かすない。
「さて、これでようやく宝石とやらとご対面なわけだな」
「魔理沙、独り占めしたらあたいが凍らせるからね」
「わかってるわかってる。ちゃんと半分こな、おまえらが半分。そして私が半分」
「その理屈は……」
大のやつが暗い顔をして私を睨んでいた。
こいつ血の気が完全に引いていて、こえー。
「わかったよ。ちゃんと三等分するから。しかし、この宝箱開けたとたんに大量の蟲どもがうぞうぞと蠢いていたらどうする? キンチョールでも用意しとくか」
「あー? どういうこと?」
「玉虫とかいってな。宝石っぽいじゃないか。宝箱を開けたとたんに、一斉にこっちに向かってきたらちょっとした恐怖だぜ。それに無いとはいえないだろ。どこかに幻想郷をおもしろおかしくしたい黒幕がいて、そいつがリグルと組んでいたとすれば、このなかに入っているのが蟲ってことも考えられなくはない。御伽噺とかでもよくある結果だしな」
「魔理沙ってば、蟲程度が怖いのー? お子様ね!」
「まあそういうこっちゃ無いんだが、騙される可能性を覚悟しとけよって話だ。単にな」
「魔理沙があけないなら私があけるよ!」
「ま、いいか……」
ここまでの過程こそがあなたがたの宝石ですとか言いそうだから怖いんだよ。
あの紫色の少女がな。
宝箱はゆっくりと開け放たれて――
そこには何も無かった。
いや、違うかな。
宝箱の底には虚空が広がっていたんだ。
底知れない闇のなかに広がる満天の星空。夜空の宝石。
まったく……。やれやれ……。
乙女心にずっきゅーんときたぜ。
前の人とは違う人かな?
大ちゃんに知恵比べで負けて素でヘコんでるのは俺だけでいい……
俺?俺はまず考えようとすらしなかったよ。
……いや、俺が考える前に答えを言った大妖精が悪い。