Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

きゅうとくん

2010/01/21 23:56:44
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「いいじゃない! 可愛いじゃない嫉妬ちゃん! ほら、ちゃんと見なさいよ!」

水橋パルスィはそう言って、自身の書いたフリップをグイグイと古明地さとりの顔に押し付けた。
ちなみに嫉妬ちゃんとは、両手に五寸釘と金槌、頭に鉄輪を備え、体中に燃え盛る蝋燭を突き立てた由緒正しき丑の刻参りの格好をしたキャラクターである。
こんな今にも呪い殺さんとするような格好をパルスィは可愛いという。
しかし、お世辞にも上手いとはいえないイラストで描かれたそれは、キモさと可愛さの境界をキモさ側にブッちぎってしまっていた。
おまけに名前のアクセントは『し』のほうである。嫉妬ちゃんというよりshitちゃんだ。

「……でもそれってパルスィが元でしょ? 自分のこと必死に可愛いって言うのはどうかと思うな~」

肘をついてそう言うのは黒谷ヤマメ。
地底の中心、旧都のアイドルである。

「うっさいわよ! じゃああんたはいいアイディア持ってきてるんでしょうね!」
「ふふふ……アイドル舐めるんじゃないよぉ? 人心掌握なんてお手のものさ」
「あら、期待できそうですね」
「やっぱりさ、時代はヒーローなわけよ。可愛いだけじゃ駄目。強さも兼ね備えてなくちゃ。……だから、私の提唱するのは──これさ!」

そう言って、手元のフリップを起こす。
そこに書かれていたのは、

「旧都を救う男! スパイd」

「はい、次」
「ちょっと待ってよ! まだ全部言ってないって!」

さとりは溜息をつく。
まったく、こいつらはろくなアイディア持ってこない。
顔を上げてみれば、まだパルスィは嫉妬ちゃんを自分の顔に押し付けてくるし、ヤマメはスパイなんとかの脳内設定を延々と語り続ける。
まるで会議の体を成していないその様相。
そもそもこんな事になったのは、彼女の妹のなにげない一言であった。

「……お姉ちゃん、地底って名物みたいなのないよね?」

さとりは、その言葉に気付かされたのだ。
妹のこいしは帰ってくるたびに地上のお土産を持ってきてくれる。
それは神社のお土産であったり、人間の里の甘味であったり、紅魔館の紅茶であったりするのだが、
とにかく、地底世界にはそのように他に誇れるものがこれといって見つからない。
そもそも今まではそんなもの必要なかったのだ。
嫌われ者の集まったこの場所に好んでやってくるものなど、居はしなかったのだから。

しかし、間欠泉の異変の後、そうはいかなくなった。

どういうわけか、地上との交流が出来てしまったのだ。
どういうことだ、我々は嫌われているんじゃなかったのかと疑問は絶えなかったが、それが現実だ。
ともあれ、こうなってしまっては仕方が無い。
別に観光客を増やそう、なんてことまでは言わないが、こんな辺境までやってきてあるものが、ボロっちい橋と年中酒臭い中心街と奇怪な動物しか居ない最奥の地。なんて状況は許されなくなってしまっていた。

これはまずい。
そう考えたさとりだったが、どうしたらいいか分からない。
苦肉の策として、知人にアイディアを求めることにした。

そこで挙げられた案が、マスコットキャラクター作りである。

名産品などをアピールするという手段もあったのだが、そもそも地底の印象はよろしくは無い。
ならばまずは親しみらしさを出そうじゃないか、そう言い出したのは他でもない、鬼の四天王の一人であった。


「……では次、勇儀さん」
「お、やっと私の出番だね」

言いだしっぺだけあって、やる気満点の勇儀。

「とりあえずこれが資料だ。見てみておくれ」

そう言って取り出したのは資料なんてレベルではない厚さの、

「……本ですか? これ」
「いや、これ資料。企画の概要だけまとめたんだけどねぇ~ 慣れないことするもんじゃないね」

そう言いながら次々に資料と言う名の鈍器が集まった皆の前に置かれる。
その気迫に押しつぶされたのか、いつの間にかパルスィもヤマメも大人しく椅子に着席していた。

「まずはグッズ展開だね、キーホールダーはお約束として、旧都ならではの酒の銘柄、温泉卵の入れ物なんかにもガンガン使っていこうと思うんだ」
「……あの、少し聞いても」
「それと流通ルートはもう確保しておいたからね、いつでも地底中に流せるよ」
「まだ決まってないのに……」
「で、これがキーホルダーの試作品だ! こんな細かい作業したのは始めてかも知れないねぇ」
「なんで手作りなのよ」
「いろいろまとめて収支やものの流れなんかもまとめた業績予想の結果、地底はもっと賑やかになるだろうね!
 いや~、今から楽しみだ!」
「ちょッ」
「……そして、このキャラクターの合言葉は!」


勇儀は立ち上がったまま、両手を胸に当てる。

「──アイ」

そのまま胸の前で指をハートの形へ

「──ラブ」

そして優しく受け入れるように、腕を開く。


「……きゅうとくん」





静まり返る会議室。
余韻を楽しむようにゆっくりと息を吸う勇儀。
そしていつもより3割り増しの大声が、室内に響いた。

「──どうだい!? みんな!」





「「「あ……はい、いいんじゃないでしょうか」」」

全会一致だった。









かくして、星熊勇儀主導の下、きゅうとくんは世に出ることとなった。
旧都を挙げての広告作業の始まり。
しかし、こういった事は鬼達にとって馴染みのないものである。
それでも、数日のうちに旧都でその名を知らない者が居なくなったのは、一重に勇儀の人徳の成せる技であろう。

姐さんと慕われる彼女がデザインしたとは到底思えないデザインにも、その秘密はあった。

旧都中を照らす提灯をモチーフとした頭。
「鬼」の象徴である二本角。
どこか勇ましさを感じさせる一本歯の下駄。
地底の寒さに負けないどてら姿。

それらの要素が極限までデフォルメされ、たくましさと親しみやすさを兼ね備えた理想的なイメージキャラクターとなっていた。
小手調べに、と発売されたきゅうとくんキーホルダーは即日完売し、裏ルートを伝って高値で取引されるほどである。
土産屋が各地に出店し、ずらりと並ぶ旧都くんグッズ。
タオルに饅頭、温泉卵にスーパー剣なんてものまで発売され、地底は以前とは比べ物にならないほどの人で溢れるようになった。





「いやー、まさかここまで人気が出るとは思わなかったよね」

にぎわう町並みを歩きながらヤマメは隣に浮くキスメに話しかける。
キスメはこくりと頷き、肯定の意を表した。

「きっと今頃勇儀の奴、喜んでるんだろうな。そうだ、家も近いしお祝いに行ってあげようか!」

彼女達の今居る場所から勇儀の自宅までは歩いても時間は掛からない。
思い立ったが吉日、とヤマメはキスメを連れて勇儀の家へ向かった。


「……おーい、ゆうぎぃ、居るかい?」

ヤマメが引き戸を開ける。
広い家の中はしかし真っ暗で、とても彼女の居る気配は感じられない。
留守かな?
そう思って帰ろうとしたヤマメたちの背中に、弱弱しい声が届いた。

「だれ? ってここ勇儀んちなんだから……」
「……ぁぁ、ヤマメにキスメじゃあないか、相変わらず仲がいいね」
「え、ちょっと! 勇儀どうしたのさ!?」
「なんだい、そんなに大声を出さないでおくれ。……頭に響く」
「ひどい顔だよ?じゃなかった、酷い顔色だよ!?」
「ああ、なんでもない……ただちょっとここ数日寝てないだけだから……」

勇儀の目は焦点が合っておらず、いまにも死にそうな顔をしていた。
それもそのはず、彼女の言うとおり勇儀はきゅうとくんが旧都に広まってからずっと、眠る暇もなく働いていたのだから。
企画立案検証実践、その全てを取り仕切っていた勇儀の疲労は、いかに鬼の身といえども耐えられるものではなかった。

「それより見ておくれよ……」

そう言って勇儀は震える手で、ふところから真新しいキーホルダーを取り出した。

「これ……きゅうとくん?」
「……ああ、やっと30個増産できたよ……うぅ、手作りってのは大変だよ、ほんと」
「あれ全部手作りだったの!?」
「……自慢の婿の誕生さ」
「もう言ってる意味がわかんないよ! ほんとに大丈夫!?」

きゅうとくんキーホルダー。
一番人気のこのグッズに生産ラインは存在しない。
全てが手作り。それも旧都の鬼たちにこれほどの細かい作業ができる者は数少ないのだ。
キーホルダー製作班の勤労状況は締め切り前の漫画家よりも切羽詰っていた。

「さぁ。あと200くらいは用意しないと……」
「バカ! そんなこといいから早く病院に行かないと!」
「でも、私にはまだやるべきことが……」
「なにいってんのさ! やることやる前に死んじゃうよ! キスメ、運ぶの手伝って!」

勇儀の大きすぎる身体を桶に乗せて、キスメとヤマメは勇儀の家を飛び出した。




「なんでこんな無茶したのさ、自分が倒れちゃ本末転倒だよ?」
「ハハハ……心配かけちゃったかね」
「これに懲りたら無理なんてしちゃ駄目だからね」

そう言って、病院のベットに横たわる勇儀にヤマメはりんごを手渡した。
しかし、シャクシャクとりんごをかじる勇儀は思いつめた表情を崩さない。

「それこそ無理な話さ。もっと旧都に人を集めないと」
「……本当に強情だね。聞かせてくれる? そんなにきゅうとくんに入れ込む理由を」

ずっと不思議だった。
あの会議(?)の時からずっと。
確かにこの地底世界が賑わうのは嬉しいけれど、こんなになるまで頑張れるなんて信じられない。
いいじゃないか、それなりで。
旧都はもう今までよりずっと明るくなった、それで十分じゃないか。

しかし、勇儀は異常なまでに固執している。
それに至る理由が、ヤマメには分からない。

「……わたしは、さ」
「うん」

勇儀は、ずっと遠くを眺めるような目で語る。
その瞳は昔を懐かしむようにも思えた。

「旧都を、愛してるんだよ……誰よりもね」

「そんなことで……」
「そんなことなんかじゃないさ。嫌われてた奴、逃げ込んだ奴、旧都はそんな私達が作った街だ。信じられるかい? 本来真っ暗なはずの地底が、こんなに明るいんだよ」

窓から差し込む提灯の赤味かかった灯りがふたりの姿を照らす。
そんなやさしい光に勇儀はまぶしさを覚えた。

「いい街さ、だからもっと知って欲しい。……私達は此処にいるんだって」
「勇儀……」

キザなこと言っちまったねと微かに頬を赤らめる勇儀。
しかしヤマメはその言葉を自分に問いかける。
自分だってこの街を愛しているだろう? と。
ならば、自分のすることは決まっていた。

「協力するよ、出来る限り。私だってこの街が大好きだから」
「ありがと……助かるよ」
「いいって、でも、具体的にどうしたらいいんだろ?」
「せめてこのキーホルダー作りさえどうにかなれはいいんだけどねぇ……」

徹夜の原因はほとんどこの慣れない作業である。
これさえ解決すれば勇儀の負担も随分軽くなるだろう。

「じゃあさ、さとりに相談してみるってのは? あいつなら、なにかいい考え思いつくかも」
「おいおい、いきなり人頼みかい?」
「う、うるさいな。いいじゃない、人を頼ったって」
「ハハ、そうだね。人頼みも悪くない」

古明地さとり。
この地底で一番の権力を持つ彼女なら何かしらの解決策を持っているかもしれない。
そんな希望を抱きながら、二人は病院を後にするのだった。




地霊殿。地底の最奥に位置するその場所はいつも動物の鳴き声に満ちている。
静寂を好む者ならばうるさくてしょうがないこの場所はここの主であるさとりにとっては、数少ない心休まる場所である。

「おーい、さとりー」
「いないのかーい?」

ガランとした屋敷の中に勇儀とヤマメの声が響く。
その声はずっと遠くまで届いて反響を返すほどだが、それに答える声はまだなかった。

「いないのかねぇ?」
「あの引きこもりが外になんて出るわけ無いじゃないか、きっと寝てるか聞こえてないかだよ。手分けして探してみよ?」
「そうするか……にしても随分な言い方だね」
「いいんだよ、どうせ知られちゃうんだから。……おーいこの万年ねむけまなこー!」

散々なことを言いながらヤマメは屋敷の奥へ進んでいった。
勇儀はそんな背中を見送ると、エントランスに置かれた石像に寄りかかった。

「あ~、やっぱり疲れてるな……」

実は、旧都からここまで来るのも、今の勇儀にとっては一苦労だった。
やる気になっていたヤマメの手前、頼りないところなど見せるわけにはいかなかったのだ。

「おぉおぉ、肩がバキバキいってるよぉ、もう歳かね……」

そう言いながら思い切り「伸び」をする。
すると、

「なんだい? なんか音がしたけど……おお!?」

カチリと、何かのスイッチが入るような音がした。
続いて壁の一部が音を立ててずれ込む。

「隠し扉ってやつか、しかしまあなんでこんな所に」

その先には地下に続く階段が伸びていた。
不思議に思った勇儀の足は、自然とそちらに向かう。
そして勇儀の姿が完全に飲み込まれると、また隠し扉は音を立てて元に戻るのだった。






「此処は……」

数分階段を下っていくと、急に開けた場所に出た。
地霊殿の地下といえば灼熱地獄が広がっていると思い込んでいた勇儀は、その光景に驚く。

「何かの、工場か?」

見たことの無い機械がズラリと並び、けたたましい音を立てながら、忙しなく稼動していた。
一定のルートに沿って稼動するそれらを目で追っていくと、その先でなにか小さなものが積み上げられている。
勇儀は機械に沿って歩いていくと、その内の一つを手に取った。

「こいつは確か……」

勇儀はそれを見たことがあった。
それはあの企画会議の時、皆を集めて一番最初に提案されたマスコットキャラクター。



「……かわいいでしょう? 私の『アイちゃん』は」



それの考案者──古明地さとりが立っていた。

──アイちゃん

さとり妖怪の最大の特徴である第三の目をイメージしたキャラクターである。

「ほら見てください、このつぶらな瞳を」

──というか、瞳しかない。
このキャラクター、シンプルさが売りだったのだが、いかんせんシンプル過ぎた。
さとりがほお擦りしているキーホルダーは、そのまま全部「目」なのである。
ギョロリとした大きな目の玉。
構成部品は以上である。
一応さとりの身体に巻きつくコード状のひもも申し訳程度に付いているのだが、どう見たって目の血管だ。
可愛さの欠片も感じられないそのデザインの支配していた会議室は戦慄に染まり、参加者のトラウマである。
ぶっちゃけ、きもちわるい。

「そいつはボツになったはずだろう!? なんてこんなに……」
「ボツとか言うな!!」
「ひっ」

聞いたことの無いほどの大声が勇儀を怯ませる。
大量のアイちゃんキーホルダーを背にするさとりの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「もう決まってたんです、この子が採用なんだって! だからこうして生産ラインまで作って準備してたのに、……なんですか? きゅうとくんって! キュートじゃないよきゅうとだよ~ってなんですか? 洒落ですか? 妙に人気が出てしまったから仕方なく黙認していましたがもう限界です! ……地底のマスコットは、アイちゃんなんですから!」

「くそぅ……どうりで予算が全然降りてこない訳だ。あんたが全部使っちまってたんだね!」

「そうですよ!? 悪いですか? 私が閻魔様から貰った予算ですもの、私が使って何が悪いんです!?」

地底の管理を任されるさとりには閻魔から広告費としての予算が与えられていた。
しかし、それは全てこのアイちゃんキーホルダー生産に消えていた。
ちなみにこのキーホルダー、地上の人間の持ってきていた通信機内臓で、いつでもさとりさまと通信可能、さとりさまは持ち歩く者を通して周囲の心読み放題トラウマ探り放題の優れものである。

「アンタは……!この街を──」
「勘違いしないでください、私だってこの街を愛してるんですよ? だって……私達の街ですから」
「それなら!」
「はい、残念です……」

そう言いながら、さとりはゆっくりと手を勇儀に向ける。
──まずい!
そう思った時には、既に遅かった。

「……街を愛した人が減るのは」
「──ぐ、ぅぅ」

さとりの放った光線が、勇儀の身体を掠めた。
直撃はなんとか免れたものの、疲労困憊の勇儀にとっては大きな痛手だった。

「どうかしましたか? 体調が優れないようですね。ふふ……」
「……くそっ!」

被弾した肩をおさえながら、勇儀は急いで逃げ出す。
鬼の足は例外なく速い。痛手の身体と言えどさとりに追いつけるものではない。
しかしさとりは慌てることも無く、アイちゃんを撫でながら呟いた。

「この場所を見られたからには……お燐、頼みますよ」





「おーい、読心バカー、どこだー?」

ヤマメは相変わらずの言葉でさとりを探していた。
しかし、屋敷の中でさとりの居そうな場所は全て探してみたが、見つからない。
もう勇儀と合流して一旦帰ろうか。
そんなことを考え始めた頃、廊下の先がなにやら騒がしいのに気付いた。

「──っつこいな!」
「……みられたからには!」

それはどうやら勇儀とさとりのペットのお燐のものらしかった。
探す手間が省けたとヤマメは声のする方へと向かう。

「……なにやってんのさ!」

そこでヤマメの見たのは、片足を引きづりながらなんとかお燐の攻撃を防ぐ、勇儀の姿だった。
もう攻撃を避ける体力も残っていないようで、体中ボロボロ、立ち上がるのもやっとといった様子である。
状況がよくわからなくて困惑するヤマメだったが、すぐにそこは勇儀のピンチだということを悟り、勇儀に加勢する。

「ちっ……流石にこれは」

二対一となっては分が悪い。
ヤマメの攻撃を数回交わすと、お燐はすぐに逃げ出した。
力なく倒れる勇儀にヤマメが駆け寄る。

「大丈夫!? 勇儀!」
「あ、ああ……また助けられたね」
「なにがあったのさ!」
「……なぁヤマメ、この街を……嫌いにならないでおくれよ……?」
「え……どういうこと?」

傷だらけで荒く息をする勇儀は、無理やり笑いかけると腰につけていた物をヤマメに見せた。

「これ、あの時の……」
「ああ、きゅうとくん一号さ。これを、あんたに託すよ」
「どうして、これはあんたが持ってないと!」
「……悪いね、わたしには他にすることが出来ちまったよ」

──私はもう駄目だ。
勇儀はそれだけは言えなかった。
だからもう一度、力強く立ち上がる。
最期のときくらい、気高く立っていたかったのだ。

「どこいくのさ、勇儀」

そんな背中を見ながらヤマメは問いかける。
しかし、勇儀はそれに答えることなく


「じゃあねヤマメ、この街を……頼んだよ!」


一度も振り返らず、とびきりの笑顔と共に、その場を去った






「……ふぅ」

だれもいなくなった地下室で、さとりはひとり溜息をついた。

「これで、よかったんでしょうか」

今頃になってそう思う。
私は正しかったのだろうかと。
確かに、アイちゃんは可愛らしい、最高のキャラクターだ。
きっと量産のあかつきには地底はもっとにぎやかになるのだろう。
しかし、その想いは皆同じだったはずだ。
そもそもさとりが最初に考えていた計画では、誰もキャラクターアイディアなんて持ってくるはずではなかった。
ダラダラとみんなで話をして、アイちゃんをお披露目する。
そうすればなし崩し的にアイちゃんが旧都の、地底のマスコットとして取り上げられる。
……はずだったのだ。

それが蓋を開けてみれば、それぞれが精一杯のアイディアを持ち寄りぶつけ合った。
それは全員がこの街を愛しているからに他ならない。
それならば最初から競う必要なんか無かったんじゃないか?
全部採用、なんてことできなかったけれど、話し合えばもっといいアイディアがあったかもしれない。
だって、みんな想いは同じだったのだから。
そんな後悔の念が、彼女を包んでいた。

「……ま、どっちにしろ一番可愛いのは私のアイちゃんですけどね」

もしかしたら私はただ、羨ましかったのかもしれない。
どんどん人気を得ていくきゅうとくんが。
そして、あれほどまでに素直に「この街を愛している」と言える勇儀が。

──そうだ、それならこの騒動の原因は、

「やっと見つけた! さとり、私やっと気付いたわ、嫉妬ちゃんなんて漢字表記がいけなかったのよ! 『しっとちゃん』ほら、これで可愛さがグンと上がったわ! あとね、絵も書き直したのよ、ほら見て見なさいって! 一週間かけた力作なんだから! ってなにこれ気持ちわるっ」

きっと、いきなり飛び込んできたこいつだ。

「あなたが悪い」
「え? なに? なんかよくわかんないけど、ごめん! 悪かった!」







「──よっこら、しょっと」

やっとの思いで勇儀は屋敷の屋根にたどり着いた。
ここは旧都で一番高い場所である。
地底の地面よりも地上の方が近い、それほどの高さだ。
勇儀は瓦の上にどっかりと腰を降ろすと、大きく息を吐く。
眼下を見下ろすと、自分を必死に探すヤマメの姿が見えた。
しかしそんなヤマメにそれ以上の関心を寄せることなく、勇儀は腰にぶら下げた瓢箪の封を開く。
そしてそれを一気にあおると、低く喉を鳴らした。

「あぁ、やっぱり此処で飲む酒はたまんないなぁ……」

そう言いながらも、勇儀の体力は限界を迎えようとしていた。
連日の徹夜。さとりの攻撃。そして、お燐の襲撃。
ヤマメに笑いかけながらも、その表情の裏は苦痛に歪んでいた。

それでもここまで辿り着けたのは、最期にこの風景を目に焼き付けていたったからだ。


──旧都。

嫌われ者の街。
しかし、地上のどこよりも明るい街。
みんな、この街を愛している。
ただそれがちょっとだけすれ違っただけだ。
だから、勇儀は誰も恨まない。
ただただ、旧都の明るさと、流れる風だけを感じて、瓢箪を傾ける。


「旧都……いい風が吹くなぁ……」


そして、誰よりも街を愛した鬼は、ゆっくりと、うな垂れた。
スッパの勇儀姐さんを想像した人は罪を数えなさい。

     独りよがりにならないパロディって難しい。
     元ネタ『さらばNよ / 友は風と共に』


                        1月24日あとがき変更
鳥丸
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
元ネタを上手くアレンジしているww
さらばYとしか言い様がない
2.七人目の名無し削除
”彼”の最期を思い出して思わず涙が……。
3.名前が無い程度の能力削除
タイトルとタグでW余裕でした
やっぱり、さとり=恐怖を操る&猫がいるでお父様の枠だよなあ
4.名前が無い程度の能力削除
元ネタを知らなかったけどこれだけは言える
イイハナシダナー
5.名前が無い程度の能力削除
2行目の「フリップ」から既に脳が変な反応した。
6.名前が無い程度の能力削除
霧ひk…、じゃなかったw勇儀姐さぁぁあああああんっ!!
何故か涙しかでてこないのは何故だろう。いい話でしたっ!!GJっ!!
7.名前が無い程度の能力削除
元ネタ的から言うと、勇儀は尻を(ry
8.名前が無い程度の能力削除
「「さぁ、お前の罪を数えろ」」
9.ずわいがに削除
元ネタ知りませんが面白かったです。
ギャグかと思ってやっぱシリアスだと思ったらシリアスギャグでした。

ところでしっとちゃん売ってくれ!