読書中のさとりは、顔もあげずに背後へソフトボールを放り投げた。
鈍い音がしたかと思えば、諏訪子を潰したような悲鳴が聞こえる。
無意識を操る妹がいれば、このような芸当も朝飯前に出来てしまうのだ。
大方、また妹が忍び込んだのだろうと振り向いて、眉を顰めた。
「さて……」
見覚えのない妖怪が、真っ赤な額を押さえながらこちらを睨んでいる。
心当たりは全くないが、それでも心中だけは容易に察せた。
覚りなのだから、当然だ。
「いきなり何するの!」
「無断で人の部屋に忍び込んだのですから、それぐらいで済んだのはむしろ感謝すらしてもいいはずですよ、封獣ぬえさん」
露骨なまでに、ぬえの顔色が曇る。
名前や年齢などの基本的な情報であれば、相手の心に触れただけで分かる。
どういうわけか、このぬえという少女はやたらと名前を隠したがっているようだけど、覚りの中でも特出したトラウマ発掘装置であるさとりの前では無意味な抵抗と言わざるを得ない。
「その名前、誰から聞いたの。ううん、違う。そもそも、それがどうして私だと分かったの?」
「ああ、素直に知らない振りをしていれば良かったですか。正体不明がウリなのですから、ばれてしまったら元も子もないですものね。分かりました、知らない振りをしましょう。封獣ぬえさん」
地下に住み着いて、さとりが一つ学んだこと。
攻撃される前に攻撃しろ。
すなわち、相手が嫌う前に嫌われるような事をすればいい。
その癖が身体の芯まで染みついており、初対面の妖怪であろうとも容赦せずに心を抉る。
「ううう……名前連呼しないでよ」
「失礼しました、封獣ぬえさん。これは私の癖みたいなものでして、いわば無意識の産物ですね封獣ぬえさん。今後は気を付けるようにしますよ、封獣ぬえさん」
「むぅ」
「ぬえーぬえー」
「ううっ!」
涙目で睨まれた。
さとりの心がキュンとなる。
嫌われる前に嫌われろ。しかし、そんな理論とは関係のない所で責めたくなる人材というのが存在している。
どうやら、彼女はその部類に属するらしい。
さしずめあの妖怪ならば、この気持ちを『さでずむ』と評するだろう。
「どうやら、あまりあなたは自分の姿を見て欲しくないようですね。赤と青の綺麗な羽をしているのに、勿体ない。それはニーソックスというやつですか? それにしても、可愛らしいリボンですね」
「見るなーっ!」
手をバタバタと上下させ、子供のように立ちはだかる。
ああ、幼い頃のこいしも心を読むたびにこんな反応をしていた。
それが度を超して、心を閉ざしてしまったわけだけど。
「見るなと言われましても、見えてしまうのだから仕方ありませんぬえ。怨むのならば、私の部屋に忍び込んだあなた自身の迂闊さを怨むことですぬえ」
「何で急に語尾が変わってるの! しかも私の名前!」
「いいじゃないですか、あなただって封獣ぬえ……もとい自己紹介ぐらいはするでしょう」
「そんな間違え方があるか! 私からするのは良いけど、人に暴かれるのは大嫌いなの!」
さとりは最高の笑顔で答える。
「ええ、知っています」
「お前なんか正体不明の飛行物体に怯えて死ね!」
「無理ですよ、正体不明とか私には通用しませんから」
いよいよマジ泣きしそうなので、話を本筋に戻す。
「ところで、あなたはどうして私の部屋に忍びこんだのですか? まさか、何の目的も無しにやってきたわけではないのでしょう」
そんな真似ができるのも、そしてするのも。幻想郷広しと言えども妹のこいしぐらいのものだ。
涙を拭いながら、ぬえは懐から一枚の手紙を取り出す。
宛名は封獣ぬえ。差出人の名前は無かった。
「いきなり私の所に手紙が来て、この部屋に来てくださいって書いてあったのよ」
「招待状、ですか。それも私の部屋にとは」
勿論、さとりが出したわけではない。
だとすれば、こいしの仕業か。
大方、さとりを驚かしたかったのだろう。
言葉責めにした恨みを、まだ忘れていなかったらしい。
「それで、私はここで何をすればいいのよ?」
ただ一人だけ何も分かっていない涙目の妖怪が、鼻をすすりながら背一杯の虚勢を張っている。
意地らしさに心を打たれたさとりは、密かに部屋の鍵を閉じた。
「あなたが持っているのは招待状です、封獣ぬえさん」
「だから名前……もういいや。それで?」
観念した表情もまた可愛らしいけれど、やっぱり彼女には追いつめられている時の泣き顔が似合う。
さとりは疼く嗜虐心を抑えながら、優しい口調で語りかけた。
「招待状があるのですから、私はあなたを招待しなければなりません」
「う、うん」
「美味しいお茶もありますし、美味しいお菓子もあります」
紅茶はすっかり冷めているし、お菓子は殆どお燐とお空が食べてしまったけれど。
些細な真実を隠しつつ、さとりはぬえに微笑んだ。
「だから始めましょうか、私と楽しいお茶会を。心が満たされるまで、お話しましょう」
「い、いやぁーっ!」
逃げだそうとするぬえを、微笑みながら追いかけるさとり。
部屋の隅では、姿を隠していたこいしがトラウマを呼び起こされて震えていたそうな。
もうやだこんななず星
そして、招待不明は上手いwww
そら地下に封印もされるわな……
星自重しろwwww
さとり自重wwwwww
後書きwwww
いじるさとりと涙目のぬえ、いいぞもっとやれ!
あとがきのナズ星もいいわぁw
トラウマメーカーサトリは自重しない
肉親を手にかけるとか一番サトリになってはいけないタイプじゃねぇか
ぬえちゃんかわいい
でもドSなさとりんが麗しいっ!そしてさとぬえおいしいです