寒さが日増しに強くなっていく冬のある日、星と居間でお茶を立てていたナズーリンは、何気なく星の使っている茶器を見て驚いた。
「その茶釜は古天明平蜘蛛じゃないか!なんで、そんなもの持っているんだい!」
「ああ、これですか。二、三日前に裏の山に薪を取りに行ったとき、枯れ木の中に落ちていたんです。かわいい形の茶釜だったから拾って帰ったんですよ」
「っていうか、今手に持っているのは楢柴肩付じゃないのかい!」
「えっ、これはこの間、寺に説教を聞きに来た村の方が、聴講代の代わりに、と言って置いていったんです」
そう言って、星は国宝級の茶器を使いながら、気にする様子もなく茶をすすっている。
そういえば、最近やたらと周りに立派なものが増えている気がする、とナズーリンは思った。寺の中をよく見ると家具や調度品はいずれも高級な物に変わっているのである。
「寅年が間近ということで、星の「財宝が集まる程度の能力」が強まっているようですね」
怪しんで、聖に問うとそんな答えが帰ってきた。
ナズーリンはそれなら危険なことじゃあないな、と思い放置していたが、そのうち、ねずみたちが、チーズやソーセージのかけらではなく、珊瑚や宝石を喰わえて持ってくるようになった。
ナズーリンだけでなく、他の者も高価な物を拾ったり、知らず知らずのうちに儲け話に巻き込まれて、大金を得たりすることが重なった。
寺への参拝客もひっきりなしに来て、みんな我も我もと大金を寄付していくようになった。
そうするうちに命蓮寺の蔵は金貨、銀貨で埋め尽くされ、寺の中にはあからさまに宝石や金が散見されるようになった。
「あれ、茶碗がすべて曜変天目茶碗に変わってる」
「壺や皿もいつのまにか白磁のものばっかりになっていますね」
聖は積み上がっていく千両箱を見て顔をしかめた。
「お金が集まるのは、いいことなんじゃないですか」と村紗が気軽に言ったが、聖は真面目な顔で「いえ、必要以上の金銭は人の心を貧しくしていまいます。まして、我らは仏に仕える身、清廉をもって旨としなければなりません」と答えた。
そんなある日、星の評判を聞いて里の巫女、博麗霊夢が寺にやってきた。
「ねえ、あなた、星とかいったわね。私、あなたとお友達になりたいと前から思っていたの。ちょっと、遊びに行きましょ」
霊夢はそう言うと星の手を取り、無理やり連れだそうとしたが、奥から疾風のように飛び出してきた一輪が巫女を突き飛ばした。
「あきまへんな、わてんとこの星ちゃんと仲良うしたいんなら、それ相応のもん払ってもらいまへんと、こっちも遊びでやってんちゃいまっせ」
「一輪がなぜか関西弁に!」
「やはり、お金は人の心を狂わせますね。このままではみんな関西弁になってしまいます。今までに集まったお金は幻想郷の人々に施すことと致しましょう。それでこそ、仏の教えにかなうというもの」
次の日、聖たちはさっそく境内に村人を集めると、誰彼構わずに金を貸し付けはじめた。
「ほんとに利子とかありませんから。抵当とかいらないんです。別に返してくれなくてもいいんです。いえ、うちは妙な宗教じゃないんです。信じてください。今、借りてくれた方にはおまけで、この掛け軸をお付けいたします。ええ、王羲之とか空海とか署名されていますが」
そんな口上を述べては、乗り気でない人の懐にまで金銀を押し込んで引き取らせる。
最終的には貸し付けるのも面倒くさくなって、寺の軒先に千両箱を積み上げて「自由にお持ち帰りください」という貼り紙とともに放置することにした。もっとも、通りがかる人は横目でちらと見るばかりであり、金を手に取っていく者はほとんどいなかった。
多少の金を貸し付けても、命蓮寺に貯まった財宝は減る様子が無かった。最近では、星は道に金や銀が落ちていても、目をつぶって走り抜けるようにしていたが、どこから湧いてくるものか、日に日に寺には財宝が増えていく。
星はこうなっては、財宝を捨てるしかないと思い、財宝を担いで外に出てみるが、そのたび村人に見つかり、日ごろのお礼だといって金を押し付けられる。
迷いの竹林に宝を遺棄しようと、竹林に分け入ると龍の首飾りだの、蓬莱の玉だのがくっついてくる。
仕方なく、穴を掘って埋めようとすると堀った穴から、溶けた金がマグマのように吹き出してきた。
今や命蓮寺は金でできた屋根瓦に金箔張りの障子、庭園の砂は全部砂金という、やたらとけばけばしい寺に変貌していた。
寺の食卓では、ぬえが純金でできた箸を振りながら文句を言う。
「布団の中にいつの間にか金が詰まっていて、重いし、寒いし、寝てらんないよ」
星はこのような文句を言われるたびに、自分が責められているような気がして、うなだれてしまう。
暮れが近づくと、以前、金を貸した者たちが命蓮寺に集まってきた。みな揃って「貸してもらった金で商売を始めると、またたく間に繁盛し、今では倉がいくつも建つほどだ」と礼を述べた。そうして、「少ないが利子を付けてお返しいたします」と千両箱を妙蓮寺の境内に積み上げはじめた。
「困ります!」
星は必死に相手を追い返そうとするが、相手も簡単には引き下がらない。
「返す」だ「いらない」だの押し問答を続けるうちに、訪問者の声も怒気を含んでくる。しまいには「返すもん受け取らねぇとは、とんだ太ぇ野郎だ!」と、無理やり金を押し付けて走り去っていく。
ひどい者になると、命連寺の境内に、勝手に忍び込んで小判をどっさり置いていく者まであった。
またたく間に、貸した量の10倍ほどの金銀が寺の境内に積み上がった。
そうこうするうちに、ついに大晦日の晩となった。財宝は相変わらず、増え続けている。命蓮寺の屋敷内はあふれた財宝で足の踏み場がない有様である。
ナズーリンたちも初めのうちは、こまめに財宝を配ったり、泥棒顔の者がいれば命蓮寺の地図を渡したりしていたのだが、最近ではあきらめたのか、財宝が増えるにまかせている。
唯一、星だけが責任を感じているのか、財宝を捨てに出掛けるのだが、そのたびになぜか持って出た分以上の財宝を抱えて帰ってくる。
星は自分のせいで、とんだ年越しになった、と涙目だったが、そんな星を慰めるように聖が言う。
「寅年に入ってしばらくすれば、星の能力も徐々に通常のパワーに戻っていくと思いますよ。みなさん、もうしばらくの辛抱です」
しかし、年明けを前にして星の「財宝が集まる程度の能力」は最高潮に達したらしく、ついに財宝が洪水のように、大挙して沸き上がってきた。
生き物のように増殖する財宝に、部屋の中はあっという間に飲み込まれていった。放っておくと、すぐに体が財宝で埋まり身動きが取れなくなる。星たちはスコップを持ち出してきて財宝を外へ掻き出すが切りがなかった。
「こうなったら、船を飛ばして空からばら撒くしかないようですね」
聖は村紗に命じ、寺を空飛ぶ船『星輦船』に変形させる。大晦日の幻想郷に「超弩級宝船型飛空船・星輦船」が宝をふりまくべく浮かび上がった。
「さぁ、みなさん幻想郷中にゴミを捨てに……いえ、功徳を施しに出発しますよ!」
「オォー!!」
聖の合図で星輦船は巨大な帆いっぱいに月光を受けつつ発進した。各クルーは手に手にスコップを持ち、湧き出す財宝を幻想郷の空に撒き落とし始めた。
雪化粧をほどこされ、白一色に包まれた幻想郷の野山に、大判、小判が雨のように降り注ぐ。船が通った後の地表は、あたかも金色の花が咲き乱れているかのようだった。
「あのへん、ちょっと金色が薄いようですね。村紗、船をあのあたりにまわしてください。爆撃しましょう」
人里から妖怪の山、吸血鬼の館がある湖付近、迷いの竹林まで、船は幻想郷中を回りながら、金銀財宝を降らしていく。
金銀銅にダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイア、真珠、オパール、琥珀、珊瑚、瑪瑙……。財宝の雨は月の光に照らされて、七色に光輝いていた。落下物の中には刀剣やら、打出の小槌やら、陶器やら、額に収まった絵やらも混じっている。
空では星輦船による空襲が続いていたが、今や増えているのは貴金属ばかりではなかった。
地上の命蓮寺境代では、米蔵の米が増殖し、金の俵に包まれた純白の米がどんどん積み上げられていっていた。その他、餅に人参、大根、蓮に海老芋、蕪、椎茸などなどが、どこからともなく集まってくる。
妙蓮寺の庭からはピチピチと鯛が飛び上がる。平目、伊勢海老、車海老、鰤に鮭、数の子を腹に抱えた鰊…、あわびは昆布に巻かれて飛び出てくる。なぜ、池から海の魚が出てくるのか、などといっても仕方がない。毘沙門天の功徳であろう。
積み上がった食べ物はナズーリンの部下のねずみたちに引かれ、幻想郷の家、一軒、一軒に運び込まれていく。
それだけにとどまらず、星の能力は幻想郷のあちこちに飛び火していた。
村では、蚕が次々と糸を吐き出し、村中が絹の海で覆いつくされる。季節外れの綿の花が咲き乱れ、幻想郷中に綿がはじけ飛ぶ。優曇華の花が咲く。竹の花が咲く。小麦が実る。蕎麦が実る。いたるところに酒が吹き出る。砂利が砂糖に変わる、塩になる。牛馬が急に産気づき、仔が生まれ、鶏は一度に十も卵を生む。
幻想郷中がてんやわんやの大騒ぎであった。
一方、空中の星たちは必死の散布作業を続けていた。
しかし、夜明け頃にはみんな疲れてきて、財宝が増える速さに作業が追いつかなくなってきた。
「財宝の重みで船が沈む!」
腰のあたりまで、船内を満たしていた財宝は水位を増し、今や甲板から滝のようにこぼれ落ちていた。船は重心を失い、急降下と急上昇を何度も繰り返す。船底には亀裂が走り、今にも裂けそうだ。星たちは死に物狂いになって財宝を投げ捨てた。
「どんどん放り投げるのよ!うわっ!もうダメ!落ちる!!」
そのころ、やっと東から太陽が昇り光が差し込んできた。初日の出の明かりは雪原と財宝とで反射し、幻想郷を銀と金の光に包みこんだ。
薄明かりの中に星輦船の影がぼうっと浮かび上がる。
星は今にも落ちそうな宝船の中で、首まで財宝につかりながら、声をはりあげている。
「幻想郷のみなさん、明けましておめでとうございます!」
遠目には縁起のいい光景なのになんだ爆撃ってwww「純金でできた箸」って何の特訓だwww
メデタイハナシダナー
あ、景気が幻想入りしたのかな?(まあ、それはそれで困るけどw
貴金属を上空から……質量爆弾?
声出して笑った。
ある意味ゴミかもしれんww
価値があるとしたら米とか食べ物くらいか。腐るのが目にみえているなw
景気はもう幻想入りしてしまったんだな。
つまり、一生好景気に恵まれることはないということだ。
全く、とんでもない能力だ、結婚しよう。