ある日の博麗神社である。午後の陽気な日が差し込む神社の縁側で二人の少女がお茶を楽しんでいた。
「なあ、霊夢。どうして妖怪は人間を全滅させないんだろう?」
「私がいるからに決まっているじゃない」
霧雨魔理沙の質問に対し、博麗霊夢は大まじめに答える。霊夢の、あまりにも当然すぎると言ったような答え方に、魔理沙は少しだけ驚いた。
「……なるほど」
その後、妙に納得してしまう。
「でもさ、妖怪って寿命も長いし、睡眠もほとんどとらなくていいし、人間を食うっていっても、私たちほど一日三食とらなくても生きていける。そう考えれば、妖怪ってもっと繁盛してもいいと思うけどなあ」
「確かにねえ……子どもの数が少ないんじゃない?」
「別に男女がいなくても良いんだろう? メディスンみたいな妖怪もいるんだし」
「……難しく考えたら負けよ。魔理沙」
「ううん、そうかもしれないな」
今日も博麗神社は平和だった。平和すぎて、お賽銭の音が全くしなかったほどである。
同じ時刻、紫と藍は屋敷で日向ぼっこをしていた。というのも、紫が珍しく話をしようと言い出したのだ。藍にとっては、紫から色々な話を聞ける貴重な時間だ。
「さて藍、どうして妖怪が人間の代わりにこの世界を支配できなかったと思う?」
「はあ……?」
のっけから、真意のよくわからない質問をされる。これは紫との会話ではよくある事だった。
「人間の世界にある、ダーウィンの進化論でいけば、私たち妖怪は生命として究極に位置する存在よ。あらゆる能力で人間を凌駕し、食物をあまり食べないからエネルギー代謝も少ない。妖怪こそ、この世界の天下をとってもおかしくは無いでしょう? それが出来なかったのはなぜか、と聞いているの」
小さい子どもに教えているようなそんな笑みを浮かべ、紫は藍に問いかける。藍としては、自分がまだまだ紫の式で、子どものような存在なのだと実感してしまう瞬間だった。
「難しい質問ですね。私が思うに、妖怪同士で争った事、人間の繁殖力に負けてしまった事などが原因なんじゃないでしょうか。妖怪は基本的に一人で行動します。徒党を組む人間に負けることだってありますし」
「違うわ。そんな事など、あまり関係ないのよ」
紫が得意そうにふふんっと鼻を鳴らす。
「ではどういう事だと?」
「妖怪はね、この大地の大きな生命のサイクルから外れてしまったのよ。この大地に住む者は、基本的に持ちつ持たれつ、食うか食われるか、の関係にある。互いが互いに影響しあって生きているのよ。それは人間だってそうだし、目に見えない小さな小さな生命体だって一緒。植物ですらそのサイクルの大根幹を担っている。ところが私たち妖怪は、そうしたサイクルから外れてしまった。私たちはあまり食事をとらないし、私たちを食べる動物もいない。どういう事か分かる、藍?」
「我々はつまはじき者、という事ですか」
紫は黙ってうなずく。薄いカーペットを広げたような白い雲が広がる空を見上げ、語りかける様に喋っている。
「サイクルから外れている存在であるのに、身体の根っこの部分は一緒なのも問題ね。基本的に生命体は無駄なエネルギーを使わないように身体が出来ている。妖怪だって、同じ事。独りで生き永らえるほどの力を手に入れた妖怪は、なるべくエネルギーを使わないようになった。人間や他の動物は、他の土地へ侵入し、自分の生活が楽になるように、そして侵入された側は自分を守るために切磋琢磨して生きている。でも妖怪は基本的にどこにでも住めるし、どんな物も食べれるし、どんな敵が来ても逃げ延びられる。さらに子作りに必要な大きなエネルギーも必要ない。こんなやる気の無い妖怪が、他の生命の生存競争に紛れ込んだらあっという間に駆逐されてしまう。それは当然でしょう? まあ、例えそうなったとしても、妖怪は生き残るでしょうけど」
「つまり、妖怪は繁栄出来ないんじゃない。繁栄しないし、する必要がない。そして放っておけば、いつか朽ちるでしょうね。大きな意味で、生きる気力を亡くした妖怪に未来は無い」
紫は、はあっと寂しそうに溜め息をついた。
「皮肉な話よ。進化しすぎた妖怪は、大地の誰からもかまってもらえなくなった。人間はその知能を持って、この大地の隅々まで支配しようとしている。自分たちが楽に生きれるようにね。でも、妖怪はその真逆。独りで生きられる力を持つと、次第に行動範囲は狭くなり、とうとう妖怪だけの世界で、生命のサイクルの真似事をするようになった」
生命の真似事、と聞いて藍の胸にはある単語が浮かび上がった。
異変。そして弾幕勝負。
「……だから紫様は、幻想郷に異変が起きても何も言わないんですね」
「妖怪が起こす異変は一種の生きる気力の表れよ。そうでしょう? さっきも言ったけど、生命にはエネルギーをなるべく使わないようにする本能がある。けれど、妖怪はあえて、異変というエネルギーを使う事を行う。これは普段生きる気力の無い者が、暇つぶしに生を実感したいからなのよ。弾幕ごっこも一緒の理屈ね。遊ぶことで、生命のサイクル、つまり食うか食われるかの関係の真似事をしているのよ」
藍はなるほど、と感心した。まさか、こんな突拍子もない事から、ここまで話を広げるとは考えてもみなかったのだ。
「という事は、今回の事も、生を実感するための……?」
紫は嬉しそうに正解よ、と言った。
「その通り。妖怪である私もその例外ではないわ。私は私なりの方法で生を実感する事にする」
そう言って、紫は空に浮かんでいるであろう、見えない月を指差し、不敵に笑う。
「そのための月の侵略よ。生を実感するために、ね」
その笑顔は、新しいおもちゃを貰った子どものように、純粋でとてもキレイな笑顔だった。少なくとも、今までの話を聞いた藍にはそう見えたのだった。
確かに霊夢一人残れば絶滅とは言わないけど。
霊夢ってば超絶自信家
進化論は唯物論的(空間的)に考えると非常につまらないですが、精神活動(時間)も含めて考えると、
まさに「生きる意志」の問題になってくるはずです。
霊長類がいい例でしょう。
つまらないと死ぬ、欲望が枯れる、というのは恵まれすぎた環境に於いてよく生じることだと思います。
幻想郷の妖怪は、だから暇つぶし(異変)を起こしやすくするスペルカードの導入に賛成したわけですし。
ちなみに生物学にも分子生物学から社会生態学まで色々ありますが、遺伝子を中軸に据えて個人主義的に
考えていくネオ・ダーウィニズムよりも、生物社会におけるコミュニケーション活動をも含めた
集団進化のほうが、幻想郷の妖怪を説明するときには的確でしょうね。
妖怪は「化ける」わけですし、神主にも精神的な存在と言われていますので。