「全く、今日も寒いですね」
相も変わらず、ここ幻想郷は秋というには些か厳しい寒さに包まれている。
吐息が白く染まるほどだ。
最近、氷の妖精の活動が盛んになっていると小耳に挟んだが、この寒さなら無理もないだろう。
特に朝晩の冷え込みは厳しく、氷点下にいくことも珍しくないくらいだ。
「よしっ、完成」
そんな寒さの中、私は守矢神社の台所に立っている。
台所の冷え込みは厳しいものがあるが、これからの今日の予定を考えると、寒さなど気にならなくなるくらい暖かい気持ちになるのが分かった。
それもそのはず、私が作っているのは今日、霊夢さんと食べる予定のお弁当なのだから。
先日、霊夢さんの
「美味しいものでも食べたいわね」
という独り言を聞いた私は、
「霊夢さん。明日、諏訪子様が出かけるので、そのお弁当を作るんですが、その、霊夢さんの分も作ろうかな…なんて。良かったら一緒にお昼食べませんか?料理には結構、自信あるんですよ!」
「早苗のお弁当ね…うん、お願いするわ」
「はい!じゃあ明日の昼頃また来ますね」
そんなやり取りがあったのだ。
「まるで愛妻弁当みたい」
呟いてみたはいいが、改めて考えると物凄く恥ずかしくなってきた。
それでも、霊夢さんのお嫁さんならいいかな。と思っている私がいる。
「ええと、風呂敷風呂敷。あったあった」
出来立てのお弁当を可愛い蛙と蛇のプリントが施された風呂敷に包む。
「準備万端、と」
時計を確認する。
時計の針は十一時半を指し示している。
そろそろお昼の時間だ。
早速、私は博麗神社に飛び立つ。
その手には可愛い風呂敷。
端から見たら、私は物凄く浮かれているんだろうな、なんて。
秋特有の透き通るような澄んだ空を飛ぶのは、本当に気持ちがいい。
幻想郷は忘れられたものが存在する世界。
それ故に、自動車などは存在しない。
ゆえに空気は物凄く綺麗なのだ。
現代から幻想郷入りした私にとって、この澄んだ空気は幻想郷の売りにしてもいいのではないかと思う。
そんな事を考えていると、いつの間にか博麗神社に着いていた。
「ええと、霊夢さんは…」
てっきり、今日も縁側でお茶しているかと思ったのだがそこに霊夢さんの姿はない。
「霊夢さん、いますか?」
社務所を覗く、ここにも霊夢さんは見当たらない。
ふと、霊夢さんの寝室が目に入る。
「いるとしたら、残るはここ…だよね。霊夢さん、ごめんなさい!」
無断で屋内に立ち入っている事に罪悪感を覚えつつも、襖に手をかける。
予想通り、そこには霊夢さんがいた。
しかし、当の霊夢さんはいまだ深い眠りの中にいるようだ。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立てている。
「むぅ…。全く霊夢さんは。約束したの昨日ですよ?」
私は忍び足で霊夢さんの枕元まで向かう。
別に怒っている訳ではないのだが、ここまで気持ちよさそうに眠っている霊夢さんを見ると、ついつい悪戯したくなってしまう。
「霊夢さんが悪いのです」
眠っている霊夢さんもやっぱり可愛いな、なんて。
そんな気恥ずかしい気持ちを抱きつつ、私は霊夢さんの白く透き通るまるで雪のような頬に触れる、
ひんやりとした霊夢さんの肌がとても気持ち良い。
そして…。
最初は唇と唇が軽く触れ合う程度、次第に啄むように唇を重ねる。
流石に霊夢さんを目を覚ましたらしい。
「ん…?え…、あ…早苗?」
寝惚け眼で、霊夢さんは私を見つめる。
霊夢さんは未だに状況が飲み込めてないようだ。
暫くの沈黙、その直後。
ボンッ、という音が聞こえてきそうなくらい、霊夢さんの顔は林檎のように真っ赤に染まる。
そんな霊夢さんをいとおしく感じながら、私の顔もさぞかし真っ赤なんだろうなと、冷静に自分を分析している私がいる。
すると。
「なっ、早苗、あんた一体何してるのよ!」
「何って、キスですよ?」
「そ、そんな事言われなくても分かってるわよ!その、私はそういうのを言いたいんじゃなくて、あの…」
霊夢さんはそこまで言うと、言葉に詰まってしまう。
ここまで露骨に驚かれると、嫌われてしまったのではないかという不安が鎌首をもたげる。
「霊夢さん。あの、嫌…でしたか?」
「べ、別にそんな事はないけど…。ただ、驚いただけっていうか」
「そう…ですか」
やっぱり不安は収まらない。
長い長い沈黙。しばらくして、
「あの、ね。前から聞きたかったんだけど、早苗は、私の事、好き…なの?」
この沈黙に負けてしまいそうな、本当に消え入りそうな声で。
しかし、はっきりと聞こえた。
「大好きですよ?」
私は自分の気持ちを正直に答える。
ライバルだから、とか。
そんな事は、今更障害にも何もならない気がして。
ここで気持ちを伝えなければ何もかもが壊れてしまう気がして。
はっきりとした声で。
「私は霊夢さんの事が大好きです」
人生初めての告白、着飾った言葉なんて言える訳がない。それでも正直な気持ちは伝わったはず。
―静寂
それから暫くして。
「馬鹿…。そんなはっきり言わなくても良いわよ、全く」
言っておくけどね、と霊夢さんが言う。
「私も早苗の事が好き、早苗が私の事を好きって思ってるよりも、もっともっと。本当に好きなの。
早苗の事を考えると他の事なんて何も考えられなくなるくらいなんだから。責任取ってよね」
涙を浮かべながら。
とても、とても、不器用な告白。それでも、それゆえに、二人の気持ちは素直に現れていて。
私は、霊夢さんを抱き寄せる。
あたたかい、あたたかい、本当にあたたかい感情がわき上がってくる。
暫くの間、二人は見つめ合う。
永遠に感じられるかのような、長い長い時間、私は霊夢さんを抱いていた。
伸ばした指先で、目元を優しく拭う。
「霊夢さん、綺麗な顔が台無しです。霊夢さんは泣き顔より、笑顔の方が似合いますよ。泣いてる霊夢さんも勿論可愛いですけど」
「うっ…。もう馬鹿。私がどれだけ必死に自分の気持ちを隠してたと思ってるのよ。どれだけ耐えてたと思ってるのよ」
その言葉をきっかけに、私の気持ちは堰を切ったように溢れ出す。
「んっ…」
最初はただ触れるような、お互いの気持ちを確かめ合うような優しいキス。
さっきとは違う、お互いの気持ちが繋がったキス。
それは、この世のどんなものよりも甘かった。
「あっ…」
離れると、霊夢さんは名残惜しそうな声をあげる。
とろんとした瞳で私を見上げる霊夢さん。
このまま抱き合っていてもいいのだが、せっかく作って来たお弁当を食べないというのも勿体無い。
それに、これからはいつだってこういう事が出来るのだからあせらなくてもいいのだ。
「お昼にしましょう、霊夢さん」
「そっ、そうね。早苗のせいで、大分遅い昼食になっちゃったけど」
ベーっと舌を出し、呟く霊夢さん。
「むぅ…。何か忘れていませんか霊夢さん?そもそも、霊夢さんが寝坊したからこんな時間になってしまったのですよ」
そんな些細な言い争いをしつつ私達はいつも通り、縁側で霊夢さんの淹れてくれたお茶を片手に、お弁当をつつくのだった。
「どうですか?霊夢さん」
「ん、とても美味しいわよ」
「ふぅ…、それなら良かったです。あっ!その卵焼きは自信あったんですよ!」
霊夢さんが口に運んでいる卵焼きをみながら私は微笑む。
ふいに、霊夢さんが。
「あ、そうだ、早苗。あんた毎朝私の為に朝食作りなさいよ。毎日こんな美味しい食事が頂けるなんて幸せじゃない?」
あまりの唐突な言葉に私は首を傾げる。
「霊夢さん、それって…、ま、まさかプロポーズですか!?」
私は聞き返す。
おそらく、私の顔は真っ赤になっているだろう。
「えっ?…あっ!」
自分の言葉の意味を再認識した所で、霊夢さんも気付いたようだ。
そのとたん、霊夢さんの顔も林檎のように真っ赤に染まる。
「あの、霊夢さん?その、ほ、本気ですか?」
「あ、う、うん。あの、本気というかその、何て言うか、毎日早苗に作って貰ったら嬉しいな…みたいな」
あはは、と笑う霊夢さん。
それがまた、いとおしくて。
「私、霊夢さんのお嫁さんならいいですよ?」
「っ!こほっこほっ」
お茶を吹き出す霊夢さん。
「これは、ありがとうというべきなのかしら?」
そうね、守矢の神様達に挨拶しにいかないとね。と呟く霊夢さん。
気の早い霊夢さんを見て私は笑う。
秋の高い高い、澄んだ空。
私達の笑い声が響く。
昼下がりの幻想郷、厳しい寒さをものともしないような、とてもとてもあたたかい空気がそこにはあった。
いや…甘すぎる!?
良い…ちゅっちゅは良いものだ。
どこをどう見ても相思相愛じゃない、これ。