あんたは誰、と問う声で、私は久方ぶりに外部との接触を持った。
既に皆より忘れ去られてより長い。ずっと倉庫の奥底に押し込まれており、日の目を見ることはなかった。むしろ、もう一度こうして外部から話しかけられることがある、などとはとても思えなかった。
声のする方へ意識を向けながら、君こそ誰だい、と問う。すると、一言だけ答えが返ってきた。こいしだよ、と。
岡崎夢美の手によって幻想郷に持ち運ばれ、一魔法少女の手に渡されてからどれくらいの時が経ったか。自分はもはや見向きもされず、転がされている。
大陸間弾道ミサイルといえば、大量殺戮兵器の一である。自らの消滅とともに、多くの人を殺すのが私の役割であったはず。ところがこうして、人間よりも妖怪の方がたくさん住んでいるような、妙な世界に連れて来られてしまった。
そも、私は大陸間弾道ミサイルながら心を持っている。こうして考えることも出来れば、会話することもできた。幻想郷という場において、道具が心を持つことは決して珍しいことでなかったようだが。
私は作られてより暫く研究室へ置かれており、そしてある日、岡崎夢美の手によって、魔法少女へと譲渡された。そうして私はこの幻想郷へ至ることとなったのである。
しかし、私の新しい所有者となった魔法少女は、まもなく私に飽きた。ミサイルの使い道なんて、この幻想郷では存在していないのだから仕方あるまい。
かくて、私は倉庫の奥底に独り転がされた。
一体何故、そんな自分が見つかったのか、私にはわからなかった。私がこうして"心"なんてものを持っているということを知っているのは、私を作り上げた宇佐見蓮子とその弟子・岡崎夢美、そして私の新しい所有者となった魔法少女くらいのものではなかったのか。
故に、私はふたたび問うた。お前はどうして私に話しかけてきたのだ、と。すると、こいしと名乗る妖怪少女はその目をきらきらさせながら、答えた。
だって、倉庫に何かの心を感じたから。
彼女は心の存在を理解できる妖怪なのだ、私の存在を関知してくれた存在なのだ、と少し嬉しくなる。
倉庫の奥底にあって私の周りには心を通ずる者非ず、故に孤独であった。だが、それを一度とて苦痛に思った事はない。私は私が異端であることを知っているからだ。
だが、私はここに孤独たることが、私の心を蝕むに足るものであったことを知る。会話することが、これほどまでに楽しきことであることに、私は気付いてしまったのである。
それで、あなたはだあれ? とこいしは私を見つめる。私は、名を付けられた時のことを思い返しながら、その名を答える。
「私は、ミミ」
宇佐見蓮子が何を思って私を作ったかはわからない。何故、大量殺戮兵器である私を作りあげたのか、それに心なぞというものを持たせたのか。
もしかしたら話相手だったのかもしれない、と思った事もある。事実、私が完成した後しばらく、宇佐見蓮子は私にいろいろ話し掛けた。ただ、それが人工知能――人工の心を試すためであったのかもしれない、と思いいたって、話相手というのも違うのかもしれない、と思えた。
但し、こうして名前――それも、兵器にはとても似つかわしくない名――を貰ったということは、宇佐見蓮子も何らかの思いを私に持たせたのではないか、と思っている。
私の答えに、こいしは少し笑う。だが、その笑いはやはり少し寂しそうにも感じられる。私の境遇への、憐みであろうか。
「貴女、寂しいでしょ?」
こいしの声は、快活とは言えない。彼女が何を考えているかなんてことは、全くわからないけれども。ともあれ、私は、寂しくはない、と答えた。会話のことを懐かしく、そして嬉しく思いこそすれ、それまでの孤独に決して嫌な思いなど、抱いてはいなかったのだ。
「うそ」
ところが、それにこいしは反発する。彼女は言った。そんなはずがない。他と繋がりもないその場所で、孤独を感じないはずはない、と。
私は、それは違う、と返した。理屈がどうかはわからぬが、私が寂しさを感じていない、ということだけは間違いないのだ。
「本当に、あなたは孤独じゃないの?」
いいや、孤独だ。と私は返した。他の者と接する場無きここは、孤独以外の何物でもなかろう
「それじゃ、寂しいんじゃない」
う、と私は再び考える。孤独だったのは間違いないかもしれないが、それが寂しかったか、苦しかったか。そのどちらも、私には縁遠いものであった。長くそこにいた私にとって、孤独は普通であったが故に、殊更感情を抱かせるものではなかった。
故に私は、正直に答える。
孤独ではあったかもしれないが、それに感情を抱きはしない、と。
私を作った宇佐見蓮子は、誰もが認める立派な物理学者だった。研究の面でも人格の面でも、一流であると皆が言う。彼女を慕っていた岡崎夢美の言故、どこまでを信用してよいのか、少しわかりかねるところもあったのだが、他の人間たちの反応を見る限り、それは間違いないと言ってよさそうであった。
ミサイルとて、宇佐見蓮子と岡崎夢美にしか会わないわけではないのだ。
とまれ、宇佐見蓮子とは"理想的な物理学者"であった。
そんな宇佐見蓮子が、たった一度だけ、過去を私に語ったことがある。
酷く断片的で、独白の域を出ないものであった。或いは、私に向けて言ったものではなかったのかもしれない。
ある日、白衣を着たまま彼女は私の元を訪れるや、突然語り始めたのだった。
曰く、メリーだけが私を全て受け止めてくれていた。
曰く、自分のせいでメリーはいなくなってしまった。
曰く、メリーの居ない世界で独り生きるのも、贖罪だ。
曰く、私はこれからも独りで生きる。
私にはその中身の少しもわからない。分かるはずも無かった。メリーとは一体誰なのか、そして宇佐見蓮子とどのような間柄であったのか。私にはわからないのである。
一つ言えるのは、宇佐見蓮子がメリーを失ったのち、独りで生きているということ。
岡崎夢美がいようが、多くの人に慕われようが、彼女自身は、独りなのだ。
答えを聞いたこいしは、声を上げて笑う。随分可愛らしく、そして不気味な笑いである。
そうね、私だって寂しくないものね。やっぱり孤独であるのが、いいのよ。
刹那、私にはこいしが宇佐見蓮子に見えた。こいしの声が、宇佐見蓮子の声に聞こえた。
一体何故か、判然とはしない。ただ、孤独がいい、と笑い飛ばしたこいしが、宇佐見蓮子に見えたのである。
嗚呼、と私は思った。
こいしの笑顔は、どことなく寂しさを持っていた。孤独は寂しくない、と言った彼女の言葉とはまるで違う。
それは何故か。私にはわからない。ただ、そんなどことない寂しさを、宇佐見蓮子も持っていたように思うのである。
それが、メリーという人間と何か関係があるのか、ないのか。それはわからない。
ただ一言言うならば、宇佐見蓮子とてまた"孤独なんて寂しくない"と豪語する女性だった気がする、ということだ。こいしという、独りの少女と同じように。
ひょっとしたら、と私は一つの事実に気付く。
寂しくないと言いきったこいしにしろ、如何にも孤独こそが良いと言わんばかりだった宇佐見蓮子にしても、実際は孤独が恐ろしかったのではないか。
だからこそ、宇佐見蓮子は私を作って話相手と為そうとし、こいしもまた私を見つけて話しかけてきたのではないか、と。無意識のうちに。
しかし、私は所詮ミサイルであった。故に、私は話相手とは成り得なかったのかもしれない。ミサイルが彼女たちの孤独を癒すこと能わぬ理由なぞ、ミサイルたる私にわかろうはずもないが。
もしくは、ある特定の者でないと、彼女たちの孤独はいやせぬのかもしれない。となれば、私がミサイルであろうがなかろうが、関係の無い話だ。
とまれ、私は彼女らの孤独を癒すにたらず、また私も孤独に押し込まれた。
それでは、この孤独に慣れてしまったと思える私は、本当に孤独を恐れてはいないのだろうか。
どうせ、"恐ろしくない孤独"の時間が、まだまだ私にはあり余っている。
もうすこし、このことについて考えてみよう、と私は思索を巡らせることにした。
了。
既に皆より忘れ去られてより長い。ずっと倉庫の奥底に押し込まれており、日の目を見ることはなかった。むしろ、もう一度こうして外部から話しかけられることがある、などとはとても思えなかった。
声のする方へ意識を向けながら、君こそ誰だい、と問う。すると、一言だけ答えが返ってきた。こいしだよ、と。
岡崎夢美の手によって幻想郷に持ち運ばれ、一魔法少女の手に渡されてからどれくらいの時が経ったか。自分はもはや見向きもされず、転がされている。
大陸間弾道ミサイルといえば、大量殺戮兵器の一である。自らの消滅とともに、多くの人を殺すのが私の役割であったはず。ところがこうして、人間よりも妖怪の方がたくさん住んでいるような、妙な世界に連れて来られてしまった。
そも、私は大陸間弾道ミサイルながら心を持っている。こうして考えることも出来れば、会話することもできた。幻想郷という場において、道具が心を持つことは決して珍しいことでなかったようだが。
私は作られてより暫く研究室へ置かれており、そしてある日、岡崎夢美の手によって、魔法少女へと譲渡された。そうして私はこの幻想郷へ至ることとなったのである。
しかし、私の新しい所有者となった魔法少女は、まもなく私に飽きた。ミサイルの使い道なんて、この幻想郷では存在していないのだから仕方あるまい。
かくて、私は倉庫の奥底に独り転がされた。
一体何故、そんな自分が見つかったのか、私にはわからなかった。私がこうして"心"なんてものを持っているということを知っているのは、私を作り上げた宇佐見蓮子とその弟子・岡崎夢美、そして私の新しい所有者となった魔法少女くらいのものではなかったのか。
故に、私はふたたび問うた。お前はどうして私に話しかけてきたのだ、と。すると、こいしと名乗る妖怪少女はその目をきらきらさせながら、答えた。
だって、倉庫に何かの心を感じたから。
彼女は心の存在を理解できる妖怪なのだ、私の存在を関知してくれた存在なのだ、と少し嬉しくなる。
倉庫の奥底にあって私の周りには心を通ずる者非ず、故に孤独であった。だが、それを一度とて苦痛に思った事はない。私は私が異端であることを知っているからだ。
だが、私はここに孤独たることが、私の心を蝕むに足るものであったことを知る。会話することが、これほどまでに楽しきことであることに、私は気付いてしまったのである。
それで、あなたはだあれ? とこいしは私を見つめる。私は、名を付けられた時のことを思い返しながら、その名を答える。
「私は、ミミ」
宇佐見蓮子が何を思って私を作ったかはわからない。何故、大量殺戮兵器である私を作りあげたのか、それに心なぞというものを持たせたのか。
もしかしたら話相手だったのかもしれない、と思った事もある。事実、私が完成した後しばらく、宇佐見蓮子は私にいろいろ話し掛けた。ただ、それが人工知能――人工の心を試すためであったのかもしれない、と思いいたって、話相手というのも違うのかもしれない、と思えた。
但し、こうして名前――それも、兵器にはとても似つかわしくない名――を貰ったということは、宇佐見蓮子も何らかの思いを私に持たせたのではないか、と思っている。
私の答えに、こいしは少し笑う。だが、その笑いはやはり少し寂しそうにも感じられる。私の境遇への、憐みであろうか。
「貴女、寂しいでしょ?」
こいしの声は、快活とは言えない。彼女が何を考えているかなんてことは、全くわからないけれども。ともあれ、私は、寂しくはない、と答えた。会話のことを懐かしく、そして嬉しく思いこそすれ、それまでの孤独に決して嫌な思いなど、抱いてはいなかったのだ。
「うそ」
ところが、それにこいしは反発する。彼女は言った。そんなはずがない。他と繋がりもないその場所で、孤独を感じないはずはない、と。
私は、それは違う、と返した。理屈がどうかはわからぬが、私が寂しさを感じていない、ということだけは間違いないのだ。
「本当に、あなたは孤独じゃないの?」
いいや、孤独だ。と私は返した。他の者と接する場無きここは、孤独以外の何物でもなかろう
「それじゃ、寂しいんじゃない」
う、と私は再び考える。孤独だったのは間違いないかもしれないが、それが寂しかったか、苦しかったか。そのどちらも、私には縁遠いものであった。長くそこにいた私にとって、孤独は普通であったが故に、殊更感情を抱かせるものではなかった。
故に私は、正直に答える。
孤独ではあったかもしれないが、それに感情を抱きはしない、と。
私を作った宇佐見蓮子は、誰もが認める立派な物理学者だった。研究の面でも人格の面でも、一流であると皆が言う。彼女を慕っていた岡崎夢美の言故、どこまでを信用してよいのか、少しわかりかねるところもあったのだが、他の人間たちの反応を見る限り、それは間違いないと言ってよさそうであった。
ミサイルとて、宇佐見蓮子と岡崎夢美にしか会わないわけではないのだ。
とまれ、宇佐見蓮子とは"理想的な物理学者"であった。
そんな宇佐見蓮子が、たった一度だけ、過去を私に語ったことがある。
酷く断片的で、独白の域を出ないものであった。或いは、私に向けて言ったものではなかったのかもしれない。
ある日、白衣を着たまま彼女は私の元を訪れるや、突然語り始めたのだった。
曰く、メリーだけが私を全て受け止めてくれていた。
曰く、自分のせいでメリーはいなくなってしまった。
曰く、メリーの居ない世界で独り生きるのも、贖罪だ。
曰く、私はこれからも独りで生きる。
私にはその中身の少しもわからない。分かるはずも無かった。メリーとは一体誰なのか、そして宇佐見蓮子とどのような間柄であったのか。私にはわからないのである。
一つ言えるのは、宇佐見蓮子がメリーを失ったのち、独りで生きているということ。
岡崎夢美がいようが、多くの人に慕われようが、彼女自身は、独りなのだ。
答えを聞いたこいしは、声を上げて笑う。随分可愛らしく、そして不気味な笑いである。
そうね、私だって寂しくないものね。やっぱり孤独であるのが、いいのよ。
刹那、私にはこいしが宇佐見蓮子に見えた。こいしの声が、宇佐見蓮子の声に聞こえた。
一体何故か、判然とはしない。ただ、孤独がいい、と笑い飛ばしたこいしが、宇佐見蓮子に見えたのである。
嗚呼、と私は思った。
こいしの笑顔は、どことなく寂しさを持っていた。孤独は寂しくない、と言った彼女の言葉とはまるで違う。
それは何故か。私にはわからない。ただ、そんなどことない寂しさを、宇佐見蓮子も持っていたように思うのである。
それが、メリーという人間と何か関係があるのか、ないのか。それはわからない。
ただ一言言うならば、宇佐見蓮子とてまた"孤独なんて寂しくない"と豪語する女性だった気がする、ということだ。こいしという、独りの少女と同じように。
ひょっとしたら、と私は一つの事実に気付く。
寂しくないと言いきったこいしにしろ、如何にも孤独こそが良いと言わんばかりだった宇佐見蓮子にしても、実際は孤独が恐ろしかったのではないか。
だからこそ、宇佐見蓮子は私を作って話相手と為そうとし、こいしもまた私を見つけて話しかけてきたのではないか、と。無意識のうちに。
しかし、私は所詮ミサイルであった。故に、私は話相手とは成り得なかったのかもしれない。ミサイルが彼女たちの孤独を癒すこと能わぬ理由なぞ、ミサイルたる私にわかろうはずもないが。
もしくは、ある特定の者でないと、彼女たちの孤独はいやせぬのかもしれない。となれば、私がミサイルであろうがなかろうが、関係の無い話だ。
とまれ、私は彼女らの孤独を癒すにたらず、また私も孤独に押し込まれた。
それでは、この孤独に慣れてしまったと思える私は、本当に孤独を恐れてはいないのだろうか。
どうせ、"恐ろしくない孤独"の時間が、まだまだ私にはあり余っている。
もうすこし、このことについて考えてみよう、と私は思索を巡らせることにした。
了。
蓮子が製作者だったら面白いなあ