「ちょいと一輪さんや、お茶をいただけますかのぉ」
「はいはい、村紗さん、お茶ですよぉ」
わざとらしい年寄り口調での会話。
一輪は、水蜜に熱いお茶を手渡す。あちち、と言いながらも、それを受け取り、音を立てて啜る。そして、ほぅっと一息吐いた。
「平和だねぇ」
「平和ねぇ」
一輪も水蜜も、居間でゆったりまったりとしていた。
特に大きな問題も無く、やるべき日課も済ませているので、することが無かった。
訪れる客は、白蓮や星が自ら相手することが多く、水蜜や一輪まで役目が回ってくることは滅多に無い。
ゆえに、二人は向かい合って座り、ほのぼのとして体を休めている。椅子にではなく、床に正座という状態ではあるが。
「村紗、何か面白いことないかしら?」
「うーん……あ、面白いかどうかは分からないけど」
「お? 何かあるの?」
一輪が湯飲みを置いて、水蜜を見る。
水蜜は、頬を人指し指で掻きながら、言った。
ただ一言だけ、言ったのだ。
「一輪ってさ、私のこと下の名前で呼んでくれないよね。なんでかなーって思ってたんだけど……距離を感じるというか」
水蜜からすれば一輪という存在は、白蓮救出のためにずっと長い間協力してきた、大切な仲間のようなもの。そんな相手から、いつまでも名字の方で呼ばれていたら、なんとなく距離を感じてしまう。
好きだからこそ、距離を詰めたいと考えるのである。
「えーと、いやぁ……あ、あはは」
「なんで目を逸らすの?」
「いやー……そ、そんなことより村紗! あっちむいてホイしましょう!」
「何その露骨な話題の逸らし方。しかも話題転換下手すぎ」
向かい合っているというのに、目を合わせようとしない一輪。明らかな作り笑いも、また怪しい。一輪とは長年一緒に居た水蜜だが、ここまでおかしい一輪を見たのは初めてだ。
水蜜にとっては、さっきの一言は何気ない一言だった。
だが、一輪にとっては、非常に言われたくないことだった。
何故なら、一輪は今まで意図的に水蜜を名前で呼ばなかったのだから。
「あ、私そういえば呼ばれてたんだったー」
いきなり棒読みで立ち上がり、その場から去ろうとする。
もちろん、そんなことを水蜜が許すわけもなく、あっさりと腕を掴まれる。
「は、離して村紗」
「怪しすぎ。大体誰に呼ばれてるの? 誰も呼んでないでしょう?」
「……う、雲山が呼んでるのよ。ほら、村紗には雲山が何を言ってるか分からないでしょ?」
「雲山なら今日は聖たちのお手伝いでしょ」
「うっ!?」
「さぁ、座って一輪。何故逃げようとしたのか、じっくり教えてね」
笑顔の水蜜。
水蜜のステータスに、Sの称号が加わった。
一輪の腕は掴まれたままだ。水蜜は意外に力が強い。そう簡単には、逃げ切れないだろう。
だから、一輪は奥の手を使うことにした。
「村紗! 後ろに幽霊がいるわよ! 逃げてぇぇぇ!」
「いや、私も霊だし……」
「あ……」
「まずそんな子ども騙しに引っ掛かる人、今時いないよ」
奥の手失敗により、可哀相なものを見るかの生暖かい視線を浴びることになった。
「くっ……流石は村紗。手強いわね」
「いや、普通だって。それにさ、一輪」
「ん?」
「私は、どうして一輪が名前を呼ばないのか訊いただけで、別に一輪を苛めたいわけじゃないの」
「村紗……」
「ちゃんと理由を言ってくれれば、納得するから。話して、一輪。私たち、親友でしょう」
えへへ、と照れくさそうにはにかみながら言う。
水蜜のステータスから、Sの称号が削除された。
「そうよ、ね……何逃げようとしてたんだろ私。村紗なら、理解してくれるわよね」
「私を信じて」
「うん……実はね、私」
一旦深呼吸をする一輪。
水蜜は、ただ言葉を待つのみ。
そして、少ししてから、一輪が言葉を発した。
「私、名前呼ぶのが恥ずかしいのよ……」
「はい?」
「だ、だから、人を下の名前で呼ぶのが、なんだか恥ずかしくて呼べないの。特に、親しくなってから下の名前で呼ぶなんて、恥ずかしすぎるの!」
後半は、もう勢いで言い切った感じがあった。
そう、一輪は恥ずかしかった。何故かは分からないが、感覚的に相手を下の名前で呼ぶことが、恥ずかしくて仕方無かったのである。
意外すぎる真実に、水蜜はぽかんとしてしまった。
いつもはサッパリとした態度の一輪が、こんなことで少し顔が赤くなるくらい、恥ずかしがっている。
その事実に、水蜜の中で何か黒い感情が沸き上がってくる。
「そっか、そうだったんだ……」
「えぇ、そうなの。だから今まで通り、村紗は村紗で――」
「だーめっ! 納得出来ないもの。私は一輪って下の名前で呼んでるのに、私は呼ばれないなんて不公平だと思うの」
「え? む、村紗? さっきは納得してくれるって……」
「気が変わっちゃいました」
「え、ちょ!?」
笑顔で、そう物凄い良い笑顔で酷いことをさらりと言う水蜜。
水蜜のステータスに、ドSが加わった。
信じていたのに、まさかの展開に一輪は動揺を隠せない。
「というわけで、私の名前言ってみて?」
「ぇ、あっ、ぅ……」
一輪は混乱した。
一輪は逃げ出した。
しかし、回り込まれた。
「一輪は、私のこと嫌い?」
「そんなわけないじゃない! 長い間、ずっと一緒に過ごしてきた仲間でしょ!」
「なら、言って?」
「ぐっ……それは」
「やっぱり嫌いなの?」
水蜜の、相手の良心に訴える攻撃。
一輪に大ダメージ。
「う……にゃー!?」
「きゃっ!?」
一輪が突然奇声を上げて、暴れ出した。
突然の行動に、思わず掴んでいた腕を離してしまった。
「ごめん村紗! 耐えられない!」
「ちょ、一輪待ってよ!」
一輪は走って部屋を飛び出した。
水蜜はそれを追う。
命蓮寺の廊下に、ドタバタと二人の足音が響き渡る。
「こら、騒がしいぞ。どうしたんだい?」
あまりの騒がしさに、ナズーリンが現われた。
「ナズーリン! 一輪を止めて!」
「は?」
「どきなさい、ネズミ!」
ナズーリンに迫り来る、恐ろしい形相の一輪。それを追いかける水蜜。
これは危険だ。そう判断したナズーリンは、その場から逃げた。
それた、とても潔い逃げっぷりだった。
小さな賢将は、やはり賢い。
「即逃げたし!?」
「よし、逃げれる!」
邪魔者は消えた。
このまま逃げ切れる。
そう思った一輪だったが――
「何事ですか?」
白蓮が現われたことにより、一輪に動揺が走る。
あまりにも騒がしいため、星に任せて白蓮が原因を探りにきたのだ。
「聖お願い! 一輪を止めて!」
「姐さんお願い! そこを退いて!」
「え、えぇっ!?」
白蓮に物凄い勢いで迫る一輪。
それを追いかける水蜜。
この展開についていけない白蓮。
「姐さん退いてぇぇぇぇぇ!」
「ごふぁっ!?」
もう一輪の体は止まらなかった。
その勢いのまま、白蓮の腹部に全力で突撃した。
綺麗な放物線を描き、吹っ飛ぶ白蓮。
ぶつかったおかげで、一輪は停止した。しかし、代償は白蓮と、あまりにも大きかった。
「ひ、聖ー!?」
身体強化系の魔法を使えばダメージを軽減出来たかもしれないが、あの慌ただしい状況で咄嗟に対応出来なかった。
倒れている白蓮に水蜜が駆け寄るが、見事に気絶していた。
「わ、私なんてことを……」
「とりあえず運ぶよ!」
「え、あ、分かったわ」
二人で気絶した白蓮を運ぶ。
二人で運んでいるのは、決して白蓮が重いわけではない。
そう、決して重いわけではないのだ。
確かに最近、白蓮は復活記念パーティーで星や水蜜の手料理をたくさん食べることになった。食べきれない量でも、白蓮は笑顔で食べきった。
だが、重くなったわけではない。
「うん、私も弄りすぎたね。ごめんね、一輪」
「いや、私こそ平常心を失いすぎたわ。後でちゃんと姐さんに謝らなきゃ」
白蓮はちゃんと白蓮の部屋に寝かせておいた。
今は水蜜の部屋だ。
女の子らしい人形やらといったアイテムは、特に無い。あるのは木製のタンスや、小さなテーブル、それに少し古びたベッドくらいだ。
二人はベッドに腰掛けている。
「その時は私も一緒に謝るよ。私も悪いんだし」
「ん、あんがと」
互いに無言。
水蜜はふざけすぎたと反省し、一輪は白蓮を気絶させたことにヘコんでいた。
「あ……えと、一輪」
「ん、何?」
「本当にごめんね、ふざけすぎた」
「いや、私こそ……」
「いや私が悪い」
「いや私だって」
根は真面目な二人だから、互いに譲らない。
長い付き合いだから、そんなことも分かっている。だから、どちらともなく、また黙ってしまう。
過去にも、何度かこういう気まずい空気になったことがある。長い間一緒に居れば、喧嘩の一つくらいしてもおかしくない。そして、こういう時、先に口を開くのは決まって水蜜の方だった。
それは今回も同じ。
水蜜が、言葉を発した。
「あ……もう呼ばなくても良いから、さ」
「え?」
「名前、もう無理に呼ばせようとしない。一輪が恥ずかしいって言うなら、私は今まで通り村紗で良いよ」
えへへ、と笑う。
一輪はそんな水蜜を見て、安心した。ドSな水蜜は、もうそこには存在しなかった。
水蜜のステータスから、ドSが削除された。
「でも、村紗は私を名前で呼んでくれているのに……」
「恥ずかしいなら仕方無いって。無理しないで」
「……いえ、良い方法を思い付いたわ」
「え?」
一輪は考えた。
そもそも、水蜜は距離を感じるから名前で呼んでみて欲しいと言った。距離を縮めるための手段として、それを提案したのだ。つまり、根本は距離を縮めることであって、名前を呼ぶことではない。だから一輪は、距離を縮める別の方法を考えたのだ。
水蜜はそんな一輪の考えを知らないため、首を傾げる。
「みっちゃん」
「っ!? え、ちょ、ぅえ!?」
「名前は恥ずかしいけど、あだ名なら。それに、距離も感じないし、良い方法でしょ?」
一輪は笑顔でそう言うが、水蜜は顔が赤い。
水蜜には、予想外すぎたのだろう。わたわたと慌ただしく手を上下して、落ち着きが無い。
「一輪、これは私が恥ずかしいかも……」
「え、そう?」
「私は今まで通り、村紗で良いよ」
「だーめっ! これからは、みっちゃんって呼ぶわね」
「うぁ……恥ずかしい。村紗で良いのに」
恥ずかしそうな水蜜を見て、一輪は絶対にみっちゃんと呼び続けてやろうと決心した。
「みっちゃーん」
「やぁーもう! 恥ずかしいってばー!」
赤くなって叫ぶ水蜜を、楽しそうにあだ名で呼ぶ一輪。
一輪のステータスにSの称号が加わった。
しかし…みっちゃんか…アリだな。
一輪「霊には無理よ」
みっちゃん。いい響きだ。
久々のムラ一と思いきや今度は村紗攻めですか。と思いきや最後はやっぱり一輪攻めですか。二人でベッドに座ってたりとかもう……また村々してきて……脳内妄想が……どうしてくれますか。
個人的には「みなみっちゃん」を押します。「おみっちゃん」も捨てがたい。
「今回糖分は特にないです。」←突っ込まないでおきます。
この二人は「いっちゃん」「みっちゃん」と互いに呼び合ってると良いと、ハイ
>そう、決して重いわけではないのだ。
>だが、重くなったわけではない。
どんだけ大事な事なんですかw
しゃああああ!おらああぁあぁあ………はっ私は一体何を…
モニターの前でめっちゃ反応しましたw
みっちゃーん!!!可愛いです!!
そして、きっと聖は部分的には重くなったに違いないw
水蜜船長が対抗して一輪さんを「いっちゃん」と呼ばれるとか……。
そして御二人共恥ずかしがられながら呼び合われますと命蓮寺が更に雰囲気温かなお寺になられる様な気が致します。
皆がいるときは堅い呼び名で呼ぶけど、
二人でいるときは「いっちゃん」「みっちゃん」だとよろし。
ひじりんはちょっとふっくらしてるくらいがいいんです
一輪は腕を、村沙は足をお願いします。
自分は大きな2つのスイk(南無三
改めて、名前で呼ぶのはちょっと抵抗ありますよね。
>>2様
村紗は運動神経かなり良さそうなイメージがありますw
>>3様
恥ずかしいというか、なんというか、って感じになりますよね。
>>4様
呼ぶのも呼ばれるのも、ちょっと戸惑いますよね。
>>ぺ・四潤様
はい、実体験ですw
よし、その妄想を欲望のままに書き上げてしまえば良いのですよ!
>>6様
それくらい仲良さそうですもんね!
>>7様
それは仕方無いですねw
>>8様
大事なことは二回、さらに大事なことは三回は言えと習いました。多分。
>>9様
照れますよねー。あれは慣れが絶対必要です。
>>10様
それは禁則事項です。
>>奇声を発する程度の能力様
みっちゃんもいっちゃんも可愛いですよね!
>>12様
分かってくれますか。恥ずかしいですよ、名前で呼ぶのはw
>>謳魚様
そうなったら、絶対信仰が増えますね。
>>14様
あぁ、まさにそれが良いですね!
二人っきりのとき専用の呼び名、ですね。
>>ふぶき様
ちょっとそれ私もまぜてくださ(ry