紫の日課には、博麗神社へ訪れることも含まれていた。霊夢と会ってお茶をして、退屈な話をだらだらと続けるのが楽しみなのだ。
「霊夢、お茶を飲みに来たわよ」
スキマからひょっこり顔を出してみれば、境内を掃く紅白の衣装が。腋を出した特徴的なその出で立ちは、どこからどう見ても、
「……忍者?」
紅白の頭巾を被った忍の者が、黙々と博麗神社を掃除していた。
霊夢は語った。
「信仰を得るためには人気が必要なのよ」
霊夢はまだまだ語った。
「子供達の間で忍者が流行ってるそうじゃない」
霊夢は得意気に語った。
「博麗霊夢でござる。にんにん」
完膚無きまでの三段論法に、口を挟む余地などあろうものか。三段目の階段を大きく踏み外しているような気もするけれど、それは多量の睡眠が見せた幻。休みすぎた脳みそは、時として判断を大きく狂わせる。
掴み所がなく、どこか飄々としていると評判の博麗霊夢。かの大妖怪、八雲紫ですら一目置くような存在が、まさか子供でも騙せないような論法を唱えるはずもない。目を覚ますのよ、八雲紫。
両の頬をバシバシと叩く。
「い、痛くない!」
代わりに何故か霊夢の頬が腫れていた。
おたふく風邪だろうか。あまり近寄って欲しくない。
まだ罹っていないのだから。
「何してるのよ」
どちらかと言えば紫の台詞を、さも当然のようにぶつけてくる巫女。頭巾越しに聞こえてくるのは、くぐもった声ばかり。こんなこともあろうかと用意しておいた翻訳機がなければ、今頃はボディランゲージが全盛期を迎えていた。
「紫、結婚しましょう」
いけない、妄想が漏れた。
頭を振って、現実世界に戻ってくる。
訝しげな霊夢の視線は、ウェルカムと言ってるようには見えない。
「とりあえず。霊夢の考えは理解できないけど、好感度をあげる為にできると言っておくわ」
「正直が美徳だと思わないことね」
「批判の言葉だと思って、受け止めておくわね」
「批判の言葉だったんだけどね。うん、まぁ、いいわ。それで、何?」
何と言われれば言葉に詰まる。何から指摘すればいいのか、賢者と呼ばれる八雲紫にだって分からない。
全く違う絵を見せられて、間違いを探せと言われているようなもの。間違ってるのは出題者の脳みそだと、早押しボタンを投げつけてやりたい。
「そもそも、どこから手に入れたのよ。その衣装」
「ああ、これ? 紅魔館に行ったら門番がくれたのよ。お古だから捨てようと思ってたんですって」
忍ぶなよ、門番なんだから。
警備がザルだと言われる所以も、何となく理解できた。
「それを紅白に染め上げて、私専用に変えたの。これなら遠目にだって私だって分かるでしょ」
「分かったら駄目でしょう、忍者なんだから」
「えっ、でも私だって分からなかったら意味ないじゃない」
忍ぶ者と書いて忍者なのだ。存在をアピールしてもらっては困る。
ただ、別にこの格好でどこぞの城へ潜入しようとしているわけでもなし。イベントやアトラクションの一環だと思えば、霊夢の言葉はむしろ正しいのかもしれなかった。忍者がメインのアトラクションなのに、終始忍んでいてはお子様達も呆れて帰る。
「だったら、何か忍術でも使えるのかしら? 今時の忍者なんだから、派手な忍法の一つや二つぐらいは使えないとお客も満足してはくれないわよ」
しかもここは幻想郷。空を飛んだぐらいでは、拍手の一つも貰えない。
挑発的な態度をしかし、真正面から受け流す霊夢。自信は満々といったところか。
「御札されあれば、咲夜の手品よりも派手なことぐらい出来るのよ。見てなさい」
衣装の中から御札を取りだし、それを高らかに掲げる。
紫も忍術とかそういった類は嫌いではなく、目の前で披露されるのなら胸の高鳴りを抑えることができない。これを恋と呼ぶのなら、恋愛漫画のヒーローは忍者で埋め尽くされるだろう。
「忍法! すいとんの術!」
冬も本番を迎えた妖怪の山。
しかしまだまだ現実なんか認めないと意気込んだ秋姉妹によって、今日も今日とて芋煮会が開催されている。
ただ、さしもの神様でも季節を無視した食材を手に入れることはできない。
あり合わせの材料で作っているのだから、時としてそれは質素なものに取って代わられる。
「さぁさ、今日はすいとんだよ! 秋姉妹特製のすいとんは、そんじょそこらの物とは味が違う!」
「嘘だと思うのなら食べてごらん! 秋はまだまだ終わりじゃないよ!」
すいとんを求めて並ぶ天狗や河童。
お馴染みの面子に加えて、今日は何故か紫と忍者の姿も見受けられたという。
「忍法じゃないわよね」
すいとんを空にした紫が、開口一番に言い放つ。
眉を顰め、霊夢は言い返した。
「美味しかったでしょ?」
「いや、美味しかったけれどよ。少なくとも、忍法ではないわ」
あれを忍法と呼ぶのなら、各地の配給所は忍者で埋め尽くされることとなる。
いいかげん、忍者で埋め尽くされない場所も欲しいものだ。
「他に何かないのかしら。すいとん以外の忍法」
「布団の術とか」
「干すだけでしょ」
「バトンの術とか」
「渡すだけでしょ」
「後はもうブタミントンの術しかないわ」
最後に至ってはスポーツだ。いや、あれスポーツか?
若干の疑問はあるものの、霊夢の忍法とはあまり関係ない。
それに関しては帰って藍と討論することにして、頭巾で覆われた霊夢に顔を近づける。
「それしか忍法が無いというのなら、断言してもいいわ。あなたに信仰は集まらない」
「うっ……」
急所を突かれ、さしもの霊夢も言葉に詰まった。
心のどこかでは、彼女も違和感に気付いていたのだろう。そうであって欲しい。そうなければ、霊夢を認めていた自分の立場も危うい。
「仕方ないわね」
ショックはすぐさま消え去り、再び自信が霊夢の元へと戻ってきた。頭巾で覆われて見えないが、きっと不敵に微笑んでいただろう。
「こうなったら、とっておきの忍法を見せてあげる」
「へぇ、それは楽しみ」
これでもしも、その忍法もしょぼかったとしたら。
慧音に頼み込んで、今日という日を無かったことにして貰う覚悟すらあった。こんな一日、存在してたまるものか。
「とくとご覧なさい。これが私の最終忍法! 入れ替わりの術!」
御札から煙が立ちこめ、境内を覆い尽くしていく。
またたくまに充満した煙は、すぐさまやってきた風によって打ち払われる。境内へ再びクリアな視界が舞い戻り、博麗霊夢の巫女服が目に眩しい。
巫女服?
先程まで着ていた忍者の衣装はどこにもなく、代わりに紫は不快な息苦しさを覚えていた。
ふと下を見てみれば、奇っ怪な紅白の衣装に身を包んでいるのは自分の方。
まさしく名の通り、紫と霊夢の衣装が入れ替わったとしか思えない。
境界を操る紫からしてみれば、それは取るに足らない矮小な手品。だけど人間からしてみれば、これほど驚愕に値する術もあるまいて。なにせ、紫ですら欠片も気付くことができなかったのだから。
人間が気付くはずもない。服装を入れ替わるという、大それたことをされたとしても。
「どうよ、凄いでしょ」
胸を張る霊夢に、心から感嘆の拍手を送る。
これならば、あるいは信仰を獲得するという作戦も成功するかもしれない。
そう思っていた時のことだ。
「よぉ、霊夢。と……紫か? 何してんだ、そんな格好して」
気さくな態度で現れたのは、他ならぬ霧雨魔理沙。最初は怪訝そうに見つめていた目も、やがて緩み、そして大爆笑へと変わっていった。
「こ、紅白の忍者って! はははははは、なんでそんな、馬鹿な、格好を! ぷっ……!」
石畳を叩きながら、何度も何度もこちらを指さす。
紫自身も不快だが、これを着ていた霊夢はもっと不快な思いをしていることだろう。
気になって視線を向けてみれば、どういうわけか冷たい目でこちらを見ていた。
「なにしてんのよ……紫」
入れ替わりだけではなく、変わり身の速さも一級だった。
ゆかりん…(つд`)
立派なスポーツって慧音先生が言ってたw
芋煮会に次こそは参加したいです!
>紫と霊夢の衣装が入れ替わったとしか思えない。
あれ…?
投稿時間が0と1ばっかでなんかすごいです!
忍びの者は変装の技術も一流というがここまでとは……