「んー。なんか違うな」
ルナ姉が言うにはそんな感じ。
なんか違う。そんなことはわかっている。
私たちは掛け値なしに音楽の天才。
ぜったいおんかんなるものも持っているはずだ。だから音の波動レベルで違和感をかんじてしまうのだろう。
ほんのちょっとの歪みが、一般ぴーぷるよりも大きく聞こえてしまうのだろう。
メル姉も首をかしげていた。
「なにか変かも?」
なにか変なのは私にもわかる。
けれど、はっきり言って、姉さんたちのせいだと思った。
末の妹である私――リリカ・プリズムリバーはまったく悪くはない。
演奏に瑕疵はない。
なぜなら――、
なぜなら私が演奏するのはキーボードだから。
よく考えてもみてほしい。
ピアノと違って、キーボードは打鍵した瞬間に出る音は一定だ。
もちろん、音の強弱をいじったり、長さをいじったり、あるいは瞬間的にワウワウさせたり、てってってーさせたりと、いろいろと技巧的なことはできるけれど、
言ってみれば、でじたるなのだ。
ルナ姉やメル姉が扱ってるヴァイオリンやトランペットは明らかにあなろぐな代物。
ヴァイオリンは弦で糸をこすり合わせる瞬間に、こう――言葉には言い表せない魂の入りこむ度合いが強いというか、そんな感じ。
トランペットも同じく、息を吹きこむと同時に魂も吹きこんでいるんだろう。
ほら。
消去法。
幼稚園児でもわかるでしょ?
私は自分がミスをしたら、でじたるだから誤魔化せない。
私以外の誰かがミスってるってことは、姉さんたちが悪い。
だから、私が悪いんじゃない。
でも、お姉ちゃんたちを悪く言うこともしなかった。一応かわいい妹役をやっておりますんで。
へっへっへ。
「いまさら焦ってもしょうがない」
結論づけたのはルナ姉だった。
一時間ほど練習しても、音の違和感はずっとついてまわったからしかたない。
私はこっそりと心の中でためいき。
演奏がぴったりとはまらないのはどうにも気分が悪い。けれどそれはルナ姉も同じだったらしい。
いつもの暗い顔をさらに暗くさせている。
ふぅと小さくためいきをついてみたり、
そして、さっさと自室にひきこもってしまった。
「もしかして、ルナ姉スランプなのかな?」と私は残ったメル姉さんに聞いてみた。
「んー。どうかしら。ルナ姉はあまり表に出さないからよくわからないわね」
「存在が希薄なのよ」
「それは私たちみんながそうかもしれないわね」
にこりと笑って、私をなでなで。
妹的な役柄を果たすことは別に悪い気分ではなかった。
でも犯人はメル姉かもしれないわけで。
うーん。微妙!?
とかなんとか思ってるうちにメル姉も自室にこもって、自主練を始めた模様。
私はどうしよう。
自室にこもって練習するのは別にいいんだけど、姉さんたちと違って、私は幻想の音をあやつる音楽の寵児。
わざわざ一人きりの練習をするほど練習が必要なわけでもないのだ。
なーんて。
ごめんうそです。
ひとりで練習するのは、ちょっと寂しい。
言葉にしてみれば、そんな簡単な理由。
騒がしさを愛する私たちポルターガイストにとっては、誰かに聞いてもらうために音楽をやっている。
誰かに無理やり聞かせよう。
しかし誰がいいだろう。
うーん。
よく考えるとあまり知り合いがいない私である。特に姉さんたちと行動をともにすることが多い私は、あまり単独行動をとらないのだ。
西行寺のお嬢様には演奏しにでかけることもあるけれど、あれはちゃんとした依頼によるもので、友人関係とはまた違う。
騒霊が孤独なんて、鬱屈、鬱屈。
こんなときは――、
こんなときはどうすればよいんだろう。
で、やってきました。
「あら珍しいわね。あんたが一人でこんなところまで来るなんて」
「みんなの憩いの場所ですから」
「神社をたむろする場所にするな!」
「いやいっぱいいるし」
というわけで、博麗神社です。
霊夢は縁側に腰掛けて、あったかそうなお茶を飲んでいた。
その隣には魔理沙の姿もあった。
「そういえば知っているか。月のお姫様たちがライブ放送なるものを配信しはじめたんだってよ?」
「月のお姫様?」
「正確には綿月姉妹って言ってな、月では霊夢も負けたんだぜ?」
「うそでしょ?」
あの霊夢が負けたなんて信じられない。
「いや、負けたというか、かなり苦戦したというか、まあ勝った負けたも結局はスペルカードルールの前にはさほど意味のあることじゃないんだがな」
「やっぱり侵入者は悪いから苦戦したのかしらね」
霊夢はのほほんとお茶を飲んでいる。
こうしてみるといつもの霊夢。
悔しいという感情が無いのだろうか。いやいや――、魔理沙の言葉だ。負けたというのも話半分に聞いていたほうがいいかもしれない。
「それでライブ放送って何? 演奏? 演奏なの?」
ちょっと興味があるところである。
なにしろライブ。
ライブといえば私たちプリズムリバー三姉妹のお株。
おいそれと月よりの使者に奪われてなるものですか。
なーんて。
そんなことは思ってないけれど、お月様に住んでいる人なんて会ったこともないから少しは興味があることだった。
それで、霊夢が案内してくれたのは、奥座敷。
そこには四角い箱みたいな装置がついていて、私が持っているキーボードと同じ、死の気配をまとっている物体があった。
それにしてもでかい。
こんな四角い超質量体を部屋の隅に置いておくなんて、スペースの無駄。妙なことに細いキラキラと光っている銀色の線が後ろ側にくっついていて、それを辿っていくと縁側のほうにむかって、やがて空へといたることを発見した。
って、空に線?
なにこれ。
「これは、あなろぐテレビと言われているものだ」
魔理沙がそんな説明をしてくれた。
「いやちょっと違うんじゃない?」と霊夢。
「まあどうでもいいじゃんか。ようは使えればいいんだよ。使えれば」
そして、本体の右側についているスイッチらしきものを押す。
ぷつん。
そんな音。ああシーフラット。
なんて。
そんなことを思いながら、表面のつるつるしたところには砂嵐のような映像が映った。
そして、とてつもなく不快な雑音。
うぎぎぎ。耳が壊れちゃう。
私は両耳を手で塞いで、非難のまなざしを向けた。繊細な音楽家の耳が壊れたらどうするのよと言いたかった。
「悪い悪い。まあここをこうして調整すると……ほら映った。いまからちょうどライブ中継だぜ」
そこにいたのは、びっくりするぐらい綺麗な女の子だった。
ひとりはポニーテールといって実は一般的にはあまり普及していない名称の髪型をしている女の子。
ポニテなんてヲタクの言葉をなぜ知っているかというと、私が一応アイドル的な活動をやっているからだ。
一番人気は当然この私。異論は認めない。
いや私のことはともかくとして、今は情報収集のとき。
己を知り、相手を知れば、百回戦っても負けることはない。
見たところ。
ちょっと勝気なところがありそうなのは、……プリズムリバー三姉妹には無いキャラだから手ごわそうだ。
その隣にいるのは、なんだかぽわっとしてそうな子。
「こっちのポニテが依姫で、こっちのトロそうなのが豊姫」
魔理沙の説明はわかりやすい。
「あれ……こえが……遅れて……聞こえる……よ」
口火を切ったのは豊姫のほうだった。
「いやお姉様、これリアルタイム通信が可能だから。フェムトファイバー内に情報を通過させることで、情報を劣化させないで送ることが可能だから」
「そういうノリかと思ったんだけど。違ったのね」
「違います……」
「ともかく、私たちは元気にやっているわ。そちらはお変わりないかしら」
そこで豊姫の顔に影が走る。
「地上の生き物は這いつくばって死ぬのが定めなのよ……おっほっほっほほほほ」
「いやお姉様。そのノリも違うと思います」
「あらそうなの? どうすればいいのよ」
「普通に」
「普通に?」
「ほら、一般人的な感覚で」
「感覚で?」
「挨拶なりなんなりをすればよろしいじゃないですか」
「それじゃおもしろくないじゃない」
「おもしろさを求める必要がある場面ですか」
淡々と聞いているのは依姫のほう。なんだか妹のほうがしっかりしているという構図らしい。
まるで天然ボケとツッコミ役のようだった。
「いや、それにしても……、本当寂しいわね。月は静か過ぎるから。たまには、こちらに遊びに来てもいいのよ」
霊夢がわずかに笑ったように思う。
魔理沙は、にやぁ~と笑っている。
どうやら仲が良いみたい。
けれど、このテレビという代物は受信ばっかりして、発信することができないらしい。
だから、綿月姉妹はこちらが本当に見ているかどうかわからないまま、発信しているのだ。
音楽も似たようなところがあって、心を動かすかどうかは賭けみたいなところがあるから、わかる気がする。
映像の最後に、豊姫曰く、
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」
はてこれは一体なんの歌?
歌は歌でも和歌は知るわけもなかった。
教養がないなんて言わないで。
耳が痛い。
そうじゃなくて、ほら、私って西洋出身だから。一応。
しかたないのだ。
何年日本文化に慣れ親しんでいたかはともかくとして、ともかくしかたないのだ。
というわけで聞いてみた。
「今の歌はなに?」
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」
答えたのは意外なことに魔理沙だった。霊夢はいつものように愛想のない顔で砂嵐状態になったテレビを見ている。
「どういうことなの?」
「崇徳院の落語とかで使われている歌だな。まあ簡単に言えば恋バナだ。恋バナ。私の専門だから簡単にわかるぜ」
「あんたが案外いいとこのお嬢様だからなんじゃない?」
霊夢がそんなことを言った。
「おぜうさまになんかなりたくないんだが」
「ふふん」
「それでどういう意味なわけ?」
「滝の流れが岩で二股に分かれても、再び会いましょうというような意味だぜ」
「ふぅん」
月と幻想郷。
確かに両者は離れすぎている。
会いたいのに会えないのはせつない。
そんな気持ち、わかる気がする。
「さてと、私はそろそろ家に帰ろうかな」
「あっそ。騒がしいのもほどほどにしなさいよ」
霊夢は来たときと同じく、来ることも帰ることも拒むことはしなかった。
そこらへんが好かれ易い性質の最たるところかな。
いやよくわかんない。計算してどうこうできるものじゃなさそうだ。
家に帰るとルナ姉もメル姉もあいもかわらず練習中。
私もそうしようかと一瞬思ったけど、二人の大好きな姉さんたちともう一回セッションしたいと思った。
時代はやっぱりソロ活動より、バンドだ。
「バンドやろうぜ」
「って、はい?」
「なんなの?」
「いや、ちょっと違った。もう一回、いっしょにやろうよ」
「いいけど、何が悪いかわかってない状態でやっても無駄なんじゃない?」
ルナ姉は淡々としているが、けっこう厳しいことを言う。
「いや、でも、三人でなければわからないこともあるかもしれないわ」
メル姉は積極的だ。
私はおおいに頷いた。
「ね。もう一回しよ」
「しかたないな。そうまで言うんなら……」
やる気に欠けるというよりは、あまり乗り気ではないルナ姉。
ルナ姉はルナ姉でもしかして自分の責任とかを感じていたんじゃないだろうか。
まあ、いつも暗い顔をした姉さんだから本当のところはわからない。
それで、メル姉のほうはというと、こちらはすでにトランペットに口をつけていつでもいいと合図をしている。
私たちはいっせーので演奏を始めた。
結論から言えば――
その演奏には姉さんたちは満足したんじゃないかなと思う。
もちろん私も。
何が悪かったのかはよくわからないけれど、たぶん微妙にズレていたんだと思う。
ズレ――ほんの少しの感情の行き違い。音が割れたりするのもそのせい。一致してないものを無理やり合わせようとしたりすると、そこに歪さが生まれたりする。
べつに姉さんたちと何があったわけではないし、喧嘩とかしたわけじゃないけど、感情や心は移り変わっていくものだから、そのつどチューニングしなくちゃいけない。
つまりは調和。
全体の音を調和させるのは私の役割だから、やっぱり私の責任になるのかなぁ。
などと思う次第です。
姉さんたちは何も言わないけど、ちょっと罪悪感を覚えてみたり。
いや違うかな。
姉さんたちに合わせたいと思ったんだ。
「割れても末に、あはむぞと思ふ」
――音が割れても、末の妹である私が皆の音を合わせてあげるよ。
なーんてね。
難しいお題の調理もうまくて短時間で書いたとは思えない
オチもきれい。テンポもよくて素敵
あんた、がんばったよ。
子供っぽくて、お姉ちゃんっ子で、少しこずるい
久しぶりにいいリリカ分を補給できた
あのお題でここまで良い話を作れるとは
面白かったです
お見事です。
とよねえのほのぼのさは半端やないで……
そしてよっちゃんが苦労するのは、もはや定めか。