この話は、作品集プチ55、『三つ編み』からの続きとなっております。
「……る、ですよ。…………さま。」
(うっ……。)
目蓋に明るい光が指すとともに、柔らかな声が頭に響く。
きっと、咲夜が起こしに来たのだとは思うのだが、脳はまだ覚醒するのを拒んでいるようだ。
「もう、起きてください。」
それでも体を揺すられれば、否が応にも覚醒してしまうというもの。
たとえ無駄だと分っていても、この温もりを手放したくないとお約束を口にする私。
「う~ん……あと五分……。」
「駄目! しっかりして、お姉さま!」
(……ん?)
最後の抵抗を試みた私だったが、返ってきた声に違和感を覚えた。
咲夜にしては声が随分と幼い……。
それに──
(お姉さま、だと……!?)
私をそんな風に呼ぶ者はこの世に一人しか居ない。
「ふ、フランッ!?」
咄嗟に飛び起きて確認すると、やはりと言うか……そこには満面の笑みを浮かべた妹の姿が。
それも妖精用のメイド服を着込んでいたりする。
……な、中々似合っているじゃない?
「お姉さま! よおやくお目覚めですね!」
少々舌ったらずな敬語だがそこがまた何とも愛らしい……ってそんな事を言いたいのでは全く無くて!
寝起きだという事も相まって、全く状況を飲み込めない私……。
とにかくまずは聞いてみる事に。
「フラン……? どうして貴女が、その……此処へ?」
此処は私の自室だ。間違ってもフランの部屋ではない。
そう、あの妹が私の自室にいるのである……とても考えられない。
これまで、互いを避けるようにして暮らしていたというのに…………一体何故?
「ふふっ。それはこの格好を見てもらえれば分るでしょう?」
そう言って、とても嬉しそうにメイド服を見せ付けるフラン。
あら、回って見せるなんて可愛いところもあるじゃない……って違う!
何だか流されがちな思考を振り切り、私は恐る恐る訊ねた。
「まさか……まさかとは思うのだけれど……貴女それを着て……」
「はい! 今日一日、お姉さまの身の回りのお世話をさせていただきます!!」
顔を合わせれば弾幕ごっこしかしない妹が私の給仕に務めるという……。
あれ……これは私、今日で死ぬ運命なのかしら?
「どうしてこんな事に……咲夜!」
説明を求め名を叫ぶも、いつもなら呼べば出てくる瀟洒な従者が、今日に限って姿を現してくれない。
「さくやなら居ないわ、お姉さま。」
「居ない……どうして?」
唖然とする私に追い討ちを掛けるように、フランはにっこりと笑顔を浮かべながら衝撃の事実を告げた。
「今ごろみんなして、“ちれいでんの温泉いあん旅行”に行ってるの。だからさくやもめーりんも、他のメイド達もいないわ!」
「なっ……!?」
これには流石の私も愕然とした……。これはあれか“ストライキ”とかいうやつか。
いや、違う。フランも“慰安旅行”だと言っているではないか。
しかし、主の許可も得ず勝手に行くだなんて言語道断……!
せめて私も連れて行きなさいよ! 泡風呂しか入れないけど! 吸血鬼だから!!
「でも安心して、お姉さま! 今日一日、お姉さまのお世話はわたしがさせていただきますから!」
「それはさっきも聞いたけど……どうして急に?」
「それは、その……ナイショ!」
質問に対し、急にモジモジし始めたかと思えば、顔を真っ赤にしてそっぽを向くフラン。
…………よく分らんけど、愛い奴めっ!
「それでお姉さま。」
衝動からついフランを後ろから抱きしめようとした私だったが、これまた急に振り返ったフランに慌てて居住まいを正す。
「な、なにかしら? フラン……」
「まずは夕食です! どうぞ!」
そう言って差し出されたのはウイ○ーinゼ○ーっぽいパック。
ご丁寧にトレイの上に載せられているそれを私は唖然として見つめた。
「これは……?」
思わず聞き返してしまう私だったが、フランも不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 『お嬢様のお目覚めの食事は、もっぱらこれです』ってさくやが言ってたよ?」
成る程……咲夜が気を利かせてフランでも簡単に用意できるものにしたのだろう。その場に居ずとも主の危機を救うとは……まさに瀟洒。
「え、ええ間違いないわ。フランが余りにもしっかりしてたから、ちょっと驚いただけよ。」
「ホント!? 任せてお姉さま! お姉さまには何の不自由もさせないから!」
咄嗟の言い訳だったのだが、どうやら調子付かせてしまったらしい……失敗だったかしら。
兎に角私は冷静になる必要がある。まだ死亡フラグは拭いきれていないのだから……。
「そうだわ、パチェは? パチェは居るんでしょう?」
あのヒッキーな友人の事だ。当然館に残っていることだろう。
「パチュリー? うん、居るよ。小悪魔は居ないけどね。」
やった! 紫もやしきた! これで勝つる!
「そう……なら取り合えず図書館に行くとしましょう。」
内心ではほっと安堵しながらも、決して表立ってそれを見せようとしない私はなんてカリスマなのかしら……。
優雅に、血の入ったウイ○ーinゼ○ーを飲み干し、これまた優雅に妹に返す。
そしてそのまま振り返らずに、フランの脇をすり抜け部屋を出ようとしたのだが、そこへフランが一言──
「お姉さま、まだネグリジェのままですよ?」
どうしてこんな事態になったのか……私は今一度冷静に考えてみる必要がある。
なんと言っても不自然だ。急にフランが私の世話を焼きたくなり、それに合わせるかのように館の者が皆して留守にする。
これはどう考えても仕組まれたものだ。そしてそんな事をするのは、私の知る限り、この館には一人しかいない。
「それじゃあフラン、紅茶をお願いできるかしら?」
「はい! お姉さま! え~と、パチュリーも同じので良い?」
「あら。妹様に淹れて頂けるなんて光栄ね。でもごめなさい、私はコーヒーをお願いできるかしら?」
「それくらいなんてことないよ。待ってて、直ぐ淹れて来るから!」
図書館に着いて直ぐに、フランに紅茶を淹れるようにお願いしたのは彼女に席を外して貰うためだ。
おそらく今回の元凶は目の前に居るパチェに違いないのだから。
「コーヒーだなんて珍しい。一体どういう風の吹き回し?」
「どうもこうもないわ。貴女と同じ、血の入った紅茶なんて飲みたくなかっただけよ。」
成る程。フランが正しい紅茶の淹れ方を知っているとは到底思い得ない。
するとおそらくは夕食の時の様に、咲夜に前もって用意されたものが出てくるのだろう。
もちろん、最初からそう思っていたからフランに紅茶を頼んだのだけど。
これは良い裏づけになった。
……正直毒入りぐらいは覚悟していたわ。
死なないけど、吸血鬼だから。
「それより聞きたいことはそんなこと?」
「……話が早くて助かるわ。これは一体どういうつもりかしら?」
「中々おもしろい趣向でしょう?」
さも可笑しそうに笑うパチェに、私はむすっとした顔を寄越してやった。
「あら? お気に召さなかったかしら?」
「気に入るも何も、何の前振りもなくこんな事されちゃ堪んないわ。」
「ごめんなさい。でもこれは全て妹様が望んだことよ。」
「フランが……?」
驚いた──それじゃあ、あの子は自ら私の世話を買って出たと言うのか?
いや、まだそうと決まったわけじゃない。
今に壮大な悪戯が私の身に降りかかるかもしれない。
……そして私は、それを受け入れなければならない。
それがあの子に対する、せめてもの贖罪と信じて。
「そう。貴女に認めて貰いたいからだそうよ。『お姉さまに、私の成長したところ見て貰うんだぁー』って。」
そう言って、また可笑しそうに笑うパチェ。
一日に二度も見られるなんて滅多にあることじゃない。
しかしまさか……フランが私に……?
私の勝手な想像に反するかのようなパチェの答えに、私は思わず拍子抜けしてしまう。
「…………ねえ、レミィ?」
驚きを隠せずにいる私に向かって、パチェは柔らかく微笑み掛けてきた。
それだけじゃなく、手に取っていた本をテーブルに置くと、ゆっくりと私の後ろへと回り──そのまま私を抱きしめた。
本当にパチェらしくない行動に対して、私はその場で固まってしまった。
どうも今日は一人としてらしい素振りを見せやしない。
なんだかあからさまな対応に、私は居心地の悪さを感じずには居られなかった。
「そろそろ、許してあげたらどうかしら? 貴女達の諍いの理由、私は良く知らないけど──。」
──許す? 私が?
戸惑いも束の間、言い掛けたパチェの言葉に私は弾かれたように動き出した。
「待って! 違う、違うわパチェ。私は別に怒ってなんか……。」
パチェの手を振り解き、振り返って直接彼女の顔を見て訴えた。
──そう、許してもらうのは私の方。妹は何も悪くない。
「どういうこと? 妹様から聞いた話と食い違ってるわね……妹様は貴女に許して貰うだって──。」
途中まで言い掛けて、パチェは呆れたような顔をして溜息を着いた。
どうしてだろう、うっすらとだが笑っているようにも見える。
「貴女達……どうしてこうもすれ違えるのかしらね。要は最初から喧嘩なんてしてなかったんでしょう?」
「そ、そんな筈無い。確かに私はあの子を怒らせて──。」
「どっちでもいいわ、そんな事。もう面倒くさくなった。」
「え? ちょっ、ちょっとパチェ!?」
混乱する私を余所に、パチェは本当に面倒くさくなったのか、元の席に戻って本を読み出す始末。
一人で納得するなんてズルイわ!
「ずっとやきもきしてた私が馬鹿みたいじゃない。良いこと、レミィ。妹様が戻ってきたら取り合えず抱きしめてお挙げなさい。」
「ど、どうしてそう──」
「どうしてもへったくれもない!」
「ひゃう!」
遂には怒鳴りだすパチェ……もう、さっぱり分んないわよ。
「良いこと、レミィ? 貴女達姉妹はね、互いに自分が悪いんだと思い込んでいたのよ。」
本から顔を上げてくれないけど、パチェが私に教えてくれようとしていること……。
何となくだけど、私にもだんだん分ってきた。
「そ、それじゃあ……?」
「距離をとる必要なんて最初っから無かったのよ……はぁ、全く人騒がせな姉妹よ、貴女達は。」
「は、はははは……。」
何とも乾いた笑いが自然と零れてきた。全くもってパチェの言うとおり、反論のしようもない。
「それで……いつまで呆けた顔してるのよ。」
パチェの言葉に、私ははっとなった。
──そう、私にはやるべき事がある。パチェの為にも、私の為にも……そして何より、愛する妹の為に──
「お待たせっ!」
丁度そこへ、紅茶を淹れ終えたフランが満面の笑みを携えて図書館へと戻ってきた。
そういえばフランの笑顔を見るのは何時以来だろう……今日は目覚めたときから、この笑顔と共にあったというのにそんなことにも気付かないなんて……。
──ホント、姉失格ね。
「どうしたの、お姉さま?」
「ううん、何でもないのよ。それよりもフラン。それを置いて、ちょっとこっちにいらっしゃい。」
「うん?」
フランは、手に持っていた紅茶とコーヒーの載ったトレイをテーブルに置くと、瞬く間に私の前へとやってきた。
そんな妹を、私は両手を広げて迎え入れた。
ぎゅ。
「え?」
フランから、驚きの声が上がる。それを無視して、私はもっと強く彼女を抱きしめた。
──今度こそ、離れないようにと。
「お姉さま──」
「お願い聞いて、フラン。」
彼女の言葉を遮ったのは、ひょっとしたら非難されるかもしれないと思ったから。
まだ臆病な私が、それでも今の思いだけでも伝えたいと考えたからに他ならない。
もしパチェの言うとおりなら、何も怖がる事なんて無い筈……。
全く、誇り高き吸血鬼である私を怯えさせるなんて、我が妹ながら本当に恐ろしい子ね。
「ありがとう……フラン。愛してるわ。」
決死の覚悟で告げた私の言葉を受けて、フランは身を強張らせた。
──ああ、やっぱり私には良い姉になんてなれっこなかったんだわ……。
そう思った矢先に、フランは私の胸にしがみついて来た。
「すん……っ。お姉さま? 嘘じゃない? 嘘じゃないよね……?」
──泣いているの?
私の胸に隠すように顔を埋めて、フランはどうやら泣いているようだった。
「……当然じゃない。誰も嘘なんてつかないわ。」
「嬉しい……嬉しいよぉ……わたし、ずっと言いたかった……お姉さまに、ごめんなさいって……。」
きっと、あの時のことを言っているんだろう……。
そっか。ずっと罪悪感に苛まれていたのは私だけじゃなかったんだ。
いいえ、そうさせたのは私のせい……。
「貴女が謝る事なんて何も無いわ……そうでしょう?」
だから安心してもらえる様に、優しく頭を撫でてやった。
「お姉さま……ゆるしてくれるの?」
──私の方こそ、許して貰えるのかしら?
「許すも何も無いわ。だって貴女は悪い事なんて何もしてないのだから。」
「…………うん。」
やっと頷いてくれたフラン。本当は謝らなくてはならないのは私だというのに……。
パチェの言うとおり、私はどこまでも意地っ張りね。
「ねえ、お姉さま?」
ゆっくりとフランが顔を上げた。
その手はいまだ、私の服を意地らしく握っているが、皺になるのが全く気にならない。それどころか不思議と誇らしく感じてさえいる。
まるでフランが、私を姉だと認めてくれいるようで──
「なぁに、フラン?」
可笑しな話よね、認めてくれるも何も、フランは最初から私の事を“お姉さま”って呼んでくれてるのに──
「いつも、ありがと。」
それでも貴女のことになると、私は本当に弱気になってしまう──
「あら……? 一体なんに対してのお礼なのかしら?」
だけどこれからは違う。貴女の為に、私はもっと強くなる──
「へへっ……それも、ナイショ、かな?」
可愛い妹の笑顔を見ていると、自然とそう思えてきたのだった。
「ねえお姉さま……?」
「今度はなぁに、フラン?」
「…………大好き!」
親子夫婦に次いで今度は姉妹夫婦の誕生ですかww 本当に他意はないのですか? まあ、そういうことにしておきます。
「血の入ったウイ○ーinゼ○ー」ってそれ、少し空気入って固まりかけた輸血パックっていうんじゃwww
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だから遠くで見守ることにします282828