季節は夏。
降り注ぐ激しい日光。雲1つない炎天下。
河原に沿って延々と続く、か細いアスファルトロードの上、独走する自転車が1台。
2人の片方はサドルに座って自転車をこぎ、もう片方は荷台に座って後方をずっと眺めていた。
砂利に乗り上げ、車体がガクンと揺れる。自転車前方のカゴに入ったバッグがぴょこんと跳ねた。
「しかし、この"自転車"って奴は凄いな。魔法を使わなくたってグングン進んでいくぜ」
「おまえのところには自転車なかったのか?」
「なかったな。みんな魔法で動くものばかりだったぜ」
「私にはそっちの方が面白そうに聞こえるぜ」
自転車を漕ぎながらちゆりは笑い、荷台に座っていたちゆりはそれを聞いて憂鬱そうにため息をついた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちゆりが幻想郷からこちら科学世界に帰還したのは、つい最近のことだった。
本当は夢美と2人で帰還、という予定だったのだが、困ったことにオマケがついてきたのだ。
「面白そうだったから、付いてきてみたぜ」
こっそり貨物室に忍び込んで密入世界を果たしたのは、なんと向こうの世界の自分。
そう、幻想郷在住のちゆりだった。
(以下、混乱を避けるため、魔法界ちゆり、科学界ちゆり、と書く)
これには2人も驚いたが、何はともあれ魔法使いのテイクアウトに成功したことに変わりはない。
こうして、『面白い科学を教えてあげる』という条件の下、魔法界ちゆりの科学界滞在が決まったのだった。
余談だが、『ちゆりはセットでいた方がいい』との夢美の意見より、現在2人のちゆりは同棲中。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
自転車を漕ぎながら魔法界ちゆりは笑い、荷台に座っていた科学界ちゆりはそれを聞いて憂鬱そうにため息をついた。
「うにゃ? どうした、ため息なんてついて」
「いや、私も自転車で感動できる人間になれたら面白いかな、と思って」
「なんか自分に皮肉られるのって不思議な気分だぜ」
「自分に皮肉を言ってるけど、自虐とは違うからな」
どこかでセミが鳴いている。
科学界ちゆりは青空を見上げながら、ゆっくりと流動する雲を眺めた。
顔を上に傾けたから、頬を汗がつーっと流れていくのが分かった。
「でもさ」
魔法界ちゆりが言った。
「あんた達も幻想郷に来たとき『魔法よ、魔法! あれもこれも魔法! なんて素敵なの!』って叫んでたよな。あれもなかなか奇妙な光景だったぜ」
「……そうだな、そっちでは魔法が当たり前なのか」
「こっちでは自転車が当たり前なのか?」
「ちょっと劣勢だけどな、まだ現役だぜ」
なかなか難しいものだな、と科学界ちゆりは思った。
『郷に入っては郷に従え』とは言うが、実際は何がルールなのかも分からない異郷の地に飛び込むというのだから、なかなか難しい。
そんな世界交流を真剣に考える2人の、近所の雑貨店からの帰り道。
自転車カゴの中にはエコバッグ。その中には安売りしていた牛乳が4本ほど。
自転車が砂利を踏むと、その衝撃で自転車がガクンと揺れ、牛乳パックも互いにぶつかり合った。
そんなことなど気にもかけず、魔法界ちゆりは自転車を漕ぎ、科学界ちゆりは荷台に座って空を仰いだ。
大きな入道雲に太陽が隠れ、周りが少しだけ暗くなった。
「よかったな、牛乳がたくさん買えて」
魔法界ちゆりがぶつかり合う牛乳パックを眺めながら言った。
「私が牛乳好きなんだから、あんただって牛乳好きだろう? だから買っておこうかなって」
科学界ちゆりが答えると、魔法界ちゆりは"違う違う"と手を振った。
直後、慣れない片手運転で自転車がぐらりと揺れた。
「うわっ、危なっかしい運転するなよな!」
「はは、悪い悪い。初めてなんでまだよく分からんぜ」
慌てて両手を戻した。
「チラシにさ、『おひとり様2個まで』って書いてあったじゃないか。私がいなかったら2本しか買えてなかったぜ」
むしろ食費が倍増してるんだよ、と科学界ちゆりは心中で言った。
思わず口に出てしまいそうだったから、慌てて別な話題を探す。
「そう言えばあんた、自転車は初めてなんだよな」
「ああ、初めてだぜ」
「その割には上手いよな。私だって乗れるまで何日か練習したんだぜ」
「要はバランスだろう? 空中浮遊を会得していれば、このくらい難しくないぜ」
「むむむ、そう言われると確かに一理あるな」
科学界ちゆりとて、飛んだことがないわけではない。
純粋な魔法でこそなかったが、夢美の開発した科学魔法で何度も飛行実験は行ってきた。
故に、飛行中でバランスを取ることの難しさは体験済みだ。
「しかし、あんたの言うことを整理すると、こっちの世界では自転車に乗れる人がたくさんいるみたいじゃないか」
「実際たくさんいるぜ」
「勿体ないぜ。もう少し練習すれば飛べるんじゃないか?」
「無茶言うな」
向き合っていれば頭を叩けたかもしれないが、二人乗りの最中ならそうもいかない。
代わりに科学界ちゆりは、魔法界ちゆりに全力で寄りかかった。
夏の暑さのせいもあってか、背中が熱くなった。
「ちょ、押すなよ、バランスが崩れるぜ!」
「自由に空を飛べる奴がこれくらいでバランス崩すなんて、ちゃんちゃら可笑しい話だぜ」
にやにやと笑いながら、科学界ちゆりはそのまま空を仰ぐように背中を傾けた。
ついさっきまであったはずの青空が、いつのまにか薄汚れた曇天に代わっていた。
科学界ちゆりの頬にポツリと水滴が落ちたのは、その直後だった。
「雨だ!」
「な、そんな急に言われても雨宿りできる場所が見当たらないぜ!」
魔法界ちゆりの言う通り、ここは河原沿いの一本道。建物なんて見当たらない。
しかし、科学界ちゆりの胸中には別な問題が渦巻いていた。
「雨宿りしてる暇はない! 早く帰って洗濯物取り込まないといけないぜ!」
「それよりどこかで傘を買わないか? このままだと全身ずぶ濡れだぜ」
「そんな時間も余裕もない、いいから飛ばせ!」
「仕方ないな、了解ッ」
"飛ばせ"の命令通り、2人を乗せた自転車のタイヤがゆっくりと地面を離れた。
「誰が浮遊させろって言ったんだ! 私はスピード上げろって言ったんだよ!」
科学界ちゆりが叫ぶと、魔法界ちゆりは一端タイヤを着地させると、後ろを振り返って
「あんたが飛ばせって言ったんだろう!?」
「誰も自転車が飛ぶなんて思ってないぜ! というか、こんな悪天候時に飛ばす奴がどこにいるんだ!」
「あーもう、紛らわしいことこの上ないぜ!」
「後ろばかり見てないで前見ろよ、前!」
叱咤され、前に視点を戻した魔法界ちゆり。
その瞬間、前輪のすぐ手前にゴルフボール大の石が転がっていたことに気づいた。
慌ててハンドルを右に切る。だが、右は住宅街ではなく、川だ。
その川めがけて一直線、自転車は土手を駿馬の如く走りぬけた。
「ブレーキ、ブレーキかけろ!」
「ブレーキってなんだ!?」
「そのハンドルに付いてる奴だ!」
「これか!?」
ちりんちりーん、とベルがむなしく響き、そのまま自転車は川に飛び込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「セーラー服が濡れると様にならないな」
「全くだ」
川から自転車を引き上げる頃には、にわか雨はすっかりやんでいた。
全くいい迷惑だ、と2人のちゆりは雲の狭間から見える青い空をにらんだ。
とりあえず、絞れる分だけ水を絞り、あとは自然乾燥ということで2人は再び河原を歩き出した。
自転車はハンドルが大破という重症だったので、帰ってから修理することにした。
「なあ、あんたはいつまでこっちにいるつもりなんだ?」
ずぶ濡れになった科学界ちゆりが、同じようにずぶ濡れになった魔法界ちゆりに聞いた。
「それは、早く出て行けの遠回し的なアレか?」
「いや、なんて言うかな。あんたといると面白いことが増えそうだからな」
「いい意味で受け取っておくぜ」
「そうしてくれ。私としては、面白そうだからいつまでいてもいいぜ」
その答えを聞くと、魔法界ちゆりは笑いながら科学界ちゆりに言った。
「本当に面白いものが好きなんだな」
「いや、だって私だぜ? あんたも分かるだろう?」
「流石は私だな」
「流石は私だぜ」
それから今度は、2人声を合わせて笑った。
「じゃあ安心して、飽きるまでこっちにいるぜ」
「飽きたら帰るのか?」
「いや、飽きたら他の世界に行くぜ」
「他の世界って、宛てがあるのか?」
「うんにゃ、ないぜ」
我ながら無謀な奴だぜ、と科学界ちゆりが呟くと、魔法界ちゆりは笑って答えた。
「あんた達だって、あるかどうかも分からない魔法を探しに旅に出たんだろ? 無謀はお互い様だぜ」
「……それもそうだな」
それからしばらく、科学界ちゆりは青空を眺めながら少しばかりぼんやりと考え事をした。
そして、唐突に魔法界ちゆりの方を向き直ると、
「その時は私と御主人も一緒に行っていいか?」
「私は別にかまわんが、魔法の研究はどうするんだ?」
「おいおい、私を誰だと思ってるんだ? 天才教授の天才助手だぜ。あんたが科学に飽きる前に魔法を我がものにしてみせるさ」
科学界ちゆりはそう得意げに笑って見せた。
「言ったな? 私は面白いのは好きだが、約束破りは嫌いだぜ」
「ああ、そういう性格はよく知ってるぜ。何せ、私のことだからな」
笑いながら自転車を押しつつ河原の道を歩く2人の行く先には、雨上がりにうっすらと虹がかかっていた。
これはいいちゆり!
でも頼むから魔理沙とだけは遭遇しないでね!
ちゆりの2Pカラーはにとりなんですか、分かりま(ry
2010年、初レス返しですぜ。
>01
パッと見て分かる程度を目指したので、ありがたいお言葉ですぜ
>02
いつかやってみたいですぜw
>03
2Pカラーは赤ちゆりですぜw
にとりじゃありませんぜ