すうすうと寝息を立てるそいつを見つめてみる。
普段、よく回る口は薄く開けられているだけで。
しゃべらないだけでこうも印象が違うものなのか、と少し見当違いな感心をした。
眠り続けているそいつ――文は、私がお茶を煎れてくる隙に眠りこけてしまっていた。
「……どうすんのよ、これ」
思わずそんな独り言が漏れる。文はもちろんのこと、お茶のことも心配だった。
せっかく煎れてきたのになあ。頭からかけてやってもいいのだけれど。
「流石にそれはもったいないか」
やっぱり、起こすべきなのだろうか。
縁側で寝られていても困るし。他の奴らが来たら酷い起こされ方をするだろう。
鎖でじゃらじゃらとか、スキマに落下とか。
私もやられたことあるし。もちろん、私はやり返したけれど。
こいつは頑丈だし、私にされた時のような手加減は望めないと思う。
萃香なんかは、力比べがしたいなんて言って、わざと文を挑発してる節があるし。
「でも、こんな気持ち良さそうに寝てるのを起こすのも、ねえ?」
前髪を手で払ってやる。眉をしかめたけれど、起きる気配はなかった。
しかし、座ったまま寝るなんて器用なことをするなあ。
俯いて、いつもとは違った風に見える顔。胸の前で組まれた腕は、動いてもおかしくないくらいに自然だ。
背中は少し丸まっているけれど、不安定な感じはなくて、崩れ落ちることはないだろう。
遠目から見れば、考えごとをしているようで。近付かなければ寝ているなんて気付かない。
「……真面目な顔して寝るのね」
真面目というか、真顔か。
いつもはへらへらと笑っていることが多いから、こういう顔は少し、新鮮だった。
「いつもこんな顔してたらいいのに」
なんというか、いつもの嘘臭さが薄れているようで。
これなら、ゴシップばかりのあの新聞にだって、多少なりとも説得力が出て来ると思う。
頬でも引っ張ってみようかと考えたけれど、それは流石に目を覚ますだろうか。
そう思い、好奇心に動かされた手をさ迷わせながらその寝顔を観察し続ける。
……いやいや、最初は起こす気満々だったのに何を躊躇うことがあるんだ私。
「起きなさいよ」
出た声は、意思に反して小さかった。
返事はすぅ、という寝息だけ。
「起きないと、悪戯とか、するわよ」
頬の辺りをさ迷っていた手を一瞬だけ躊躇わせて、髪に触れる。
烏の濡れ羽色という表現がぴったりな黒髪はさらさらとして、気持ち良かった。
寝息はまだ規則的で、無防備にさらされた顔はいつもが嘘のような真面目な表情。
何となく息が詰まって。それを忘れるようにもう一回。
「悪戯とか、しちゃうわよ」
髪を触っていた手が頬に触れる。
ぴくりと肩が動いたけれど、瞼は開く気配がない。
「……このまま悪戯されても、起きないあんたが悪いんだからね? 分かってる?」
言い訳のように、小声でぼそぼそとつぶやき続ける。
はて、私は何がしたかったんだったか。
そんな思考を頭の片隅に追いやりながら、顔を近づける。
吐息がかかるくらいに近くて、意味もなくくらりとした。
「あんたが、悪いんだから」
吸い寄せられるように距離を詰めていく。
その距離が零になるかならないか、その直前――
「……なんか、すっごく近いんですが」
――そんな声がした。
声にならない叫び声と一緒に数メートル後退。
文は困惑というか、呆れというか、何というかどうしようもなく微妙な顔だった。
かくいう私も事態を飲み込めていない。何であんなに近かったんだ!
心の距離はおそらく数万キロ。お互いにどん引きだった。
「い、いつから起きてた?」
「いつからも何も、起きたらあんな状況でした」
よりによって、一番言い訳ができない時に!
いや、割と恥ずかしい行動をしてたような気もするから、それでよかったのかもしれない。
はっきりしてるのは、いつ起きてても状況は最悪だったなんてことだけだ。
「何やってたんですか、あなたは」
「それは正直、こっちが知りたいわ」
本気で。場の雰囲気に流されたというか、気付いたらああしていたような。
「まあ、何にせよ寝てる隙に、というのは感心しませんが」
「だから私はそういうことをやろうとしてたんじゃなくて」
もごもごと正真正銘の言い訳をつぶやきながら、ばくばくと暴れ回る心臓を押さえ付ける。
本当、シャレにならない。頭に何か変なものでも入ったんじゃなかろうか。
「どういうことをしようとしてたのかは分かりませんが、どれにせよ悪趣味ですよ」
「わ、分かってるわよ。なんか、流されちゃっただけなんだから」
「流されたってねぇ……それだけで誰にでもやってたら、それこそ大問題です」
諭すかのような、ちょっぴり余裕のない口調。
ちょっとした違和感に、思わず声が出た。
「文、もしかして驚いてる?」
「そりゃ驚きましたよ」
「それで、拗ねてる?」
「どうして私が拗ねるんですか」
いや、勘だけど。
怒ってるというよりは、そういう感じに思えたから。
文はとにかく、と仕切り直しながらわざとらしく腕を組んで。
「寝てる人に悪戯なんてしないでくださいよ」
「む。それは謝る、けど」
私の神社で寝る方も悪いと思う。
まあ、今は私に非があるから口には出さないけど。
今度寝てたら迷わず夢想封印してやるんだから。
「……いいですけど。で、いつまでそんな遠くにいるんですか?」
「へ? ああ、うん。うっかり」
後ずさったままだった。
何となく臨戦態勢で縁側まで近付いてみる。
「そんなに警戒しないでくださいよ」
「してない」
してるじゃないですか、と文は呆れた表情をする。
うるさい、と返して文の隣――からちょっと離れて座ってみた。
「……いや、そんな反応されてもこっちが困るんですが」
「困ってなさいよ」
言うと、文はうう、と呻きながらもごもごと言葉にならない何かをつぶやいた。
私だって困ってるのだ。それなのに文が余裕あるのも気に入らない。
「…………」
「…………」
不自然な沈黙に気まずくなる。ちらりと顔を覗き見てみれば、俯いて思案顔をしていた。
その顔がさっきの寝顔と被って、一人で勝手にまた気まずくなった。
何でこういう時に限って、こういう顔をしてくれるんだろう。
いつもみたいに、へらっと笑って流してくれればいいのに。
……流されたら流されたで腹が立つけど。
落ち着きたくて、手元にある冷めたお茶を飲み込んでみる。
でも、頭は空回るばかりでちっとも落ち着ける気配が無い。
話す言葉も見つからなくて、気まずい沈黙の中でぼんやりする。
言うべきことはあるはずなのだけれど。なぜだか声は出なかった。
「……やっぱり、もうちょっとこっち来ません?」
「え? なんでよ」
ぽつりとつぶやかれた声に脊髄反射でそう返す。
望んでいたはずの会話なのだけれど、一度否定したことを繰り返されても、困る。
私は今でも、心臓をばっくんばっくんさせてるというのに。
「いや……そのですね」
文ははっきりしない口調であちらこちらに視線を向ける。
どう言ったものかなんて、狼狽えた様子で眉を寄せていた。
「そうやって意識してますという行動をされると、どう反応したものか分からなくて」
すごく困ってますと言ったきり、文は言葉を詰まらせた。
私はというと、これまたどうしたものか分からなくて。
「えっと、その、ごめん?」
「何で疑問系なんですか」
文はちょっと拗ねたようで。
でも、どう言ったらいいか。
「……いいですよ。霊夢がそう来るなら私にも考えがありますし」
「へ? 考え?」
私が首を傾げると、文は考えです、と言った。
藁にでも縋りたい気分だったからいいのだけれど。
なぜだか、猛烈に嫌な予感がする。
「その考えって何よ」
訊ねると文はわざわざ隣に座り直した。
離れようとしたけれど、ここまで来てそれはないか、と思い直す。
文が、少し安心したような表情をした。
黙ったまま、私の顔をじっと見つめてくる。
それから、頬に手を添えてきた。
「ちょ……」
流石に身じろぎするけれど、文が躊躇う様子はない。
何するのかだとか、いろいろ言いたいのだけれど、どこか真剣な表情に圧されてしまった。
近すぎて、目のピントが合わなくなってきた。
それ以上に雰囲気に耐え切れなくて、目を閉じる。
沈黙を守り続けている文の吐息がかかって、どうしてか、くらりとした。
――頬に何かが触れる感触に、びくりとする。
「な、頬……?」
「妖怪の悪戯ということで」
へらっと笑ういつもの表情。
文はしてやったりという顔をして、呆然としているだろう私を見つめていた。
「口じゃなくて、がっかりしましたか?」
そんなことを言われてようやく状況が飲み込める。
「するか馬鹿……!」
「そうですか。残念です」
残念じゃなさそうに文は言う。
でも、それだけの言葉がどうしようもなく恥ずかしくて。
「悪戯する妖怪なんて退治してやるんだから」
「それは怖いですね。じゃあ、さっさと逃げちゃいましょう」
照れ隠しに思ってもないことを言ってやると、文はさっさと踵を返して帰ってしまった。
はあ、と肺の中の空気を吐きだしてみる。
頬に残った手と唇の熱を忘れられなくて。
頬に残る熱をちょっと残念だと思ったのは、内緒だ。
普段、よく回る口は薄く開けられているだけで。
しゃべらないだけでこうも印象が違うものなのか、と少し見当違いな感心をした。
眠り続けているそいつ――文は、私がお茶を煎れてくる隙に眠りこけてしまっていた。
「……どうすんのよ、これ」
思わずそんな独り言が漏れる。文はもちろんのこと、お茶のことも心配だった。
せっかく煎れてきたのになあ。頭からかけてやってもいいのだけれど。
「流石にそれはもったいないか」
やっぱり、起こすべきなのだろうか。
縁側で寝られていても困るし。他の奴らが来たら酷い起こされ方をするだろう。
鎖でじゃらじゃらとか、スキマに落下とか。
私もやられたことあるし。もちろん、私はやり返したけれど。
こいつは頑丈だし、私にされた時のような手加減は望めないと思う。
萃香なんかは、力比べがしたいなんて言って、わざと文を挑発してる節があるし。
「でも、こんな気持ち良さそうに寝てるのを起こすのも、ねえ?」
前髪を手で払ってやる。眉をしかめたけれど、起きる気配はなかった。
しかし、座ったまま寝るなんて器用なことをするなあ。
俯いて、いつもとは違った風に見える顔。胸の前で組まれた腕は、動いてもおかしくないくらいに自然だ。
背中は少し丸まっているけれど、不安定な感じはなくて、崩れ落ちることはないだろう。
遠目から見れば、考えごとをしているようで。近付かなければ寝ているなんて気付かない。
「……真面目な顔して寝るのね」
真面目というか、真顔か。
いつもはへらへらと笑っていることが多いから、こういう顔は少し、新鮮だった。
「いつもこんな顔してたらいいのに」
なんというか、いつもの嘘臭さが薄れているようで。
これなら、ゴシップばかりのあの新聞にだって、多少なりとも説得力が出て来ると思う。
頬でも引っ張ってみようかと考えたけれど、それは流石に目を覚ますだろうか。
そう思い、好奇心に動かされた手をさ迷わせながらその寝顔を観察し続ける。
……いやいや、最初は起こす気満々だったのに何を躊躇うことがあるんだ私。
「起きなさいよ」
出た声は、意思に反して小さかった。
返事はすぅ、という寝息だけ。
「起きないと、悪戯とか、するわよ」
頬の辺りをさ迷っていた手を一瞬だけ躊躇わせて、髪に触れる。
烏の濡れ羽色という表現がぴったりな黒髪はさらさらとして、気持ち良かった。
寝息はまだ規則的で、無防備にさらされた顔はいつもが嘘のような真面目な表情。
何となく息が詰まって。それを忘れるようにもう一回。
「悪戯とか、しちゃうわよ」
髪を触っていた手が頬に触れる。
ぴくりと肩が動いたけれど、瞼は開く気配がない。
「……このまま悪戯されても、起きないあんたが悪いんだからね? 分かってる?」
言い訳のように、小声でぼそぼそとつぶやき続ける。
はて、私は何がしたかったんだったか。
そんな思考を頭の片隅に追いやりながら、顔を近づける。
吐息がかかるくらいに近くて、意味もなくくらりとした。
「あんたが、悪いんだから」
吸い寄せられるように距離を詰めていく。
その距離が零になるかならないか、その直前――
「……なんか、すっごく近いんですが」
――そんな声がした。
声にならない叫び声と一緒に数メートル後退。
文は困惑というか、呆れというか、何というかどうしようもなく微妙な顔だった。
かくいう私も事態を飲み込めていない。何であんなに近かったんだ!
心の距離はおそらく数万キロ。お互いにどん引きだった。
「い、いつから起きてた?」
「いつからも何も、起きたらあんな状況でした」
よりによって、一番言い訳ができない時に!
いや、割と恥ずかしい行動をしてたような気もするから、それでよかったのかもしれない。
はっきりしてるのは、いつ起きてても状況は最悪だったなんてことだけだ。
「何やってたんですか、あなたは」
「それは正直、こっちが知りたいわ」
本気で。場の雰囲気に流されたというか、気付いたらああしていたような。
「まあ、何にせよ寝てる隙に、というのは感心しませんが」
「だから私はそういうことをやろうとしてたんじゃなくて」
もごもごと正真正銘の言い訳をつぶやきながら、ばくばくと暴れ回る心臓を押さえ付ける。
本当、シャレにならない。頭に何か変なものでも入ったんじゃなかろうか。
「どういうことをしようとしてたのかは分かりませんが、どれにせよ悪趣味ですよ」
「わ、分かってるわよ。なんか、流されちゃっただけなんだから」
「流されたってねぇ……それだけで誰にでもやってたら、それこそ大問題です」
諭すかのような、ちょっぴり余裕のない口調。
ちょっとした違和感に、思わず声が出た。
「文、もしかして驚いてる?」
「そりゃ驚きましたよ」
「それで、拗ねてる?」
「どうして私が拗ねるんですか」
いや、勘だけど。
怒ってるというよりは、そういう感じに思えたから。
文はとにかく、と仕切り直しながらわざとらしく腕を組んで。
「寝てる人に悪戯なんてしないでくださいよ」
「む。それは謝る、けど」
私の神社で寝る方も悪いと思う。
まあ、今は私に非があるから口には出さないけど。
今度寝てたら迷わず夢想封印してやるんだから。
「……いいですけど。で、いつまでそんな遠くにいるんですか?」
「へ? ああ、うん。うっかり」
後ずさったままだった。
何となく臨戦態勢で縁側まで近付いてみる。
「そんなに警戒しないでくださいよ」
「してない」
してるじゃないですか、と文は呆れた表情をする。
うるさい、と返して文の隣――からちょっと離れて座ってみた。
「……いや、そんな反応されてもこっちが困るんですが」
「困ってなさいよ」
言うと、文はうう、と呻きながらもごもごと言葉にならない何かをつぶやいた。
私だって困ってるのだ。それなのに文が余裕あるのも気に入らない。
「…………」
「…………」
不自然な沈黙に気まずくなる。ちらりと顔を覗き見てみれば、俯いて思案顔をしていた。
その顔がさっきの寝顔と被って、一人で勝手にまた気まずくなった。
何でこういう時に限って、こういう顔をしてくれるんだろう。
いつもみたいに、へらっと笑って流してくれればいいのに。
……流されたら流されたで腹が立つけど。
落ち着きたくて、手元にある冷めたお茶を飲み込んでみる。
でも、頭は空回るばかりでちっとも落ち着ける気配が無い。
話す言葉も見つからなくて、気まずい沈黙の中でぼんやりする。
言うべきことはあるはずなのだけれど。なぜだか声は出なかった。
「……やっぱり、もうちょっとこっち来ません?」
「え? なんでよ」
ぽつりとつぶやかれた声に脊髄反射でそう返す。
望んでいたはずの会話なのだけれど、一度否定したことを繰り返されても、困る。
私は今でも、心臓をばっくんばっくんさせてるというのに。
「いや……そのですね」
文ははっきりしない口調であちらこちらに視線を向ける。
どう言ったものかなんて、狼狽えた様子で眉を寄せていた。
「そうやって意識してますという行動をされると、どう反応したものか分からなくて」
すごく困ってますと言ったきり、文は言葉を詰まらせた。
私はというと、これまたどうしたものか分からなくて。
「えっと、その、ごめん?」
「何で疑問系なんですか」
文はちょっと拗ねたようで。
でも、どう言ったらいいか。
「……いいですよ。霊夢がそう来るなら私にも考えがありますし」
「へ? 考え?」
私が首を傾げると、文は考えです、と言った。
藁にでも縋りたい気分だったからいいのだけれど。
なぜだか、猛烈に嫌な予感がする。
「その考えって何よ」
訊ねると文はわざわざ隣に座り直した。
離れようとしたけれど、ここまで来てそれはないか、と思い直す。
文が、少し安心したような表情をした。
黙ったまま、私の顔をじっと見つめてくる。
それから、頬に手を添えてきた。
「ちょ……」
流石に身じろぎするけれど、文が躊躇う様子はない。
何するのかだとか、いろいろ言いたいのだけれど、どこか真剣な表情に圧されてしまった。
近すぎて、目のピントが合わなくなってきた。
それ以上に雰囲気に耐え切れなくて、目を閉じる。
沈黙を守り続けている文の吐息がかかって、どうしてか、くらりとした。
――頬に何かが触れる感触に、びくりとする。
「な、頬……?」
「妖怪の悪戯ということで」
へらっと笑ういつもの表情。
文はしてやったりという顔をして、呆然としているだろう私を見つめていた。
「口じゃなくて、がっかりしましたか?」
そんなことを言われてようやく状況が飲み込める。
「するか馬鹿……!」
「そうですか。残念です」
残念じゃなさそうに文は言う。
でも、それだけの言葉がどうしようもなく恥ずかしくて。
「悪戯する妖怪なんて退治してやるんだから」
「それは怖いですね。じゃあ、さっさと逃げちゃいましょう」
照れ隠しに思ってもないことを言ってやると、文はさっさと踵を返して帰ってしまった。
はあ、と肺の中の空気を吐きだしてみる。
頬に残った手と唇の熱を忘れられなくて。
頬に残る熱をちょっと残念だと思ったのは、内緒だ。
貴方の書く文も霊夢もあやれいむも大好きでツボにハマってしまう…
「好きです」「好きよ」なんてピロートーク囁き合う姿は違和感ありますし…ちょっと見てみたいけど
素敵なあやれいむ有難うございました
あああやれいむ
あやれいむ
素敵過ぎてニヤニヤとドキドキが止まりませんでした。