地下室の私の部屋に咲夜がきて、紅茶を入れてくれた。
ちゃんと三日に一度、こうやって紅茶の相手をしてくれる咲夜が好き。咲夜はすごくよくできたメイドで、すごくかっこいい。
でも、お姉さま専属のメイド。
だから、私がひとりじめすることはできない。
本当は毎日来て欲しいんだけどな。
それにしても、なんでお姉さまには専属のメイドがいて私にはいないの?
それっておかしい。
私も毎日こうして紅茶したり、お話したり、一緒にいたい。
紅魔館当主の特権ってやつなの?だったら当主の妹の特権を使う。それで専属のメイドをつくりたい!
でも、時を止める能力を持った人間なんてほかにいない。
妖怪や妖精なら面白い能力を持ったのがいるかもしれないけど、順応性が低かったり、頭が悪かったりで、メイドとしては使えない。
外にはいろんな人や妖怪がいるらしいから、探せば居るかもしれないけど、私にお姉さまみたいな能力はないから闇雲に探さなきゃいけない。
というか、そもそも私は外に出られないじゃない。
「うーん」
「妹様、どうなさいました?」
困った。
能力を優先するとメイドとして不十分。
メイドの技術を優先すると能力がつまらない。
だからといって、外に探しに行くことも出来ない。
どうしたら私専属のメイドが作れるかな。
「妹様?」
……ひらめいたかも。
「私、咲夜が欲しい」
「えっ?」
そうだ。
お姉さま専属の咲夜を、私専属にすればいいんじゃない。
「頭いい!」
「あの、話が見えてこないんですが」
「あのね、あのね、妹の特権で咲夜を私専属のメイドにするの!」
「ですが咲夜は」
「するったらするの!
お姉さまだけずるい。私も咲夜とたくさん一緒にいたい。
こうやって咲夜に紅茶を入れてもらって、いっぱいお話したいの!」
ガダンッ
興奮した私が勢いよく立ち上がったから、椅子が倒れた。
大きな音だったから、どこか壊れちゃったかも。
「……あ」
そっか。
能力なんて使わなくても、モノって壊れちゃうんだよね。
だから、専属のメイドが居るのはお姉さまだけなのかも。
私は簡単に何でも壊しちゃう。
「ごめんね……あの、さっきのは……え」
あれ。咲夜。どこ。
さっきまで目の前に居たのに。紅茶を入れてくれてたのに。
あれ、私、力つかってないよ。
きゅってしてないよ。してないよ。ねぇ。きゅってしてないよね。ねぇ。
ドカーン、なんて。嘘。そんなの。違うよ。
カタ
「っ!」
後ろから音がした。
それは、私が倒した椅子を元に戻している音だった。
「どこも壊れていませんよ」
「さくや」
「どうぞ、お座りください」
「……さくやぁ」
もう専属のメイドが欲しいなんて、言う気になれなかった。
だって、私はすぐに大切なものを壊しちゃうから。
きゅってしないようにしてても、やっぱり壊しちゃうから。
「あのね、さっきの話なんだけど、嘘だから。ごめんね……あのね、ちょっとわがまま言いたくなっただけ。お姉さまが、少し、うらやましくなっただけ、だから」
「嘘なんですか」
後ろから、横へ。
咲夜のその立ち位置が、お姉さまに仕えるときみたいだった。
「本当のことを仰ってください」
「でも、わたしすぐに……」
「咲夜はどこも壊れていません」
軽く腕を広げた。
どこも壊れてないことをしめす動作なんだと思うけど……抱きしめたら駄目かな。
「………えい」
私が腰に腕をまわすと、背中に手が回る。
お姉さまや美鈴に抱きついたときは包まれて安心したけど、咲夜はなんだかドキドキする。
「妹様」
「なあに」
「今だけは妹様専属ですよ」
「! うんっ」
私の頭がある位置は、ちょうどみぞおちくらい。
そこを顔でぐりぐりしたら、くすぐったそうに笑った。
「私が妹様をきゅってしてもよろしいですか?」
「え?」
意味がわからなくて、きょとんとしていたら、咲夜がもっと近くなって、温かくって、心がきゅってなった。
「あ……」
ドキドキが強くって壊れちゃいそう。
「嫌ですか?」
恥ずかしくて、どうすればいいかわからないから、とりあえず顔を押し付けたまま横に首を振った。
やっぱり咲夜はくすぐったそうに笑って、私もくすぐったくって笑った。
「実は、咲夜から妹様だけにしかできないことがあります」
「本当!?」
いつもお姉さまにばかり仕えてる咲夜が、わたしのために!
「はい。少々お時間戴いてもよろしいですか?」
「う、ん……ん、いいよ!」
離れるのは嫌だけど、私にだけのことをしてくれるんだから仕方がないよね。
一礼してふっと消えると、部屋には私だけ。
さっきまで温かかったのに、急に寒くなった。
早く帰ってこないかな。
手をぐっぱ、ぐっぱしてみた。
きゅっとしてドカーン。
いろんなものが壊れちゃう。
いろんなものをきゅっとしてドカーン。
心の目を握ったら、みんな壊れちゃうのに。
咲夜は私の心をきゅってした。
でも。
「ふふふ」
早く帰ってこないかな。
――こんこん――
「いいよっ!」
少し重い音を立てて、扉が開いた。
なんだか甘い匂いがする。
「どうぞ」
そういって、咲夜はテーブルの上にお菓子を置いた。
「これってタルトだよね」
普通の焼き菓子だ。
中にはクリームが入っていて、綺麗に焼き色がついている。
真っ赤なイチゴやラズベリーはのっていない。
チョコレートが生地に練りこまれたチョコタルトでもない。
ただ黄色いクリームだけが入ったタルト。
甘い匂いがしておいしそうだけど。
私のためにってお菓子を作ることじゃないよね。
だってお姉さまにもよく作ってる。
咲夜の考えがわからなくて困っていたら、くすくすって笑い声。
「このタルトの名前は『フラン』といいます。誰にでも好かれるタルトです。
あと、このお菓子はお嬢様にお出ししたことは一度もありませんよ」
私のタルト。
「……お気に召しませんでしたか?」
「そんなことない!すっごく嬉しい!」
このお菓子の名前は『フラン』なんだ。
誰にでも好かれる『フラン』
上掛けゼリーやアーモンドダイスで、着飾ることのないこのタルト。
クリームの黄色が無邪気さを表してるみたい。
きみが吸血鬼だったら友達になれたかも。
はじめまして、私の名前はフラン。 あら、私の名前も『フラン』なの!
なんてね。
「咲夜も座って一緒に食べよう」
「では、お言葉に甘えて」
ナイフを取り出して切り分ける。
綺麗に切られたタルトの断面は、クリームが溢れるくらいたっぷり入ってるのがわかる。
一切れは私のお皿に。
一切れは咲夜のお皿に。
「お皿持って来てたんだね」
「妹様は誘ってくださると思って」
くすくす二人で笑いあう。
咲夜がつくった『フラン』で、二人だけの秘密のお茶会。
「ねぇ、咲夜。『レミリア』ってないの」
「ございません」
「ふふふ、本当に特別なんだ」
「はい。妹様の特権です」
「えへへっ」
嬉しい。楽しい。
弾幕ごっこの息が切れるような激しい楽しさじゃない。
ゆりかごがゆっくり揺れるような。温かい布団に包まれるような。
穏やかな心地よさ。
お姉さまやパチュリー、美鈴だと、こうはならない。
咲夜だから作り出せる時間。
「ねぇ、咲夜」
「はい」
「『フラン』のこと好き?」
くすくす二人で笑いあった。
ちゃんちゃん。
フランちゃん可愛いよ!
タルト作ってみようかな。
フランちゃんが可愛くて、いいな。
咲夜さんはやっぱ瀟洒ですね。素晴らしい。
フランおいしそうです(お菓子的な意味で)