※ 最初から最後まで餅を食べているだけです。
古明地さとりは忙しく餅をひっくり返していた。
傍らでは四季映姫が、憮然とした表情でパタパタと七輪を煽いでいる。
「そろそろいいですよ。お皿を取ってください」
さとりに言われて映姫は醤油の差された皿を手渡した。
さとりは早速焼きたての餅を盛りつけていく。
不機嫌そうに眉根を寄せた映姫は誰にともなくつぶやいた。
「まったく、なんで私がこんなことを……しかもまた私の家で」
「まだブツブツ言っているのですか。映姫、海苔」
「はい」
愚痴り合いながらも二人の息はピタリと合っている。
「はい、あなたの分ですよ。熱いうちに食べてください」
「ええ……っはふっ」
「はふはふ」
二人は静かに餅を食べる。
さとりは新たな餅を網の上にのせて。
映姫は火加減を見ながら。
さとりが映姫の自宅に、お正月の余りの餅を持ってやってきたのは半時ばかり前のことだった。
「まったく、お餅の処理くらいそちらでやればいいでしょう。いくらでもペットがいることですし」
「海苔があるのがここだけなのですよ」
うにょん。
さとりがもちを伸ばしながら答える。
「しかしこんな持ってこなくても……」
映姫はちらりと横目で縁側に積まれた餅の山を見た。
そこには雪だるまのようにもちが山となっている。
とても二人で食べきれる量ではない。
「まあまあ、今日は鏡開きですし、ね」
「一つ白黒つけておきたいのですが、私の寝る布団より大きい鏡餅はもはや食べ物ではない気がするのですが」
「おくうが張り切りすぎましてね」
さとりはくすくすと笑った。
笑みを浮かべたまま、年末に地霊殿で行ったもちつきのことを話す。
地霊殿に住む者たちだけで始めたはずなのに、いつの間にか勇儀やパルスィやヤマメやら。地底の面々が参加して大会行事になってしまった。
調子に乗って空と勇儀がつきまくるものだから、地底中のもち米を使い切るのではないかという勢いだったらしい。
目を細めて、心の底から楽しそうに話すさとり。
そんなさとりの様子を見て、映姫もそれ以上追求する気分にはなれなかった。
「まったく、新年早々お腹を壊しても知りませんよ」
「はは、ま、いよいよ食べきれないとなったら、ペット達でも呼びますよ」
「最初から連れてくればいいと思うのですが……」
映姫が最後の餅を手にとった。
丁寧に海苔を巻く。
「そうそう、年末といえば、生まれて初めてあんなに年賀状を書きましたよ」
新たな皿を用意しながら、さとりは話題を転じた。
次はきなこである。
「そういえば、地上の知り合いが増えたと言っていましたね」
映姫はうなずいた。
さとりが続けて言う
「相互不干渉の原則が幾分緩んだとはいえ、やはり、そうそう出向いていいものではないですからね」
さとりは焼けたもちにきなこをまぶした。
ぺたぺた。
「年賀状で礼を失さずに済むのはありがたいです」
「そんなことを言って、本当は年賀状をたくさん書けるのがうれしかったんじゃないですか」
からかうように映姫は言った。
「む、そんなことは」
「いえ、今年のあなたの年賀状の筆致は、いくらか浮かれていましたよ。いいじゃないですか、そういった知り合いが増えることは」
さとりはもちの焼き加減に集中するふりをして目をそらした。
映姫はもちろんそれに気づいている。
「仕事上の付き合いなんかで出すより、よほど人間味があるでしょう」
だから追い打ちをかけた。
「むう、……まあ、たしかに良い経験にはなりました」
「素直じゃないですねえ」
「映姫、どうやらよほど焦げせんになったおもちを食べたいと見えますね」
さとりは半目になって映姫を見た。
それでも口元はかすかに笑っている。
「しかし、年賀状といえば映姫」
「はい?」
「いい加減いもばんはやめませんか?」
「な!? いいじゃないですか、かわいくて!」
今度は映姫が赤くなった。
「いや、判子押すのが仕事のあなたにとっては職業病なのかもしれませんが……」
「変なこと言わないでください。判子を押さずにはいられない病気なんてものが存在したら私は真っ先に労災を申請しますよ。違います」
こほん、と映姫は咳払いする。
「いや、だって……つい楽しくなってしまって」
「小学生の冬休みの宿題ですか」
「い、いもばんをばかにしないでください!」
映姫は声を大きくして言い、ごまかすように次の餅を取る。
「まあ、いもばんのほうが一度にたくさん作れて便利なんでしょうけどね」
「は? 何言っているんです?」
映姫がきょとんとした顔をする。
「私がいもばんで出すのはあなただけですよ」
今度はさとりが驚く番だった。
「え? じゃあ、私のためだけに彫っているんですか」
「当然です。他の同僚に送れるわけないじゃないですか」
「毎年? わざわざ?」
「そうです。だから、つい楽しくなってしまうんだと言っているでしょう」
映姫は何事もなかったかのように皿を変えて餅を足す。
今度はおろし醤油だ。
「ははあ、それはなんというか」
さとりは言葉に困った。
何度か眉根を寄せる。
結局、
「凝り性ですね」
そうつぶやくにとどめて、自分も新たな餅へと移る。
「やれやれ、こんなにきなこが残っているじゃないですか。もったいない」
「あぁ!? 勝手に人が使ったお皿を取らないでください!」
「む!? これきなこかと思ったらカレー粉だった!? しかも意外といける!」
「だから、勝手に人の皿から――」
「まあまあ、しかし、あなた本当にカレーが好きなんですねえ」
「い、いけないんですか?」
「いえ、べつに」
むー、とうなる映姫をなだめるように微笑むさとり。
「まったく……」
誤魔化されたような気がしてふくれつらになる映姫。
そんな彼女の皿に、さとりは新しいもちを箸で移した。
「ふふ、ほら、新しいのが焼けてますよ」
映姫はため息をついてもちを食べ始めた。
しばらくして。
そこにはうめき声を上げる二人の姿があった。
「……うう、流石に苦しくなってきましたね……」
「だから……無理だといったでしょう」
二人のもちを消費する速度は明らかに遅くなっていた。
さとりが観念したように言う。
「仕方ない。流石にそろそろペットを追加しますか」
「そうですね、本当に食べられなくなってからでは遅いですから。というか、やはり最初から連れてくればよかったのでは?」
文句を言いながらも食べるのはやめない映姫。
その姿を見て本当にもちが好きなのだなあ、とさとりはしみじみ思った。
「あ、明太子下さい」
「はい」
現在二人は明太子をもちに薄く塗って食べている。
「さすがにバリエーションも少なくなってきましたね」
「そうですね……、邪道系もだいたい試した気がします」
「わさび醤油、チーズ、ツナとマヨネーズ、かつおぶし……」
さとりが今まで食べたものを指折って数える。
「私はやはりチーズが好きですね。明太子もなかなか良かったですが……」
はふはふ。
映姫が食べながら答える。
「私はわさび醤油ですかね」
さとりがのんびりとつぶやいた。
やがて、さとりは食べ終わると、手を払いながら立ち上がる。
「それではペットを呼びますか、電話かりますよ」
「どうぞ」
映姫の許可を得て、さとりは家の中へと入っていった。
地霊殿への電話を終え、さとりが庭に戻ると、映姫の姿はなかった。
「映姫?」
さとりは首をかしげ、お手洗いかと思い先に座る。
しかし、待っていてもなかなか映姫は戻ってこない。
心配になって家の中へ様子を見に行った。
「映姫ー? どこにいるのですか」
呼びかけながらさとりは家の中をめぐる。
軽く第三の目で見てみるが、何かに集中しているのか、思考は読めなかった。
と、台所で気配がする。
「映姫?」
さとりが顔を出すと、何故か映姫が竈の火を起こしていた
「ああ、さとり」
「何をしているのですか?」
映姫は火加減を見ながら言った。
「せっかくだから小町も呼びましたよ。人数は多い方がいいと思って」
「それは賑やかで良いですね……、しかし良かったのですか、あなたの家でしょう、ここは」
「元凶が何を言いますか」
映姫は軽く肩をたたきながら、腰を伸ばす。
「……と、言いたいところですが、まあ、あなたが来た時点でこんな予感はしていたので、まあ、いいでしょう」
「それで、あなたは何を」
さとりの問いに、映姫はかまどの上にある鍋を指した。
「いえ、そういえばまだお汁粉を作っていなかったのを思い出したので、あずきを煮ていたのです」
さとりは、珍しく少し驚いたような表情をした。
しばらくして、静かに微笑む。
「それは、いいですね」
言うと、映姫のもとへ歩いた。
「では私も手伝いましょう」
「おや、それはありがたいですね」
「私もなにか作ってもいいかもしれませんね」
さとりは顎に指をのせて少し考えた。
「ふむ、みぞれ煮でも作りますか」
「ああ、美味しいですよね」
「意外とまだ食べてない味がありますねえ」
さとりは新たな鍋を持ってきて、料理の準備を始めた。
映姫がぼやくように言う。
「やれやれ、もうすこしのんびりとお正月を過ごしたかったのですが」
「ふふ、今年もたくさん迷惑かけますから、よろしくお願いしますよ」
「やれやれ」
映姫は、ほう、とため息をついた。
「今年もよろしく」
「はい」
(おわり)
読んでいて、ほわぁっと力が抜けるような、そんな感じに良い脱力感を覚えました。
和むし、面白かったです。
えーき様の家に持って行っていいですか
今年は一個も餅食べてなかったけど
今からでも明太子塗って焼きたくなった
餅といえばずんだ。異論は認めない。
チーズも良いかも…。
>7さん
一つ分けてくださいお願いします!!!
コメント返信です。
1. 喉飴さん
わわ、ありがとうございます! さっそく読んでいただきありがとうございました
今年もさとり様と映姫様への愛で頑張っていこうと思います
2. 名前が無い程度の能力さん
二人ともむしろ今年こそ食べて大きくなろうとしているのかもしれません。
いろんな部分を(オイ
3. 名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます! ぐだぐだと二人が話しているのは好きなのですが、
自己満足にならないよう気をつけてます。
4. 名前が無い程度の能力さん
たぶん合わせてとろけるチーズを持っていくと喜ばれると思います。
5. 名前が無い程度の能力さん
おもち美味しいですよ!
明太子は一緒に焼いても柔らかくした後塗りつけてもおいしいです。
6. 名前が無い程度の能力さん
おもちをどうぞ。はふはふ
7. ぺ・四潤さん
一つ分けてください
8. 名前が無い程度の能力
ありがとうございます。
くっ……確かにずんだも美味しい……
が、俺は屈しねーぞ!
俺は屈しねーぞ!
9. 奇声を発する程度の能力さん
おもちは本当においしいです。
……む、これでは取り合いに……。
はっ! こいしちゃんもおもちを食べてもらえばいいんだ!
本当におなかが減る話だなぁ。
餅あまり好きじゃないけど海苔と醤油で食べたくなったw
ただ、あとがきの謝罪部分が別にいらないのではないかと……登場人物や話の筋、オチなんかが被っているならまだしも。
餅ってテーマだけが被ってとのことなら、お正月ネタなんか大惨事ですしw
芋版のくだりはプロポーズにしかみえないです!
え、さとりさまスルー……w
まさに親友って感じですね。
責任ある立場の人がのんびり過ごしてると和みますね。